利用者間のコミュニケーション履歴を共有する協調学習型eラーニングシステム

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山本 圭介
名古屋大学 大学院情報科学研究科
笠嶋 公一朗
名古屋大学 工学部電気電子・情報工学科
大平 茂輝
名古屋大学 情報基盤センター
長尾 確
名古屋大学 大学院情報科学研究科

1 はじめに

情報通信技術の発展に伴い,教育の分野ではeラーニングに注目が集まっている.eラーニングとは,情報通信技術を利用した教育のことである.近年,eラーニングの中でも利用者間のコミュニケーションを利用して学習を促進するという動きが活発になっている.コミュニケーションの内容として,問題に対する質疑応答や議論を行うことなどが挙げられる.しかし,主に用いられるコミュニケーション手段は掲示板やチャットなどであり,eラーニングシステムの教材として講義映像や講義スライドを利用する場合,コミュニケーションと教材が独立していることから,どの部分に対しての話題かを利用者間で共有することが難しい.また,掲示板では発言が投稿時間順などのある一定の順番でしか閲覧できないが,どのような順番で発言を閲覧することで内容を理解できるかは学習者によって異なる.加えて,どのような話題が主に議論されているかを俯瞰することは難しい.また,学習者の質問に対する回答は講師が行うことが望ましく,学習者の回答が正しいかどうかを判定することも期待されるが,すべての質問・回答に対応することは一般に負担が大きい.

映像コンテンツに対するアノテーションに関するシステムとしてSynvieがある.これは,映像のシーンに対してコメントなどの関連付けを行う仕組みを持つシステムだが,講義においては講義スライドを用いる場合が多く,そのため関連付けを行う対象として映像のシーンのみでは不十分である.また,質疑応答を行う場合は,質問や回答といったコメント間の関連が重要となる.そこで我々は,講義映像と講義スライドを教材とした学習コミュニケーション支援システムを提案する.具体的には,講義映像の部分や講義スライドの部分を指定して質問を行うことで質問対象を利用者に明示する.さらに,質問や回答などのコメントとそれらの関係をグラフとして可視化することで,学習者同士のコミュニケーション履歴の共有による理解を促す.また,発言の効率的な閲覧と議論されている話題の俯瞰を可能にし,学習者がコメントに対して評価を行うことで講師の負担を軽減するための質問・回答の絞り込みを実現した.

2 システムの概要

本システムでは,教材として講義映像と講義スライドを用いる.講義映像の再生時間に応じて講義スライドの表示ページを切り替え,説明を行っている講義スライドの部分を講義映像と同期して強調表示する.加えて,講義スライドの部分に関連付けられている質問とそれに対する回答を表示することで,学習者の学習を補助する.

学習者は,教材に対し質問を行う場合,講義スライドの部分または講義スライド全体,講義映像の部分を指定することにより,質問と教材の関連付けを行う.この関連付けは,他の利用者が質問を閲覧した時,どの内容に関しての疑問かを理解する補助となると考えられる.

質疑応答は質問や回答といったコメントとそれらの関係をグラフとして可視化した二次元の情報空間で行う.教材に対する質問を始点としてグラフ構造を形成する.自由配置を可能とすることで,コメント間の関係を集合知的に取得することができると考えられる.加えて,質問に付与された回答を自由な順番で閲覧できるため,学習者に応じた自由な閲覧が可能となる.また,コメントに対して学習者が評価を行うことで,評価数に応じた講師への質問・回答の提示が可能となる.

システムの開発はMicrosoft Silverlight3.0を用いて行い,サーバにはPHP,DBはPostgreSQLを用いている.

3 講義スライドと講義映像の同期再生

本システムにおける講義映像再生画面を図に示す.講義映像の再生に同期して,講義スライドの切り替えと講義スライド上の部分の強調表示を行う.これにより,講義映像が講義スライドのどの部分について説明を行っているかを利用者に示すことができる.また,強調されている部分に関連付けられている質問と与えられた回答を表示することにより,説明されている内容に対して学習者がどのような疑問を抱いているか,どのように解釈しているかを知ることができる.新たに質問を行う場合や質問に対し回答を行う場合は専用の画面で行う(後述).

講義映像の閲覧画面

図1: 講義映像の閲覧画面

4 質問・回答の自由配置によるコミュニケーション

4.1 質問と講義スライド,講義映像の関連付け

本システムでは,学習者が質問を行う場合,講義スライドの部分または講義スライド全体,または講義映像の部分を指定して質問を行う.講義スライドとその部分に対しては,講義映像の再生時間が関連付けられている.そのため,質問に対して講義映像の再生時間を関連付けることが可能となり,質問を行った学習者以外の利用者が質問を理解する際の手掛かりとすることができる.

4.2 グラフ構造を用いたコミュニケーション

本システムでは,利用者間の質疑応答は図のインタフェースを用いて行う.講義映像,講義スライドを見て分からないことがあった場合,学習者はこのインタフェースを用いて質問を行う.質問や回答といったコメントはインタフェース上にノードとなって配置される.ノードを選択することで講義スライドのどの部分に対してのコメントかを講義スライド上に強調表示する.

質問に対する回答は,回答の対象となる質問ノードとエッジで結ばれる形で配置される.また,回答時に講義映像や講義スライド,他のコメントを参照することで,回答を分かりやすく行うことが可能となる.他のコメントを参照して質問や回答を行う場合,参照先のコメントノードと新たに与える回答ノードをエッジで結ぶ.ノードの配置は利用者が自由に操作することが可能で,利用者によって自由な閲覧を行うことができる.加えて,複数の質疑応答を概観することで,利用者達がどのような話題に対して盛んにコミュニケーションを行っているかを把握することができる.

グラフ構造を持つノードの配置

図2: グラフ構造を持つノードの配置

4.3 質疑応答の評価

付与されている質問・回答の量が多い場合,それらすべてを閲覧することは学習者にとって負担が大きい.これを解決するために,コメントに対して学習者が評価を行い,その評価数をコメントを閲覧するための判断の指針として利用する.

質問・回答ノードの両方に共通して「役に立った」「役に立たない」ボタンを配置し,加えて質問ノードには「回答が必要」「回答は必要ない」ボタン,回答ノードには「回答がわかった」「回答がよくわからない」ボタンをそれぞれ配置する.これらのボタンをクリックした利用者の数によってコメントの評価を行う.コメントの評価に応じてノードを強調することにより,どのコメントを閲覧するべきかの指針とすることができるため,付与されたコメントが多くなった場合の学習者の負担を軽減できる.また,自分が与えた質問・回答が役に立ったと評価されればその学習者の意欲は向上すると考えられる.回答は必要ないと評価された場合,自分が疑問に思っていることが回答するに値しない質問であることが理解できると考えられる.

5 講師に対する質問・回答の提示

講師は,回答が与えられていない質問に対して回答を与えることや,学習者によって与えられた回答が正しいかどうかの判定を行うことが期待される.しかし,学習者のコメントの閲覧と同様に,付与されているコメントの量が多い場合,すべてに対応することは講師にとって負担が大きい.

すでに与えられている回答が正しいかどうかの判定は学習者の多くが役に立ったとみなしているもの,すなわち「役に立った」ボタンが多く押されている回答から判定する必要がある.また,「回答がわかった」ボタンが多く押された回答に対しても同様である.質問に対する回答の付与は,「回答が必要」ボタンが多く押された質問から順に講師に提示する.しかし,ボタンが押された回数が多いものを優先的に提示するだけでは正しいかどうか判定されない回答,回答が付与されない質問ができてしまう恐れがある.そのため,一定時間経過した質問・回答は評価数に関わらず講師に提示する必要がある.

6 今後の課題

本システムではコミュニケーションとして質疑応答のみを対象にしたが,他にも教材に対する補足などをはじめとする様々なコミュニケーションに対応する必要がある.また,現在はコメントを評価することでノードを強調しているが,コメントの評価からコメントを行った学習者の評価ができれば,評価の高い学習者のコメントは信頼性が高いとみなして強調する,評価の高い学習者がコメントに対して行う評価は他の評価よりも強調する,といった支援が可能になる.加えて,学習者の評価の信頼性が高いものになるなら,試験やレポートで行っていた従来の成績評価とは別の評価基準となると考えられる.このようなことが可能になれば,質問に答えることは講師の仕事であっても,学習者は積極的に回答を付与するようになると考えられる.また,評価をコメントの強調に利用するだけでなく,コミュニケーションの起点となる講義映像や講義スライドの強調を行うことで,要点のみを学習することができると考える.