個人用知的移動体における体験共有のためのコミュニケーション支援システム

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成田 一生
名古屋大学工学部 電気電子・情報工学科 情報工学コース
長尾 確
名古屋大学 情報メディア教育センター

1 はじめに

我々は、個人用知的移動体ATの研究開発を通して、身につけたり持ち歩いたりする情報端末ではなく、人が搭乗し人と共に移動することができる、搭乗型の情報端末を提案している。ATは各種センサによって周辺の世界を認識したり、通信機能を用いて複数台のATと協調的に動作することができる。搭乗型が他の奴よりどう優れているかについて書くその中で我々は、ATで記録した実世界の情報を元に、体験記録を作成し、共有・再利用するシステムの構築を目指している。

我々が体験の記録に移動体を用いる理由は、体験と移動が関連付けられることによって、行動とその記録、そして記録の再利用が容易に行えるためである。例えばATは自己位置を認識することができるため、移動履歴を含めた体験記録を作成できる。また、我々はその体験記録を別のATで再利用する、追体験と呼ばれる技術にも取り組んでいる

現在、blogやSNSなど、ネットワーク上のコミュニケーションサービスが多く存在し、ますます活発になってきている。しかし、実世界におけるコミュニケーションは、ネットワーク上のコミュニケーションだけでは得られない、臨場感のある体験を生み出す。そのような実世界の体験を支援することにより、コミュニケーション全般を活性化させることができると考えられるが、既存の仕組みでは、その支援を実現することは困難である。

そこで、本研究ではネットワーク上のコミュニケーションと実世界のコミュニケーションを相互に活性化させるために、動的なコミュニティを生成するシステムを構築した。動的なコミュニティとは、状況や嗜好に応じて自動的に構成されるユーザ同士のグループである。

本システムは、自分のもつ体験コンテンツと他人の体験コンテンツを照らし合わせ、嗜好の近いユーザ同士が自動的に関連づけられていくコミュニケーションシステムである。

2 体験コンテンツ

しかしそのような客観的な情報だけでは、それがどのような体験であったのかを表現するには不十分である。そこで、我々はさらに体験記録に対して、体験者や閲覧者による主観的な情報を付加することで、体験を本質的に記録する手法について研究している。我々は、そのような体験記録を体験コンテンツと呼ぶ。体験コンテンツに含まれる情報は、ATによって記録できる情報と、人間によって付加される情報の2種類である。ATによって記録できる情報とは、各種センサ情報や通信履歴、位置情報などである。体験者や閲覧者による主観的な情報とは、コメント、5段階評価、タグである。ここでタグとは、ソーシャルブックマークなどで利用されている、そのコンテンツを端的に表すキーワードの集合である。

我々は体験コンテンツを共有するインフラとして、体験コンテンツ共有プラットフォームを用いている。ユーザはこのプラットフォームを用いて、ATの記録情報を体験コンテンツとしてオーサリングしたり、体験コンテンツの共有サーバにアップロードしたりすることができる。

3 実世界コミュニケーション支援

現在、blogやSNSなど、ネットワーク上のコミュニケーションサービスが多く存在し、ますます活発になってきている。しかし、これらのコミュニケーションはネットワーク上で完結している。

しかし、ネットワーク上の活発なコミュニケーションを実世界にまで拡張するために、我々は図のような、SNSを基本としたコミュニケーション支援システムを構築した。

本システムでは、一般的なSNSで用いられているような、「友達リスト」や「コミュニティ」といった単位でのコミュニケーションが可能である。以下に、本システムによる実世界コミュニケーション支援のアプローチについて概要を述べる。

コミュニケーション支援システムの動作画面

図1: コミュニケーション支援システムの動作画面

3.1 体験コンテンツとユーザの類似度推定

ATにおける体験コンテンツは、ATが自動的に取得するセンサなどの情報と、人間の主観によって付与するタグ情報、またそのコンテンツの評価によって構成される。まず、体験コンテンツ間の類似度を推定するために、タグ情報とセンサ情報を、互いに別のベクトル空間にマップする。

そして、2コンテンツ間の類似度を、それぞれのベクトル空間におけるコサイン距離の、重み付け和によって表現する。この重みは経験的な値であり、さらに考察する必要がある。

次に、ユーザ間の類似度を推定する。以下に、ユーザAとユーザBについての例を示す。ユーザAの持つ1つの体験コンテンツと、ユーザBの持つ1つの体験コンテンツ間でのユーザ嗜好の類似度は、コンテンツの類似度とその評価の類似度によって表される。さらに、それぞれのコンテンツ間のユーザ嗜好の類似度を、ユーザAがもつ全体験コンテンツと、ユーザBがもつ全体験コンテンツとの総当たりにより算出し、それを正規化したものをユーザAとユーザBの間の嗜好の類似度とする。

3.2 コミュニティテンプレートの抽出

各ユーザのすべての体験コンテンツはサーバ上で共有されており、システムは全コンテンツを対象としたクラスタリングによって、いくつかの体験コンテンツの集合に分類する。さらにそれぞれの集合において、集合内の体験コンテンツに共通して現れる複数の要素(タグ、場所ID、時間など)からなる、コミュニティテンプレートを抽出する。こうして抽出されたコミュニティテンプレートは、以下で述べるアドホックコミュニティ形成で利用される。

3.3 アドホックコミュニティ

嗜好や目的の合ったユーザ同士がその場で動的にコミュニティを形成し、その間でコミュニケーションを行うことが、実世界におけるコミュニケーション支援に繋がると考えられる。このようなその場限りの動的なコミュニティをアドホックコミュニティと呼ぶことにする。

アドホックコミュニティは、以下の条件を満たす場合に形成される。

  1. コミュニティテンプレートにマッチする共通の要素をその時点で持っており、さらにその嗜好の類似度がある閾値以上のユーザが2人以上存在する

  2. 1を満たし、さらに参加意志を持っているユーザが2人以上存在する

システムは、1の条件を満たした場合のアドホックコミュニティ候補をATの画面上に提示し、ユーザはそれに参加意志のあるコミュニティを選択することで、容易にそのコミュニティに参加することができる。また、1,2の条件を満たさなくなった時点で、ユーザはコミュニティを脱退する。

このように、動的にコミュニティを形成することにより、実世界における新しい友人関係を築くなど、総合的なコミュニケーション支援に繋がるだろう。

4 おわりに

本論文では、実世界コミュニケーションの支援システムを構築した。そのためのアプローチとして、コンテンツ間およびユーザ間の嗜好の類似度を求め、アドホックコミュニティの形成について考察した。

今後の課題としては、以下のものが挙げられる。アドホックコミュニティ候補の提示において、提示されたコミュニティがどのようなを趣旨のコミュニティなのかを、適切にユーザに伝えるためのインタフェースを作成する必要がある。

また、実世界のコミュニケーションにおいて、その場で有用な情報を提示し、コミュニケーションの支援を行うことが課題としてあげられる。