議論コンテンツの柔軟な再利用が可能なカジュアルミーティングシステムに関する研究

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石戸谷 顕太朗
名古屋大学 大学院 情報科学研究科 メディア科学専攻

概要

近年,社会は企業・団体などの組織において,知識が高い価値をもつ知識社会へと変化しつつあり,組織に所属するナレッジワーカーの諸活動の中から,いかに知識を抽出するかということが注目されている.現在のナレッジマネジメントシステムが対象とするのは,報告書や提案書などの成果物,メールシステムや掲示板システムでのユーザーのアクティビティといった,コンピュータで扱うことが容易なデジタル情報に限られている.しかしながら,ナレッジワーカーの諸活動には,コンピュータを通じて得られるものだけではなく,他の人間と顔をあわせ,時間と空間を共有しながら行う,実世界における多様な活動が含まれる.

われわれは,これまでにも実世界における諸活動の中でも会議に着目して研究を行ってきた.本論文では,会議の中でも目的・時間・場所・議題を問わず行われている,いつでもどこでも手軽に行うことができる少人数対面同期型のカジュアルなミーティングに着目し,それをカジュアルミーティングと総称して,その支援技術の研究を行う.

カジュアルミーティングにはその性質上,行われた議論を記録しにくいため,揮発性が高い,過去の議論との連続性が失われやすい,成果との関連性が明示的でない,形式化されないため蓄積されない,などの問題点がある.

また,近年,技術の進歩とともにプロジェクタや大型ディスプレイの価格が低下し安価に購入することが可能になり,複数のディスプレイが環境に存在することを想定できるようになってきた.このような複数ディスプレイ環境においては,情報提示ツール同士を連携させてミーティングを行うことが可能であろう.例えば,手書きに適した大型ディスプレイで図を描き,より情報を俯瞰しやすいプロジェクタスクリーンにその図を貼り付けて分類・整理しながら議論を行うことができる.

そこで,本研究では,カジュアルミーティングで行われる議論を「いつでも,どこでも」検索・再利用が可能なコンテンツとして記録し,議論中・議論後に過去の議論を検索・再利用できる,複数ディスプレイ環境に対応したカジュアルミーティングシステムを実現した.

また,過去の議論の引用による効果を,ミーティングにおける冗長性という観点から評価するため,被験者実験を行った.この実験では,被験者にホワイトボードと本システムを利用して,それぞれ2回ずつ議論してもらった.議論内容の定量的評価の結果から考察したところ,本システムを利用することで,ミーティングの冗長性を低減できていることが確認できた.

はじめに

1960年代半ば,Bellが産業革命以後続いてきた工業社会の終焉とその未来を予見し,情報を取り扱う諸活動が社会の中心となる,脱工業社会の可能性を唱えた.以来40年の間に社会は,Bellの予見通り情報革命を迎え,本格的な情報社会へと移り変わってきた.そして,社会はTofflerやDruckerがその訪れを予見したように,知識が高い価値を持つ知識社会へと変貌を遂げようとしている.

知識が企業・団体における,最も重要な財産あるいは活動の資源として捉えられる知識社会において,現場で直接知識を取り扱うナレッジワーカーの諸活動の中から,いかにして知識を抽出・蓄積していくかということが注目されている.野中らは,組織がナレッジワーカーの創り出す知識を抽出・蓄積・増幅していくための実践的な仕組みとしてナレッジマネジメントの重要性を提唱している.そして,組織に属するナレッジワーカーそれぞれが経験的に蓄積している,形式的言語では表現することができない主観的な知識である暗黙知を,形式的言語で表現することが可能で客観的な知識である形式知へと,変換するプロセスとしてSECIモデルを定義している.SECIモデルでは,この変換プロセスを4つのフェーズに分解する.共同体験などによって暗黙知を獲得・伝達する共同化(Socialization),得られた暗黙知を共有できるように形式知に変換する表出化(Externalization),形式知同士を組み合わせて新たな形式知を創造する連結化(Combination),利用可能となった形式知を基に個人が実践を行い,その知識を体得する内面化(Internalization)である.そして,それぞれのフェーズが「ナレッジワーカー同士の暗黙知を共有するための場」を通じて,個人・グループ・組織の相互作用の中で,ダイナミックに循環することによって個人,および組織の知識が量的にも質的にも増幅される.

ナレッジマネジメントを情報処理技術で支援する取り組みは,データマイニングやデータウェアハウス,グループウェアなどが挙げられる.なかでも一般的なグループウェアは,CSCW (Computer Supported Cooperative Work)と呼ばれるコンピュータによる協同作業支援に関する学術分野に基づくシステムの総称であり,具体的なものとしてはサイボウズやLotus Notesなどが挙げられる.これらのシステムには,組織内部や外部とのコミュニケーションを円滑に行うためのWebメール機能,メンバーとスケジュールを共有するスケジューラ機能,メンバー間の打ち合わせや議論を行うための掲示板機能など組織内の知識創出を支援する様々な機能が存在する.グループウェアの有用性は広く認知されており,中小企業の約6割がグループウェアを導入しているという調査結果も報告されている.

しかし,現在利用されているグループウェアの多くが「うまく情報が集まらない」「情報を蓄積しても有効に活用できない」といった同様の問題を抱えている.そしてそれは,知識を創出する主体であるナレッジワーカーが知識を組織に還元するインセンティブをどのように与えるか,モチベーションをどのように維持していくか,という運用的な課題であると同時に,ナレッジワーカーに負担をかけず自然に情報を抽出できるシステムをいかに構築するか,という技術的課題でもある.この問題に対してDavenportらは,ナレッジワーカーが業務プロセスの中で自然に知識を取り扱えるように,業務で利用する情報システムに知識を提供あるいは利用するための仕組みを埋め込んでいくことが重要であると指摘している.また,小林は,これまでのナレッジマネジメントシステムで蓄積される情報は設計書や提案書など業務に関する成果物だけであり,「どのようにしてその成果物が作成されたのか」という成果物に至るまでの背景情報が蓄積されていないために,組織内で培われた知識がメンバー間で効率的に継承されない点を指摘している

上述のようなグループウェアにおける情報の蓄積・利用の問題にアプローチしたシステムとして,近年,ナレッジワーカーに直接,報告書や提案書など,なんらかの成果物を登録させる形態ではなく,ナレッジワーカーのアクティビティを記録しマイニングする形態のナレッジマネジメントシステムが注目されている.このようなシステムは,より個人の活動に近いメールや社内掲示板・ブログなどのシステムを利用したコミュニケーションから知識を抽出しようという試みである.具体的な製品として,Knowledge Marketなどがあり,ナレッジワーカーのアクティビティを中心に据え,ナレッジマネジメントを業務プロセスに埋め込むことで,知識を効率的に抽出しまた利用できるようにすることに注力したシステムを実現しようとしている.

これらのシステムが対象とするのは,コンピュータで扱うことが簡単なメールや掲示板・ブログなどの情報が中心である.それはすなわち,すでにナレッジワーカーによって形式言語で表現された情報である.しかし,組織におけるナレッジワーカーのアクティビティには,現在コンピュータを通じて収集できるものだけでなく,多様な実世界インタラクションが含まれる.角らは,インターネットと実世界を対比して,インターネットは言語に大きく依存した情報がやり取りされているが,実世界の社会生活における対面コミュニケーションは言語情報だけでなく,身振り手振り,視線,立ち居地や姿勢,表情といった多くの非言語的な情報に支えられていると述べている.このような,人間同士が実際に対面して様々な状況を共有しながら行われる,言語的情報だけでなく非言語的情報を含む実世界インタラクションでは,より多くの暗黙知がやり取りされている.しかしながら,多くの実世界インタラクションは,記録が難しいために形式化されず,ナレッジマネジメントシステムに取り込むことができていない.

これらのことから,われわれは会議に着目する.会議は,企業・研究室などの組織において,所属するナレッジワーカー同士が互いに意見交換を行うことによって個人の暗黙知を獲得・伝達する共同化にあたる作業である.会議には様々な形態があり,例えば,学会の研究発表のように多人数の参加者が一堂に会して行われる発表形式のフォーマルな会議や,商品のアイディアを出し合うようなブレインストーミング,些細な話題についてに話し合うような限られた人数で行われる簡単なミーティングなどが挙げられるであろう.多人数が集まって行われるような会議において会議を円滑に進行させるためには,十分な事前準備が必要であるとされる.われわれは,以前からディスカッションマイニングと呼ばれる研究室のゼミを対象とした会議支援システムを提案している.しかし,ディスカッションマイニングが対象としているのは,事前準備を必要とするフォーマルな会議であり,日常的に行われている,より自然なコミュニケーションの中から知識を抽出し蓄積していくことも必要であると考える.そこで,われわれは少人数のグループで日常的に行われるカジュアルなミーティングに着目した.

カジュアルなミーティングとは,企業・団体において日常的に行われている対面同期型のコミュニケーション一般を指す.このようなコミュニケーションは,その目的・時間・場所・議題,あるいは参加者の所属などの素性・人数を問わず行われる.例えば,企業の開発プロジェクトにおいて実装方法の検討を行ったり,デザイナー同士でデザイン案を練ったりするような,ある程度事前準備を必要とするようなミーティングから,まったく違う企業・団体・プロジェクトに所属している人間同士がお互いの直面している問題について話し合ったり,情報科学の研究者が法学の研究者と廊下で話し合うような,事前準備ができない・必要のない偶発的なミーティングなどが挙げられる.いずれの場合も参加者は少人数で,フォーマルなミーティングで必要な会議の方法を必要としない.このような,いつでもどこでも手軽に行うことができる対面同期型のカジュアルなミーティングを,本論文ではカジュアルミーティングと呼ぶ.

カジュアルミーティングはナレッジワーカーが現場で日常的に行っているコミュニケーションであるから,そこには従来のグループウェアなどのナレッジマネジメントシステムが知識抽出の対象とするような報告書や設計書,フォーマルな会議の議事録,プログラムやデザインといった成果物になる以前の背景となるアイディアや知識が含まれている.さらに,最近のグループウェアが新たに解析の対象に加えている,メールや掲示板での非同期型コミュニケーションでは得られない,対面同期型コミュニケーションならではの,より自然で豊富な情報がやり取りされている.これらのことから,カジュアルミーティングを記録し,構造化し,コンテンツ化することで,これまでのナレッジマネジメントシステムでは抽出できないより詳細なKnow Whoや,形式化された知識同士の関連などを抽出できると考えられる.

会議を記録しコンピュータで取り扱えるようにするための研究は古くから行われている,一つは,映像および音声情報を解析し,参加者の挙動や音声の変化を抽出したものを利用する方法である.これらの研究では,会議の様子を撮影した映像と音声を解析し,会議参加者の挙動や音量の変化をイベントとして抽出することで,動画を閲覧する際の手がかりとして利用している.また,会議の議事録を音声認識により作成し,インデックス化を行う研究がある.この研究は会議を対象とし,音声認識によって議事録の書き起こしを行っている.しかし、これらの手法では,パターン認識の精度に限界があるため正確な情報が得られず,現在のところあまり実用的ではない.さらに,参加者の挙動や音声の変化が必ずしも議論内容に合致したものではないため,議論構造や会話の文脈などの意味を考慮した解析を行うことが困難である.したがって,会議で得られたアイディアや議論の経緯を検索する手がかりとして利用しやすいとは言えない.カジュアルミーティングにおいては,議題や目的・参加者を問わない日常的で自然なコミュニケーションであるために,これを記録し構造化することはさらに困難である.カジュアルミーティングに関する研究はさほど多くない.伊藤らはカジュアルミーティングを,フォーマルな会議を行う前段階の,創造的会議と位置づけて会議中に議事録を作成し,再利用するための仕組みを提案しているが,記録のために書記が必要であり,また再利用のために議論後にリフレクションと呼ばれる議論内容を振り返るフェーズを行わなければならないなど,カジュアルに利用するための仕組みとしては不十分である.

そこで,われわれは,情報技術によって解決可能なことは情報技術で解決し,人間にしかできないと思われることはできるだけ効率良く行えるように支援するという思想に基づいて,カジュアルミーティングで行われる議論をコンテンツとして記録するためのシステム,TimeMachineBoardを設計・開発した.TimeMachineBoardを利用して行われるミーティングは,図のように,2-5人程度の少人数のグループによって,プロジェクタ及び大型ディスプレイを柔軟に連携させて,ホワイトボードや黒板のように図や文字を書きこんだり,画像を貼り付けたりしながら行うことを想定している.

TimeMachineBoardの外観

図1: TimeMachineBoardの外観

カジュアルミーティングにはその性質上,行われた議論を記録しにくいため,揮発性が高い,過去の議論との連続性が失われやすい,成果との関連性が明示的でない,形式化されないため蓄積されない,などの問題点がある.一部の問題はカジュアルミーティングの情報を記録し,再利用可能なコンテンツとすることで解決するが,議論間のつながりや過去の議論を振り返るための仕組みがなければ,問題の解決には不十分である.そこで,議論で得られた意見を、他の会議において再利用できるようにする必要がある.齊藤らは過去に行われた会議における発言の記録を,新たに議論を行う際の手がかりとして利用するための研究を行っている.例えば,同じ研究室内における複数の研究グループで会議を行う場合では,類似した議題について議論を繰り返し行うことがある.その場合に,会議参加者が過去に類似した議論を行った経験があるならば,会議ごとにはじめから考え直すのではなく,その時の会議記録を参考にすることで,より議論を深めやすくなると考えられる.

しかし,先に述べたように,カジュアルミーティングは偶発的に行われることも多く,行われる場所や参加者が一定ではない.そのためある人物が研究室でミーティングを行い,同一人物が別の研究室に移動して,同じ話題でミーティングを行うことは容易に想像できる.そのため,記録した議論コンテンツを同じ場所で振り返ることができるだけでは不十分で,移動した先で記録した議論コンテンツを再生できるようにすることが必要である.そこで,TimeMachineBoardでは,ある場所で記録された議論コンテンツを場所に依存しない形式で保存し,移動した先で呼び出して再生し,必要な部分を再利用して議論を行うことを可能にした.

また,会議を行うことによって得られる効用を最大化するためには,議論していることが何であるのか,議論していることの関連情報はあるのか,どのように議論を進めれば良いのかなど,今現在行っている会議自体を俯瞰するような,メタ認知的視野が必要となる.会議参加者がこのようなメタ認知能力を備えていれば問題はないが,参加者それぞれの経験や知識に大きく依存する.このような問題に対して,ファシリテーションというノウハウがある.ファシリテーションを実践するファシリテータは,中立的立場から会議参加者全員の能力を引き出して円滑に会議を進行できるよう努める.ファシリテーション技術には,座席や設備・どのようなツールを使うかなど会議そのものに関する技術,議論を促す・アイディアを募る・時間の管理など議論の進行に関する技術,そしてホワイトボードやPost-itなどのツールを用いて議論内容の可視化を行い参加者が議論内容を把握することを支援する技術がある.なかでも議論内容の可視化は,グラフィックファシリテーションと呼ばれ,様々な書籍が出版されている.グラフィックファシリテーションは,どのようにして議論の内容をホワイトボードやPost-itを用いて分類・整理して会議参加者に提示すれば,会議参加者がより正確に議論内容を把握できるか,という技術である.このようなファシリテーション技術を会議に適用することで,会議参加者は議論内容を正確に把握しながら議論に集中して,よりよい会議を行うことができるようになる.

しかしながら,カジュアルミーティングは,少人数かつ場所・時間を問わずに行われるため,会議参加者がファシリテーション技術を持っていることや,専任のファシリテータをカジュアルミーティングに参加させることは難しい.そのため,よりよいカジュアルミーティングを行うためには,情報技術によるファシリテーションを実現する必要があるであろう.Marreirosらの研究では,会議で行われた提案に対して参加者が評価し投票を行って,システムが評価を行い,それを参加者にフィードバックするというプロセスを逐次行って会議を円滑に進めるシステムを提案している.システムによるファシリテーションが実現されれば,個人の経験や知識への依存性を緩和し,誰でもがより有益なミーティングを行えるようになると期待できる.TimeMachineBoardでは,ホワイトボードの替わりにプロジェクタ・大型ディスプレイを利用してミーティング中の参加者に情報を提示し,表示されるペンストローク・テキスト・イメージを位置や内容を編集できるようにすることを通じて,会議参加者の議論内容の把握を支援する.

以上のように,TimeMachineBoardでは,カジュアルミーティングで行われる議論のコンテンツ化を行い,ミーティングの場所を問わず議論コンテンツをミーティング中に振り返って再利用でき,またミーティングを円滑に行うことができるようなファシリテーションの機能を持ったカジュアルミーティングシステムを目指す.さらに議論コンテンツを,ナレッジマネジメントシステムにおいて再利用可能にし,議論コンテンツ間の関連や成果物との関連を俯瞰できるようにすることで,新たに議論を行う際により深い議論を行うことが可能になると考えられる.

本論文では,以上の考察に基づいて,ミーティングからの議論コンテンツの獲得と,会議中あるいは会議後における議論コンテンツの柔軟な再利用が可能なカジュアルミーティングシステムに関する研究成果について述べる.

以下に本論文の構成を示す.第2章ではカジュアルミーティングの定義とその記録である議論コンテンツ,そしてミーティングを円滑に進めるためのファシリテーション技術について述べる.第3章では,開発したカジュアルミーティングシステムについて述べる.第4章では議論コンテンツの検索と引用について述べる.第5章では,被験者実験を行い,本システムを用いることによって議論が円滑に進むかどうかを検証する.そして第6章では本研究に関連する研究について述べる.第7章では本研究の今後の課題と展望について述べ,最後に第8章で本研究のまとめを行う.

カジュアルミーティング支援

本論文では,会議の中でもカジュアルミーティングに着目し,カジュアルミーティングの記録と再利用による知識の獲得,そして,よりよいカジュアルミーティングを行うための支援を目標としている.そのために,まずは本研究が対象とするカジュアルミーティングがどのようなものかについて明確にする必要がある.また,カジュアルミーティングを記録することで得られる知識の形態である議論コンテンツと,カジュアルミーティングを円滑に行うために必要なファシリテーションについて詳細に述べる.

本章では,まず節においてカジュアルミーティングの定義と重要性,そしてその問題点について述べる.次に節において,カジュアルミーティングをどのようにして記録し,再利用可能なコンテンツ(本論文では,これを議論コンテンツと呼ぶ)とするかということについて述べる.さらに節において,会議を円滑に進めるためのノウハウであるファシリテーションの概要とその重要性について述べ,最後に節において,本章のまとめを行う.

カジュアルミーティングの定義と重要性

知識が企業・団体における,最も重要な財産あるいは活動の資源として捉えられる知識社会において,現場で直接知識を取り扱うナレッジワーカーのアクティビティの中からいかにして知識を抽出・蓄積していくかということが注目されている.

組織に属するナレッジワーカーから知識を獲得し利用するための仕組みとしてナレッジマネジメントシステムが挙げられる.島津らは,ナレッジマネジメントシステムの方向性について,従来は,報告書や提案書などの人手で作られ登録された成果物を対象としてきたが,今後は,それに加えてメールシステムやブログ・質問掲示板などの業務システムでのユーザー活動のマイニングによる知識獲得が主流になるとしている

このようなユーザー活動のマイニングに基づく知識獲得には,自明だが,ユーザー活動の記録がコンピュータで処理できなければマイニングができないという根源的な問題がある.われわれが,組織や団体における社会生活のなかで行っている,対面同期型の日常的なコミュニケーションは,コミュニケーションを行っている人間同士の会話に含まれる暗黙知や,その場の空気感,身振り手振りなどの非発話的行為など,業務システムで生成される情報よりも,はるかに多くの情報がやり取りされている.しかしながら,このような実世界インタラクションは,コンピュータで取り扱うことが難しく,ナレッジマネジメントの対象外となっている.そのため,組織や団体における実世界インタラクションを,コンピュータで取り扱うことのできる形式の情報として記録し,より有益な情報を抽出可能にすることが必要とされている.

われわれは,組織の中で行われる実世界インタラクションの中でも,会議に注目して研究を行ってきた.会議には,小林らが指摘する「成果物ができ上がるまでの過程」という背景情報が含まれている.筆者の所属する研究室では,ディスカッションマイニングというシステムを利用し,研究室内で行われる研究発表形式のミーティングを複数のカメラとマイクで記録し,発表中に議論構造をメタ情報として抽出し,会議をコンテンツとして蓄積している.このようなシステムは,学会での研究発表のようにある種の型が存在するフォーマルな会議には有効である.しかしながら,会議には,例えば,研究室の同輩同士で行うような研究発表をする前のアイディア出し,あるいはプレゼンテーションの校正や,廊下ですれ違いざまに行う情報交換など,カジュアルなコミュニケーションもある.

このような,一般に日常的な活動として行われている対面同期型のカジュアルなコミュニケーションを本研究ではカジュアルミーティングと呼ぶ.カジュアルミーティングは,その時々によって,場所・時間・人・話題を選ばずに行われる.また,議論を円滑に行うためにホワイトボード・黒板・印刷資料・ノート・プロジェクタ・PCなど,様々なツールが用いられる.そして,フォーマルなミーティングとは違い進行役や書記,あるいは事前準備をしなければならないなどの制約がない.制約がないため,より自由なコミュニケーションが行われていて,誰が何を知っているのかというKnow Whoの情報や,知識間の関連の情報がより自然な形でやり取りされていると考えられる.カジュアルミーティングを記録することで「成果物に至るまでの背景情報」だけでなく,より広範で有益なメタ情報を収集できるであろう.

しかしながら,カジュアルミーティングには,フォーマルミーティングにあるような制約から自由であるがために,記録しにくいという問題がある.そのため,ミーティングが終わってしばらく時間が経つと,行われていた議論の内容が揮発しやすい.そして,過去の内容に基づいて同じ話題で継続的に行われる議論では,過去の内容との連続性が失われてしまう可能性がある.筆者の研究室では,研究室内でホワイトボードを用いて行われる議論を構造化して記録し,記録を振り返ることで上述のような問題を解決するシステムの開発を行ってきた.しかしながら,カジュアルミーティングは時と場所を選ばずに偶発的に行われる可能性もあるため,記録して振り返ることができるようなシステムだけでは不十分である.いつでもカジュアルミーティングを行っているその場で,過去の議論が必要になったときに,議論の必要な部分を振り返り,再利用して議論を行うことができるような仕組みが必要となる.そのためにはまず,議論を再利用可能なコンテンツとして記録し構造化する必要がある.これについては,節で詳しく述べる.

また,カジュアルミーティングに限らず会議一般について言えることだが,より円滑で有益な会議を行うためには,会議参加者それぞれが,会議を何のために行っているのか,いま会議がどの方向に向かっているのか,最終的に必要な合意や結論は何であるのか,会議時間は適切かなど,会議そのものの進行や内容についてのメタ認知的な視座を常に持っていればいい.しかし,会議参加者全員が会議全体に対するメタ認知的な視座を持つことを期待するのは難しい.また,会議参加者のいずれもがメタ認知的な視座を持たない場合,往々にして発言力を持つ人間に依存しがちである.そのような会議では,意思決定や方針を話し合うための会議であるならまだしも,有益な議論が起こらないことが多い.このような問題を解決するためのノウハウにファシリテーションがある.ファシリテーションには,会議を円滑に進行するための技術が様々にあり,それらの技術を習得したファシリテータが中立的な立場から会議を進行することで,より有益な会議が期待できる.しかし,カジュアルミーティングにおいて,専任のファシリテータを用意することは難しい.そのため,より円滑なカジュアルミーティングを行うには,ファシリテータに代わって会議参加者にメタ認知的な視座を意識させるようなシステムが求められる.ファシリテーションについては節において詳しく述べる.

再利用可能な議論コンテンツ

ナレッジワーカーの知識活動には,調査や実験・検証・議論といった様々なプロセスがある.例えば,何らかの仕事を遂行するために必要な情報をWebや書籍・論文などの文献を調査したり,アイディアの妥当性を確認するために実験を行ったりする.調査や実験の結果を分析し,検証を行うことで問題点に直面したり,それを解決するために新たなアイディアや知識が生まれる.そして,このような活動の中で得られた知見に基づいて,他者と議論を行うことで意見を出し合い,活動そのものにフィードバックする.それぞれのプロセスは単独で行われるのではなく,相互に影響しあいながら繰り返し行われる.

上述のプロセスの中で,議論が行われる場である会議はナレッジワーカー同士の暗黙知を共有するための,『個人が直接対話を通じて相互に作業しあう「場」』として,重要な意味を持つ.また,議論は調査・実験・検証についての,違う視点からの意見や新しいアイディアなどを得る機会であり,特にカジュアルミーティングにおける議論は,知識活動の中でナレッジワーカー個人の考えを検証・発展させるために日常的に行われる,自由で自然なコミュニケーションで,他のプロセスを円滑に進めるために不可欠なものである.

カジュアルミーティングにおける議論に含まれる,他者からの意見やアイディアは,玉石混交で,有用でないものも多い.特に,廊下ですれ違いざまに行われるような偶発的なミーティングにおける議論に対して過度の期待をすることはできない.しかしながら,日常的なミーティングの中には,知識活動をよりよいものにする重要な議論も少なからず含まれている.

このような議論は,後の知識活動によって作られる成果物において,その成果物がどのような背景において作られたのか,という背景情報としての重要な意味を持つ.その時の議論に参加していた人物や,他の関連する議論やそこに含まれる知識は,知識活動のログとして利用することが可能で,これらを振り返ることによって得られるメリットは大きい.例えば,すでに行われた議論を振り返り,内容を捉えなおして新たなアイディアを生み出したり,あるいは複数の議論を組み合わせることでより深い知見を得たりすることができる.

そこで,議論を情報システムで取り扱える形式で記録し,検索可能なコンテンツにする必要がある.本論文ではコンテンツを,情報をコンピュータが取り扱えるデジタル形式で記録し,検索や再利用が可能なように構造化したうえで,ネットワークを利用して流通できるようにしたものと定義する.また,議論を対象として,記録・構造化しネットワーク上で流通可能にしたコンテンツを議論コンテンツと呼ぶ.

カジュアルミーティングにおける議論コンテンツの元となる情報には,ミーティングの音声はもちろんのこと,ミーティングを円滑に行うために用いられる様々なツールを用いて表現される情報も含まれる.例えば配布資料・黒板・ホワイトボード・ノート・フリップチャートなどの内容である.議論コンテンツは,これら複数のメディアを包含するマルチメディアデータである.記録されたマルチメディアデータに含まれる情報は膨大なものであり,そこから重要な議論を探しだすことは困難である.そこでマルチメディアデータに時間・場所・会議参加者などのメタ情報を付与することはもちろん,議論を発言単位に分割して構造化し,そこに含まれる発言に内容を表す適切な情報を付与する必要がある.しかしながら,カジュアルミーティングがカジュアルであるためには,テキストの書き起こしなど,人間が本来行う必要のない労力を,情報システムが検索や構造化を行うために必要最小限に抑える必要がある.

カジュアルミーティングにおける問題点として,議論内容の揮発性が高いこと,過去の議論との連続性が失われやすいことを挙げた.これらの問題は,議論コンテンツを蓄積し議論内容を議論後に振り返ることを可能にすることである程度改善することができる.しかし,カジュアルミーティングは時間・場所を問わず行われるため,その場で,必要な時に,必要な部分を振り返ることを可能にする必要がある.そのため,議論コンテンツを記録するたびに,カジュアルミーティングを支援するシステムから,ネットワークを通じて常にアクセス可能な状態にし,カジュアルミーティングの最中に検索を行って内容を閲覧できるようにしなければならない.さらに,ホワイトボードなどのツールを用いて書かれた図や絵は,時に現在の議論でも利用する価値がある.そのような場合に,過去の議論コンテンツの図や絵を再利用して,現在の議論において生かすことを可能にする必要がある.議論コンテンツの再利用のログは,現在の議論と過去の議論を関連付ける有益な情報であると考えられる.

このように,ナレッジワーカーの知識活動の中心的な位置を占める議論を,その場で行われた会話や議論に用いられたツールの情報を含むマルチメディアデータとして記録し,構造化して蓄積し,さらに時間と場所を問わず閲覧・検索・再利用可能な議論コンテンツとすることで,人間の知識の再生産を促進することになると考えられる,

ファシリテーションによる会議の円滑化

ファシリテーションとは,組織に属するナレッジワーカーの知識活動をより円滑に行い,問題解決,アイディア出し,合意形成を支援し促進していくためのノウハウである.ファシリテーションを行う,ファシリテータの役割は,会議に限らず組織の目的や方向性を明確にし,ナレッジワーカーのモチベーションを引き出しコミュニケーションを円滑にすることにある.

会議を円滑に進行し有益なものとするためには,極端に言えば事前に,議題・内容・議論するべき項目,必要な合意あるいは結論,会議を行うことによって得られる効用などの会議の諸要素を明確化し,また,会議の内容にあった型を選択して,参加者がその型について理解し共有していればいいであろう.さらに参加者全員が議論の最中にこれらの情報を常に意識し,客観的かつ俯瞰的なメタ認知的視座に立って,議論に参加すればよい.しかし,このような会議を日常的に運営するのは極めて困難である.個人の経験や知識はばらばらであり,参加者それぞれの立場や思惑も違う.そのため,時間ばかりかかって結論の出ない会議や,鶴の一声ですぐに終わるが内容に乏しい会議が行われている.このような会議において,会議をメタ認知的視座に立って中立的に進行し,会議に方向性を与え,議論を誘発して,より有益なものにする役割を担うのがファシリテータである.

ファシリテーション技術には,座席や設備・どのようなツールを使うかなど会議そのものに関する技術,議論を促す・アイディアを募る・時間の管理など議論の進行に関する技術,そしてホワイトボードやPost-itなどのツールを用いて議論内容の可視化を行い参加者が議論内容を把握することを支援する技術がある.なかでも議論内容の可視化については,グラフィックファシリテーションと呼ばれ,様々な書籍がでている.グラフィックファシリテーションは,どのようにして議論の内容をホワイトボードやPost-itを用いて分類・整理して会議参加者に提示すれば,会議参加者がより正確に議論内容を把握できるか,という技術である.ファシリテータがグラフィックファシリテーションを行うことで,会議参加者は議論内容を正確に把握しながら議論に集中して,よりよい会議を行うことができるようになる.

しかし,時間や場所,参加者に制約のないカジュアルミーティングでは,専任のファシリテータをカジュアルミーティングを行うたびに参加させることは難しい.すると,よりよいカジュアルミーティングを行うためには,ホワイトボードにどのように文字を書けば見やすいか,Post-itをどのように使えばアイディアを整理しやすいか,どのような情報を提示すれば議論内容がが伝わりやすいか,などといったファシリテーションの技術を個々人が持つ必要がある.しかしながら,このようなノウハウを獲得しファシリテータとして実践できるようになるには,トレーニングが必要で,全員が技術を習得するというのは現実的ではない.

そこで,ファシリテーションを支援し,会議を円滑に進めて,より有益な議論コンテンツの獲得を可能とするシステムが必要となる.このようなシステムに求められるのは,ホワイトボードやPost-itなどの機能を併せ持つ,会議参加者が効果的に議論内容を確認することができる情報提示システムであり,会議参加者に議論を促したり,時間を意識させたりする議論のガイドシステムであろう.

このように,ファシリテーション技術の要素を組み込んだ情報システムを用いてカジュアルミーティングを行うことで,会議参加者個々人の経験や知識への依存を低減し,より円滑で有益な議論コンテンツの獲得が可能になると考えられる.

まとめ

本章では,まず本論文が支援の対象とするカジュアルミーティングを,「組織における実世界インタラクションの中で,日常的な活動として行われている対面同期型のカジュアルなコミュニケーション」と定義した.そして,カジュアルミーティングがより有益な知識獲得のための対象として重要なものであることを示した.またカジュアルミーティングにおける議論が知識活動の中で中心的な位置を占めていることと,議論をコンテンツとして扱うことの重要性を述べた.さらにカジュアルミーティングを円滑に進行し有益な議論コンテンツを獲得するためには,ファシリテーション技術の要素を組み込んだシステムが必要であることを指摘した.

次章では,上述の考察に基づいてカジュアルミーティングを情報システムを用いて支援する手法を,その具体的な実装であるTimeMachineBoardのコンセプト及び議論コンテンツの記録・構造化・再利用の手法とあわせて説明する.

カジュアルミーティングシステム:TimeMachineBoard

TimeMachineBoard(以後,本システムと呼ぶ)は,カジュアルミーティングをシステムによって支援し,検索・再利用が可能なコンテンツとして記録し,またシステムによるファシリテーションを実現することで,ナレッジワーカーの知識活動を支援するシステムである.

本章では,われわれが実現したカジュアルミーティングシステムについて具体的に述べる.まず節において,本システムのコンセプトについて述べ,次に節において,本システムの具体的なシステム構成を述べる.さらに節において,本システムが実現する諸機能について述べる.最後に節において本章のまとめを行う.

TimeMachineBoardのコンセプト

本システムが対象とするカジュアルミーティングについては,章において述べたように,次のような特徴をもつ.

  • 2人から5人程度の少人数

  • 必要に応じてホワイトボード・黒板・フリップチャートなどのツールを用いる

  • 事前準備を必須としない

  • 書記や議長,ファシリテータなどの特定の役割をする参加者を必須としない

われわれは,このような特徴を持つカジュアルミーティングを支援するために,新たなミーティング環境を提案する.

カジュアルミーティングを支援するシステムには,できるだけミーティングに制約を与えず,参加者の発言を妨げないようにし,暗黙的に取得できる情報の処理は可能な限り自動化して,人間にしかできないと思われることはできるだけ効率良く行えるように支援することが求められる.本システムの実現に際して,この要求を常に意識して研究・開発を行った.

節で述べたように,会議における実世界インタラクションを記録するために行われている研究では,参加者の発言,表情や身振り手振りなどによってあらわされる会議風景を,テキストや映像,音声を含むマルチメディアデータとして,詳細かつ効率的に記録するため,ディスカッションマイニングにおけるディスカッションルームのような,記録を行うための設備が大掛かりになってしまう場合がある.本システムにおいては,カジュアルミーティングであることを前提とするため,記録を行うために必要な設備を減らし複数の場所に設置できるようにすることを優先した.

ホワイトボードや黒板,フリップチャートなどの情報提示ツールは,参加者間で現在議論されていることをまとめながら提示しあうことで,参加者が議論内容について把握し共有するための重要な役割を果たしている.そして,節で述べたように,このような情報提示ツールをより効果的に利用するためには,参加者のより正確な議論内容の把握を可能にするグラフィックファシリテーションの高いスキルが必要となる.グラフィックファシリテーション技術では,ファシリテータが,ミーティングで行われている議論の内容を整理・分類して参加者が見やすいように,矢印等を用いてリアルタイムに構造化する.また,参加者に意見を付箋に書いてもらい,それを模造紙に貼り付けていったりする手法もある.いずれも,議論内容を可視化し,参加者がより正確に議論内容を把握できるようにすることである.

しかしながら,カジュアルミーティングでは参加者がファシリテーション技術を持つことを期待することはできないし,専任のファシリテータを必ず参加させることも難しい.そこで,本システムでは,手書きの文字や図形を描くだけでなく,写真や資料を貼り付けたり,位置の変更や拡大縮小などをしたり,削除,編集,あるいは重要な部分を指し示したり,アンダーラインを引いたりすることを可能にして,グラフィックファシリテーションのスキルを習得していない参加者でも,より柔軟に提示する情報を変更しながら,議論内容を把握できるように支援する.具体的には,情報提示ツールとして図のような大型ディスプレイおよび図のようなプロジェクタスクリーンを利用する.このような情報提示ツールを用いることで,ミーティングの場で入力された情報をただ表示するだけでなく,参加者が情報を編集したり,あるいは,過去の議論を検索して結果を表示するなどの機能を実現することができる.

大型ディスプレイ

図2: 大型ディスプレイ

プロジェクタスクリーン

図3: プロジェクタスクリーン

さらに,本システムでは,複数ディスプレイ環境を想定している.複数ディスプレイ環境とは,ミーティングを行おうとする場所にプロジェクタスクリーンや大型ディスプレイが複数ある環境を指す.近年,技術の進歩とともにプロジェクタや大型ディスプレイの価格が低下し安価に購入することが可能になり,複数のディスプレイが環境に存在することが想定できるようになってきた.また,近い将来,パナソニックが提案するLifeWallのように壁一面がディスプレイという環境も実現するであろう.このような複数ディスプレイ環境においては,情報提示ツール同士を連携させてミーティングを行うことが想像できる.例えば,手書きに適した大型ディスプレイで図を描き,より情報を俯瞰しやすいプロジェクタスクリーンにその図を貼り付けて分類・整理しながら行うミーティングである.そこで,本システムでは,図のように手書きの文字や図を用いて議論を行いたい場合には大型ディスプレイを,図のように情報を並べて分類・整理しながら議論を進めたい場合にはプロジェクタスクリーンを,目的に応じて単体で,あるいは図のように組み合わせて利用できるようにした.

本システムの主な機能は次のとおりである.

IR(赤外線)ペンデバイス

図4: IR(赤外線)ペンデバイス

ポインタデバイス

図5: ポインタデバイス

【情報転送・表示機能】Stickyと呼ばれる本システムの専用クライアントソフトウェアを用いて,選択した大型ディスプレイまたはプロジェクタスクリーンに,画像またはテキストオブジェクトを転送して表示する機能.このStickyを用いて転送された画像またはテキストを,以後ディスプレイオブジェクトと呼ぶ.項において詳しく述べる.

【ペン機能】図のようなIRペンデバイスを用いて,大型ディスプレイをホワイトボードやフリップチャートのように利用して,図形や絵,文字などを手書きしたり,大型ディスプレイに表示されているディスプレイオブジェクトを直接選択して移動・拡大縮小をしたり,あるいはディスプレイオブジェクト中の文字列にアンダーラインを引く機能.項において詳しく述べる.

【ポインタ機能】図のようなゲームコントローラーであるWiiリモコンをポインタデバイスとして用いて,大型ディスプレイまたはプロジェクタスクリーンに対して,レーザーポインターのように画面内に表示されている情報を指示する機能.ペンと同様に,画面に表示されているディスプレイオブジェクトを選択して,移動・拡大縮小したり,アンダーラインを引くことができる.項において詳しく述べる.

【会話セグメンテーション機能】ミーティング中に,ポインタを利用して発言の開始点と終了点を設定し,会話をセグメンテーションする機能.項において詳しく述べる.

【検索・再利用機能】過去に行った議論を検索し,大型ディスプレイまたはプロジェクタスクリーン上に呼び出して,必要な部分をポインタを利用して選択し,現在の議論にペーストして利用する機能.項において詳しく述べる.

このように,本システムは,ペン機能によってホワイトボードとしての機能を実現し,さらに,ホワイトボードだけでは行うことができない,ポインタ・会話のセグメンテーション・検索・再利用の実現によって,カジュアルミーティングにおける諸問題を解決することを試みる.

次節では,本システムの具体的な構成について詳細に述べる.

システム構成

本システムの構成を図に示す.本システムには大きく分けて二つのコンポーネントがある.一方は,カジュアルミーティングを直接支援するミーティング環境コンポーネントであり,もう一方は,会議参加者が直接意識することのない議論コンテンツの蓄積などを行うバックエンドコンポーネントである.

ミーティング環境コンポーネントは,先に述べたとおり大型ディスプレイおよびプロジェクタスクリーンを情報提示ツールとして用い,入力装置としてポインタ,ペンおよびStickyを用いる.情報提示ツールが環境に複数ある場合,それぞれを連携させて利用したり,単一の情報提示ツールを用いたりする.各情報提示ツールは,それぞれに専用のPCに接続されており,TimeMachineBoardの基本プログラム(バックエンドコンポーネントを除く,ミーティング環境のプログラム)が動作している.

バックエンドコンポーネントは,本システムにおける全ての情報を蓄積するデータベースサーバー,複数のTimeMachineBoardおよびStickyを管理するインデックスサーバー,環境に存在する全てのポインタとペンを認識するためのIRカメラを統括するポインタサーバーからなる.

システム構成図

図6: システム構成図

0..1 ミーティング環境コンポーネント

まず,ミーティング環境コンポーネントについて詳述する.ミーティング環境には手書きの文字や図を用いて議論するための大型ディスプレイと情報を分類・整理しながら議論するためのプロジェクタスクリーンの2種類の情報提示ツールを選択できると先に述べた.大型ディスプレイとプロジェクタスクリーンの違いは,ペン機能を利用できるかということである.プロジェクタスクリーンは一般にサイズが大きくIRカメラで全体を捉えるのが困難であり、また人間がスクリーンに近づきすぎると影ができて操作に支障をきたすため,ペンを用いて文字や図を描くことはできない.それ以外の点については双方に差はない.

大型ディスプレイのIRバー

図7: 大型ディスプレイのIRバー

プロジェクタスクリーンのIRバー

図8: プロジェクタスクリーンのIRバー

IRIDデコーダ

図9: IRIDデコーダ

本システムでは,図に示すようなゲームコントローラーのWiiリモコンをする.Wiiリモコンには,電源ボタン,A・B・十字ボタン,マイナス・ホーム・プラスボタン,そして1,2ボタン,計12個のボタンが搭載されている.また,赤外線LEDの光点を4点まで認識することのできるIRカメラが搭載されている.さらに,WiiリモコンはBluetoothを用いて通信を行うことができるので,BluetoothでWiiリモコンに接続することで,認識された光点の座標などの情報をやり取りするプログラムを書けば,,本システムの操作を行うリモコン・ポインティングデバイス・ペンを認識するためのデバイスなどの様々な用途に利用することができる.

ポインタの動作原理について述べる.上述のようにポインティングデバイスには,Wiiリモコンを用いる.Wiiリモコンには固有のIDを割り当てることができる.本システムではミーティング参加者それぞれに一台ずつ,固有のIDを割り当てた専用のWiiリモコンを用意する.情報提示ツールの上部中央には,図および図のように,赤外線LEDを並べて輝度を高めたIRバーが設置されている.これは,ポインタで情報提示ツールを指示する時とペンを用いてストロークを描く時の基準点としての役割を果たす.また,IRバーはLEDを点滅させることで固有のID(以後,IRIDと呼ぶ)を出力することが可能である.LEDの明滅によって表現されるIRIDは図に示すようなIRデコーターを用いて認識することができる.IRデコーダはWiiリモコンの拡張ポートに接続して用いる.そして,Wiiリモコン固有のID,IRIDデコーダが認識したIRID,Wiiリモコンに搭載されたIRカメラが認識したカメラ座標系におけるIRバーの光点の座標をポインタサーバーに送信する.ポインタサーバーは受け取った座標をサーバーに接続している全てのクライアントにUDPパケットとして送信する.各クライアント(この場合TimeMachineBoardの各基本プログラム)は受け取ったパケットに含まれるIRIDが自分のIDであるかを確認して,処理を行う.このような一連の仕組みによって,「誰が,どの情報提示ツールの,どの部分を指示しているのか」を知ることができる.ポインタを利用して行うことができる諸機能については節で述べる.

続いて,ペンの動作原理について述べる.ペンデバイスには,図に示すような専用のIRペンを用いる.IRペンの後部にはLEDが搭載されていて,ペン先を大型ディスプレイに押し付けることで,点灯する仕組みである.LEDペンを用いて,大型ディスプレイ上に文字や図を描くためには,ペンが大型ディスプレイ上のどの部分にあるかをリアルタイムに認識する必要がある.本システムでは,この認識の仕組みにLeeが提案した手法を拡張して用いている.まず,図および図のように,ペン認識用のWiiリモコンを,ペンを利用する大型ディスプレイごとに大型ディスプレイの前方中空に設置する.このペン認識用のWiiリモコンは大型ディスプレイ上部に設置されたIRバーの光点の座標を常に認識していて,これを基準点として用いる.大型ディスプレイにペンを押し付けると,ペンの後部LEDが光りペン認識用のWiiリモコンは,基準点とペンの光点の2点を認識することになる.基準点は大型ディスプレイの上部に固定されているから,2点のうち下側の光点がペンの座標となる.そして,ポインタサーバーから送信されてきたカメラ座標系におけるペンの座標を大型ディスプレイの座標系に変換するためにキャリブレーションを行う.これによってペンが大型ディスプレイ上のどの位置にあるのかをリアルタイムに認識し,大型ディスプレイ上に手書きの文字や図を描くことができる.さらに,ペンのLEDもIRバーのLEDと同じく点滅によってIRIDを出力することが可能であり,ペンにポインタと同じIDを割り当て,ペン認識用Wiiリモコンに接続されたIRデコーダを用いてIRIDを認識することで,「誰が図や文字を描いたのか」を知ることができる.ペンを利用して行うことができる諸機能については節で述べる.

ペン認識用IRカメラ

図10: ペン認識用IRカメラ

ペン認識用IRカメラの設置例

図11: ペン認識用IRカメラの設置例

0..2 バックエンドコンポーネント

バックエンドコンポーネントは,ミーティング環境を裏側から支援するための仕組みで,議論コンテンツの検索・保存処理を行うWebデータベースサーバー,ミーティング環境におけるソフトウェア間の連携を支援するインデックスサーバー,IRポインタデバイスの管理を行うポインタサーバーからなる.

【Webデータベースサーバー】Webデータベースサーバーは,それぞれのミーティング環境から取得した情報を蓄積するサーバーである.本システムが対象とするカジュアルミーティングは,複数ディスプレイ環境で行われる.また,過去の議論コンテンツをどのTimeMachineBoardからでも検索し再生することができなくてはならないという要求がある.そのため,議論コンテンツをそれぞれのTimeMachineBoard内に保存するのではなく,どのTimeMachineBoardからでもアクセス可能な場所に蓄積していく必要がある.さらに,ナレッジマネジメントシステムや知識活動支援システムなどから,蓄積された議論コンテンツを利用できるようにする必要もある.本システムではこのような要件を満たすため,単に,リレーショナルデータベースを用意するのではなく,HTTPプロトコルを用いてネットワーク上のどこからでもデータを挿入・検索できるAPIを備えたWebデータベースを構築した.

【インデックスサーバー】インデックスサーバーは,ミーティング環境におけるソフトウェア間の連携を支援する.ミーティング環境には,情報提示ツールであるTimeMachineBoard,参加者が利用するStickyが複数存在し相互に連携しながらカジュアルミーティングを支援する.例えば,StickyはTimeMachineBoardに対して画像やテキストを転送することができる.また,参加者がポインタを用いてTimeMachineBoard上のディスプレイオブジェクトを選択した場合に,選択状態のディスプレイオブジェクトのリストをStickyに送信する.参加者はリストの中からディスプレイオブジェクトを選択して編集・削除を行うことができる.このような連携を実現するためには,複数のTimeMachineBoard,複数のStickyがお互いにそれぞれにアクセスする方法を知らなければならない.このような,ネットワーク上のピア同士が相互に接続を行う形態は,P2Pネットワークであるといえる.そこで,本システムでは,インデックス型のP2Pネットワークを構築した.インデックスサーバーでは,TimeMachineBoardでは固有のIDと名前,IPアドレスのセットを,Stickyでは利用している参加者の固有IDと名前,IPアドレスのセットをピアのリストとして管理する.TimeMachineBoardおよびStickyを立ち上げると,インデックスサーバーに登録を行い,すでに接続されているピアに対して更新されたピアのリストを送信し,常にあるインデックスサーバーに接続された全てのピアが最新のピアのリストを保持するP2Pネットワークを構築した.

【ポインタサーバー】

ポインタサーバーのシステム

図12: ポインタサーバーのシステム

ポインタサーバーは,ミーティング環境に存在するWiiリモコンのデバイスの管理と,Wiiリモコンが取得したIRバーの光点の座標情報を処理し配信する機能を持つ.図にポインタサーバーのシステム図を示す.ミーティング環境には,参加者が利用するポインタとペン認識用のIRカメラがある.ポインタサーバーとWiiリモコン間の通信はBluetoothを用いて行われる.ポインタサーバーでは,ミーティング環境に存在するWiiリモコンを認識するためのディテクターと呼ばれるソフトウェアが動作しており,環境内でディテクターに登録されているWiiリモコンの電源がONになると,ディテクタが自動的に検知しポインタサーバに接続される.1台のポインタサーバーに接続できるWiiリモコンの最大数は理論的には7台であるが,本システムでは転送量を考慮し1台のポインタサーバーに3-5台のWiiリモコンを接続する.

先に述べたとおり,ポインタサーバーに接続されたWiiリモコンは,LEDバーの光点の座標,IRデコーダによって認識されたLEDのIRID,リモコンの固有IDをポインタサーバーに送信する.ポインタサーバーはWiiリモコンから送信されてきた情報を接続されている全てのクライアントに対してUDPプロトコルを用いて配信する.そして,TimeMachineBoardは,ポインタサーバーから送信されてきた情報が自分に対するものかどうかをIRIDで判断して処理を行う.あるWiiリモコンがポインタかペン認識用のIRカメラかは,TimeMachineBoardに登録されたペン認識用のWiiリモコンの固有IDと送信されてきた情報を利用して判断する.このような一連の処理によって,複数ディスプレイ環境に対応したポインティングデバイスとしてWiiリモコンを利用することが可能になる.

TimeMachineBoardの諸機能

本節では,節で簡単に触れた本システムの諸機能について詳細に述べる.

0..3 情報転送・表示機能

本項では,ディスプレイオブジェクトの定義と,その操作について述べる.

まず,ディスプレイオブジェクトについて説明する.カジュアルなミーティングで頻繁に利用されるホワイトボード・黒板・フリップチャートを使う理由は,会議参加者全員が同じ情報を共有しながら議論を行うことで,議論内容を正確に把握しより有益な議論を行うためである.このようなツールを利用して表現されるのは,ペンで描かれる文字や図などの自由曲線のストロークである.また,写真や資料などを閲覧しながら議論するために,印刷して参加者全員に配ったり,全員が見える位置に貼り出したりする.

このような,ペンのストロークや写真・資料などは映像で記録したとしても,その内容を検索可能にするのは困難である.ペンのストロークをオンライン手書き文字認識手法を用いてコンピュータが処理可能な文字列として取得する方法も考えられるが,精度の問題から現実的ではない.また,資料や写真の内容を映像から認識することは依然として非常に困難である.しかし,ペンのストロークや資料・写真の内容をコンピュータで処理可能にして,時間情報とともに保存することによって,議論コンテンツを検索する手がかりとして利用することのメリットは大きい.

Sticky(テキストディスプレイオブジェクト)

図13: Sticky(テキストディスプレイオブジェクト)

Sticky(イメージディスプレイオブジェクト)

図14: Sticky(イメージディスプレイオブジェクト)

そこで,本システムでは,図のようなStickyと呼ばれるTimeMachineBoardの専用クライアントを用いて,文字列と写真・資料などの画像を情報提示装置上に転送できるようにした.本論文では,転送される情報を総称してディスプレイオブジェクトといい,文字列情報をテキストディスプレイオブジェクト,写真や資料をイメージディスプレイオブジェクトと呼ぶ.テキストディスプレイオブジェクトはそれ自体が検索可能な文字列を含むため,検索の手がかりとして利用できる.イメージディスプレイオブジェクトは,画像であるため,そのままでは扱いが難しいが,画像に対してOCRを行って画像内に活字が含まれていれば,文字列として抽出しイメージディスプレイオブジェクトと関連付けて保存することで,検索の手がかりとして利用する.

また,ディスプレイオブジェクトを用いることで,掲示される情報を並び替えて,分類したり,整理したりすることが簡単に行えるようになり,システムによるグラフィックファシリテーション効果として期待できるであろう.

本システムで利用するStickyの画面を図および図に示す.クライアントの上部には,現在ミーティング環境に存在するTimeMachineBoardが一覧として表示される.Stickyは自動でリストの更新を行うが,Refreshボタンを押すことで最新の状態に手動で更新できる.テキスト・イメージディスプレイオブジェクトを転送する場合には,一覧の中から転送を行いたいTimeMachineBoardを選択する.その下側にある「Text」「Image」というタブを選択することで,テキスト・イメージディスプレイオブジェクトの画面を切り替えることができる.

は,テキストディスプレイオブジェクトに関する画面である.左側のテキストボックスに文字列を入力し,「Send Text」ボタンを押すことで,選択されたTimeMachineBoardにテキストディスプレイオブジェクトが転送される.また,それぞれのTimeMachineBoard上で,テキストディスプレイオブジェクトが選択されると,画面右側にその一覧が表示される.すでに転送したテキストディスプレイオブジェクトを編集したい場合には,一覧の中から選択すると,テキストボックスに現在設定されている文字列が表示されるので,編集して「Send Text」ボタンを押すと,テキストディスプレイオブジェクトの内容が更新され,TimeMachineBoard上に反映される.同様に削除を行いたい場合には,右側の一覧のIDの左側のチェックボックスをONにして「Delete Selected」ボタンを押すことで削除することができる.

は,イメージディスプレイオブジェクトに関する画面である.転送する画像をどこから取得するかを左上のリストボックスで選択し「Capture」ボタンを押すことで,画像のプレビューがCaptureボタンの下に表示される.画像の取得元にはクリップボード,アクティブウィンドウキャプチャ,フルスクリーンキャプチャ,現在選択されているTimeMachineBoardのキャプチャを選択できる.特にTimeMachineBoardのキャプチャは,選択されているTimeMachineBoard上でペンストロークが選択されている場合には,そのキャプチャを,何も選択されていない場合にはフルスクリーンキャプチャを取得することができる.この場合転送して表示される情報は画像に変換されるが,メタ情報としてもとのペンストロークのIDを記録している.これによって複数ディスプレイ間の連携を行うことができる.すでに転送したイメージディスプレイオブジェクトの編集と削除はテキストディスプレイオブジェクトの場合と同様である.

ディスプレイオブジェクトを利用しながら議論を行うことによって,議論内容の把握を促進し,議論コンテンツに検索の手がかりを与えることができる.さらに,複数のTimeMachineBoard間で情報を転送できるようにすることで,議論コンテンツ間の関連を表現することができ,また手書きの文字や図を使いながら議論を行いたい場合には大型ディスプレイを用いて,議論内容を俯瞰したい場合にはプロジェクタスクリーンに手書きの図や文字を転送し,他のディスプレイオブジェクトと一緒に分類・整理しながら議論を進めるなどの使い分けが可能になる.

0..4 ペン機能

ペンの動作原理については,節において述べた.本項では具体的な機能について述べる.

まず,本システムではホワイトボードや黒板にあたる大型ディスプレイの背景情報について述べる.ホワイトボードや黒板などのツールと違い,本システムで利用する大型ディスプレイはコンピュータと接続されており,様々な情報を表示することが可能である.そこで本システムでは,ペンで文字や図を描く際の背景として,ホワイトボードモードと画面キャプチャモードを用意した.ホワイトボードモードは,本物のホワイトボードと同様に真っ白な画面であり,文字や図を手書きするのに適している.画面キャプチャモードは,直前に画面に表示されていた内容を画面キャプチャし,そこに文字や図を描くためのモードであり,プレゼンテーションの内容やHTMLに対して言及したい場合に利用できる.背景モードの切り替えは,メニューから行うことができる.

コンテキストペンメニュー

図15: コンテキストペンメニュー

ポインタメニュー

図16: ポインタメニュー

背景変更機能を含めたTimeMachineBoardの機能はペンまたはポインタを用いて,図に示すようなメニューを表示して変更することができる.また,図に示すようなコンテキストメニューを,ポインタを画面に向けずにメニュー表示ボタンを押すことで表示できる.簡易メニューには,頻繁に利用される,モード切替・ストロークの色・太さ・スタイル,全消去などの操作を簡便に行えるようになっている.

ペンは,メニューを利用してモードを切り替えることで,下に示すような文字を書く以外にも利用できる.

【マウスモード】マウスモードは,背景が選択されていない場合に,ペンをマウスとして利用するためのモードであり,ペン先を画面に押し付けて離すことで,画面をクリックすることが可能である.また,押し付けたまま,移動させるとドラッグ&ドロップの操作を行うことも可能である.

【ペンモード】ペンモードは,背景が表示されている場合に,手書きの文字や図を描くためのモードである.本論文ではペンを用いて表現される文字や図を構成する線をペンストロークと呼ぶ.ペンストロークは,ペン認識用IRカメラによって取得されたある時間におけるLEDの光点の座標の連続で表現される.ペンストロークには,色・太さ・形の属性があり,それぞれ図に示すようなメニューを用いて変更することが可能である.

ホワイトボード上に描かれたストロークとディスプレイオブジェクト

図17: ホワイトボード上に描かれたストロークとディスプレイオブジェクト

ペンストロークの形には,図のように,自由曲線,直線・矢印・矩形がある.自由曲線以外のストロークを描くには,直線と矢印の場合は始点と終点を,矩形の場合は左上の点と右下の点を,ストロークを2本書くことで指定する必要がある.

ペンストロークの情報は,ペンストロークを描画したユーザー情報,時刻,ペン属性とともに保存される.

また,ディスプレイオブジェクトの上にペンストロークを書くことも可能である.その場合,ディスプレイオブジェクトとペンストロークに何らかの関連があるとみなし,ペンストロークが重なっているディスプレイオブジェクトを移動することはできなくなる.

【イレーサーモード】イレーサーモードは,ペンストロークを消すためのモードである.イレーサーモードにして,表示されているペンストロークを交差するようにストロークを描くと,交差したペンストロークが削除される.

ペンストロークの削除は,ペンストロークに対するユーザーの操作として記録され,データベース上でペンストロークを削除することはない.

ペンのイレーサーモードで,ディスプレイオブジェクトを消去することはできない.

【マーカーモード】マーカーモードは,ディスプレイオブジェクトあるいは画面キャプチャモードの背景に含まれるテキストに対してアンダーラインを引くためのモードである.ディスプレイオブジェクトをTimeMachineBoardに転送すると,テキストでもイメージでも自動的にOCRを行って,活字の座標を計算している.その座標を用い,ディスプレイオブジェクトに含まれるテキストに対してアンダーラインを引くことができる.

アンダーラインは,議論コンテンツを構造化するために重要な情報であり,アンダーラインの情報はディスプレイオブジェクトおよび背景に対するメタ情報として,記録される.

【移動モード】移動モードは,ディスプレイオブジェクトを移動するためのモードである.ペン先を画面に表示されたディスプレイオブジェクト上で押し付けて離すとそのディスプレイオブジェクトが選択され,押し付けたままペンを移動させると,ディスプレイオブジェクトの位置を変更することができる.

ディスプレイオブジェクトを選択すると,図のような拡大縮小ボックスが出る.ボックス内でペンを,左から右(あるいは上から下)に動かすと拡大が、右から左(あるいは下から上)に動かすと縮小が可能である.

ペンによる拡大ボックス

図18: ペンによる拡大ボックス

【コピーモード】コピーモードは,表示されているペンストロークを選択してコピーするためのモードである.移動モードと同様の操作で,矩形範囲を選択し,コピー先の座標を指定すると,矩形範囲に含まれるペンストロークがコピーされる.

コピーされたストロークは,元のストロークとのリンク情報を含めて保存される.

ペン機能を用い,ディスプレイオブジェクトよりも柔軟に手書きの文字や図を描きながら議論することは,言葉では説明しにくい情報を議論参加者間で共有するために有効である.しかしながら,ペンストロークは構造化することが難しい.われわれはペンストロークを直接構造化するのではなく,ディスプレイオブジェクトを用いて行われる議論の補助として利用し,検索可能なディスプレイオブジェクトと同時に扱うことで,改善を図る.

0..5 ポインタ機能

ポインタの動作原理については節で述べた.本項ではポインタを利用して行うことのできる諸機能について説明する.

ポインタとして利用しているWiiリモコンには,先に述べたように電源ボタン,A・B・十字ボタン,マイナス・ホーム・プラスボタン,そして1,2ボタンが搭載されている.本システムでは,これらのボタンに機能を割り当てて,TimeMachineBoardに対する操作を行えるようにしている.

まず,ポインタにもペンと同様に画面に対する操作を切り替えるモードがある.

【ポインタモード】ポインタモードは,画面の内容を指示するためのモードである.ポインタモードでは画面にポインタを向けると,背景を問わず,図のようにポインタが指している位置を示す円が表示される.本論文では,これをドットと呼ぶ.ドットの移動はユーザー情報とともに,逐次データベースに保存されるため,誰が何を指示しているのかを知ることができる.

また,十字キーの上下を押すとドットのサイズを変更することができ,左右を押すと色を変更することができる.

ポインタードットによるストローク

図19: ポインタードットによるストローク

また,画面に向けた状態で,Aボタンを押下状態にしてドットを動かすと,図に示すような画面に自由曲線を描くことが可能である.これをポインタストロークと呼び,ポインタのIRカメラによって認識されたLEDの光点の座標の連続で表現される.ストロークのサイズと色は,ドットと同様に変更可能で,データベースにはストロークの属性情報とともに記録される.

ポインタストロークは,ポインタのBボタンを押すと消去することが可能である.ポインタストロークの消去は,ペンストロークと同様にユーザー操作として記録され,データベース上でストロークを削除することはない.

【マウスモード】マウスモードは,背景に何が表示されているかによってその動作が変わる.ポインタを画面に向けると,ポインタモードでのドットの形状がマウスカーソルに変更されて表示される.

背景に何も表示されていない場合,画面上でマウスとして利用することができる.マウスカーソルの位置で,Aボタンを押して離すと,クリックとして扱われる.

背景が表示されている場合,ディスプレイオブジェクトの上でクリックすると,そのディスプレイオブジェクトが選択される.選択された状態で,プラスボタンを押すと拡大,マイナスボタンを押すと縮小できる.また,十字キーでディスプレイオブジェクトを移動することができる.さらに,ディスプレイオブジェクト上でAボタンを押下して移動すると,ディスプレイオブジェクトを移動することができる.

ディスプレイオブジェクトに対する操作は逐次,ユーザー操作としてデータベースに記録される.

また,背景が表示されていて,ディスプレイオブジェクトの外側でAボタンを押下して動かすと,ディスプレイオブジェクトまたはペンストロークを選択することができる.ディスプレイオブジェクト選択モードとペンストローク選択モードの切り替えは,何も選択していない状態でプラス,マイナスボタンを押すと順に変更される.

ストロークの選択

図20: ストロークの選択

ディスプレイオブジェクトの選択

図21: ディスプレイオブジェクトの選択

ディスプレイオブジェクト選択モードで,Aボタンを押しながらマウスカーソルを移動させると,図に示すようような選択ストロークが描画される.このストロークと交差したディスプレイオブジェクトが選択される.あるユーザーがディスプレイオブジェクトを選択すると,そのユーザーのStickyに選択されたオブジェクトの情報が送信される.

ストローク選択モードで,Aボタンを押しながらマウスカーソルを移動させると,図のように矩形が描画され,矩形範囲内に存在するペンストロークが選択される.この状態で,StickyからTimeMachineBoardのキャプチャを行うと,ペンストロークの画像を得ることができる.

【マーカーモード】マーカーモードは,ペンと同様に,ディスプレイオブジェクトおよび背景情報に対してアンダーラインを引くためのモードである.詳しくは,を参照のこと.

ペンモード・ペン属性の切り替えなどを,図に示すようなメニューから行うことも可能である.

背景モードの切り替えに関しては,上記メニューから行うことも可能であるが,1ボタンでホワイトボードモードを開き,2ボタンで退避してウィンドウを操作し,B+2ボタンでホワイトボードモードを終了することができる.

ポインタに関しては,先にも述べたが,一人一台のポインタをもって議論を行うため,従来のレーザーポインタでは取得することが困難であった,「誰が」画面をポイントしたのかという情報が取得できる.さらに,画面上に表示されているディスプレイオブジェクトやペンストロークの情報とあわせて,ポインタの情報を処理することで「何を」ポイントしているのかまで知ることができる.このような情報は次に述べる会話セグメンテーション機能によって取得される,発言とも密接に関係しており「誰が,何を」指示しながら発言を行ったのかを発言とあわせて処理することで,発言のタイプなどを類推することが可能であると考えられる.

0..6 会話セグメンテーション機能

本項では,カジュアルミーティングの中で交わされる会話をセグメントするための手法について述べる.

角らの提唱する会話量子化技術は,カジュアルミーティングのように複数人の発言者が同時に発言することが考えられる,自然な会話をセグメントすることができ,議論コンテンツを構造化する有効な手段である.

本システムでは,角らの提唱する手法で用いられている発言ボタンの代わりに,ポインタを用いて,会話のセグメンテーションを行う.角らは,会話のセグメンテーションを行う際に,発言ボタンが押された時点を終了点とし,ボタンがどのように押されたかという情報を用いて現在の地点から遡及して開始点を決めるという手法を提案しているが,本システムでは,具体的にはポインタのホームボタンが押された時に,発言の開始点を指定できるようにした.これは明示的なセグメントを付与するための労力を議論参加者に負担してもらうためである.発言中に再度ホームボタンを押すと,発言の終了点を設定できる.開始点を設定すると「○○さんが発言を開始しました」,同様に終了点を設定すると「○○さんが発言を終了しました」というメッセージが表示される.また,ホームボタンを押してから3秒以内であれば,プラスボタンを押すと5秒後に,マイナスボタンを押すと5秒前に,開始点・終了点を移動することができる.一度移動が行われると,そこから再度3秒の猶予が与えられる.5秒という秒数については,角らの実験でもっとも成績のよかったものを利用している.開始点・終了点の移動を行った場合,「○○さんの発言の開始点をX秒前に移動しました」「○○さんの発言の終了点をX秒後に移動しました」(Xは操作後の合算)というメッセージを表示して,ミーティング参加者が自身の操作によってどの何秒間,開始点・終了点を移動させたのかを認識できるようにした.

会話のセグメンテーション機能は,カジュアルミーティングにおいて参加者が本来行わなければならない操作ではなく,システムが情報を処理するために必要な操作である.しかしながら,議論コンテンツを構造化し,後で振り返って再利用するために,検索の重要な手がかりとなりうるため導入した.

しかしながら,カジュアルミーティングにおいて過度の制約は,議論の妨げになるため,ディスカッションマイニングなどのように,発言をセグメントすることを強制せず,後で役に立つかもしれないという意識をもって,利用してもらうことが重要であると考えられる.

0..7 検索・再利用機能

検索・再利用機能は,過去の議論コンテンツを現在の議論で利用するための機能である.

議論コンテンツについては,節で述べた.ここでは,どのようにして検索・再利用を行うのかという点に絞って述べる.

ミーティング中に過去の議論を参照するために,検索を行ってミーティング中に再生することができる.議論コンテンツの検索は,ポインタのBボタンとホームボタンを同時に押すことで行うことができる.検索条件は,検索を行うTimeMachineBoardの画面に表示されているディスプレイオブジェクトの状態によって,自動的に生成される.詳しくは節において述べる.

検索が終了すると,クエリの内容と検索結果の件数が表示され,その状態でBボタンとマイナスを同時に押すと次の検索結果を,Bボタンとプラスボタンを押すと前の検索結果を,画面上に検索結果の議論コンテンツが終了した時点の状態を再生することができる.

検索・引用の流れ

図22: 検索・引用の流れ

また,再生した過去の議論コンテンツを,現在の議論に引用して再利用し現在の議論を円滑に進めることを支援する.議論コンテンツを引用するためには,議論コンテンツを再生し,必要な部分を選択して現在の議論に貼り付ける必要がある.図に示すように,まず,目的の議論コンテンツを検索し再生する.次に,ポインタを用いてディスプレイオブジェクトを選択する.選択したディスプレイオブジェクトはクリップボードにコピーされる.クリップボードは全ユーザー共通で,複数の参加者が現在の議論で利用したいディスプレイオブジェクトを選択できる.この状態で2ボタンを押すとクリップボードをクリアすることができる.そして,クリップボードにディスプレイオブジェクトがある状態で,新しいミーティングを開始して,2ボタンを押すと,クリップボードにあるディスプレイオブジェクトを現在の議論に貼り付けることができる.詳しくは節において述べる.

このようにして,過去の議論を手軽に検索し,必要な部分を再利用するための仕組みを用意することで,現在の議論に集中して,より有益な議論を行うことができると考えられる.

まとめ

本章では,カジュアルミーティングを支援するシステムの具体的な実装であるTimeMachineBoardの具体的な仕組みについて述べた.

本システムの目的は以下に示す通りである.

  • 議論コンテンツの獲得

  • システムによる議論のファシリテーション

  • 議論コンテンツの再利用による知識活動の活性化

まず,システムによって議論コンテンツを獲得するためには,新たな議論ツールを開発する必要があった.そして,議論のファシリテーションを可能にするために,ディスプレイオブジェクトを導入し,議論内容の分類・整理を行えるようにした.さらに,議論コンテンツを検索可能にするために,ディスプレイオブジェクトのテキスト情報を用いて検索の手がかりとした.

次章では,本システムを通して獲得した議論コンテンツの再利用である検索と引用について詳細に述べる.

議論コンテンツの構造化と再利用

章においては,本システムの諸機能について述べた.本システムの運用を通して蓄積された過去の議論コンテンツのミーティング中における再利用を可能にすることで,現在行われている議論をより有益にできると考えられる.

本章では,議論コンテンツの記録と,その再利用手法について述べる.まず,節において議論コンテンツの記録と構造化手法について述べ,節において,議論コンテンツの再利用手法について考察し,次に,節において,議論コンテンツの検索手法について述べる.さらに節において,議論コンテンツの引用手法について述べ,最後に節において本章のまとめを行う.

議論コンテンツの記録と構造化

本節では,カジュアルミーティングを記録して構造化する手法について述べる.

議論の構造化手法には様々なものがある.代表的なものとして挙げられるのはIBISの議論構造とgIBISのような構造化議事録,そしてディスカッションマイニングでは,IBISの提唱する議論構造を参考にした独自の構造化を行っている.先述したようにディスカッションマイニングが対象とする会議は,研究室で行なわれる研究発表形式のゼミである.ディスカッションマイニングでは,このゼミの風景を可能な限り詳細に記録して再利用可能な会議コンテンツを獲得するために,ディスカッションルームと呼ばれる会議を記録するための特別な施設を用意している.このディスカッションルーム内で行なわれたゼミから獲得できる会議コンテンツの要素は,音声・映像によって表される会議風景と,それに対するメタ情報である.メタ情報には様々なものがあり,ゼミにおける発言だけとってみてもセグメント情報,発言のタイプ,発言間の関係,マーキングや評価などの発言に対するアノテーション,そしてもちろん書き起こしテキストが挙げられる.そして重要なのは会議コンテンツの作成がゼミの時間内に終了することである.これによってゼミ終了後に即座に振り返って繰り返し視聴し,内容をよく理解して次のゼミに生かすことができる.しかしながら,ディスカッションマイニングはゼミの風景をできるだけ詳細に記録することを目的としているため,会議参加者が会議を構造化するための労力を応分に負担しなければならない.例えば,専任の書記を用意してリアルタイムに発言を書き起こしたり,発言の際には必ず発言することを宣言したりする必要がある.

このようなディスカッションマイニングが対象とするフォーマルな会議においては,会議コンテンツそれ自体が振り返る価値を持った知識活動のログであると考えられる.本研究が対象とするようなカジュアルミーティングにおいては,節で述べたように,議論に含まれる他者からの意見やアイディアは玉石混交で有用でないものも多い.しかし,その中に含まれる重要な発言を逃さず的確に記録し,後で振り返ることを可能にすることが必要である.その際,節において述べたように,暗黙的に取得できる情報の処理は可能な限り自動化して,人間にしかできないと思われることはできるだけ効率良く行うことが重要である.特に議論コンテンツを検索するための手がかりや,セッションをセグメントに分割するために必要な情報は,カジュアルミーティングを再利用するために重要な情報であるから,ミーティング参加者がミーティング中に行う自然な行為から獲得できるかどうか,できないのであれば,どのようにすればミーティング参加者が効率的に情報を入力できるかを,慎重に見極める必要がある.

伊藤らが実現したカジュアルミーティング支援システムにおいては,議論コンテンツを検索するための手がかりとして,発言内容を表すキーワードをミーティング中に付与しておく必要があった.これは,リフレクションと呼ばれる,ミーティング終了後にミーティングの内容を振り返ってより詳細な情報を付与するフェーズにおいて,発言を検索するためのものである.この手法は検索の手がかりを得る方法として有効であるが,必要最小限とはいえ参加者にミーティングとは関係のない行為を強いることになる.

本システムでは,ディスカッションマイニングの構造化手法を参考に,カジュアルミーティングにとって必要十分な要素に絞って記録を行い,かつミーティング参加者の自然な行為の中から検索のてがかりなどを抽出できるような構造化手法を実現した.本システムでは以下の要素について記録し構造化を行なう.

  • 議論の音声

  • 情報提示ツールの背景

  • ペンのストローク(フリーストローク,矢印・矩形などを含む)

  • ポインタの指示

  • ポインタのストローク

  • Stickyを利用して入力されるディスプレイオブジェクト

  • ディスプレイオブジェクトに対する移動・拡大縮小・削除・編集の操作ログ

  • ディスプレイオブジェクトに対するアンダーライン情報

  • 会話セグメントの開始時刻と終了時刻

  • 検索のログ

  • 再利用のログ

  • 会議そのものの情報(開始・終了時刻,場所,参加者)

議論コンテンツは,情報提示ツールにおける空間の情報を時間軸上に配置した情報と音声・操作ログを合わせた,時空間的なマルチメディアデータである.カジュアルミーティング環境で行われる議論の情報は逐次Webデータベースに対して書き込まれ,ネットワークを通じてアクセス可能なコンテンツとして保存される.コンテンツの構造を図に示す.ホワイトボード・ビットマップボードを開いた時刻を開始時刻とし,またボードを閉じた時刻を終了時刻として開始時刻から終了時刻までの一連の情報をセッションと呼び.議論コンテンツの単位とする.ただし,音声は議論前後に最大5分間の余裕を持って記録される.

議論コンテンツの構造

図23: 議論コンテンツの構造

ディスカッションマイニングでは検索の手がかりとして,発言者がセグメント情報を付与し,書記が発言をリアルタイムに書き起こして,さらに様々なメタ情報を付与していた.伊藤らのカジュアルミーティングシステムでは,重要な発言だとミーティングの最中にミーティング参加者が判断した発言に対してキーワードを付与して議論内容を検索可能なコンテンツとしていた.本論文では,ミーティング参加者の自然な行為の中から抽出するために,Stickyを用いて入力されるディスプレイオブジェクトを検索のインデックスとして利用する.ディスプレイオブジェクトは,ミーティングを円滑に進行するために転送する情報であるので,ミーティングを阻害することはないと考えられる.また会話のセグメンテーションに関しても,全ての発言を対象としてセグメント情報を収集するのではなく,議論参加者が重要だと判断した発言を対象としてセグメンテーションを行なえるようにした.

このような記録・構造化手法を用いて,ディスカッションマイニングと同様に議論コンテンツの作成がカジュアルミーティングの時間内に終了し,かつ検索して再利用するのに必要十分なメタ情報を議論参加者の自然な行為から獲得することで,議論参加者の負担を軽減し,カジュアルミーティングにおける議論コンテンツを有用な知識活動のログとして蓄積することが可能である.

再利用手法に関する考察

本節では,議論コンテンツの再利用手法について考察する.

節で述べたが,本システムを利用して行ったカジュアルミーティングの記録である議論コンテンツに含まれる情報は,本システムのミーティング環境から取得できる,音声やストローク等によって表される時間軸に対するメタ情報である.

また,節でも述べたように,議論コンテンツはナレッジワーカーが提案書や報告書,プレゼンテーション,デザイン,プログラムなど知識活動の成果物を創り出す過程を表す重要な背景情報であり,知識活動の記録として俯瞰してみれば,個々の議論コンテンツは独立に存在するのではなくナレッジワーカーの知識活動として連続性を持っている.過去の議論コンテンツを振り返って参考にしたり,重要な部分を再度取り上げたりして,現在の議論あるいは次の議論に生かすことによって,ミーティングをより有益にすることが可能であろう.本論文では,議論コンテンツを現在の議論あるいは次の議論に生かすことを,議論の再利用と呼ぶ.

議論コンテンツの再利用には,大きく分けて二つの手法があると考えられる.一つは,ミーティング直後からミーティング直前までに,ミーティングとは離れた場所で議論コンテンツを検索して閲覧したり,成果物を作るために利用したりする再利用である.これを本論文では熟考的再利用と呼ぶ.もう一つは,ミーティング中に,現在の議論を盛り上げたり,過去を踏まえたものにするために,過去の議論コンテンツを検索して閲覧したり,必要な部分を引用したりする再利用である.これを本論文では即断的再利用と呼ぶ.

議論コンテンツの熟考的再利用は,伊藤らのカジュアルミーティングシステムや土田らのDRIPシステムにおいて研究が行われている.例えば,伊藤らのカジュアルミーティングシステムにおいては,ホワイトボードを利用して行われるミーティングを構造化して記録し,リフレクションと呼ばれるフェーズを設け,検索可能なコンテンツとして蓄積する.蓄積されたコンテンツの,ミーティング後の活動における利用を可能にした仕組みである.また,土田らのDRIPシステムでは,ディスカッションマイニングと呼ばれる,研究室において行われるゼミの風景を構造化して記録するシステムによって蓄積された再利用可能なコンテンツを,ゼミ終了後に振り返ったり,メモを追加したりしながら,次回のゼミの発表資料を作るための仕組みを提供している.いずれも,過去の議論コンテンツを閲覧・検索して,次の議論をより有益なものとするための仕組みである.

このような,熟考的再利用は,ミーティング終了後に議論を振り返り,反省を行ったり,有用な部分をマーキングしたり,次の議論への準備をしたりする,ナレッジワーカー個人の作業となる.もちろん,そのようなマーキングや振り返りのログを共有することによって,ナレッジワーカー同士が協力して,組織の知識活動に貢献するための仕組みも考えられるが,作業は基本的に個人単位で行われる.そして,熟考的再利用は,時間をかけて過去の議論を振り返ったり,知識活動全体を俯瞰しながら,提案書や発表資料・論文・プログラム・デザインなどの何らかの成果物を作成する段階において行われる.

これに対して,議論コンテンツの即断的再利用は,ミーティングの最中に過去の議論を振り返り,現在の議論の参考にしたり,文字や図を引用したりして,現在の議論に生かすために行うものである.熟考的再利用はミーティング終了後に行う個人作業であり,即断的再利用はミーティング参加者全員がミーティング中に共同して行う,現在のミーティングをより有益にするための共同作業である.即断的再利用を可能にすることで,ミーティング参加者同士が現在の議論における文脈情報を共有することができ,また,同じ図や文字を書いたり,同じ議論を繰り返す行為を減らして,本来の議論に集中してよりよいミーティングを行うことができると考えられる.

しかしながら,即断的再利用にはあまり前例がない.角らの提唱する会話量子化の研究では,会話を会話量子という単位に構造化して記録し,知球と呼ばれる球状のインタフェースを用いて可視化し,会話量子の配置を並べ替えたり,メモを追加したりすることによって,議論の整理を行うことができる.しかしながら,角らはこの知球のインタフェースをミーティング中にホワイトボードのように利用することで,議論の振り返りや再利用が可能ではないかと示唆するにとどめている.

熟考的再利用と即断的再利用には,それぞれに上に述べたような利点があり,どちらの方がより有益であるというものではない.むしろ,即断的再利用と熟考的再利用はお互いに補完しあうものである.熟考的再利用が行なわれることによって複数の知識のより深い関連情報を得ることができ,即断的再利用が行なわれることによって複数の知識のより広範な関連情報を得ることができる.これは熟考的再利用が個人の作業として行われるため時間をかけて吟味しながら関連を張るのに対し,即断的再利用がミーティングの場で議論を円滑にするために議論参加者間で情報を共有することを目的として行なわれるためである.このような関連のメタ情報を利用することで,ナレッジワーカーの知識活動を途切れることのない連続した活動のログとして俯瞰することが可能になると考えられる.

そこで,本論文では,議論コンテンツの熟考的再利用に注目し,ミーティング中に,議論コンテンツをより柔軟に再利用するための仕組みを実現した.これは,カジュアルミーティングを行っている最中に,過去の議論コンテンツを検索して閲覧し,必要な部分を現在の議論に引用して,現在の議論で利用するための仕組みである.

次節では,議論コンテンツを検索して閲覧する手法について述べる.

議論コンテンツの検索

本節では,過去の議論コンテンツをミーティング中に検索し閲覧するための手法について述べる.

カジュアルなミーティングは,場所や時間・参加者を問わず,偶発的に行われることが多いため,必ずしも事前に準備をすることができない.そのため,いつも印刷資料や発表資料・ホワイトボードの写真などを配布したり掲示したりできるとは限らない.このような環境において,ミーティング参加者同士で過去の議論の文脈を共有するためには,ミーティング参加者が必要性を感じた時に,ミーティングを行っているその場で,過去の議論を検索して閲覧できるようにする必要がある.

本システムを用いて行われたカジュアルミーティングを記録・蓄積した議論コンテンツは,ネットワークを通してWebデータベースにアクセスすることでどこからでも検索可能である.また,項で述べたように,ポインタを操作することで,必要な時にいつでも検索して閲覧することができる.

さて,過去の議論コンテンツを検索するためには,何らかの検索条件が必要である.しかしながら,ミーティング中に検索条件を入力して検索を行うのは,議論の妨げになる可能性がある.節で述べたように,できるだけミーティング参加者に労力をかけず,議論に集中できるようにすることが必要となる.

そのための手法として挙げられるのが,Henzingerらが提案するクエリフリー検索である.Henzingerらは,テレビで放送されているニュース映像のテロップを基にして,自動的に検索クエリを生成し,ニュース映像に関連するニュースをウェブから検索して提示するシステムを開発している.同様に,本システムでは,ミーティング参加者が入力するのではなく,現在行われているカジュアルミーティングの状態から,ミーティング参加者にとって重要であると思われる過去の議論コンテンツを自動的に類推できることが理想である.

本システムを利用して現在行われているカジュアルミーティングから検索条件を自動的に生成するために,現在情報提示ツール上に表示されているディスプレイオブジェクトの情報を利用することが考えられる.ディスプレイオブジェクトは,Stickyを用いて転送されるテキストと画像である.テキストディスプレイオブジェクトはそのままテキスト情報として利用することができるし,画像情報はOCRを利用することで画像中に含まれるテキスト情報を抽出することができる.残念ながら現在のところペンを利用して表現された手書きの文字や図はテキスト情報を抽出することはできないので,本論文ではディスプレイオブジェクトのみを対象とする.

情報提示ツール上に表示されているディスプレイオブジェクトの情報を全て利用して検索を行うと,当然検索条件が複雑になり,AND検索をした場合にはマッチする議論コンテンツが見つからず,OR検索をした場合にはマッチする議論コンテンツが多くなりすぎてしまう.

ディスプレイオブジェクトの重み付け

図24: ディスプレイオブジェクトの重み付け

そこで,表示されているディスプレイオブジェクトに何らかの仕組みで重み付けを行って,検索条件を有意なものにする必要がある.本システムでは,図に示すように情報表示ツールの左上を基準に,左上ほど重要な情報が掲載されているというヒューリスティクスに基づいて,上位10個のディスプレイオブジェクトに含まれるテキスト情報を形態素解析して,名詞のみを抜き出して検索クエリとした.重複する形態素が現れる場合には,その名詞に対して重複度合いに応じた重みを与える.この手法によって,現在行われている議論に即した検索を行えるようにした.図の状況において生成される検索クエリは,(ビークル 班 プロジェクト ゼミ 1月 28日 今後 予定 デモ ビデオ)である.

しかしながら,この手法のみを用いると,ある程度議論が進んだ段階で生成される検索条件は,左上方に配置されたディスプレイオブジェクトを変更しない限り,常に同一のものとなってしまう.そのような場合,ミーティング参加者がその時々に応じた議論コンテンツを検索することができなくなってしまう.そこで,現在行われている議論を阻害しない方法で,ミーティング参加者が明示的に検索条件を指定する方法も同時に必要となる.本システムでは,ミーティング参加者が情報提示ツール上のディスプレイオブジェクトを選択している場合,あるいは,ディスプレイオブジェクト内のテキストに対してアンダーラインを引いている場合には,そのテキスト情報を形態素解析し,前述の方法と同様に,重み付けを行って検索クエリとする.これによって,ミーティング参加者が明示的に検索クエリを指定することも可能になる.

さらに,まだミーティングを始めて間もない時間に,過去の議論コンテンツを検索する場合,ディスプレイオブジェクトが存在しないために検索クエリを生成できない問題がある.その場合は,検索を行ったミーティング参加者の情報を検索クエリとして,過去に参加したミーティングの議論コンテンツを日付の新しい順で検索できるようにした.

このように,議論コンテンツを検索するための検索条件を,現在のカジュアルミーティングの状況に応じて自動的に生成することで,ミーティング参加者が検索クエリを入力することを特に意識することなく,現在行われている議論を妨げずに,過去の議論コンテンツを参照できる.そして,過去の議論コンテンツを検索し,閲覧することで,ミーティング参加者が共通認識を持って,過去の議論を踏まえたよりよい議論を行うことができると考えられる.

次節では,上述の手法を用いて検索し,閲覧している過去の議論コンテンツの必要な部分を引用して,現在の議論コンテンツに生かすための手法について述べる.

議論コンテンツの引用

本節では,過去の議論コンテンツを現在の議論に引用するための手法について述べる.

節で述べたように,過去の議論コンテンツを,ミーティング中に検索し閲覧するだけでなく,現在の議論で利用することによって,現在の議論をより効率的にすることができる.そこで過去の議論コンテンツを検索して閲覧し,議論コンテンツの一部を現在の議論に引用するための仕組みを実現した.

ミーティングの最中における議論コンテンツの引用を定義すると,過去の議論コンテンツの一部分である,イメージ・テキストディスプレイオブジェクトを選択してコピーし,現在の議論に貼り付けて利用することである.

議論コンテンツを引用するための具体的な操作の流れは,次のようになる.

  1. セッションを開始する

  2. 過去の議論コンテンツの検索を行う

  3. 過去の議論コンテンツを閲覧する

  4. イメージ・テキストディスプレイオブジェクトを選択する

  5. カレントのセッションに戻る

  6. 貼り付けを行う

引用を行うためには,まず,節で説明した方法で検索を行う.検索によって取得された,過去の議論コンテンツは,過去の議論が終了した時の状態で再生される.そして,再生された議論コンテンツを閲覧して,イメージ・テキストディスプレイオブジェクトを選択すると,全ユーザー共通のクリップボードへと格納される.最後に,カレントセッションへと移動して貼り付けを行う.貼り付けが行われると,図に示すように,現在の議論コンテンツと過去の議論コンテンツの一部分との明示的な関連情報が記録される.

議論コンテンツの検索と引用

図25: 議論コンテンツの検索と引用

過去の議論コンテンツを引用することの利点は,同じイメージやテキストを入力することの手間を軽減することができるということである.これによって,ミーティングにおける冗長性を低減できると考えられる.また,過去の議論全体を参照しながら現在の議論を行うのではなく,必要な部分だけを引用し整理しながら現在の議論を進行することで,過去の議論を踏まえた発展的な議論が行えるであろう.

また,引用を行なうことで過去の議論コンテンツを踏まえた議論コンテンツを獲得でき,ここから過去の議論と現在の議論との明示的な関連情報を獲得できる.これによって,小林らが指摘する従来のナレッジマネジメントシステムでは獲得できなかった「成果物に至るまでの過程」を,複数の議論コンテンツとその関連情報によって表すことができるであろう.本論文中では研究が及ばなかったが,このような情報をナレッジワーカーの知識活動を支援するナレッジマネジメントシステムや知識活動支援システムなどで利用することで,日常の知識活動とその成果の連続的な関係を可視化し俯瞰することを支援して,ナレッジワーカーの知識活動を活性化できると考えられる.

例えば,土田らの提唱するDRIPシステムでは,ディスカッションマイニングを通して獲得した会議コンテンツを利用して,プログラミングなどの作業やノートを作成することを通じて,複数の会議コンテンツ間の関連を可視化している.これは,成果の発表の場と成果物である研究・システムなどを結びつける上で重要な取り組みである.しかしながら,会議と会議をつなぐ関連情報として利用できるのは,個人の知識活動のログのみに限定されている.ここに複数のナレッジワーカーが参加して行なうカジュアルミーティングの記録を反映することができれば,それぞれのナレッジワーカーが組織や社会の中でお互いに影響しあいながら行なう知識活動全体を支援することが可能であろう.

まとめ

本章では,本システムを用いて行われるカジュアルミーティングの記録と構造化手法について述べた.そして,蓄積された過去の議論コンテンツを,カジュアルミーティング中に必要に応じて検索・引用する即断的再利用を実現するための手法について説明した.

カジュアルミーティングの記録と構造化については,ミーティング参加者の自然な行為を阻害しない形で議論コンテンツを記録し,検索の手がかりとして利用できる情報を収集して構造化することが重要である.本システムを利用してカジュアルミーティングを継続的に行い,蓄積された議論コンテンツを再利用することで,より有益な議論を行うことができ,結果として知識活動を活性化することが可能になると考える.

さらに,過去の議論を必要に応じて検索し,必要な部分を引用することによって,同じ議論を繰り返し行うことや同じ図を何度も描くことが避けられ,カジュアルミーティングにおける冗長性を低減し,ミーティング参加者が,現在行われている議論に集中することを促し,ミーティングをより有益にできると考えられる.

次章においては,本システムの評価実験について述べる.

評価実験

章では,イメージ・テキストディスプレイオブジェクトを用いることで,掲示される情報を並び替え,分類・整理することが簡単に行えるようになり,システムによるグラフィックファシリテーション効果を期待できるという仮説を述べた.章では,議論コンテンツを検索・引用することにより,同じ議論を繰り返すことを抑制し,同様の図や文字を提示する手間を軽減できるという仮説を述べた.

われわれは,この二つの仮説に基づいて次のような被験者実験を行った.まず,本システムの比較対象として,ホワイトボードを用いたカジュアルミーティングを行った.次に,本システムを用いたカジュアルミーティングを行い,それぞれの結果を分析して比較し,ディスプレイオブジェクトの有効性と,本システムを用いることでミーティングの冗長性をどの程度低減できるかについて,評価を試みた.

本章では,まず節において,ホワイトボードを用いた議論実験とTimeMachineBoardを用いた議論実験の方法について述べる.次に節では,行った2つの実験について評価と考察を行う.最後の節において,本章のまとめを行う.

実験方法

本節では,ホワイトボードとTimeMachineBoardを用いた2つの議論実験の方法について述べる.

議論実験は,複数の被験者で少人数のグループを作り,特定の議題についてカジュアルミーティングを行うという形式で行った.2つの議論実験では,ホワイトボードを用いるか本システムを用いるか以外の条件を共通とした.

ホワイトボードを用いた議論実験を行う理由は,非常に一般的な既存の情報提示ツールであるホワイトボードを用いて,本論文が想定するようなカジュアルミーティングを行った場合と,本システムを用いてカジュアルミーティングを行った場合との差分を明らかにするためである.

2つの議論実験に共通の条件は,ミーティング参加者数,議題・時間である.まず,ミーティング参加者数については,カジュアルミーティングを行うにあたって,もっとも一般的な人数であると考えられる3名とした.被験者には22歳から30歳までの男女9名を選定し,3グループに分けた.グループについては,ホワイトボードを用いた議論実験,本システムを用いた議論実験を通じて変更を行わなかった.このグループを便宜的に,Aグループ,Bグループ,Cグループと呼ぶ.また,内容によって議論の停滞が起こらないようにグループ内で知識の格差がないような身近な議題を設定した.例えば「忘年会について」「学生スペースの模様替え」などである.そして,一回の議論について制限時間を,30分と設定し,25分を過ぎたところで,残り5分間を使って議論の結論をまとめるように促した.

議論時間に制限を設けたのは,議論を打ち切る目安を与えるためである.一つの結論に到達した時点で議論を終了するのではなく,たとえ意見がまとまっていなくても指定した時間で終了とし,その時点で得られた意見を議論の結論あるいはまとめとした。

また,議論実験の後に10分時間をとって,議論の内容とカジュアルミーティングに関するアンケートに答えてもらった.

上記のような手順の実験を,グループごとに,ホワイトボードを用いて2回,本システムを用いて2回,合わせて4回行った.

0..8 ホワイトボードを用いた議論実験

ホワイトボード実験は,事前に決めておいたグループごとに,時間を指定して行った.全体の流れは次の通りである.

  1. 実験開始

  2. 実験の概要説明(初回のみ)

  3. 議題の提示

  4. 議論前アンケート(10分間)

  5. 議論開始

  6. 25分経過の合図,議論をまとめるよう促す

  7. 議論終了の合図

  8. 議論参加者が参照できないようにホワイトボードを退避

  9. 議論後アンケート(10分間)

  10. 実験終了

上記のプロセス全体で所要時間は1時間ほどであった.また,それぞれのグループに提示した議題は次のとおりである.

【Aグループに提示した議題】description

[議論実験1回目の議題] 研究室の学生スペースにおける理想的な配置について

[議論実験2回目の議題] 具体的に学生スペースの模様替えを行うならばdescription

【Bグループに提示した議題】description

[議論実験1回目の議題] 研究室の忘年会について

[議論実験2回目の議題] 忘年会で出し物を行うならばdescription

【Cグループに提示した議題】description

[議論実験1回目の議題] 研究室のWebサイトの現状について

[議論実験2回目の議題] 具体的に研究室のWebサイトを改良するならばdescription

このような議題を提示後,議論の内容について被験者がどれほどの知識を持っているかどうかを確かめるために,議題の提示後に10分間時間をとってアンケートに答えてもらった.アンケートを回収後,図にあるようなホワイトボードを用いて25分間の議論を行い,残り5分間でまとめてもらった.

ホワイトボード実験の様子

図26: ホワイトボード実験の様子

実験中,被験者に許した行為は,被験者同士の議論,ホワイトボードへの板書,大型ディスプレイを用いた検索である.図にもあるように,ホワイトボードの脇に大型ディスプレイを設置した.これは,議論はあくまでもホワイトボードを用いて行ってもらうが,議論を円滑に進めるために必要な情報を検索することを許したためである.また,議論参加者以外の人間に問いかけを行うことは禁止した.

議論開始から30分経過時点で,ホワイトボードを被験者から見えない位置に移動させたうえで,議論後のアンケートに答えてもらった.これは,アンケートの項目の中に「今回の議論の結論はどのようなものでしたか」のように,個人の記憶を頼りに議論内容を想起してもらうような設問があるためである.10分経過後,アンケートを回収して,ホワイトボードを用いた議論実験を終了した.

なお,議論の風景はデジタルビデオカメラを用いて,音声と映像で,板書や発言の様子を記録した.ホワイトボードを用いた議論実験の方法は以上の通りである.

0..9 TimeMachineBoardを用いた議論実験

本システムを用いた実験も,ホワイトボードを用いた実験と同じ被験者で構成されるグループで,指定した時間に集まってもらい,実験を行った.その手順は次の通りである.

  1. 実験開始

  2. 実験の概要説明(初回のみ)

  3. 議題の提示

  4. 議論開始

  5. 25分経過の合図,議論をまとめるよう促す

  6. 議論終了の合図

  7. 議論参加者が参照できないようにホワイトボード画面を退避

  8. 議論後アンケート(10分間)

  9. 実験終了

上記のプロセス全体で所要時間はホワイトボード実験と同様1時間ほどであった.

実験の手順については,ホワイトボードとほぼ同じである.ただし,本システムを用いた実験では,議論前のアンケートは行わなかった.ホワイトボードを用いた実験の様子から冗長であると判断したためである.

本実験では,被験者が利用したことのないツールを用いて議論を行うため,被験者から求められた場合に随時操作説明を行うこととした.実験のために用意した環境は図のように,ペン入力用の大型ディスプレイと,情報提示用のプロジェクタスクリーンである.また,被験者には,一人一台のノートパソコンとポインタを用意した.ノートパソコンは,Stickyを利用してディスプレイオブジェクトを入力するために用いる.

それぞれのグループに提示した議題は次のとおりである.

【Aグループに提示した議題】description

[議論実験1回目の議題] 学生スペースの模様替えを行うことの効用について

[議論実験2回目の議題] 具体的に学生スペースの模様替えを行うならdescription

【Bグループに提示した議題】description

[議論実験1回目の議題] 昨年の忘年会について

[議論実験2回目の議題] イベント係の心得についてdescription

【Cグループに提示した議題】description

[議論実験1回目の議題] 研究室Webサイトトップページのデザインについて

[議論実験2回目の議題] 研究室WebサイトトップページFlashの企画description

議題については,ホワイトボードを用いた議論実験を引き継いだものを設定した.本実験の1回目は厳密には,ホワイトボードを用いた実験と同じではない.それはホワイトボードの議論を想起することができるためである.

TimeMachineBoard実験の様子

図27: TimeMachineBoard実験の様子

被験者に許した操作は,次の通りである.

  • ホワイトボードモードの表示

  • ペンと大型ディスプレイの利用

  • プロジェクタスクリーンの利用

  • ポインタでの操作

  • ディスプレイオブジェクトの入力

  • 議論コンテンツの再利用

  • 会話のセグメンテーション

上記の操作に加えて,手書きの文字や図を利用しながら議論を行いたい場合は,大型ディスプレイを利用し,ディスプレイオブジェクトを入力して分類したり整理したりしながら議論を行いたい場合には,プロジェクタスクリーンを,被験者が必要に応じて利用することを許した.

議論の風景は,本システムを用いて議論コンテンツを記録し,後の分析のために会話のセグメンテーションを行なってもらった.また,予備のためにデジタルビデオカメラを用いて,音声と映像の記録を行った.本システムを用いて行った議論実験の方法は以上である.

実験結果と考察

上述の2つの議論実験を通して,1回の議論実験について30分の音声および映像を記録した.ホワイトボードを用いた実験では6回分・計3時間,本システムを用いた議論実験でも6回分・計3時間,合わせて12回分・計6時間の音声および映像を記録した.

本節では,2つの議論実験の結果について,ディスプレイオブジェクトの有効性と,カジュアルミーティングにおける冗長性の低減という観点から評価を行なう.

0..10 ディスプレイオブジェクトの有効性に関する評価

まず,ディスプレイオブジェクトを用いることで,グラフィックファシリテーション効果を得られるのではないかという仮説について,アンケートの回答の分析を通して考察を行なう.

ホワイトボード実験では議論の前後に,本システムを用いた実験では議論後に,アンケートを行った.この中で,議論実験の残り5分間でまとめた議論の結論について被験者間でどの程度合意が得られているのかを問うため,「今回の議論の結論はどのようなものでしたか(文章でお答えください)」という質問を行った.

この,設問の回答について,

  1. 回答が,内容的に一致しているかどうか

  2. 回答文の表現が,どの程度違うか

という二つの観点から分析を行った.内容の一致については,筆者が主観的に内容が一致しているかどうかを判断した.表現については,回答文に含まれる独自の表現の割合を独自表現率として算出した.

独自表現率は,会議終了後の結論に対しての合意が,どの程度共通の認識として形成されているかを表す指標として渡辺らが提案している.算出は本論文独自の手法で行った.まず,回答文を形態素解析し,名詞・動詞・形容詞を原形に直して抽出した.次に,抽出した形態素のなかで,ミーティングに参加した被験者の過半数,2名以上が用いた共通の形態素を抽出する.そして,それぞれの回答文に含まれる独自の形態素の割合を算出し,これを独自表現率とする.

表0.1:議論の結論に関するアンケートの内容一致率

の結果から,ほぼ全ての議論において,議論の結論について被験者間で合意が得られていることが分かる.ただしグループAにおいて,本システムを利用した際に合意が形成されていなかった.詳しい理由については後述するが,これはグループAが主にペンを用いてミーティングを行なっていたことが原因であると考えられる.

に,議論実験の回ごとにアンケート回答の独自表現率を比較したグラフを示す.ホワイトボードを用いた議論実験における独自表現率は平均47.4%であり,本システムを用いた議論実験における独自表現率は平均35.6%であった.この結果から,ミーティングの結論を表した文章の独自表現率が,ひとつの議論につき11.8%改善されていて,本システムを利用した場合,被験者間の結論に対する合意がより正確に行われているということが分かる.

このような結果が出た理由は,ホワイトボードを用いた議論実験において,ペンを使って表現される図や文字が,まとめや結論・意見などの発言の内容を全て表現し切れていないということにあると考えられる.これは,ペンを用いて文字や図などを書くには,時間がかかるためである.本システムではディスプレイオブジェクトを頻繁に利用して議論を行ったCグループの結果が,ホワイトボードを利用した議論よりも改善されていた.これはディスプレイオブジェクトがStickyからキーボード入力した活字によって表現されるため,提示までに時間がかからず,発言の内容を表現しやすかったためであると考えられる.

以上の考察から,ディスプレイオブジェクトを用いて議論を行なうことによって,より正確に議論内容を把握することが可能であると言える.

議論の結論に関するアンケートの独自表現率の比較

図28: 議論の結論に関するアンケートの独自表現率の比較

0..11 カジュアルミーティングにおける冗長性の低減に関する評価

次に,本システムを用いてカジュアルミーティングを行なうことで,ミーティングの冗長性を低減できるという仮説について,議論実験の結果を用いて評価を行なう.

まず,記録した議論実験の音声・映像を,分析のためにテキストに書き起こした.発言の内容を表す発言テキストと共に記録した,それぞれの発言の要素は次の通りである.

  • 発言テキスト

  • 発言者名

  • 発言開始時刻

  • 発言終了時刻

  • 単純な発話か,板書(操作)を行いながらの発話かの種別

発言の開始・終了時刻については,会話を手作業で意味の通る最小の単位でセグメンテーションし,その開始・終了時刻とした.当初,本システムを用いた議論実験については,議論中に会話をセグメントに分割してもらったので,それに基づいて分析を行おうと考えていた.しかしながら,会話のセグメンテーションは被験者の主観が大きく影響する.そこで,ホワイトボードとの評価条件を共通にするため,被験者によって付与されたセグメント情報を用いずに,本システムを用いた議論実験についても手作業でセグメントテーションを行った.

書き起こしとセグメンテーション作業の結果,ホワイトボードを用いた議論実験を通して,計9名の被験者から738個の発言が得られた.また,本システムを用いた議論実験を通して764個の発言が得られた.

次に,坂本らの提案する発言の分類手法を拡張して,得られた発言をその内容に基づいて主観的判断に基づいて,表に示す9カテゴリに分類した.

表0.2:発言のカテゴリ

分類を行った結果を表に示す.平均時間は,同一カテゴリの発言時間の総和を発言個数で割ったものである.発言の個数に注目すると,双方の実験結果に大きな違いは見られない.しかし発言時間に注目すると,ホワイトボードを用いた議論実験に比べ,本システムを用いた議論実験では,情報提示と回顧において,発言時間の平均が下がっていることが分かる.

表0.3:発言の分類結果

に示した議論実験について,カジュアルミーティングにおける冗長性の観点から評価を行なうために,発言のカテゴリをミーティングにとって冗長であるか,冗長でないかによって分類した.ミーティングにとって冗長な発言のカテゴリを以下に示す.

  • 確認

  • 情報提示

  • メタ

  • 雑談

  • システム

  • 回顧

この6つのカテゴリは,ミーティングにとって冗長であると定義し,本論文では単に冗長と呼ぶ.システムについての発言と雑談については説明の必要はないであろう.ある被験者が,ミーティング中にすでに決定された事項について他の被験者に確認する発言は,その事項についてホワイトボードあるいは本システム上に提示して共有されているか,被験者自身が記憶していれば起きない発言であるから,冗長とする.議論そのものについての疑問や進行方法についてのメタ発言は,議論が円滑に進行している際には出てこない発言であるから,冗長とする.

情報提示は,被験者同士で情報を共有するために行う発言または発言を伴う行為である.行為には,ホワイトボードを用いた板書,本システムを利用したディスプレイオブジェクトの提示,大型ディスプレイでのWebサイトの検索などが含まれる.仮に被験者同士がまったく同様の知識を持っていて,考えていることが同じであったならば,情報を提示して共有する必要はない.そのため,本論文では情報提示を冗長とする.

回顧は,過去の議論についての発言である.議論を過去の議論を踏まえたものにするためには必要であるが,これも,被験者同士が過去の議論を鮮明に記憶していて,全員が同様の知識を持っていると仮定するならば,あえて過去の議論を振り返って提示する必要はないため,本論文では回顧発言も冗長とする.

冗長な6カテゴリ以外の3つのカテゴリを以下に示す.

  • 問題提起

  • 選択肢の提示

  • コメント

この3つのカテゴリに属する発言は,ミーティングにおける議論そのものであるため,本論文では,非冗長と呼ぶ.表に示した分類結果を,さらに冗長・非冗長によって分類し,それぞれの議論の冗長率を求め,議論実験の回ごとに比較したグラフを図に示す.なお,グラフ内のWBはホワイトボードを,TMBはTimeMachineBoardを指す.またそれに続く数字は実験の回を表す.

冗長な発言の1議論に占める割合の比較

図29: 冗長な発言の1議論に占める割合の比較

この結果から,ホワイトボードを用いた議論実験における冗長率の平均が35.3%であるのに対し,本システムを用いた議論実験における冗長率の平均は30.3%であり,カジュアルミーティングにおける冗長性が,ひとつの議論につき平均5%程度改善されていることが分かる.その理由に,情報提示にかかる時間と,回顧にかかる時間が減ったことが挙げられる.

まず,情報提示にかかる時間が低減した理由について考察する.表に示した議論実験の結果について,回数に着目すると大きな違いはないが,時間に着目するとホワイトボードを用いた議論実験では一回の情報提示に56.6秒かかっているのに対し,本システムを用いた議論実験では3分の1以下の16.9秒に減少している.これは,手書きで文字や図を書く時間が,ディスプレイオブジェクトの導入によって減ったことが挙げられる.Stickyを用いてテキスト入力をして転送する方が,手書きで文字や図を書くよりも手間が少ない.しかしながら,本システムのペン入力環境が,ホワイトボードよりも使い勝手が悪いために,時間のかかる手書きでの表現が少なかったことも要因のひとつであると考えられる.これは,Aグループの冗長性が,本システムを利用した場合で上昇していることからも分かる.Aグループは,他のグループに比べ,ペンを用いた手書きの文字や図を中心に議論を行っていた.対照的にCグループは,本システムを用いた場合で冗長性が低減されている.これはCグループが,主にStickyを用いて入力したディスプレイオブジェクトを利用して議論を行っていたことが理由であると考えられる.これらのことから,ペンを積極的に利用したミーティングにおいては,冗長性を低減できなかったということが明らかになった.ただし,ディスプレイオブジェクトを導入することによって,情報提示に関する冗長性を低減できたとは考えられる.

次に,回顧にかかる時間が低減した理由について考察する.回顧発言の回数については,表を見ると,ホワイトボードを用いた議論実験では26回,本システムを用いた場合で32回と,大きな差は見られなかった.しかし,1回の回顧発言にかかる平均時間は,ホワイトボードで141.8秒,本システムで72.5秒と約半分になっている.発言テキストと映像を用いて分析したところ,2種類の回顧があることが分かった.ひとつは過去の議論を明確に提示しながら行う回顧(これを明確な回顧と呼ぶ)であり,もうひとつは曖昧な記憶に基づいて行う回顧(これを曖昧な回顧と呼ぶ)である.図に,双方の議論実験中に得られた回顧発言を,明確な回顧と曖昧な回顧に分類し,回顧発言にかかる平均時間を算出したものである.議論実験全体を通して曖昧な回顧発言にかかる時間は平均32.2秒であるのに対して,明確な回顧発言は半分の平均16.4秒であった.図uに,この分類に基づいて,双方の実験における回顧発言にかかる総時間を分析したグラフを示す.この結果から,本システムでは,時間のかかる曖昧な回顧が減少し時間がかからない明確な回顧が増えたことによって,総じて回顧にかかる時間が低減していることが分かる.

1議論あたりで回顧にかかった時間の平均の比較

図30: 1議論あたりで回顧にかかった時間の平均の比較

1回の回顧発言にかかる時間の比較

図31: 1回の回顧発言にかかる時間の比較

明確な回顧が増えた理由は,ミーティング中に過去の議論の検索・引用が可能であることが挙げられる.ホワイトボードを用いた議論実験の場合は,手書きの文字と図だけで回顧を行っていた.本システムでは,過去の議論コンテンツに含まれるディスプレイオブジェクトを検索・参照し,引用して回顧を行っていたために明確な回顧が増えたと考えられる.

まとめ

本章では,本システムにおける,ディスプレイオブジェクトの有効性と,カジュアルミーティングにおける冗長性の低減という観点から評価するために行った被験者実験の概要と結果,および考察について述べた.

まず,議論実験で被験者に回答してもらったアンケートの分析結果から,議論の結論に対する被験者間の合意がより正確に行われていることが分かった.特にディスプレイオブジェクトを用いてまとめを行なったグループに顕著であった.これは,ディスプレイオブジェクトを分類・整理することで,議論内容をより正確に把握できるようになったためである.この結果からディスプレイオブジェクトのグラフィックファシリテーションの効果が現れているといえる.

次に,被験者実験で行われたカジュアルミーティングを映像と音声によって記録し,その内容をテキストに書き起こしてセグメンテーションを行い,全体で1502個の発言を得た.そして,それぞれの発言について発言内容から分類を行った.その結果,ホワイトボードを用いた議論と本システムを用いた議論において,発言回数には大きな差はないものの,冗長な発言時間を5%低減できていることを確認できた.その要因として,情報を提示して全員で共有するために必要な時間と,過去の議論を回顧するために必要な発言時間が,ホワイトボードを用いた議論よりも減少したことにある.情報提示時間が減ったのは,ディスプレイオブジェクトの導入によって,手書き入力に比べ情報を提示するまでに必要な時間が減ったことである.また,回顧時間が減少したのは,議論コンテンツの検索を行うことによって,曖昧な回顧が減り明確な回顧が増えたことがその理由である.

しかしながら,今回の,被験者実験ではペン入力環境がホワイトボードと比べて,手書きの文字を気軽に書くことができないということが,実験によって明らかになった.今後,ペン入力環境を改善していくことが必要であると考えられる.また,分析の対象とした議論コンテンツの量が不足していたことも問題点である.今回の被験者実験では,議題を絞った短いミーティングを対象として,議論コンテンツの再利用を評価した.しかし,過去の議論コンテンツが大量にあって初めて,検索と引用の評価を十分に行えると言える.今後は,継続して運用を行うことで議論コンテンツを収集し,提案手法の有効性を示すことが課題として挙げられる.

関連研究

本章では,本研究に関連する研究について,議論内容の記録に関する研究と議論の構造化に関する研究に分けて述べる.

議論内容の記録に関する研究

会議を音声・映像を用いて記録することによって,議論内容の再利用を実現することを目指して,ディスカッションマイニングや会話量子化法,Portable Meeting Recorder等が研究されている.映像・音声を視聴することで,テキスト情報には含まれない音声やノンバーバルな情報を得ることができ,議論内容をより詳細に把握することができると期待される.しかし,一般に映像・音声を視聴するためには多くの時間を要するため,自動あるいは手動で時間情報をインデックスとして付与することが行われる.

0..12 ディスカッションマイニング

ディスカッションマイニングは,マルチメディア議事録に構造情報を付与することにより,会議コンテンツと呼ばれる再利用可能な知識を構築することを目的としている.ディスカッションルームと呼ばれる専用の部屋を用い,専用の装置や入力インタフェースを用いることで,議事録に対し会議中に議論構造を付与する.発表資料としてスライドを用い,特定の発表者が発表を行い,他の参加者が質疑を行う形式の会議を対象としている.発話時刻を記録し,発言間の関係付けを行うなど,詳細な構造情報を付与することにより,議論展開の抽出や,複数の会議にまたがる議論内容把握などの議論支援が可能になる.ディスカッションマイニングでは,発表資料を前提とし,発言区間および議論構造の記録を必須とするなどの点で,事前に入念に準備された会議を対象とし,議論構造を整理しながら会議を進める.そのため,カジュアルミーティングには向かない.本研究では,ディスカッションマイニングでは記録することのできないカジュアルミーティングに着目し,ディスカッションマイニングが対象とするような会議と会議の間を埋める,よりカジュアルなコミュニケーションを記録することを目指した.

0..13 会話量子化法を用いた会議知識獲得支援

会話量子化法を用いた会議知識獲得支援の研究は,実世界インタラクションのなかでも会議の議論に着目し,映像と音声によって記録された会議の記録を,会話量子化器と呼ばれるボタンデバイスを用いて,セグメンテーションすることによって,会話のエッセンスを再利用可能とする枠組みである.会議参加者は,議論中に重要な発言を再利用可能な知識として再利用するために,ボタンデバイスを押す.ボタンデバイスの押し方,例えば連続してボタンを押したり,ボタンを押し続けるなどのパターンを分析することで,会議参加者がある程度自由に会話の開始点と終了点を設定できるようにする.抽出された会話量子は,発表資料などと関連付けて記録し,知球と呼ばれる知識可視化支援インタフェース上にプロットされる.カジュアルミーティング中に会話量子を閲覧しながら議論することができるが,過去の議論を会議中に検索して再利用するための仕組みではない.

0..14 Portable Meeting Recorder

Portable Meeting Recorderは,映像・音声に含まれる情報から自動的にインデックスを生成することにより,議事録の閲覧効率を上げることを目的としている. Portable Meeting Recorderは机上に置いて用いる記録装置であり,参加者はこの装置を取り囲むように並び議論を行う.装置は全方位カメラおよび4つのマイクを用いて映像・音声情報を記録する.参加者が発言を行うと,4つのマイクにより音源定位を行い発言者の位置を計算し,音声認識により発言内容が記録される.全方位カメラを用いて撮影した映像から,参加者の詳細な位置や拡大映像を取得し,発言者を特定する.音声のパワーや参加者の動作を計算しインデックスとして利用する.すべてのインデックスは映像・音声情報を利用することにより自動で計算されるため,議事録作成の手間は無いと言える.ただし,装置の都合上,会議参加者の位置が固定されるため,交替でホワイトボードに図を描くという行為ができなくなってしまう.

議論の構造化に関する研究

議論に含まれる意味構造を明らかにすることで,計算機が議論内容を解釈し,検索や要約を実現することを目的とした様々な研究が行われている.その中でも,ハイパー議事録システムのように特定の用途にソフトウェア開発などの特定用途に特化した議論構造を設計したものもあれば,ディスカッションマイニングのように特に用途を限定せずに議論構造を設計したものもある.その中でも,IBIS (Issue-Based Information System)が提案した,問題解決および意思決定に特化した議論構造を可視化することにより,議論を支援するgIBISについて述べる。

0..15 gIBIS

gIBISは,議論構造を可視化し,参加者が発言を構造化しながら議論を行うことで,議論内容を整理し、内容把握や検索を支援することを目的とした研究である.gIBISはグラフ表示による議論構造の編集とテキストの入力により議論を行う.対象となる会議は対面ではなく遠隔で行われるか,対面で行ったとしても直接会話をするのではなくテキストを用い,グラフ上で行う.そのため,本研究のように直接顔を合わせて話し合う議論に適用することは難しい.gIBISの運用実験では,議論構造を明確に決めることができず,議論構造に関する議論が生じた.整然とした議論を行うのであれば,議論構造を洗練させることでその問題を防ぐことができると思われるが,カジュアルミーティングでは,そもそも議論に明確な論理構造があるとは考えにくい.また,詳細な議論構造を付与する手間が参加者の発言を抑制してしまう恐れが高い.カジュアルミーティングでは構造化よりも議論に専念すべきであると考え,本研究で提案する手法では,議論の構造に基づき議事録の構造化を行うのではなく,自動で記録した情報にマーキングしグループ化する程度の構造化に留めた.

今後の課題と展望

本論文では,組織における実世界インタラクションの一つであるカジュアルミーティングに着目し,議論内容をコンテンツ化して蓄積し,ミーティング中あるいはミーティング後に柔軟に再利用するための仕組みについて述べた.本章では,本論文で提案したカジュアルミーティングシステムをより有益にするための今後の課題と展望について述べる.

カジュアルミーティング支援について

本研究は,カジュアルミーティングを対象として,その支援を行なうシステムについて述べた.本節では,よりよいカジュアルミーティングとは何か,カジュアルミーティング支援システムはどうあるべきかについて,今後の課題と展望を述べる.

0..16 カジュアルミーティングの型について

評価実験を通じて,本システムを利用して行われたカジュアルミーティングに,いくつか型のようなものが見られた.一つは,大型ディスプレイを積極的に用いペンで文字や図を描いて行う議論である.もう一つは,ペンはあまり用いずに,プロジェクタスクリーンにディスプレイオブジェクトを提示しながらKJ法のようにして行う議論である.実際にカジュアルミーティングに参加した被験者によれば,当初,新しい環境に戸惑ってしまい,どのようにしてミーティングを行えば良いのか,どのようなミーティングが理想的なものなのか疑問を感じたという.

本システムを用いて行うカジュアルミーティングの型を考えてみると,例えば,ペンを用いて文字や図を描いているミーティング参加者と,議論を客観的に見ているミーティング参加者が,ミーティングの時々に入れ替わりながら,ペンによって描かれた文字や図を,必要な時にディスプレイオブジェクトとして提示し,発散と収束を繰り返しながら行うものが考えられる.あるいは,ペンを用いて図や文字を書き発散的な議論を行うフェーズと,ディスプレイオブジェクトを利用して収束的な議論を行うフェーズに,カジュアルミーティングを分けるものなどが考えられる.

いずれにしても,ミーティング参加者が本システムを用いて円滑な議論を行えるようにすることが重要で,議論の妨げになる型は必要ない.しかしながら,理想的なカジュアルミーティングの型を,今後の継続的な運用の基づく評価・分析を通して見いだすことで,より有効なカジュアルミーティング支援システムを構築することができるであろう.

0..17 知識活動支援システムとの連携

本論文では詳しく触れることができなかったが,本システムを通して記録・蓄積されたカジュアルミーティングの記録である,議論コンテンツをナレッジマネジメントシステムに取り込んで,一連の知識活動を俯瞰できるようにすることで,ナレッジワーカーの知識活動を活性化できると考えられる.

先述のように,われわれの研究室においては,土田らがDRIPシステムという知識活動を支援するための仕組みを提案している.DRIPシステムでは,同じくわれわれの研究室において運用を行っている研究室のゼミ風景を記録するためのディスカッションマイニングというシステムから,日々の研究活動を取得し,ゼミ終了後に振り返ったり,メモを追加したりしながら,次回のゼミの発表資料を作ることができる.

このDRIPシステムと本システムが連携することで,日常的に行われている知識活動の一つであるカジュアルミーティングと,日々の研究の成果であるゼミでの発表が連携し,研究室における研究活動を統合的に支援することが可能になるであろう.さらに,DRIPシステムによって蓄積される,カジュアルミーティングと成果物の明示的な関連の情報を利用することで,カジュアルミーティングの検索に生かしたり,ミーティング中に自動的に関連情報を検索して提示することでより有益なミーティングを行うことができると期待できる.

DRIPシステムが個人の知識活動を支援するのに対して,カジュアルミーティングシステムは,ナレッジワーカー同士が作用しあう自然なコミュニケーションを対象として,少人数のグループによる知識活動を支援する.今後は,そこから得られる議論コンテンツを蓄積していくことで,DRIPシステムと連携しながら,個人・グループ,そして組織の知識活動を支援し活性化することを目標とする.そのためにはカジュアルミーティング環境の改善もさることながら,継続的な運用と評価が重要であると考えられる.

カジュアルミーティング環境の改善について

本論文で述べたカジュアルミーティングシステムには,ミーティング環境として解決していかなければならない問題が山積していることが,評価実験を通して分かった.

0..18 ペンを用いた入力環境

本システムを用いて直線・矢印・矩形などの図形を描く場合には,ホワイトボードよりも便利であるが,自由曲線を書く場合には,ホワイトボードの自然な書き味には到達できていない.IRバーとWiiリモコン,そしてIRペンを用いた環境は,比較的安価に構成することが可能で導入障壁が低く,そのメリットは大きい.ペン入力環境をより信頼性の高いものにする必要がある.

また,大型ディスプレイを利用してペンで表現する文字や図を主に利用したミーティングでは,ミーティングの最中に大型ディスプレイを離れ,Stickyからイメージ・テキストディスプレイオブジェクトを転送していると,その場で行われている議論を妨げてしまう可能性がある.ディスプレイオブジェクトの利点は,すばやい入力が可能なことと機械可読なことである.特に機械可読な文字列としてペンで表現した文字や図を扱えるようにすることは,議論コンテンツの再利用性を高める上で重要である.これには2つのアプローチがある.

一つは,ペンを用いて検索可能な文字列を簡便に入力できるようなヒューマンインタフェースを実現する方法で,例えば,栗原らが提案する音声と文字入力をマッチングさせたような方法や,増井の提案するような予測と検索に基づくソフトキーボードを用いた方法などがある.われわれのペン入力環境では,ペンのほかに必ずポインタデバイスを携帯している.そこで,このポインタデバイスとペン入力を連携させて,高速に文字入力を行えるヒューマンインタフェースを研究開発することが考えられる.

もう一つは,オンライン文字認識エンジンを利用して,ユーザーに意識させずに手書き文字に検索の手がかりを付与する方法である.近年のオンライン文字認識エンジンは,ノイズに強くなってきており,字体が崩れていたり,書順が違っていたりしてもある程度の精度を見込めるようになってきた.この方法では,表現は手書き文字のままで,手書きのストロークに対して機械可読な情報が付与されるため,より自然なペン入力環境を実現できる.

今後は,ペン入力環境をより信頼性の高いものにした上で,ペンを用いて活字を入力しディスプレイオブジェクトとして扱う方法と,手書きのストロークはそのままにオンライン文字認識エンジンを用いて機械可読にする方法を組み合わせて利用することで,ペンを用いて行われたカジュアルミーティングの再利用性の向上が期待できる.

0..19 複数ディスプレイ環境への対応

本論文では,近い将来,複数ディスプレイ環境が一般化することを念頭においた,カジュアルミーティングシステムを提案した.事前に予想していたことではあるが,評価実験を通して大型ディスプレイとプロジェクタスクリーンでは役割が大きく違うことが,改めて明確になった.プロジェクタスクリーンではペンを用いることができないので,ディスプレイオブジェクトを中心とした議論が展開されたのは当然のことであるが,大型ディスプレイではペンを用いた手書きの図や文字を中心とした議論が展開されており,ディスプレイオブジェクトを入力できるにも関わらず,ディスプレイオブジェクトはほとんど利用されなかった.この問題については,ペンを用いた入力環境の拡充によって解決できると考える.

本システムにおいては,Sticky,ペン・ポインタを用いて複数ディスプレイ間で,ストローク情報を簡便にコピーアンドペーストするための手法を提案した.しかし,それだけでなく,複数ディスプレイ間でディスプレイオブジェクトのコピーを可能にしたり,複数の大型ディスプレイの内容をサムネイル化してプロジェクタスクリーンに投影して俯瞰したりすることをできるようにすれば,複数ディスプレイ環境を利用したカジュアルミーティングをより効率的に行うことができるであろう.

また,複数ディスプレイという時に,一般的に想像されるのは,大型ディスプレイやプロジェクタスクリーンであるが,電子ペーパーや小型端末もカジュアルミーティングを支援する情報提示ツールとして利用できる可能性がある.例えば,服部らが述べているような電子ペーパークライアントを机の上に広げて議論したり,伊藤らの提案するような小型の端末に個人でメモ書きをしたりすることも想定できる.カジュアルミーティング環境に存在する様々なディスプレイ間の連携を強化することで,より多くのカジュアルミーティングを支援していくことが期待できる.

0..20 より詳細な議論コンテンツの記録

本システムには,会話セグメンテーション機能が搭載されているが,この機能は評価実験を通して,カジュアルミーティングの妨げになってしまうことが明らかになった.議論コンテンツのセグメンテーションという機械処理ではアプローチすることの難しい問題を,人間に労力を払ってもらうことで解決できるのではないかと考えたが,トレードオフが大きかった.

議論コンテンツのセグメント情報は再利用単位を決める重要なものであるので,ミーティング参加者の自然な行為に着目した議論コンテンツをセグメンテーションするための手法が必要である.例えば,1回だけボタンを押すことで,その周辺の音声をマークアップしておき,議論終了後に熟考的再利用の一環として,セグメント情報を修正する手法が考えられる.

ナレッジワーカーが自ら重要であると判断した議論コンテンツに対して,より詳細なメタ情報を付与することができるような仕組みを実現する必要があるであろう.伊藤らが提案するリフレクションは,会議直後に議論コンテンツを再利用可能にするためのフェーズとして設けられていたが,本研究においては,ディスプレイオブジェクトの導入によってリフレクションを行わなくてもある程度の検索は可能であるので,より詳細なメタ情報を付与し,新たなコンテンツを作るための準備段階として,継続的にリフレクションを行えるような仕組みを作る必要がある.

カジュアルミーティングシステムの運用と評価

本研究期間中に,評価実験以外にも,われわれの研究室において,本システムの運用が行われていた.対象となるカジュアルミーティングは,研究室において1週間に一度行われているプロジェクトのミーティングであった.3ヶ月ほど継続的に利用してもらって,研究・開発だけを行っていては知ることのできない,様々な問題点や貴重な意見をいただくことができた.

章で述べたが,評価実験で対象としたのは計6回分のデータであった.継続的に運用を行って,データを集め,分析を行い,研究に反映していくことで研究をより有益なものにできる.また,本システムの設置場所を研究室のミーティングスペースだけでなく,学生の研究スペースや廊下などにも拡げていきたい.そうすることで,より多くのユーザーに本システムを評価してもらい,議論コンテンツを蓄積していくことができる.

このように,継続的に運用していくことを念頭に,設置場所を増やして,様々な形態で利用してもらい,得られた知見を基に必要な機能を拡充していくことで,より有益なカジュアルミーティングが「いつでも,どこでも,誰とでも」行えるようになると期待できる.

まとめ

本章では,今後の課題と展望について述べた.解決すべき問題は,カジュアルミーティング環境,知識活動支援システムとの連携,システムの運用と評価と,多岐にわたる.これらの課題を,ひとつひとつ解決していくことで,より有益なカジュアルミーティングを実現し,ナレッジワーカーの知識活動を活性化することができると考えられる.

おわりに

本研究では,企業や団体などの組織におけるナレッジワーカーの知識活動のなかでも,カジュアルミーティングに着目し,カジュアルミーティングの内容を再利用可能な議論コンテンツとして記録・蓄積し,ミーティング中に柔軟に再利用するための仕組みを提案し,それを具体的に実現した.

カジュアルミーティングを支援するシステムを提案するにあたって,組織において時間・場所・議題,および参加者を選ばずに行われているカジュアルなコミュニケーションをカジュアルミーティングとして定義した.そして,カジュアルミーティングにはその性質上,行われた議論を記録しにくいため,揮発性が高い,過去の議論との連続性が失われやすい,成果との関連性が明示的でない,形式化されないため蓄積されない,などの問題点を示した.そして,カジュアルミーティングの内容である議論を,ネットワークを通して配信可能な再利用できるコンテンツとして記録し蓄積し,必要な時に必要な場所で検索・閲覧を行うことで,過去の議論を踏まえたより有益なミーティングが可能になると説明した.さらに,カジュアルミーティングを円滑に行うために,ファシリテーションという技術があり,特に議論の可視化を行うグラフィックファシリテーションの重要性について触れた.そして,システムにいくつかのグラフィックファシリテーション技術を組み込むことで,より円滑なカジュアルミーティングを行うことができるという着想を得た.

本研究の以前にも会議に着目した研究は様々に行われてきた.特にフォーマルな会議については,記録・蓄積・検索・引用などほぼ全ての支援環境が整い,運用も行われている.しかしながらナレッジワーカーの自然なコミュニケーションである,カジュアルミーティングについては,その明確な方法論や支援システムが開発され,運用されている例はほとんどない.本研究では,日常的な知識活動のなかでも重要な位置を占めるカジュアルミーティングをより有益なものとするため,過去の議論コンテンツをミーティング中に再利用できる仕組みを提案した.

上記の考察に基づき,実際にカジュアルミーティングを支援するためのシステムを構築した.近年,技術の進歩とともにプロジェクタや大型ディスプレイの価格が低下し安価に購入することが可能になり,複数のディスプレイが環境に存在することを想定できるようになってきた.本研究では,複数ディスプレイ環境に対応した,大型ディスプレイやプロジェクタスクリーンを役割に応じて使い分けながら議論を行える,新たなカジュアルミーティングシステムを実現した.本システムでは,ペンを利用した手書きの文字や図の入力と,Stickyと呼ばれる本システムの専用クライアントを用いてテキストやイメージを転送し,議論内容を分類・整理しながら議論するためのディスプレイオブジェクトを導入した.

本システムを用いて行われた,カジュアルミーティングの内容は,時間軸に対するメタ情報として構造化すると述べた.主となる時間軸情報として音声を記録し,これに対するメタ情報として,ペンでのストローク情報や,ディスプレイオブジェクトの情報,議論参加者の画面に対する操作などを付与する.ディスプレイオブジェクトの情報は機械可読であり,検索の手がかりとして利用できる.このようにして記録・構造化され,蓄積された議論コンテンツの再利用手法には,ミーティング中に過去の議論コンテンツの再利用を行う即断的再利用と,ミーティング後に議論を振り返って再利用する熟考的再利用の2種類があると述べた.本研究では,即断的再利用に注目し,ミーティング中に検索・引用を行うための仕組みを実現した.これによってカジュアルミーティングを過去の議論を踏まえたより有益なものにできる.

本システムを用いてカジュアルミーティングを行うことで,ミーティング参加者がより正確に議論内容を把握できることと,ミーティングの冗長性を低減できることを評価実験により示した.議論内容のより正確な把握にはディスプレイオブジェクトが貢献していることが分かった.また,過去を踏まえた議論を行うために,ミーティング中における議論コンテンツの即断的再利用が有用であることを確認した.

本研究では,カジュアルミーティングを中心とした知識活動の支援を目指してきたが,他の知識活動,調査や発表,実装などといった様々なプロセスを扱うシステムと連携することによって,ナレッジワーカーの知識活動をより有益なものとすることができると考えている.カジュアルミーティングにとっては,ミーティング中に他のシステムと連携して,ミーティングを活性化するような情報を暗黙的・明示的に検索し,ミーティング参加者に提示して議論を円滑にしてより有益な議論にすることができるであろう.そして,そのようなカジュアルミーティングから得られた議論コンテンツには,複数の知識活動のログとの明示的な関連がメタ情報として付与される.このような情報を利用することで,これまでシステムごとに分断されていたナレッジワーカーの知識活動を,有機的に統合し俯瞰することが可能な知識活動支援システムの構築も可能になると考えられる.

謝辞

本論文の執筆にあたって,指導教員である長尾 確教授のご指導をはじめ,多くの方々の御指導,御鞭撻を賜りました.ここに心から深く感謝の意を表します.

なかでも,名古屋大学情報メディア教育センターの長尾 確教授には,大学在籍中からお世話になり,同大学大学院情報科学研究科メディア科学専攻へ進学するきっかけをくださいました.また,日頃から研究に対する姿勢など,研究全般に関する多くの御指導・御鞭撻をいただきました.

HIAS学術研究所の長野芳明先生には,幅広い知見に基づいて勉学・研究に対する御指導,御意見をいただきました.また,同研究所の長野純子先生には,多大な御支援をいただきました.

名古屋大学エコトピア科学研究所の大平茂輝助教には,研究に関する事柄から,日常的な事柄に至るまで,様々な相談に対して,温かい御指導と御意見をいただきました.

同研究室博士前期課程を卒業されて諸方面で御活躍中の諸先輩方,梶 克彦さん,山本大介さん,伊藤 周さん,成田一生さん,林 亮介さんには,昨年度までゼミでの活動をはじめ,様々な御意見をいただきました.

同研究科博士後期課程の土田貴裕さんには,研究に関して行き詰ったときに貴重な御意見をいただきました.また,土田貴裕さんを含め,博士前期課程の増田智樹さん,尾崎宏樹さん,森 直史さん,安田知加さん,および学部生の井上泰佑さん,木内啓輔さん,杉浦広和さんにはゼミにおける貴重な御意見をはじめ,日々の研究室での活動のなかで大変御世話になりました.

昨年度まで長尾研究室の秘書であった金子幸子さんには,大学在籍中から研究活動全般に対する御支援をいただきました.また,現在,同研究室の秘書である鈴木美苗さんには,不自由なく研究活動が行えるように,研究室生活全般に関して御支援をいただきました.

また,株式会社リオの森井義人さんと森井敦子さんには,社会人としての基本的な姿勢から日常生活に至るまで,様々な場面で御指導,御鞭撻を賜りました.

以上の方々をはじめ,本論文を執筆するにあたり,御支援,御協力賜りました全ての方々に,深く御礼申し上げます.

最後に,日々の生活を支えてくださった,家族に心より感謝いたします.