個人用知的移動体における追体験支援システム

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小酒井 一稔
名古屋大学大学院 情報科学研究科
長尾 確
名古屋大学 エコトピア科学研究機構

1 はじめに

近年、体験の記録や共有に関しての研究が多くなされている。 たとえば、GPSと写真を利用して、日々の生活を記録するThe Living Mapや、経験や興味を漫画日記として提示し、コミュニケーションの促進を図るコミックダイアリ などがある。

他者の体験記録を閲覧することにより、未経験の事象に対する情報を獲得することができる。 しかし本来、体験記録は実世界に強く依存しており、実世界に関連付けられることで、その効果を最大にできるものである。そこで、他者の体験を自身の実世界状況に反映させることで、自身の行動をより効果的にすることができると思われる。

我々は、搭乗型(マウンタブル)コンピューティングというコンセプトに基づき、 個人用知的移動体ATとそれを取り巻く物理的、情報的環境に関する研究開発を行っている 。 本研究では、AT上に、個人の体験を記録し、有意義に活用するためのシステムを構築した。以下では、体験記録を利用して行動することを追体験と呼び、 そのために利用する、加工された体験記録を追体験コンテンツと呼ぶことにする。

本論文では、具体例を挙げながら、追体験コンテンツの作成から追体験までの一連の流れについて述べる。

2 個人用知的移動体AT

個人用知的移動体AT(Attentive Townvehicle)は、搭乗者である人間や、 自分を取り巻く環境に適応し、個体間通信によって協調的に動作可能な個人用の乗り物である。 ATにおける通信にはアドホックネットワークが採用されており、モバイルエージェントシステムをベースとしたミドルウェアである、cogma(COoperative Gadgets for Mobile Appliances) を利用している。これにより、動的なネットワーク構成に対応し、相互通信を行うための環境を容易に構築できる。

3 ATによる体験行動の記録

3.1 カメラ画像を用いた体験記録

例えば、観光地での行動を考えると、景色や建築物などを見た際の感想を体験要素として残したいと考えるだろう。 そこで、ATに搭載されているカメラを用いて対象となる画像を取得し、これに対して、搭乗者の感想を関連付けることによって、体験記録を作成する。

このような対象への感想は、場所や時刻など、その時の環境によって変化する可能性がある。もちろん、体験する人によっても受ける印象は変化すると考えられる。そこで、センサ情報などを同時に記録し、その体験に関して重要とされる環境情報を獲得する。これには、GPSによる位置情報、時刻、アドホック通信を用いて取得される周囲の端末やATの状態、搭乗者情報などがあげられる。

3.2 目的地を持つ行動の記録

ここでは、商店や飲食店が配信する宣伝のための情報や、建造物などの観光スポットに関する説明が記述された情報が、アドホックネットワーク上で配信されている環境を想定する。これは、配信される情報が、その場所や時間に強く依存するためである。このとき、配信された情報に基づいて行動することが考えられる。

システムのコンソール

図1: システムのコンソール

のように、コンソールには環境端末と他のATが表示されており、獲得した情報をメニューから選択し閲覧することができる。環境端末からの情報に関しては、配信元のサーバとインタラクションを行うことで、さらに詳細な情報を獲得することができる。搭乗者はこれらの情報を閲覧し、体験要素として目的地を決定する。

行動が終了したら、コンソール(左)から記録終了を通知し、体験に対する評価を行う。 これにより、体験記録に搭乗者の意見を加えることができる。評価項目は、最初に獲得した情報の配信元が定義することを想定している。 例えば飲食店なら、「味」、「値段」、「その他のコメント」、などが考えられる。

4 追体験支援システム

4.1 追体験コンテンツ

実世界で行われる体験は、実世界状況と体験する人間に依存して、結果が変化すると考えられる。追体験の際には、同じ結果を得ることではなく、同じ状況で体験することが重要となる。

例えば、「朝」という時刻に対して強く依存した体験記録を用いて、「夜」に追体験しようとすると、時刻に関して実世界への関連付けができない。先に述べたように、体験記録は実世界に関連付けられて、その効果を発揮できるものであるため、効果を得ることができなくなる。

そこで、体験記録に対して、実世界状況に対する依存関係や、効果的な追体験のための条件を設定することによって、追体験コンテンツを作成する。これらの条件は、体験記録に記述された位置情報などの環境情報や、時刻に関する情報、あるいは搭乗者情報などから選択される。この情報を用いることで、体験記録の実世界への関連付けが可能となる。

4.2 追体験コンテンツの閲覧

のように、コンソール(左上)のメニューから選択することによって、追体験コンテンツの閲覧を行う。追体験コンテンツには、体験記録を作成した際、あるいは目的地の位置情報が記録されているため、これに基づいて、対象と自身の位置関係を表示する。また、搭乗者によって付与された情報や、目的地となった端末から獲得した情報も同時に表示される。図は、目的地が存在する追体験コンテンツを閲覧している状態であり、画像とコメントが表示されている。

閲覧モード

図2: 閲覧モード

このように、行動を起こす前に追体験コンテンツの内容を閲覧し、追体験するか否かを判断することができる。

4.3 行動支援と実世界への関連付け

人間の行動が物理世界において行われる以上、体験記録を閲覧するだけでは追体験と言い難い。そこで、実際の行動を支援し、体験記録を実世界に関連付けることが必要である。具体的には、追体験コンテンツに記述されている対象の位置情報に基づいて、移動するべき方向と残りの距離を提示する。この間ATは、実世界の環境情報を取得しながら、追体験コンテンツと照らし合わせ、搭乗者に対して提示するタイミングを計る。

提示する条件が整ったところで、必要であれば、ATの向きやカメラ方向などの物理的な状態を再現させ、その後に体験記録の提示を行う。これにより、過去(あるいは他者)の体験時の状況に、できるだけ近い形での追体験が可能となる。

5 まとめと今後の課題

本研究では、個人用知的移動体ATに乗り込んで実行された行動を記録し、 それを用いて人間の体験を支援する、追体験支援システムを構築した。

今後の課題として、追体験コンテンツの編集、統合が挙げられる。複数の追体験コンテンツを組み合わせることによって、一連の流れを意識した追体験コンテンツを作成することができる。さらにその中から、自分の体験したい部分だけを選び出すなど、個人に合わせてカスタマイズすることで、より効果的な追体験が可能となる。

今後は、体験記録の共有方法や、コミュニティ活動支援、実用的なサービスについても考察していく予定である。