議論を誘発するカジュアルミーティング支援

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伊藤 周
名古屋大学大学院 情報科学研究科
土田 貴裕
名古屋大学大学院 情報科学研究科
大平 茂輝
名古屋大学 エコトピア科学研究所
長尾 確
名古屋大学 情報メディア教育センター

概要

1 はじめに

我々は集団による知識活動として古くから会議を行ってきた。意見交換の場である会議を利用し、他者から新たな意見を取り入れることで自分の考えを洗練し、よりよい知識活動を行うことができるようになる。

人との会話には会議のようにフォーマルに行われるものと雑談のようにインフォーマルに行われるものがあるように、会議の中でもフォーマルなものとインフォーマルなものがある。前者は企業の役員会議のように時間と場所を決め、事前に準備した議事計画に沿うものであり、後者はその場に居合わせた人が突発的に始めるようなものである。我々はその両者の会議を組み合わせて行うことにより他者から意見を引き出し議論を交わしてきた。フォーマルな会議だけでなくインフォーマルな会議も意見交換の場として重要であり、手軽に行えるインフォーマルな会議を支援することが議論を活性化させるためには不可欠である。

また会議で良い意見を得たとしても、記録して残しておかなければ忘れ去ってしまい、うまく利用することができない。議事録を作成することにより、得られた意見を忘れず思い出せるようになる。さらに、これを整理することでより議論を深める支援を実現できる

しかし会議をその場で詳細に記録することはコストが高い。フォーマルな会議では議論構造を付与する手掛かりとして事前に発表資料を用意したり、発言単位で構造化を行うなど比較的手間をかけやすいが、インフォーマルな会議では会議を行う際の障害となるためそのような手間をかけにくい。

会議を行うための準備にかける手間が少ないと、会議から得られる利益も少なくなりやすい。しかし、発想段階の会議において参加者から有益な意見を集め、その成果を活用することが可能になれば、論点をより明確にし、さらに深い議論を行うための準備が行いやすくなると考えられる。例えば、まったく発表資料なしで会議を行うと発言者が伝えたいことを伝えられない、会議中に参加者が会議内容を忘れてしまい何を話していたかわからなくなる、話が逸脱し何を話したかったのかわからなくなるなどの問題が生じやすい。これらの問題を解決することで現在の議論内容と関係した意見が多く集まると考えられる。またその中でも重要だと思われるものについては後から参照できるように記録されることが必要である。

そこで本論文では、発想段階の会議において会議記録を利用することにより議論を誘発させるためのシステムを構築した。発言者に負担をかけることなく会議を記録するために、インフォーマルな会議で行われることの多い図を描くという行為に着目した。図を参照しながら話し合いを行う場合には、発言と図の対応が多いと考えられる。特にシステム構成図やフローチャートなどの絵やダイアグラムなどについて意見を交わしたい場合には、議論前の準備は参照する図を用意する程度にし、その場で描いた図を共有しながら話すことが有効であると考えられる。参加者があらかじめ用意した図やWebで検索した図的表現を参照しながら行うインフォーマルな会議をカジュアルミーティングと呼び、この手軽に行うことのできる会議を記録し、その記録を用いることで参加者から意見を引き出す支援システムを試作した。

本研究が対象とするのは、図のようにホワイトボードの前に3名程度の参加者が集まり、図を描きながら話し合いを行う会議である。

カジュアルミーティングの様子

図1: カジュアルミーティングの様子

2 発想段階の会議の支援

カジュアルミーティングはその場で始められるような手軽さを活かした会議である。そこで扱われる議題は発想段階の問題であり、それゆえ事前に会議の準備をする手間を抑えつつ、参加者から意見を引き出し、より議論を深める準備をすることを目的として行われる。そのため参加者から意見を引き出し、他の参加者がそれを取り入れることで新たなアイデアを生み出すことが重要となる。参加者から意見を引き出すためには発言しやすい環境が必要であり、また発言の自由さを保ちつつ議論が逸脱することを防ぐためには参加者に会議の過程を意識させる必要がある。そして同じ議論の繰り返しを防ぎ効率よく新たな意見を生み出すために過去の議論を再利用する必要がある。そこで本研究では発想段階の会議を支援する方法として次のことが有効であると考える。

  • 図の利用

  • 会議の過程の確認

  • 過去の会議記録の利用

2.1 図を利用した会話

図の利用

参加者から意見を引き出すためには、会議中に参加者が会議内容を忘れてしまったり、話が逸脱することで何を話したかったのかわからなくなることを防ぐ必要がある。個人で覚書を作成することで会議内容を忘れにくくできるように、文字や図をホワイトボードに描き、参加者で共有することで話の逸脱を防ぐことができると考えられる。また図を併用して話をすることで意図をより正確に伝えることができ、議論が促進されると考えられる。形状や構造など言葉では表現しにくい事でも図を用いて表現することで発言者は参加者に理解しやすく説明することができ、参加者の発言を促進する効果もあると考えられる。さらに、図的表現を用いた発想法として代表的なKJ法やMindMapなどでは空間的な配置を用いて発想を行うように、配置を関連させて話をすることで参加者の議論を促す効果も期待できる。以上の理由からカジュアルミーティングでも図や文章をその場で描きながら会話できることが望ましい。

2.2 会議過程の提示

カジュアルミーティングの特徴として、発表者が発表資料などを用いて議論を誘導することが少なく、議論の中心となるモデレータが入れ替わりながら会話が続くことが挙げられる。したがって参加者が議論内容をよく把握してないと議論が逸脱し、参加者が自分の主張を述べるだけになり、何を話していたのかわからなくなり、会議の成果を得ることが難しくなる。会議では他の参加者の意見を取り入れつつ現在の議題に対し新たなアイデアを生み出すことが重要である。そのためにはまず、参加者が発言の履歴を参照し会話内容を把握しやすくすることが必要である。そこで会議内容を把握しやすくするために発言内容を記録し提示する。

また発言の頻度を確認することで意見が出ない状態を意識したり、議論が盛り上がっている部分を見返し意見を集める手がかりを得ることができる。そこで、音声・映像を用いた会議記録と同期してテキストおよび図を記録し、タイムライン上に並べて参加者に提示する。発言者は発言開始と終了を入力し、書記が発言内容を表すキーワードを記録したものを図の描画履歴と合わせて提示する。

2.3 会議記録の利用

大学の研究室など、それぞれある程度独立した研究を行う集団が複数集まった組織では、それぞれの研究団体ごとに会議を行う場合が考えられる。会議内容はこれらの団体ごとに別々に行うが、大きな枠組を共有する場合が考えられる。カジュアルミーティングの記録を閲覧することで、既存のアイデアが発想の種として利用され、発想が促進されると考えられる。そこで対象となる記録は参加者が過去に行った会議に限らず、より多くの人で共有されるべきである。

またホワイトボードを用いた会話を観察した際に、過去に行った議論について参加者が言及した時に他の参加者がその議論を忘れて議論がかみ合わないことが観察された。このときに忘れてしまった議論を参照し、その時の話し合いの様子を映像・音声を用いて閲覧することでその時の記憶を思い出しやすくなる。例えば、参加者が過去に行った会議で描いた図を再現することで、その時の議論内容に言及することがある。その際には、議論内容を思い出しキーワードを用いて検索するだけでなく、図を描くことで検索できることが好ましい。また図を用いた検索が可能になることで、参加者がホワイトボードに描いた図の一部と同じような図を描いた過去の議論をシステムが検索しその記録を提示するなどの支援が実現できる。

このように現在の議論に関係のある過去の会議記録を提示することでより多くの意見を集められるようになると考えられる。また現在の問題と関係のある様々な事を比較し会話することで、参加者が潜在的に持っていた問題意識を表現しやすくする。

2.4 カジュアルミーティング支援システム

前節で述べた要求を満たすシステムを図に示した。本システムではアイデアを提示する参加者の他に、参加者の発言を記録する書記が必要である。本システムは次のインタフェースをもつ。

システム構成図

図2: システム構成図

  • ホワイトボード

    mimio\footnote{http://www.kokuyomimio.com/}と呼ばれるホワイトボード記録用デバイスを用いて図を用いた会議を記録する。参加者がホワイトボードに描いた図は、線一本ごとに1つのストロークとして描画された時間情報とともに記録される。描画の際に用いるペンは4種類まで識別することができる。本システムではそのうち3種類を3色のペンの色に対応させた。%図は線1本ごとに時間情報とともに記録される。%参加者がホワイトボードに描いたまたホワイトボードは図の描画のためだけでなく、操作用のペンやタッチセンサを用いて記録システムを操作するためにも用いる。ホワイトボード上の一部領域にはボタンなどの機能が割り当てられている。その領域をペンで点や線を描くようにすることでマーキングやカメラの操作などを行う他、タッチセンサに触ることで参加者が発言時間を入力することができる。参加者は発言開始前と発言終了時に自分に割り当てられた領域をタッチする。参加者ごとに異なる領域を割り当てることで発言者の識別を行う。

  • 大型ディスプレイ

    端末

    会議過程および過去の会議記録を提示する。大型ディスプレイには図のように進行中の会議の記録と過去の記録が表示され、参加者はキーワードや図を利用し、現在の議論と関連があると思われる過去の会議記録を閲覧することができる。会議記録の映像をすべて閲覧することは時間がかかるため、キーワードや図を利用することで部分的に閲覧することを支援する。具体的には、タイムライン上に表示された参加者の発言時間と図の描画時間によって発言の頻度が確認できる。タイムライン上で発言頻度の高いところやキーワード、図の一部を指定することで、それが記録されたときの映像を閲覧することができる。

  • 会議過程を提示し、参加者が各自議論内容を確認するために使用する。また書記および参加者がテキストの入力をおよび修正を行う。書記用の端末には専用のテキスト入力ツールが表示され、発言者の発言内容を表すキーワードを記録する。書記がキーワードを入力し始めた時間と入力し終わった時間が同時に記録され、サーバに送信される。

その他に映像・音声情報を記録するカメラとマイク、そしてその記録を行うサーバによって構成される。

2.5 会議記録の構造化

会議参加者であればその記録をタイムラインに並べたり、映像・音声の一部を閲覧することでその時の議論内容を思い出しやすくなると考えられる。しかし会議参加者以外にとってタイムラインは議論内容を把握するための手がかりとなるとは考えにくい。そこで、会議中に記録した議事録に要約を付与することが必要となる。

要約を行う方法の一つに、IBISのように議論を構造化した情報を利用する方法がある。カジュアルミーティングでは入念に議事計画を立てる手間をかけることが難しいような議題を扱うため、発言単位で議論を構造化することが難しい。そのためgIBISのように議論構造をもとにして発言同士をまとめるなどグラフを単純化して要約を得ることができない。そこで議論中に発言を阻害しないように記録した情報を利用し、会議内容を把握しやすくする必要がある。たとえば議論中にホワイトボードに図を書くが、この行為には第節で述べた利点の他に必要な情報を選び出す際の手がかりを記録できるという利点がある。したがって参加者はそれを手間であるとは感じにくい。書記による記録や発言時の時間の記録は会議を実施する手間を増やしているが、将来的には音声認識を用いて自動化することを想定している。

ここでは会議内容を把握しやすくするために、議論中に参加者が付与した図や発言時間と、書記の記録したテキストを利用して会議を複数の部分に分割する。各々の部分をここではトピックと呼ぶが、これは例えばインタフェースの特定の部分について議論している時間区間であったり、会議全体の議題に含まれたり派生した小さな話題について話している時間区間に対応したものである。トピックの分割は初めてその会議記録を見る人が内容を把握しやすくするために行うものである。参加者が主観的に判断して決めるものであり、客観的かつ明確に区間を区切れるものではない。

会議をトピックという単位に分割する際には、議論中に明示的に話題の切れ目を記録するだけでなく、図の描画記録や発言時間を手がかりに事前に自動で分割されていることが望ましいと考えられる。参加者が話題の切れ目を意識して記録しようと努めても、話題が抽象的であったり議論に集中しすぎた時には的確に行うことができない。そこで、ホワイトボードの図と発言、キーワードの記録が一定時間以上存在しない区間を検出し、次の記録の開始地点を境目にして分割する。これは議論中に参加者の考えが煮詰まりしばらく会話をしなかった後に、思いつくことを発言したり図を描くことにより議論の誘発を狙った行為などが該当する。

また参加者によって話題の変化を意識している人もそうでない人もいると考えられるので、議論直後に参加者全員でトピックの分割を行うことでできるだけ多くのトピックに分割するようにする。分割されたトピックに対し、名前や概要を付与することで、議論内容を把握しやすくする。

2.6 会議中の会議記録の利用

図の描画履歴、参加者の発言時間及び書記によるキーワード入力時間が同期して記録される様子を図に示した。入力されたキーワードは、それが入力される直前に行われた発言に対応させている。このように同期して記録した会議記録を大型ディスプレイと端末に表示することで、参加者が個別に現在の会議の内容を把握したり、過去の議論を閲覧しその内容を利用することができる。しかし会議記録の映像をすべて閲覧することは時間がかかるため、効率よく閲覧し議論内容を把握する必要がある。

本システムではキーワードあるいは図を利用することで会議記録を検索し閲覧することができる。ホワイトボードに描かれた図をストロークの記録頻度とトピックの区切りを利用することでセグメンテーションし、手書き文字認識手法を用いて検索を行う。そしてホワイトボードに描かれた図の一部を選択することで、その部分が描かれた時刻の映像・音声を閲覧することができる。参加者は時間軸に沿って会議を思い出すだけでなく、覚えている図や関係があると思われる図を参照している議論を辿ることで会議内容を把握することができる。

大型ディスプレイには左側に現在進行中の会議の記録が、右側に過去の会議記録が表示される。それぞれの記録は図の描画時間と発言時間がタイムライン上に表示される。またタイムライン上で選択した部分のキーワードがリスト状に表示される。タイムライン上に表示された発言や図を入力した時間や、図もしくはキーワードをクリックすることで、対応する時間からその時の映像・音声を閲覧することができる。図にはストローク情報と時間情報が合わせて記録されているので、図を構成する線をクリックすることでその線が描かれた時の映像・音声を閲覧することができる。

図とテキストを同期して記録

図3: 図とテキストを同期して記録

3 まとめと今後の課題

本論文では発想段階の問題を扱う会議に着目し支援を行うシステムを提案した。参加者の描いた図および書記の入力したテキストを記録し、テキスト検索や手書き図検索により関連のある過去の会議記録を提示することで、過去の議論内容を想起したり新たな意見を取り入れ、議論を誘発する支援を行う。過去の会議記録は、図の一部を指定することでそのときに行われていた会議を閲覧することができる。

今後の課題としては次のようなことがあげられる。

  • 実運用と評価

    実際にシステムを運用して会議記録を蓄積し、それにより議論が誘発されていくのか検証する必要がある。議論が誘発された度合いとしては、発言数や、発言内容が議題から逸れていないかの主観評価、閲覧した会議記録を基に行われた議論の数、会話が続いた区間の長さなどが挙げられる。

  • 構造情報を用いた会議記録の検索

    本論文では会議記録を複数のトピックという単位に分割し、そのトピックの時間に対応した発言や図を関係づけた。トピックに付与された要約を利用することで会議内容を把握しやすくなると考えられるが、そのままでは検索や再利用に十分な情報が付与されているとは言い難い。%そこで会議後により詳細な構造情報を付与することでキーワード一致以外の尺度で検索することが課題として挙げられる。例えばあるトピックで描いた図の上に重ねて書き加えた図に関係づけられたトピックや、議論中に参照した過去のトピックなどの関係を付けることでより良い検索を実現できると考えられる。またトピック間に構造を付与する行為自体が新たな発想へつながることが期待される。