AcTrec:行動履歴を用いた個人行動支援

PDF
山根 隼人
名古屋大学 大学院工学研究科 情報工学専攻
長尾 確
名古屋大学 情報メディア教育センター

1 はじめに

個人行動支援のために予定を管理し、記憶の想起や行動の示唆をするシステムは様々な研究例や実用例が存在する。しかし、個人の行動履歴のような過去の行動データを記録・管理して行動支援をするシステムについては未だ十分な研究がなされていない。

過去の行動履歴の中で行動の内容や時間の使い方などが特に上手く、同様の行動を行う上で手本となる行動(本研究ではこれを模範行動と呼ぶ)を、現在および将来の行動に関連付けることができれば、経験から得られた知識や反省に基づいた最適な行動予定の作成が可能となり、個人の生活を効率的でよりよいものにすることができる。本研究は、この模範行動を利用して予定の自動生成を行うことにより個人行動の支援を目指す。そのためのシステムとして、以前に筆者らが開発した、行動記憶システムAcTrecをさらに拡張した。

2 個人行動の記録と検索

本研究では個人行動を支援するために、過去の行動履歴を利用する。したがって場所、時間、動作内容などの行動の状況、及びその行動に対する感想や評価、といった行動の文脈情報を記録する必要がある。

日常生活の行動に対する自動認識・記録に関する研究はいくつか行われている。しかし、それらの研究は行動の文脈情報を獲得するために環境設置型の大規模なシステム構築を必要とし、スケーラブルでないため、本研究ではこれらの手法を用いていない。

AcTrecでは、ユーザーが持つ携帯端末上で動作するアプリケーションにより行動の文脈情報を記録する(図・左)。ユーザーは行動を開始する際に、カテゴリー分けされた行動の中から行動の種類を選択する(図・中央)。そして、行動を終了する際に、その行動の内容と行動を実行した場所、行動に対する評価を入力する(図・右)。開始・終了時間は記録を行う際に自動的に取得される。

携帯端末で記録された文脈情報は任意のタイミングでサーバーに送られてXMLデータベースに蓄積される。蓄積された行動履歴に対して、Webブラウザから検索を行うことができる。

左:記録用アプリケーション、中央:行動開始画面、右:行動終了画面

図1: 左:記録用アプリケーション、中央:行動開始画面、右:行動終了画面

3 統計処理による特徴の取得

検索結果に含まれる行動履歴に対し統計的な処理を行うことで、ユーザーにとって有益な情報を抽出する。本システムでは、(1)時間帯ごとの行動カテゴリーの出現割合、(2)期間内の行動の時間分布および合計・平均時間、(3)行動の遷移とその頻度、を取り出してグラフ化する。それにより行動履歴が持つ特徴を直感的に理解することができる。図、図、図は、2003/9/1から2003/10/31の間の仕事というカテゴリーに含まれる行動を検索した際に得られる統計情報のグラフである。

時間帯ごとの行動カテゴリーの出現割合は、検索により得られた行動履歴について、それぞれの行動が1日の中のどの時間帯に行われたかを1分間隔で調べて、行動のカテゴリーごとに集計し、その結果を日数で正規化することで得られる。検索対象の行動がどの時間帯に頻繁に現れるか知ることができる。

期間内の行動の時間分布は、その期間内に検索対象の行動に対して費やした時間を1日ごとに集計することにより得られる。その行動に対してどの程度時間を費やしたかを中・長期的な視点から見ることができる。また、期間内の総合計時間および1日あたりの平均時間も一緒に表示する。これらは同様の行動をする際の具体的な目安になる。

行動の遷移とその頻度は、検索により得られた行動履歴について、それぞれの行動及び、その直前と直後の行動を取り出し、行動の種類ごとの出現回数と、ある行動から別の行動への遷移回数を集計して、行動を種類別に円で表し、行動間で遷移があるものを矢印で結ぶことにより得られる。遷移回数に比例して円同士の距離を短くすることにより、行動間の連続関係と同時にそのつながりの強さを表現する。

時間帯ごとの行動カテゴリーの出現割合

図2: 時間帯ごとの行動カテゴリーの出現割合

期間内の行動の時間分布および合計・平均時間

図3: 期間内の行動の時間分布および合計・平均時間

行動の遷移とその頻度

図4: 行動の遷移とその頻度

4 複数ユーザーによる行動履歴の共有

本研究では、個人が蓄積した行動履歴を本人のみに限らず、複数ユーザー間での共有・利用が可能なように拡張する。それにより、未知の経験や他者の優れた行動を模範行動として利用することが可能となる。

複数ユーザー間で共有される行動履歴に対して検索をかけた際、その結果はユーザーごとにまとめられて返される。本システムでは、それらの検索結果に対してそれぞれ前章で述べた統計処理を施した後、全ユーザーの特徴グラフを同時に表示する(図)。この方法は、ユーザーごとの行動履歴の特徴を容易に比較することができ、複数ユーザーのデータの中から模範行動として最も適しているものを選択する際に有効である。

全ユーザーの特徴グラフ

図5: 全ユーザーの特徴グラフ

5 模範行動を用いた予定の自動生成

行動支援を行う上で、ユーザーは自分自身あるいは他者の行動履歴の中から模範行動を選択する。このとき、行動の内容や時間の使い方が上手なものを判断するのは容易ではない。そこで、プロジェクトにおける達成度や試験の得点などのような、ある一定期間行動を行った後に得られる成果に着目し、成果が大きいものはその過程がよいと考え、模範行動の選択の指標として利用する。本システムでは、上で述べたような行動の成果を外部から取り込み、行動履歴から得られる期間内の行動の時間分布に重ね合わせて提示する。ユーザーはその中から参考にする価値があると思える一連の行動を選択することで模範行動を決定する。

ユーザーが模範とする行動と、それを利用する期間を決定すると、システムはユーザーが選択した模範行動から、期間内の合計時間、平均時間、および時間帯による行動の割合を取得する。そして予定として割り当てる時間帯を、行動の割合が高い時間帯から順に平均時間に達するまで選び出す。このとき、システムはユーザーの時間帯による行動の割合も考慮して、予定を割り当てる時間帯を決定する。

一日あたりの平均時間は、期間内に行うべき総合計時間と実際に行われた時間を比較して再計算を行い、目標とする時間が達成されるように調整する。

6 おわりに

行動履歴を用いて個人行動の支援を目的とし、模範行動と現在の状況を考慮した予定の作成を行うシステムとして、拡張されたAcTrecを紹介した。

行動の記録に関して、現時点では手動で文脈情報の取得を行っているが、今後はできる限り自動化してユーザーの負担を軽減する必要がある。模範行動を用いた行動支援については、行動の頻度と遷移のような時間以外の情報も利用することで、行動を促すタイミングの精度を高める必要がある。また、行動に付与される感想やメモのようなメタ情報を利用した高度な支援を提供する仕組みについても検討していく予定である。