RAT向けロボットにおけるビヘイビアコンテンツの共有と再利用

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成田 一生
名古屋大学 情報科学研究科
渡辺 一郎
(株)富士通研究所
長尾 確
名古屋大学 情報メディア教育センター

1 はじめに

近年、RAT(ロボット介在療法: Robot-Assisted Therapy)と呼ばれる医療が注目されている。RATは、何らかの疾患を持った患者がコミュニケーションロボットとふれあうことで、精神的、生理的または社会的な治療効果を得るものである。その中でわれわれは、RAT向けのテディベア型のコミュニケーションロボットを開発している

コミュニケーションロボットの開発では、適切なビヘイビアをロボットに組み込むことがコミュニケーションにとって重要である。ここで、ビヘイビアとは、ロボットがモータ、あるいはスピーカなどのデバイスの出力を行うプログラムのことを指す。組み込んだビヘイビアがコミュニケーションにとって適切かどうかを検証するには、被験者実験を行う必要があるため、コミュニケーションロボットの開発手法としては、運用を行いながら、改良を加えていく手法が望ましい。さらに、そのような開発手法を取り入れるためには、ロボットについて専門的な知識を持たないRATの実施者が、容易にビヘイビアを設計したり、ロボットに組み込んだビヘイビアを動的に修正したりできる仕組みが必要である。また、RATにおける経験的な知識によって設計されたビヘイビアをRAT実施者同士で共有することは有用であると考えられる。

そこで、われわれはビヘイビアを、ユーザによって自由に作成および共有可能なコンテンツの一種としてとらえ、RAT実施者が容易に設計し、ロボットへ反映させることができるシステムを開発した。本システムはGUIによるビヘイビアエディタおよびビヘイビアコンテンツの共有サーバからなる。ユーザがエディタを用いて設計したビヘイビアはサーバ上で共有され、また既存のビヘイビアを再利用して変更を加えることができる。

ビヘイビアコンテンツの作成

われわれの開発したロボットは、12個のサーボモータ、全身のタッチセンサ、カメラ、マイク、スピーカなどによって構成されており、それらを内蔵の小型PCで制御している。鼻先に搭載されたカメラを使って顔領域を認識したり、マイクで入力された音声を認識することができる。また、音声合成による発話機能を備えており、音声認識と組み合わせることでユーザとの対話を実現できる。また、内蔵のPCによって無線ネットワークに接続することができる。

われわれは、このロボットにおけるビヘイビアをGUIで設計できるツールを開発した。われわれはこのツールをビヘイビアエディタと呼んでいる。本エディタの動作画面を図に示す。

ビヘイビアエディタの動作画面

図1: ビヘイビアエディタの動作画面

本エディタでは、ロボットのアクションや発話内容、およびその実行条件を編集することで、ユーザが容易にGUI上で設計することができる。実行条件としては、タッチセンサや音声認識結果などを指定する。アクションとはここでは各サーボモータの動作シーケンスのことを指し、エディタ上ではタイムラインウィンドウ(図-A部)において編集を行う。また、作成中のアクションの外観を随時確認するために、簡易プレビュー機能を設けた。エディタ上のプレビューウィンドウ(図-B部)では、タイムライン上で編集したロボットの外観が同期的に再現されており、エディタの再生ボタンを押すことでアクションがアニメーションとして再生される。

また、無線ネットワークを通じて、本エディタとロボットを連携させることが可能である。本エディタはあらかじめ関連付けられているロボットとTCP/IPプロトコルでコネクションを設け、エディタのインタフェースとロボットの動作をリアルタイムに同期する。エディタとロボットを同期させることによって、プレビューウィンドウ上の仮想表示を実際のロボットでリアルタイムに確認したり、また逆に、ロボットの手足をユーザが持ち上げたり動かしたりすることで、サーボモータの値をエディタにフィードバックし、エディタの入力インタフェースとしてロボットを利用したりすることができる。

ビヘイビアコンテンツの共有と再利用

本エディタで設計したビヘイビアは、専用の共有サーバに保存され、すべてのビヘイビア設計者同士で共有される。ユーザは他者の設計したビヘイビアを編集したり、またエディタ上の操作により、この共有サーバから新しいビヘイビアをダウンロードし、ロボットに書き込んだりすることができる。この共有の目的は二つある。一つは多数のビヘイビア設計者が設計したビヘイビアの中から、RAT実施者がその状況に応じて適切なものを選択できるようにすることである。もう一つは、ビヘイビア設計においてコラボレーションの効果を取り入れることである。ここでコラボレーションの効果とは、複数人の設計者が共同で作業することによってビヘイビアの多様性を高めること、また、既に設計されたビヘイビアを再利用することで、新規作成時における作成コストを下げることを指している。

さらに、ビヘイビアをより容易に再利用可能にするために、ビヘイビア全体を共有するだけではなく、ビヘイビアにおけるアクションを部分的に共有する仕組みを実現した。このアクションの一部分を本研究ではアクションパーツと呼ぶ。アクションパーツは、たとえば「まばたきをする」や「右手を挙げる」といった、一つのビヘイビアにおける、再利用する価値のある基本単位である。本エディタでは、ユーザがタイムラインウィンドウ上で範囲を指定し、アクションパーツとして共有ライブラリに登録することができる。共有ライブラリは前述のサーバ上に保存されており、ユーザはビヘイビアを作成する際、この共有ライブラリからアクションパーツをタイムライン上にドラッグアンドドロップ操作を行うことで、アクションパーツの組み合わせで新しいビヘイビアを容易に設計することができる。アクションパーツの利用例を図に示す。図は、ロボットの「まばたき」を表現するシーケンスをアクションパーツとして登録し、それを一つのビヘイビアで二度利用している。

「まばたき」を表現するアクションパーツの再利用

図2: 「まばたき」を表現するアクションパーツの再利用

ビヘイビア共有にアクションパーツの概念を導入したのは、単にビヘイビア設計のコストを下げるためだけでなく、ビヘイビアに意味的な構造を与えるためでもある。ビヘイビア共有では、共有されているビヘイビアが増加した場合、目的のビヘイビアを効率的に検索することが必要になると考えられる。しかしビヘイビアとは、サーボモータを動作させるシーケンスの集合に過ぎず、そのシーケンスがどのような意味内容を表現しているのかを機械的に推定することは困難である。そこで、本研究ではアクションパーツを、ビヘイビアコンテンツに関する意味内容の構造化の一つとして位置づけ、ビヘイビアの検索に利用する。たとえば、本エディタでは、共有されているビヘイビアを検索する際、どのアクションパーツが利用されているかを指定できる。これにより、ビヘイビアにアクションパーツが適切に設定されていれば、たとえば「『まばたき』しながら『首をかしげている』ビヘイビア」といったような、ビヘイビアの意味内容に関する検索が可能になる。

2 おわりに

本論文ではビヘイビアをコンテンツとしてユーザが設計し、それを共有および再利用できるシステムを提案した。今後の課題は、ロボットを含めた本システムの評価実験である。具体的には、ビヘイビア設計におけるコラボレーションの効果についての実験、また、実際にRATの実施者に対してロボットとエディタを配布してユーザビリティを評価する実験を予定している。