パーソナルメモと会議録の引用関係に基づく個人の知識活動支援に関する研究

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高橋 勲
名古屋大学 大学院 情報科学研究科 メディア科学専攻

概要

我々は,日常的な活動の中で様々な種類の会議に携わる.例えば,企業のプロジェクトや大学の研究室では,個人の日々の活動内容の進捗報告やアイデアのブラッシュアップなどを目的としたミーティングが定期的に行われる.そして,ミーティングで行われた議論で得られた知見を個人の活動にフィードバックし,次の活動を実行する.このように,個人の活動とグループで行うミーティングによる知識活動のサイクルが,1週間程度の短い周期で繰り返される.

個人の活動では,浮かんだアイデアやタスク管理のために覚書を記したメモや手描き図が作成され,グループの活動では,ミーティングで行われた議論内容を要約した会議録が作成される.これらのコンテンツは,ミーティングでの情報共有や,議論内容の個人へのフィードバックという知識活動サイクルの文脈の中で,相互に関連しながら作られていく.その文脈の情報は,コンテンツを作成した時点では作成者の記憶に残っているが,時間の経過と共に忘れられてしまう.コンテンツ間の文脈情報が失われてしまうと,作成してきたコンテンツ同士がどのような関連性を持っているかを容易に判断することができず,文脈に沿ったコンテンツの閲覧による過去の活動内容を振り返りが困難になる.知識活動のサイクルの中で作成されるコンテンツと,それらの間に存在する文脈情報を失わないためには,そのサイクル全体を総合的に支援し,コンテンツが作成される過程を適切な形で保存・管理しなければならない.

そこで本研究では,個人の知識活動の中で作成されるメモや手描き図,ミーティング内容を要約した会議録の保存・管理を支援し,それらのコンテンツ間の柔軟な再利用ができる知識活動支援システムを実現した.そして,システム内で行われるコンテンツ間の再利用を引用として捉え,その引用関係を文脈情報として自動的に取得することで,コンテンツ間に存在する関連性を保存する.

また,文脈情報を利用して,ミーティングで活用されたメモの内容を会議録に自動的に関連付け,それらを同時に閲覧する仕組みを実現した.

さらに,会議録とメモの同時閲覧の仕組みによって,過去のミーティング内容を詳細に想起できるかどうかを検証するため,被験者実験を行った.この実験では,被験者にミーティングで行われた議論に関する問題を出題し,想起を促すための情報として会議録のみを提示した場合と,会議録とメモを同時に提示した場合の2種類の状況で解答してもらった.双方の状況での解答内容の結果から考察したところ,本システムによって得られた情報によって,ミーティングで行われた議論内容を詳細に想起できることを確認した.

1 はじめに

我々は,日常的な活動の中で様々な種類の会議に携わる.例えば,日々の活動をグループ内で報告する成果報告会のようなもの,新しいアイデアを発案したりそれをブラッシュアップしたりするためのブレインストーミングを目的としたもの,個人では解決が困難な問題をグループで共有し,自分以外の意見を得ることで問題の解決や活動内容の改善を行うものなどがある.

近年の情報化社会の流れの中で,企業のプロジェクトや大学の研究室などで行われる,これらの会議を電子化し,個人の持つ知識を組織内で効率的に共有し,再利用する仕組みについての取り組みが活発になってきている.

個人の持つ知識を組織的に共有し,組織内の知識創造を促すための方法論としてナレッジマネジメントがある.1990 年代前半に野中らは,形式的言語では表現できない主観的・経験的な知識である暗黙知と,形式的言語で表現可能な客観的・理性的な知識である形式知が,個人・集団・組織の中で絶え間なく相互に作用しあうことによって知識が創造されるプロセスを概観するSECI モデルを提言している.SECIモデルにおいて知識創造のプロセスは,共体験などによって暗黙知を獲得・伝達する共同化 (Socialization),得られた暗黙知を共有できるように形式知に変換する表出化 (Externalization),形式知同士を組み合わせて新たな形式知を創造する連結化 (Combination),利用可能となった形式知を基に個人が実践を行い,その知識を体得する内面化 (Internalization) の4 つのフェーズから構成される.そして,それぞれのフェーズが,知識創造を行う者(以後,ナレッジワーカーと呼ぶ)同士の暗黙知を共有するための場を通じて,個人・グループ・組織の相互作用の中で,ダイナミックに循環することによって個人および組織の知識が量的にも質的にも増幅されると主張している.これ以降,SECI モデルにおける各フェーズを(個別に,もしくは複合的に)支援するシステムであるナレッジマネジメントシステムに関する研究が数多く行われている.

SECI モデルが提言された当時は,特にナレッジワーカーが暗黙的に持っていた知識を,形式的言語を用いて記録する表出化を支援するためのシステムが生み出された.形式知として記録されていた知識は,顧客からのクレーム情報や,システム開発のノウハウ,受注事例などが中心であり,専門分野に関する知識の格納・検索に特化されたデータベース(知識ベース)に関する技術が利用されていた.知識ベースは,ナレッジワーカーによって作成,編集,共有,検索されるものであり.このようなナレッジマネジメントシステムは第 1 世代と呼ばれる.しかし,知識提供の貢献が業績評価への反映に対して小さかったり,本業とは異なる余分な仕事となっているなどの要因からナレッジワーカーの知識提供に対するモチベーションの維持が困難となり,「うまく情報が集まらない」「情報を蓄積しても有効に活用できない」などの状況に陥るという問題があった.Davenport は,ナレッジワーカーには情報を探したり配信する時間的な余裕がないため,業務に知識を埋め込んだシステムの必要性を説いている.また,小林は,これまでのナレッジマネジメントシステムで蓄積される情報は設計書や提案書など業務に関する成果物だけであり,「どのようにしてその成果物が作成されたのか」という成果物に至るまでの背景情報が蓄積されていないために,組織内で培われた知識がメンバー間で効率的に継承されない点を指摘している

これに対して,第2世代と呼ばれるナレッジマネジメントシステムでは,ナレッジワーカーが意識的に定義する形式知だけでなく,ナレッジワーカーがスケジュール管理システムなどの業務アプリケーションを使って業務をする中で生産される情報が注目された.また,これに並行するように,情報処理技術でナレッジワーカー間の協調作業を支援する取り組みが行われるようになった.なかでも一般的な技術であるグループウェアは,CSCW (ComputerSupported Cooperative Work)と呼ばれる,コンピュータによる協同作業支援に関するシステムの一種であり,具体的なものとしてはサイボウズやLotus Notes/Dominoなどが挙げられる.これらのシステムには,組織内部や外部とのコミュニケーションを円滑に行うための Web メール機能,メンバーとスケジュールを共有するスケジューラ機能,メンバー間の打ち合わせや議論を行うための掲示板機能など組織内の知識創造を支援する様々な機能が存在する.グループウェアの有用性は徐々に認識されており,日本全国の年商500億円未満の中堅・中小企業の半分近くがグループウェアを導入しているという調査結果も報告されている.

さらには,ナレッジワーカーに報告書や提案書といった成果物を直接登録させる形態ではなく,ナレッジワーカーの活動内容を記録し,マイニングする形態のナレッジマネジメントシステムも注目されている.このようなシステムは,より個人の活動に近いメールや社内掲示板・ブログなどのシステムを利用したコミュニケーションから知識を抽出しようという試みである.具体的な製品として,Knowledge Market などがあり,ナレッジワーカーの活動を中心に据え,ナレッジマネジメントを業務プロセスに埋め込むことで,知識を効率的に抽出し,利用できるようにすることに注力したシステムを実現しようとしている.

これらのことから,我々は冒頭で述べたような会議に着目する.会議は,SECIモデルで示されるところの共体験などによって暗黙知を獲得・伝達する共同化にあたるものである.我々は,以前からディスカッションマイニングと呼ばれる研究室のゼミを対象とした会議支援システムを提案している.ディスカッションマイニングでは,会議資料を作るなど,しっかりとした事前準備の必要がある会議について,会議に用いられた資料や会議風景の動画および会議での発言を書き記した情報を記録・構造化し,コンテンツ化することで,それらの情報の再利用を支援している.また,我々は,ディスカッションマイニングが対象とするようなフォーマルな会議ではなく,日常的に繰り返し行われている,少人数での定例ミーティングのような,比較的事前準備のコストが低い会議を支援するシステムとして,TimeMachineBoardを提案している.TimeMachineBoardでは,ナレッジワーカーが現場で日常的に行っているコミュニケーションの一種として短いスパンで行われる短時間で比較的小規模のミーティングを対象としている.そのようなミーティングには,従来のグループウェアなどのナレッジマネジメントシステムが知識抽出の対象とするような報告書や設計書,フォーマルな会議の議事録,プログラムやデザインといった成果物になる以前の背景となるアイデアや知識が含まれている.さらに,最近のグループウェアが新たに解析の対象に加えている,メールや掲示板での非同期型コミュニケーションでは得られない,対面同期型コミュニケーションならではの,より自然で豊富な情報がやり取りされている.これらのことから,比較的小規模なミーティングを記録し,構造化し,コンテンツ化することで,これまでのナレッジマネジメントシステムでは抽出が困難な,より詳細なKnow HowやKnow Whoなどの知識や,形式化された知識同士の関連などを抽出できると考えられる.

TimeMachineBoardは,ミーティングを行う環境として大型液晶ディスプレイを用いた電子ホワイトボード(以下,ボード)を提供する.参加者はボードに文章や画像を提示し,自由描画を行うためのペンや,提示した情報をディスプレイ内で指示したり配置変更したりするためのポインタリモコンというデバイスを用いて議論を行う.TimeMachineBoardは,ボードに提示された文章や画像の情報や,それらがいつどのように提示・操作されたのかという議論の遷移を示すログ情報をボードコンテンツとして記録している.これらの記録は検索や次のミーティングへの引用といった形で再利用される.その際,議論終了時にボードに提示されている情報を,議論内容を要約した議事録として扱っており,再利用の際は基本的にこの議事録やその一部を検索・引用するようになっている.

TimeMachineBoardは比較的事前準備が少ないミーティングを対象としているが,本研究ではその中でも特にチーム内での進捗管理やアイデア出しとそのブラッシュアップなど,ミーティングの各参加者の活動やアイデアについてこまめに共有し議論を行い,その議論内容を次の活動内容に反映させるために繰り返し行われる定期的なミーティングに着目する.そういったミーティングでは,個人の普段の活動内容を管理するためのTODOリストや,新しいアイデアや問題点などを記したメモなどの個人の知識活動ログと言うべき情報を議論のきっかけとして,それをミーティングの場で提示してチーム内で共有し,他の参加者からの意見とそれによる議論を促す.しかし,TimeMachineBoardで記録される内容は,議論の開始から終了までの間に行われた参加者間のコミュニケーションのみであるため,そのミーティングで話された内容の前提情報になるナレッジワーカー個人の活動内容やアイデアをまとめたメモなどのログが存在したとしても,それは議事録には含まれない.そのため,あるボードコンテンツ単体を見ても,そこで議論が行われるに至ったそもそもの理由などが不明瞭になる.また,議論では触れられていた内容でも,ボードという領域的に制限された対象に情報を提示していく関係上,その全てを提示しきれず,議論の結論だけを記録し,その過程で行われた詳細な議論内容の情報が漏れてしまうことがある.これらの情報は時間の経過と共に忘れ去られ,後に議事録を見返したとしても詳細に思い出すことは困難となる.ミーティングにおいて,参加者自身が重要だと感じたものについては,議事録とは別に議論中やその直後に自分自身の個人的なメモに記録しておくことが往々にしてあるため,議事録中に存在せずとも個人の活動ログの中には存在する可能性が高いが,それらは議事録と直接結びついて記録されているわけではないため,時間の経過と共に失われていく.

これらのことから,ミーティングの議事録と個人の知識活動ログの間には,時間の経過で失われてしまう文脈情報が大きく2つ含まれていることが分かる.1つは,活動ログに含まれる議論のきっかけになった情報と,実際に議論され議事録にまとめられた内容との間に存在する,前後関係の文脈情報.もう1つは,議事録に現れている議論の結論と,そこに至るまでの議論内容を記したメモとの間の関係である.これらの文脈情報が失われるということは,過去に行ったミーティングを詳細に思い返すことを困難にし,引いては個人の知識活動の生産性が下がることになる.

前述したディスカッションマイニングでは,DRIPシステムというシステムを用いて,会議の参加者が準備した資料とそれを用いた会議内容を結びつけ,また会議で得られた知見を整理して実際のTODOに落とし込み,それを基にして行った活動内容を次回の会議資料の作成に用いる環境を提供しており,これにより個人の知識活動の生産性を高めている.このシステムによって個人の活動ログと会議記録の間の文脈情報は記録されるが,これは1ヶ月や数カ月単位で行われるフォーマルな会議を想定しているため,本研究が着目するプロジェクトミーティングなどのプロジェクトメンバーの活動の内容の共有やブラッシュアップを目的としたミーティングにおいては,システムを利用するために必要な時間や労力などのコストが高く,利用のためのモチベーションを維持するのが困難である.また,ディスカッションマイニングにおける「個人の活動」には,プロジェクトミーティングなどによるチーム内での定期的なコミュニケーションなども含まれているため,それらのミーティングの前後に存在するより具体的な個人の活動をDRIPシステムで支援することは困難である.そのため,短期間,例えば1週間単位で何度も繰り返されるようなミーティングに適した,ナレッジワーカーにとって低コストで利用可能なシステムが必要である.そしてそのシステムは,普段の知識活動の中でできる限り自然に利用でき,活動ログとミーティング議事録の間の文脈情報の保存と管理という目的だけでなく,ナレッジワーカーの日々の知識活動を支援するためのものとして存在することで,情報を蓄積していくモチベーションの維持に繋がる.

そこで我々は,ミーティングの内容だけではなく,ナレッジワーカーが日常的に行っている知識活動の内容もシステムで利用可能な形で保存し,個人の活動とその活動内容の共有とブラッシュアップを目的とした小規模なミーティングの繰り返しによる活動サイクルをできる限り情報技術で支援するため,個人の知識活動ログを記録し,その活動内容の共有やブラッシュアップを目的とした比較的小規模なミーティングで効率的に活用し,そのフィードバックを個人の活動に取り込むためのシステムとして,iStickyを設計・開発した.iStickyはメモ書きを中心として,画像の閲覧やトリミングなどの編集,図の描画など知識活動のログを作成し蓄積していく機能を備える.

個人が日常の中で行う記録活動の中で最も単純なものはメモ書きであり,そのメモを利用したTODOやワークフローを管理する手法は数多くある.

Allenが提唱するGTDは,頭の中にあるやらなければならないことや気になっていることを紙に書き出し,問題点を洗い出していく「収集」,書き出した内容を分類してリスト化する「処理」,リスト化した内容をスケジュール管理ツールに入れ込む「整理」,自分の状況や状態でそれらが実行可能かどうか検討する「見直し」,見直しで実行可能なものを順次片付ける「実行」の5つのフェーズを,1週間程度の短い間隔で繰り返す.こういったステップを追って行うことで,「あれもしなくてはいけないし,これもやらなくてはいけない」といった混乱した状況から脱し,着実に作業を進めていき生産性を高めることがこの手法の目的である.また,Allenは「われわれの頭や心理にある「思い出すシステム」は非効率で,その時その場所ですべきことをめったに思い出すことはないという.よって,「信頼できるシステム」の文脈にしたがって,すべき仕事を紙や電子機器に書き出して蓄積した「次の行動リスト」はわれわれの心を外側から支援する役割を果たし,われわれが正しいときに正しいことを思い出すことを確実にしてくれる」としている.即ち,リスト化し整理した内容の見直しや実行について,ナレッジワーカー自身の記憶のみに頼るのではなく,何らかの外部装置として情報システムを活用することで,より良い活動を支援できるとしている.

そこで,iStickyはタブレット型の携帯端末のアプリケーションとして実装し,いつでもどこでも気軽にそこにメモをとり,閲覧できる環境を提供する.そして,メモ内の各文章に対して個別に「重要」や「緊急」,「保留」といった属性を付与し,その属性ごとに文章をリストアップし,それらをナレッジワーカーにリマインドさせる機能を備える.これによりGTDが示すところの収集から整理を支援し,自分の今の状況やこれからまず何をすべきかということをシステムが提示してくれる.

そして,蓄積されたデータは,コンテンツサーバーと呼ばれるサーバー上で保存・管理され,Web経由でアクセスできる.サーバー上にデータが存在することにより,個人が記録した情報の在処が端末そのものに依存しないため,iStickyがインストールされた端末であれば,どの端末でも同じように自分の情報にアクセスし,情報の追加や編集を行うことができる.

また,iStickyは,その中で作成したメモや図,編集した画像といったコンテンツをTimeMachineBoardにおけるミーティングに引用して利用することができる.このとき,どのコンテンツのどの部分を,どのミーティングのどの部分に引用したのかという情報を記録しておくことで,個人の活動とミーティングの前後関係という文脈情報が保存される.更に,iStickyはTimeMachineBoardが生成した議論コンテンツを閲覧し,その部分的な内容を個人の活動ログに引用することを可能にしている.これにより,ミーティングにより得られた知見や合意が取られた内容を自分の管理するコンテンツに取り入れ,整理することを支援する.この引用行動により,ミーティングとその後の個人の活動の前後関係の文脈情報が自動的に取得される.

これらのシステム的な支援により,個人の知識活動とチームでのミーティングという2つの活動を,文脈情報を保ったままシームレスに行うことができる.

TimeMachineBoardでは,前述の通り領域的に限られたボードを用いるため,議論参加者が提示できる情報量に制限があった.また,議論が白熱すると,ボードへの情報提示が追いつかず,結局その議論の結論が出たところで,それだけをボードに提示して,議論の過程を提示せずにミーティングを終了するということが多くあった.ミーティング内容の要約としてはTimeMachineBoardの議事録は有効であるが,それは必ずしも詳細な議論内容やその前提情報を十分に含んでいるとは限らない.そしてそれはボード領域を広げて全ての情報を議事録に含めることでは解決されない.その理由は2つあり,1つは議事録の情報量が大きくなり過ぎてミーティングの要約にならなくなってしまうためである.そしてもう1つは,通常の議事録についてもそうであるが,TimeMachineBoardでは一度ミーティングが終了して生成された議事録の編集を許していないため,ミーティング中になされた議論内容をミーティング中に全て整理して記録しなくてはならず,その場合,ミーティング自体にかける時間的労力的コストを大幅に増加させてしまうためである.

そこでiStickyは,ミーティングに引用された個人のコンテンツについて,領域の関係上直接ボードには提示しなかったが議論中では触れられていた議論の前提になる活動記録の詳細や,ミーティング中やミーティング直後に書き起こした詳細な議論内容や備忘録として記録しておいたメモ書きを追記して共有すると,引用先のテキストや画像などの議事録の要素(以下,ボード要素)に自動的に関連付けることができる.これにより,領域的・時間的にボードに提示できなかったミーティングに関係する情報を,議事録の補助的なリソースとして利用することが可能となる.この情報付与(アノテーションと呼ばれる)は,一般にミーティング後に行われるため,ミーティングの終了後に各参加者が個人の活動として議論内容についてある程度時間をかけて情報を整理することができる.また,このアノテーションにより,過去の議論コンテンツを見返した時に,議事録のみを閲覧したときよりも詳細な議論内容を想起できると考えられる.

本論文では,以上の考察から,個人の知識活動とグループ内でのミーティングによる知識活動の中で作成されるコンテンツの再利用を支援し,これら2つの活動の繰り返しによる知識活動サイクルを円滑にすすめるためのシステムに関する研究成果について述べる.

以下に本論文の構成を示す.第2章では,本研究が対象とする知識活動と,その中で生み出されるコンテンツであるパーソナルメモについて述べる.第3章では,アイデアの創出や整理,タスク管理などの個人の知識活動を支援するシステムであるiStickyとそのデータを共有するためのコンテンツサーバーについて述べる.第4章では,ミーティングを支援するためのシステムであるTimeMachineBoardとiStickyの連携による,個人の活動記録を効率的に活用したミーティングと,ミーティングで生まれたコンテンツを個人の活動にフィードバックする手法について述べる.その中で,ミーティングに利用されたメモの内容をミーティング内容と関連付ける仕組みについて述べ,その仕組みを用いた議論内容の詳細な振り返り手法について述べる.第5章では,被験者実験を行い,提案する議論内容の振り返りの仕組みによって,過去のミーティング内容を詳細に想起できるかどうかを検証する実験について述べる.そして第6章では本研究と関連する研究について述べ,第7章で本研究のまとめと今後の課題について述べる.

2 知識活動とパーソナルメモ

本論文では,あるグループに所属する個人の知識活動と,その活動内容についてグループ内で共有・議論する場としての継続的なミーティングに着目し,個人の活動とミーティングのサイクルの中で生まれるコンテンツとそのコンテンツ間の関係を適切に記録することで,より良い知識活動を行うための支援を目標としている.そして,生まれるコンテンツとして,特に個人の日常的な作業内容やアイデアを書き記したパーソナルメモと,ミーティングの要約である会議録に注目している.そのために,まずは本研究が対象とする知識活動とパーソナルメモがどのようなもので,個人の活動とミーティングがどのように関係しながらパーソナルメモと会議録が生まれて活用されていくのかを明確にする必要がある.

本章では,まず節において知識活動とはどのようなものを指し,その中でどのようなコンテンツが生まれるかについて述べる.次に節において,その知識活動を支援するための情報システムについて触れる.節では,本論文で特に注目するパーソナルメモがどのようなもので,知識活動の中でどう活かされるかを述べる.さらに節において,個人で行う活動とグループでのミーティングの繰り返しによる知識活動サイクルとその重要性を示し,このサイクルを円滑に進めるために必要な事柄について述べる.最後に節にて,本章のまとめを行う.

2.1 知識活動の中で生まれるコンテンツ

2.1.1 知識活動とは

知識創造企業やナレッジマネジメントなどの言葉に代表されるように,現代社会における知識の重要性が高まっている.今後,どのようにして質の高い知識をより多く創造・管理できるかが重要になると予想される.

野中らは,知識創造の枠組みには認識論的次元と存在論的次元の2 つの次元があることを指摘している.認識論的な次元では,知識には形式的言語で表現可能な形式知と表現不可能な暗黙知の2 つがあり,これらの知識が相互作用することによって知識が創造される.この形式知と暗黙知の相互作用はSECI モデルと呼ばれ,次の4 つのプロセスのスパイラルとして表現される(図).

  • 共同化(Socialization) 経験を共有することによって,個人の暗黙知からグループの暗知を創造するプロセス

  • 表出化(Externalization) 暗黙知をメタファ,コンセプト,モデルなどの共有できる形式知に変換するプロセス

  • 連結化(Combination) 共有された形式知を組み合わせて新たな知識体系を創り出すプロセス

  • 内面化(Internalization) 行動による学習によって形式知を暗黙知として体得するプロセス

SECIモデル

図2.1: SECIモデル

また,存在論的な次元では,個人が創造した知識が組織的に拡張され,グループや組織内,そして組織間にわたる知識として結晶化される.この過程は共同化に相当する暗黙知の共有から始まる.そして,共有された暗黙知は新しいコンセプトという形の形式知へ変換される.そして,変換されたコンセプトに追及すべき価値があるかを示すために正当化を行った後に,プロトタイプなどの原型を作成する.このようなプロセスを通じて構築された知識はグループや組織,そして組織外へ移転される.このような1) 暗黙知の共有,2) コンセプトの創造,3) コンセプトの正当化,4) 原型の構築,5) 知識の移転という5 つのフェーズを経ることによって,スパイラルが生まれ,個人の知識が組織の知識として変換されていく.そして,2 つの次元における知識スパイラルが複合的に実践されることによって,組織的な知識創造が行われる.

野中らは,企業組織における知識創造を中心に述べていたが,視野を広げて捉えれば研究活動にもこの考え方を適用することができる(図).研究活動では,新たな問題点や未解決の問題点に対するテーマを設定し,独自の視点から解決策を提案する.そして,実験・検証を通じて自身のテーマの妥当性を確認し,その成果を論文にまとめて公表する.論文を公表することによって,関連する分野の研究者の中で研究成果が共有され,新たな問題点が指摘されたり,新たなアプローチが提案される.そして,このプロセスが繰り返し行われることによって,社会に貢献するような技術が生み出される.このように企業組織における知識創造や研究活動には何らかの共通点が存在しており,その共通点を踏まえることによって,より広範囲な知識創造支援を実現できると考えられる.

組織的知識創造プロセスと研究活動

図2.2: 組織的知識創造プロセスと研究活動

本研究では,企業組織における知識創造や研究活動に共通する点は,テーマ(コンセプト)の一貫性だと考えている.例えば,企業で新たな商品コンセプトが生み出されれば,企業内のメンバーがそれぞれの視点からそのコンセプトを具体化するためのアイデアを出し合い,まとめていくことによって新しい商品が生み出される.また,研究活動では,いまだに解決されていない問題を研究のテーマとして扱う.その問題を解決するために独自の視点からアプローチを行い,新たな知識や技術を生み出していく.本研究では,企業組織における知識創造や研究活動のように「あるテーマに対して継続的にアイデアを創造し,知識として理論化・具体化する活動」を知識活動と呼び,情報技術を用いることによって知識活動を支援することを目指す.そして,この知識活動に従事する者をナレッジワーカーと呼ぶ.ナレッジワーカーは,高度の専門能力,教育または経験を備えており,その仕事の主たる目的は知識の想像,伝達または応用にある

また知識活動は,個人で行うものと複数人のグループで行うものの2 種類が存在する.グループの知識活動も突き詰めれば,個人の知識活動の組み合わせと捉えることができる.グループの知識活動には,テーマに対する認識の共有やメンバー間の進捗状況の把握など,個人の知識活動には存在しない要素が存在することは確かだが,グループを構成する個々人の知識活動を支援することで,結果としてグループの知識活動を支援することができると考えられる.そのため,本研究では個人の知識活動に着目し,その支援を目指す.

2.1.2 知識活動ログ

一般にコンテンツは,テレビ番組や映画,音楽のように多数の人間に対して公開されている娯楽用のメディアという印象がある.辞典によれば,コンテンツとは以下のような意味を持っている.

  1. 中身.内容

  2. 書籍の目次

  3. 放送やインターネットで提供されるテキスト・音声・動画などの情報の内容

特に最後の定義を踏まえると,1. それ自体が意味のある内容を持っている,2.(Web 上のコンテンツの場合)インターネットを通じて公開されている,という2点が コンテンツとして成立するための要件だと考えることができる.本研究では,このような要件を踏まえながら,一般的なコンテンツの概念を拡張する.

知識活動では,成果報告書やプレゼンテーション資料のように,これまでの活動内容をまとめて他人に公表するための文書や,その日行わなければならないTODO,気付いたことを簡潔にまとめたメモのように日常的に多くのデータの作成・編集を行っている.成果報告書やプレゼンテーション資料はもちろんのこと,TODOやメモのように一見すると個人的なものだと思われるデータも状況に応じて他人と共有することがある.例えば,大学研究室の先輩が後輩の提案した研究計画をチェックするために,個々のTODOの内容をチェックするような状況が挙げられる.そこで本研究では,知識活動を通じて生み出されるさまざまなデータをコンテンツと呼ぶことにする.知識活動の中で生まれるメモや発表資料などには,その活動内容の記録や,活動に関するアイデアや,他者に理解できるように整理した内容が記述されており,それ自体が意味のある内容を含んでいる.また,それらの情報が公開されているかどうかについては,成果報告書やプレゼンテーション資料はその発表対象となる人々に対して情報を公開することを目的としており,それらの性質はコンテンツとして成立する要件を満たしている.

知識活動の中では,メモのようなテキストのみで構成されたコンテンツ(テキストコンテンツと呼ぶ)だけではなく,写真などの画像やフローチャート,システム構成図など,文字だけでは表現することが不可能だったり,視覚的に表現したほうが理解させやすいものも,必要に応じて作成される.本研究では,写真やコンピュータプログラムのスクリーンショットなどの画像をイメージコンテンツ,フローチャートやシステム構成図などナレッジワーカー自身が描画したものをスケッチコンテンツと呼ぶ.スケッチコンテンツは,コンピュータ上で描画されたものだけでなく,ホワイトボードなどに手描きで書いたラフなものも含む.また,グループで行うミーティングや研究発表などで用いる文書やプレゼンテーションスライドなどの資料や,活動内容をまとめて出版した書籍や論文なども,知識活動の中で生まれるコンテンツである.本研究では,これらの,知識活動の中で生まれるコンテンツと,それらのコンテンツの間に存在する,引用関係や参照関係などの文脈情報を,その活動の経緯や歴史を表すための記録という意味で知識活動ログと呼ぶ.

知識活動ログと一括りにしたが,それぞれのコンテンツが持つ特性や,そのコンテンツが作られるためにかけた人的・時間的コストは様々であるため,全てを同列に扱うことは適切ではない.例えば,公式な場での会議で配布する資料や学会誌に投稿する論文などはテキストを主体としたコンテンツではあるが,メモのように日常的に気軽に書くものではなく,入念な推敲により文章を洗練させたり,論文ならば他者の査読などのチェックが入るなど,比較的長い時間をかけて1つのコンテンツを作り上げる.また,論文などで用いる画像や図表などのコンテンツについても,IllustratorやPhotoshopに代表されるような描画や画像処理を支援するツールを用いて時間と労力をかけて作成することになるため,1コンテンツあたりにかけるコストは大きい.ミーティング内容の要約である会議録も,ミーティングにかける時間や参加する人数に比例して,その作成コストは大きくなる.

それに対して,ナレッジワーカー個人が日常的な活動の中で閃いたアイデアやTODOやその進捗を記したメモや,その内容を視覚的に表現・説明するために描いたラフな手描き図などのコンテンツは,前述した資料や論文に比べて作成のコストは非常に小さい.勿論,資料や論文で用いられる文章や図よりも大分と粗いものではあるが,メモや手描き図は,基本的にそのナレッジワーカー自身が日々の活動の中で振り返るときや,彼の活動をよく知るプロジェクトメンバなどが,定例ミーティングのような場で口頭での説明を交えて閲覧したときに理解できれば十分である.このように多少の粗さが許容されるというのも作成コストが小さい理由に含まれる.これらの個人が日常生活の中で作成するコンテンツは,その作成機会の多さと作成コストの小ささ故に,活動を続ければ続けるほど増えていき,膨大な量になる.そのため,これらのコンテンツの管理が杜撰だと,過去の活動内容を振り返りたいときに,どのコンテンツを参照するのが適切か分からなくなったり,より悪い状態としては,コンテンツそのものを誤って削除してしまうということが考えられる.

以上のことから,ナレッジワーカーが知識活動の中で生み出すコンテンツをいかに効率的に記録して利用するかに着目した手法や情報システムが必要となる.

2.2 知識活動を支援するシステム

2.2.1 ナレッジマネジメントシステム

個人の持つ知識を組織的に共有し,組織内の知識創造を促すための方法論としてナレッジマネジメントがある.これは,個人の持つ暗黙知を形式知に変換することにより,知識の共有化,明確化を図り,作業の効率化や新発見を容易にしようとするものである.項で述べたSECIモデルの提言以降,このナレッジマネジメントを支援するシステムに関する研究が数多く行われてきた.以下にその実例をいくつか示す.

SECIモデルが提言された当時は,ナレッジワーカーが暗黙的に持っていた知識を,形式的言語を用いて記録する表出化を支援するためのシステムが生み出された.形式知として記録されていた知識は,顧客からのクレーム情報や,システム開発のノウハウ,受注事例などが中心であり,専門分野に関する知識の格納・検索に特化されたデータベース(知識ベース)に関する技術が利用されていた.知識ベースは,ナレッジワーカーによって作成,編集,共有,検索されるものであり.このようなナレッジマネジメントシステムは第1世代と呼ばれる

しかし,これらのシステムにはいくつかの問題が指摘されている.島津らは,知識活動を継続するうえでの課題として,「企業文化・風土や従業員の知識提供へのモチベーションの維持」を指摘している.例えば,「知識提供の貢献が業績評価への反映に対して小さかったり,本業とは異なる余分な仕事であったりすると,知識を提供する従業員のモチベーション維持が難しく」なったり,「質の高い知識がタイムリーに追加更新されないと,KM(ナレッジマネジメント)システムを利用する従業員の数が減り,それが提供者側の提供意欲への悪影響」につながると述べている.Davenportは,ナレッジワーカーには情報を探したり配信したりする時間的な余裕がないため,業務に知識を埋め込んだシステムの必要性を説いている.また,小林は,これまでのナレッジマネジメントシステムで蓄積される情報は設計書や提案書など業務に関する成果物だけであり,「どのようにしてその成果物が作成されたのか」という成果物に至るまでの文脈情報が蓄積されていないために,組織内で培われた知識がメンバ間で効率的に継承されない点を指摘している

これに対して,第2世代と呼ばれるナレッジマネジメントシステムでは,ナレッジワーカーが意識的に定義する形式知だけでなく,ナレッジワーカーがスケジュール管理システムなどの業務アプリケーションを使って業務をすることで生産される情報が注目された.また,これに並行して,情報処理技術でナレッジワーカー間の協調作業を支援する取り組みが行われるようになった.なかでも一般的な技術であるグループウェアは,CSCW (ComputerSupported Cooperative Work)と呼ばれる,コンピュータによる協同作業支援に関するシステムの総称であり,具体的なものとしてはサイボウズやLotus Notes/Dominoなどが挙げられる.これらのシステムには,組織内部や外部とのコミュニケーションを 円滑に行うための Web メール機能,メンバーとスケジュールを共有するスケジューラ機能,メンバー間の打ち合わせや議論を行うための掲示板機能など組織内の知識創造を支援する様々な機能が存在する.グループウェアの有用性は徐々に認識されており,日本全国の年商500億円未満の中堅・中小企業の半分近くがグループウェアを導入しているという調査結果も報告されている.

さらには,ナレッジワーカーに報告書や提案書などの成果物を直接登録させる形態ではなく,ナレッジワーカーの活動内容を記録し,マイニングする機能を持つナレッジマネジメントシステムも注目されている.このようなシステムは,より個人の活動に近いメールや社内掲示板・ブログなどのシステムを利用したコミュニケーションから知識を抽出しようという試みである.具体的な製品として,KnowledgeMarket EnterpriseSuiteなどがあり,ナレッジワーカーの活動を中心に据え,ナレッジマネジメントを業務プロセスに埋め込むことで,知識を効率的に抽出し,利用できるようにすることに注力したシステムを実現しようとしている.

これらのナレッジマネジメントシステムに関連して,筆者が所属する研究室では,「自然言語だけでは表現しきれない活動内容の記録が十分に行われていない」「成果物に至る文脈情報の記録が十分に行われていない.また,取得した文脈情報に基づく活動支援が十分に行われていない」などの問題があると考え,その問題を解決すべく,ディスカッションマイニングと呼ばれる,人間同士の知識交換の場である会議から実世界情報を獲得・構造化し,再利用可能な知識を抽出する技術を用いた知識活動支援手法を提案し,実現・運用してきた.ディスカッションマイニングには,主に2つの目的があり.1つは映像・音声情報や,テキスト情報,議論構造などの実世界活動に関するメタデータの獲得による会議コンテンツの作成であり,もう1つは作成された会議コンテンツの再利用に基づく会議後の知識活動の支援である.このディスカッションマイニングを実現するシステムとして,我々の研究室では,DRIPシステムと呼ばれる知識活動支援システムを開発・運用してきた.DRIPシステムは,DRIPサイクルと呼ばれる会議を中心とした知識活動サイクルの中で生まれるコンテンツを記録・蓄積し,再利用可能な形で提供することで,知識活動の支援を行うシステムである.DRIPサイクルは,アイデアを他者に発表し,議論を行うことによって多角的な視点による意見やアドバイスを獲得する議論フェーズ,議論の内容を整理し,その後におこうなうべきタスクを決定する再認フェーズ,議論内容を踏まえつつ文献調査や実験・検証などの様々なタスクを遂行する探求フェーズ,様々なタスクを通じて蓄積されたアイデアや知識をまとめ,次の議論のための発表資料を作成する集約フェーズの4つのフェーズから構成され,これらのフェーズを繰り返し行うことでより良い知識活動が行えるとしている.しかし,このシステムが想定している会議は研究室のゼミのように,あるフォーマットに則して行われるものであり,そこで使用される資料には,一定以上の情報量や質が要求される.また,DRIPシステムは会議と会議の間を1ヶ月程度と見ており,そのため,その間の期間に繰り返される個人の日常的な活動やプロジェクト内の定例ミーティングのような数日単位の活動の細部を支援しきれているとは言い難い.

個人が日常的に行う知識活動という点にフォーカスすると,そこで行われる思考やTODOの管理,実際の作業とそれらの活動内容を定期的に報告するミーティングなどの様々な活動を支援するためには,それに合わせた支援システムが別途必要である.また,DRIPシステムの中で生まれるコンテンツは,研究室のゼミのような型の決まった会議で利用することを前提としており,必ず会議コンテンツの一部と関連付いている必要がある.そのため,新たなアイデアやTODOも,過去の会議コンテンツの一部を引用する形で作成しなければならず,コンテンツ作成の制約が大きかった.

以上のことから,本研究では,個人の日常的な知識活動と,その活動内容をグループ内でこまめに共有し意見を獲得するために行われる比較的小規模なミーティングにフォーカスし,そこで生まれるコンテンツの作成や活用を支援することを目的とする.

2.2.2 TimeMachineBoardによる継続的なミーティングの支援

項で,様々なナレッジマネジメントシステムの例を挙げた.また,筆者が所属する研究室で研究されてきたDRIPシステムについて述べ,DRIPシステムでは個人の日常的な知識活動と,その内容をグループ内で共有し議論を行い,そこから知識を獲得するために行われる継続的なミーティングを支援しきれないという問題点を挙げた.

この「個人の日々の知識活動の中で得られたアイデアの共有や,実際に行った作業の報告を行うための継続的なミーティング」を支援することを目的として,筆者の所属する研究室では,TimeMachineBoardと呼ばれるミーティング支援システムを開発・運用してきた.DRIPシステムが研究室のゼミでの発表や企業のプロジェクトの報告会のような,発表内容や資料の十全な準備が必要な会議を対象としているのに対し,TimeMachineBoardは,事前の準備があまり必要ない,少人数での小規模なミーティングを対象としている.ここで言う小規模なミーティングとは,プロジェクトチーム内の個人の作業の進捗状況を管理するための報告会や,その作業を進める上での問題点の洗い出しやその解決,または新たなアイデアを出したりそれをブラッシュアップすることを目的としたミーティングを指す.これらのミーティングは,先に述べたゼミの発表やプロジェクト報告会に比べて,費やす時間も参加する人数も少ないが,日々の活動を積み重ねて目標に向かって仕事や研究を円滑に進めていくために重要な役割を担っている.このようなミーティングをより良いものにすることが仕事や研究のパフォーマンスを向上することにつながる.

一般に,少人数のミーティングでは,ホワイトボード,フリップチャート,黒板,大型のコルクボードなどの道具(以下,ボードと総称する)が利用される.ボードは,議論の内容を書き留めたり,アイデアを説明したり,ミーティング参加者からの意見を並べ替えて整理したりと,様々な用途に利用される.そして参加者は,しばしばボードの内容をデジタルカメラで撮影したり,ノートに書き写したりして記録する.

このようにして記録がとられるのは,ミーティングで利用されたボードの内容が,ミーティング内容の要約と言えるからであろう.もちろん,ボードの内容にミーティングで話し合われたすべての内容が含まれているわけではない.しかし,参加者がミーティングで話し合った内容を想起するには十分である.それに対して,映像や音声を用いればミーティングの内容をより詳細に記録することができる.そのような記録を閲覧すれば,たとえミーティングに参加していなくても,話し合われた内容を理解することができるだろう.しかし,そのような記録は気軽に内容を振り返るには一般に情報量が多すぎて,少人数で繰り返し行われるカジュアルなミーティングの記録としては適さない.

そこでTimeMachineBoardでは,大型ディスプレイを情報的に拡張されたボードとして利用し,ボードに表示された画像やスケッチ,テキストの情報,それらの分類・整理を行った過程によって記録・蓄積することで,ミーティング内容を振り返るために十分な情報を取得している.このボードの記録をボードコンテンツ,ボードコンテンツに含まれるそれぞれの要素をボード要素と呼ぶ.図 にTimeMachineBoardを利用して行われているミーティングの風景を示す.また,図 に記録されたボードコンテンツの例を示す.

筆者の所属する研究室では,このシステムを継続的に運用し,運用を通してユーザから得た知見をフィードバックしながら研究・開発を行ってきた.

一般に,記録・蓄積されるミーティングの量がある程度以上に増加すると,ボード内容のスナップショットを一覧表示にしたり,単純な検索を実現するだけでは,目的とするボードコンテンツを検索したり,複数のボードコンテンツの内容を把握することが難しくなる.

この問題に対してTimeMachineBoardでは,複数のボードコンテンツの要約を実現している.TimeMachineBoardでは,ミーティング中に参加者がボードに表示されている内容を構造化して整理するための仕組みと,参加者が過去のボードコンテンツを検索して,その一部を引用して同様のテーマに関して継続して話題にする仕組みを実現している.これらの仕組みによって構造化されたボードコンテンツと,引用関係によって獲得できる複数のボード要素間の関係を利用して,一連のボードコンテンツの中から重要性が高いと思われる内容の抜粋を行うことができる.TimeMachineBoardではこの抜粋を複数ミーティング要約と呼んでおり,この要約を閲覧することで,長期間に渡って継続的に行われてきたミーティングとその経緯を,容易に振り返ることができる.

TimeMachineBoardを利用したミーティング風景

図2.3: TimeMachineBoardを利用したミーティング風景

TimeMachineBoardによって記録されたボードコンテンツ

図2.4: TimeMachineBoardによって記録されたボードコンテンツ

以上のように,TimeMachineBoardによって,継続的に行われる小規模なミーティングを円滑に進め,ミーティング内容の構造化と再利用を支援することができる.

先に,TimeMachineBoardは事前の準備があまり必要ないミーティングを対象としていると述べた.これは,TimeMachineBoardが,ホワイトボードを用いたミーティングのように,議論中に適宜文字を書いたり図を描いたりしながら議論するスタイルのミーティングを情報システムによって支援することを目的としているためである.TimeMachineBoardでは,PC上で動作するクライアントアプリケーションを用いてミーティング中にテキストや画像をボードに提示することができる.また,ペン型のデバイスを用いて,ボードに直接フリーストロークを描画したり,提示したテキストや画像をボード内で自由に移動・拡大縮小するなどのボードに対する操作を行うことができる.その他に,ボードから離れた位置からでもボードを操作することができるリモコン型のデバイスを備えている.これらのデバイスと機能によって,ホワイトボードでのミーティングスタイルに近い形で,ホワイトボードよりも柔軟にテキストや画像を扱いながら議論を行うことができるようになっている.

クライアントアプリケーションが持つテキストや画像の提示機能は,ミーティング時に手元に資料が全く用意されていなくてもその場でテキストをタイピングすることで議論したいトピックをボードに提示することができるが,そもそも議論したい内容というのは,日々の活動の中でTODOリストや簡易的なメモに書いてあることが多い.しかし,これらのメモの内容は元来その個人自身が自分の進捗状況を確認したり,備忘録として書き記したものなので,ミーティングに提示できるほど内容が整理されていない.しかし,TimeMachineBoardを用いるミーティングのために,メモに書く内容を常に整理するのでは,ミーティングに参加するコストが高くなり過ぎてしまう.

そこで本研究では,TimeMachineBoardでのミーティングを統合的に支援する仕組みとして,iStickyと呼ばれるシステムを開発した.iStickyはタブレット端末上で動作するアプリケーションで,大きく3つの機能を持つ.

1つ目は,個人の日常的な知識活動の中で生まれるメモや手描き図などの知識活動ログを記録・蓄積し,ミーティングに利用する機能である.iStickyに記録した知識活動ログは,その一部分を選択・整形して,TimeMachineBoardのボードに提示することができる.これにより,日々書きためたメモや図などの自分のためのログを,比較的低いいコストでミーティングに利用することができる.

2つ目は,ミーティング中にボードを操作する機能である.iStickyにはボードの現在の内容を再現し操作可能にする機能があり,その機能を通して,事前に作成したコンテンツをボードに提示し,指による操作でボード要素の移動や拡大縮小したり,ソフトキーボードによるテキスト入力や編集を行いながらミーティングを進めていくことができる.

3つ目は,TimeMachineBoardで行ったミーティングの記録であるボードコンテンツを閲覧・検索する機能である.iStickyでは,過去に行ったミーティングのボードコンテンツを取得しデバイス内に保存する仕組みがある.そして,保存されたボードコンテンツを閲覧することができ,必要に応じて検索による絞り込みを行ったり,前述したボードコンテンツの要約を行うことができる.これにより,ミーティングの内容をいつでも振り返ることができる.

以上の機能により,TimeMachineBoardによるミーティングを支援し,ミーティングとその前提になる個人の知識活動を柔軟に結び付けることを可能にし,ミーティングをより円滑に行うことができる.

2.3 知識活動ログとしてのパーソナルメモ

節で,知識活動ログの一つの例として,TODOや気づいたことを簡潔に記したメモを挙げた.メモは,個人の知識活動の中で最も頻繁に作成されるコンテンツである.本研究では,それらのメモの中でも,特に,あるトピックについて継続的にアイデアの創造を行ったり,そのアイデアの実行のための文献調査やプログラミングなどの作業の計画や進捗を書き記したものをパーソナルメモと定義する.

ここでのパーソナルメモは,一時的に利用され,用が済んだら廃棄してしまうような揮発性が高く再利用性が低い性質のものではなく,研究ノートやスケジュール帳のように,以前の内容を参照しながらの書き込みや,書き込み内容の振り返りによる継続的な活動を支援するテキストコンテンツを指す.本研究は,このパーソナルメモという知識活動ログを,知識活動の中でより良く活用するための支援手法の提案を目的の一つとする.

2.3.1 パーソナルメモの特徴

パーソナルメモには,論文や会議コンテンツなどの他の知識活動ログと比較して,以下のような特徴を持つ.

  • 作成者本人のみが閲覧・編集するものである

  • 特定のフォーマットが定まっておらず,作成者自身が自由に記述できる

  • 日々の活動の中で常に内容が更新され続け,何度も見直される

  • 時間や場所を問わず作成される

「作成者本人のみが閲覧・編集するものである」について,パーソナルメモはナレッジワーカー個人が自身の日々の活動内容を記すものであり,会議の配布資料や論文のように他人と共有することを目的としたものではない.そのため,「特定のフォーマットが定まっておらず,作成者自身が自由に記述できる」という利点がある.また,日々の活動の中で思いついたアイデアやTODO,実際に行っている作業の進捗などを書き記すということは,このパーソナルメモは一度何かを書いて完成するものではなく,日々の活動の中で書き込みとその内容の見直しを繰り返しながら作られていく知識活動ログであると言える.

また,パーソナルメモの大きな性質として,「時間や場所を問わず作成される」という点が挙げられる.論文や会議資料などは,そのコンテンツを作成するためにかかる労力と時間の見積もりを立て,作成に必要なデータを揃えた上で,腰を据えて取り掛かる類のものである.そのため,それらの作成環境には,様々なデータを取扱え,必要であれば分析を行える能力を持った据え置き型のコンピュータが適している.それに対してパーソナルメモは,それ自体の作成に事前のデータを必要とせず,日々の活動の中で思いついたアイデアやTODOを簡潔に書き表すものであるため,必ずしも現行の据え置き型コンピュータのような高度な機能性は必須ではなく,それよりも場所や状況に関わらず,いつでもどこにいても思いついたときに書き記すことができるこということがより重要視される.コンピュータが普及した現在においても,検索性や再利用性が低い紙媒体のメモや手帳を利用する人が多いのは,いつでもポケットから取り出して書き込みできるという手軽さがより重要視されるためであると考えられる.その点に関して,Evernoteなどのクラウドメモアプリケーションはスマートフォンなどのモバイル端末での利用を想定しており,比較的紙媒体のメモに近い使用感でメモを書くことができる.

以上のことから,パーソナルメモを情報システム上で作成・管理するためには,検索性や再利用性に加え,内容を記録・参照するためのデバイスとして携帯が容易で,記述する内容を思いついてから実際に書き込むまでのタイムラグを極力減らすことが必要である.

2.3.2 個人の知識活動におけるパーソナルメモの役割

メモを書くことは,個人の思考や活動内容を顕在化する最も一般的な方法であり,そのメモを利用したTODO管理やワークフローを管理する手法は数多くある.

Allenが提唱するGTDは,頭の中にあるやらなければならないことや気になっていることを紙に書き出し,問題点を洗い出していく「収集」,書き出した内容を分類してリスト化する「処理」,リスト化した内容をスケジュール管理ツールに入力する「整理」,自分の状況や状態でそれらが実行可能かどうか検討する「見直し」,見直しで実行可能なものを順次片付ける「実行」の5つのフェーズを,1週間程度の短い間隔で繰り返す.こういったステップを行うことで,「あれもしなくてはいけないし,これもやらなくてはいけない」といった混乱した状況から脱し,着実に作業を進めていき生産性を高めることが目的である.また,Allenは「われわれの頭や心理にある「思い出すシステム」は非効率で,その時その場所ですべきことをめったに思い出すことはないという.よって,「信頼できるシステム」の文脈にしたがって,すべき仕事を紙や電子機器に書き出して蓄積した「次の行動リスト」はわれわれの心を外側から支援する役割を果たし,われわれが正しいときに正しいことを思い出すことを確実にしてくれる」としている.即ち,リスト化し整理した内容の見直しや実行について,ナレッジワーカー自身の記憶のみに頼るのではなく,何らかの外部装置として情報システムを活用することで,より良い活動を支援できるとしている.

ナレッジワーカーがGTDを行うためには,タスクの洗い出しや分類などの行為を習慣化し,各々のフェーズで作成されたメモやリストを常に自身が意識的に整理したり定期的に見返したりしなければならない.特に,Allenはナレッジワーカー自身の記憶は非効率で当てにすることができないとしており,人手のみでGTDを実現することの困難さを指摘している.また,GTDの中で生まれるメモは,紙媒体であるために再利用性が低く,後述するグループ内での知識活動に活かすことが難しい.

本研究では,GTDの思想を取り入れ,個人が日常的な知識活動の中で行っている問題の発見からその解決までのフェーズを支援する仕組みを,iStickyの機能として実現した.具体的には,iStickyが持つメモ書きの機能を拡張し,メモ内のテキストごとに属性を付与し,付与された属性ごとにメモ内のテキストを検索できるようにした.これにより,メモに書き記した内容の分類・整理と,それぞれの内容についての見直しを容易にした.また,iStickyで記録した内容を,コンテンツサーバーと呼ばれるネットワーク上のデータベースサーバに蓄積し,パーソナルメモとそのメタデータである属性情報を集約する仕組みを実現した.図に,iStickyとコンテンツサーバーによる,メモとそれに付与された属性情報の集約の仕組みを示す.iSticky上で作成されたメモには,記述した内容ごとにその分類や優先度を表す属性情報を追加することができ,洗いだしたタスクを分類することができる.この属性情報は,メモのテキストのメタデータとして,コンテンツサーバーで保存・管理される.

iStickyとコンテンツサーバーによるタスクの洗い出しと管理

図2.5: iStickyとコンテンツサーバーによるタスクの洗い出しと管理

2.3.3 グループの知識活動におけるパーソナルメモの役割

項で,パーソナルメモは作成者本人が閲覧・編集するものであると述べたが,それは必ずしもパーソナルメモに記された内容をミーティングの資料作成や論文執筆に利用しないということではなく,あくまでパーソナルメモを作成する主目的である「自分自身の日々の活動内容を記録し振り返る」ということに主眼を置いたものである.

前述のDRIPシステムでは,TODOや日々思いついたアイデアを記録し,次の会議の資料作成に役立てることができる機能を備えている.しかし前述した通り,DRIPシステムで作成するコンテンツは会議での利用を前提としており,常に前後の会議コンテンツとの関係を意識しながら作成しなければならないため,1つのメモを作成するためのハードルが高い.日々の知識活動は,勿論それまでの活動内容や会議によって得られた意見を反映させながら行うべきものであるが,パーソナルメモのような気軽に作ることができる知識活動ログについて,その記述された内容が過去のどの会議コンテンのどの部分に関係するものかを確認しながら日々のメモを書き記すのはコストが高いため,項で述べたGTDのように非常に短いスパンで多くのメモを作成するような管理手法の実現手段としては適切ではない.

しかし,DRIPシステムのように,個人の知識活動の中で生まれたアイデアやTODOなどを記したメモを会議というグループで知識を共有する場に利用し,そこで議論された内容を個人の活動に取り込むことができる機能は,知識活動を円滑に進める上では必要不可欠である.そこで,本研究では,iStickyで作成したパーソナルメモを,TimeMachineBoardのミーティングに提示する機能に加え,そのミーティングのボードコンテンツの内容を選択的にパーソナルメモに取り込むことができる仕組みを実現した.図に,iStickyとTimeMachineBoardによる連携の仕組みを示す.TimeMachineBoardを用いたミーティングでは,iStickyで作成したパーソナルメモの部分を引用し,ボードに提示することができる.また,提示した内容は,iStickyを用いてテキストの編集や移動・拡大縮小操作を行うことができる.これにより,日々の活動記録をミーティングで効率的に活用することができる.また,TimeMachineBoardでは,ミーティング終了時のボードの状態を,ボードコンテンツと呼ばれる議事録として記録する.このボードコンテンツは,iStickyにダウンロードして閲覧を行うことで過去のミーティング内容を振り返ったり,ボードコンテンツに含まれるテキストや画像をiStickyのパーソナルメモに引用して取り込むことで,ミーティングで提示された議題や議論内容を個人の活動にフィードバックすることができる.

iStickyとTimeMachineBoardの連携

図2.6: iStickyとTimeMachineBoardの連携

2.4 個人の活動とミーティングによる知識活動のサイクル

企業のプロジェクトや大学の研究室では,1つのプロジェクトやテーマについて複数人のグループを作り,そのメンバーが協力し合いながら知識活動を進めていく.グループによる知識活動を進めていく上で,あるメンバーが持つアイデアや日々の活動内容を他のメンバーと共有し,今後の活動に活かすべく議論を行う.

本研究は,前述のTimeMachineBoardによって継続的に行われるミーティングの記録を構造化し再利用可能な形にし,その内容を同じく前述のiStickyによって個人の活動にフィードバックすることで,グループ全体の知識活動をより良いものにすることを目的としている.項において,知識活動のサイクルを支援するシステムについて述べたが,本研究におけるiStickyとTimeMachineBoardによって支援されたプロセスも,一つの知識活動サイクルとして成立している.個人の日々の活動内容を記録し,その記録をグループ内のミーティングによって共有し,議論を交わすことで知識を得る.その後,議論で得た知識を個人の活動に取り込み,その知識に基づき次の活動を行う.そしてその活動内容を記録し,再びミーティングで共有していく.このように,個人の活動内容の記録,ミーティングでの共有,ミーティングで得られた知識のフィードバック,フィードバックされた知識に基づく活動によるサイクルを繰り返していくことで,よりよい知識活動を行うことができる.

2.4.1 知識活動におけるコンテンツの再利用性

ナレッジワーカーの知識活動には,調査や実験・検証・議論など様々なプロセスがある.例えば,何らかの仕事を遂行するために必要な情報を取得するために,Webや書籍・論文などの文献を調査したり,アイデアの妥当性を確認するために実験を行ったりする.調査や実験の結果を分析し,検証を行うことで問題点に直面したり,それを解決するために新たなアイデアや知識が生まれる.そして,このような活動の中で得られた知見に基づいて,他者と議論を行うことで意見を出し合い,活動にフィードバックする.それぞれのプロセスは単独で行われるのではなく,相互に影響しあいながら繰り返し行われる.

上述のプロセスの中で,議論が行われる場である会議はナレッジワーカー同士の暗黙知を共有するための,『個人が直接対話を通じて相互に作業しあう「場」』として,重要な意味を持つ.また,議論は調査・実験・検証についての,違う視点からの意見や新しいアイデアなどを得る機会であり,特に本論文が対象とする継続的に行われるミーティングにおける議論は,知識活動の中でナレッジワーカー個人の考えを検証・発展させるために日常的に行われる,自由で自然なコミュニケーションで,他のプロセスを円滑に進めるために不可欠なものである.

これらのコミュニケーションの中で生まれる議論に含まれる,他者からの意見やアイデアは,玉石混交で,有用でないものも多い.特に,廊下ですれ違いざまに行われるような偶発的な会話における議論に対して過度の期待をすることはできない.しかしながら,日常的なミーティングの中には,知識活動をよりよいものにする重要な議論も少なからず含まれている.

このような議論は,後の知識活動によって作られる成果物において,その成果物がどのような背景において作られたのか,という背景情報としての重要な意味を持つ.その時の議論に参加していた人物や,他の関連する議論やそこに含まれる知識は,知識活動のログとして利用することが可能で,これらを振り返ることによって得られるメリットは大きい.例えば,すでに行われた議論を振り返り,内容を捉え直して新たなアイデアを生み出したり,あるいは複数の議論を組み合わせることでより深い知見を得たりすることができる.

2.4.2 個人の活動とミーティングによる知識活動サイクルを支援するシステム

個人の日常的な知識活動と継続的に行われるミーティングによって生まれるコンテンツが相互に作用することによって,より良い知識活動が可能になると述べたが,節で述べたDRIPシステムは,研究室の全体ゼミ発表や企業のプロジェクト報告会のような比較的長いスパンで行われ,十全な準備が必要な会議を中心とした知識活動サイクルを想定しており,その会議と会議の合間に行われる個人の活動との相互作用を支援している.

これに対して本研究では,GTDが対象とするような短いスパンでの個人の知識活動と,TimeMachineBoardが支援する継続的なミーティングの繰り返しによる知識活動サイクルに着目し,その中で生まれるパーソナルメモとボードコンテンツを効率的に作成・管理・再利用することを支援するための情報システムを提案する.

2.5 まとめ

本章では,知識活動の中で生まれるコンテンツについて述べ,その中でも本研究が対象とする個人の日常的な活動の中で作られるパーソナルメモの特徴を明確にした.また,個人の活動とグループ内で継続的に行われるミーティングとの関係を示し,ミーティングの要約である会議録をボードコンテンツと定義し,パーソナルメモとボードコンテンツを結び付けることで,個人の活動とミーティングのサイクルによる知識活動が促進されることを示した.

次章では, iStickyとコンテンツサーバーの連携による,パーソナルメモを始めとする知識活動ログの記録と蓄積,活用手法などの知識活動支援について説明する.続く4章では,本研究が対象とする継続的なミーティングに対して情報システムを用いて支援する手法を,その具体的な実装であるTimeMachineBoardのコンセプト及びボードコンテンツの記録・構造化・再利用の手法と合わせて説明する.そして,iSticky とTimeMachineBoard,そしてコンテンツサーバーによる,個人の活動と継続的なミーティングから成る知識活動サイクルを統合的に支援する仕組みについて,ミーティングでのiStckyの利用と,パーソナルメモとボードコンテンツ間の引用関係を用いた自動アノテーションを中心に述べる.

3 個人の知識活動を支援するシステム

2章では,本研究が対象とする知識活動とは何かについて述べ,そのサイクルの中で生まれるコンテンツとそれらの作成・活用を支援することで,より高度な知識活動が行えることを示した.

本研究が特に注目するコンテンツは,個人の活動記録を記したパーソナルメモと,プロジェクトチームなどのグループの活動であるミーティングの記録である議事録である.本研究では,これらのコンテンツについて,それらの作成および活用を情報システムによって支援することを目的とする.

そこで,本研究では,パーソナルメモの作成・活用を支援し,個人の知識活動をより効率的に行うためのシステムとしてiStickyを開発した.

本章では,iStickyの諸機能およびiStickyを用いた個人の知識活動支援について述べる.まず節において,iStickyのコンセプトと,節で取り上げたGTDのサイクルをiStickyによって効果的に実現できることを示す.続く節では,iStickyと,iStickyで作成したデータを保存・管理するコンテンツサーバーから成るシステムの構成について述べ,節においてiStickyの機能であるパーソナルメモの作成やタスク管理機能およびコンテンツサーバーの諸機能について述べる.

3.1 iStickyのコンセプト

2章で,iStickyは個人の知識活動の中で生まれるメモや手描き図を記録・蓄積する機能を持つと述べたが,iStickyはまさにその「個人で行う知識活動」にフォーカスを当てて設計されたシステムである.

iStickyは,新たなアイデアを創出したり,そのアイデアに関する文献や過去の事例などの調査や,システムの設計やコーディングなどの作業などといった個人で行われる知識活動を進める上で,覚書やTODOまたは情報整理のために書き出されたメモを,適切に記録・蓄積し,再利用性を高めることで,その後の活動をより効率良く行うことができるようにすることを目的としている.

覚書やTODOといったものは,通常紙媒体のメモ帳やノートなどに書き出されることが多い.これは,携帯性が非常に高く,思い立ったときにすぐ記述できることが大きな理由として挙げられる.近年,携帯端末の性能向上に伴い,スマートフォンやタブレットデバイス上でメモ書きやTODO管理を行うことができるアプリケーションが増えてきているが,それらのアプリケーションで作成されたコンテンツは,それぞれが独自のフォーマットに則って作られているため,ユーザが他のシステムで再利用したりすることは困難である.そのため,そのアプリケーションの中で完結するような利用しか行えない.

iStickyで作成したパーソナルメモも独自のフォーマット形式を持っているが,その内容はすべてXMLで記述され,コンテンツサーバーで保存・管理されているため,iStickyで作成したコンテンツを他のシステムで利用したい場合は,コンテンツサーバーを経由することでXML形式のデータを取り扱うことができる.

このように再利用性を高めることで,次章で述べるようなTimeMachineBoardへのメモ利用や,コンテンツの部分引用関係といった情報を容易に記録できる環境を構築している.

また,将来的に新たな知識活動支援システムが開発された場合でも,iStickyで作成したコンテンツを再利用できるように配慮されている.

iStickyによるコンテンツの作成および活用は,GTDによるタスク管理サイクルを支援することを想定している.すなわち,GTDにおける問題点やタスクの洗い出しである「収集」は,日々の活動内容を書き出すメモの作成機能によって,「収集」によって洗い出された内容を分類する「処理」および分類した内容をスケジューラに追加する「整理」は,書き出したメモに属性情報を付ける機能によって,「整理」された内容から実際に作業できるかどうかを判断する「見直し」は,属性情報を付与されたメモの内容を一覧し,個別確認できる機能によってそれぞれ支援される.詳細は次節で述べるが,これらのiStickyの各機能によってGTDの各フェーズを支援し,最後のフェーズである「実行」を円滑に行うことができるようになっている.

以上のように,iStickyは,「再利用性の高いコンテンツの作成支援」と「作成したコンテンツを利用した知識活動支援」という2つの大きな機能を有している.

次節からは,iStickyとそこで作成されたコンテンツを管理するコンテンツサーバーによるシステムの概要およびそれぞれの諸機能について述べる.

3.2 システム構成

iStickyとコンテンツサーバーによる,システム構成を図に示す.iStickyはタッチ操作が可能なタブレット型端末上で動作するアプリケーションとして機能しており,手軽に日々の活動記録をメモに書き出したり,手描き図を作成したりすることができる.iStickyは,複数のタブを持ち,タブごとに種類の異なるコンテンツを扱う機能を備えている.タブには,ボード,テキスト,イメージ,スケッチ,ボード検索の5つがあり,その内のテキスト,イメージ,スケッチのタブが,本章で述べる個人の知識活動を支援する機能を持っており,パーソナルメモの作成およびGTDサイクルを支援するためのものである.

iStickyとコンテンツサーバーによるシステム構成

図3.1: iStickyとコンテンツサーバーによるシステム構成

テキストタブは,思い付いたアイデアや備忘録,TODOなどといった内容をメモに書き出し,それぞれについて属性を付与することができる.このメモの書き出しと属性の付与によって,GTDにおける「収集」と「整理」を実現している.また,付与された属性ごとにメモの内容をまとめて閲覧することができ,GTDの「見直し」による作業内容の決定を支援している.図に,作成したメモに対する属性情報の付与と,その属性情報に基づくメモのリスト化の構成を示す.iStickyでは,メモに書き出した文章は改行コードによって行ごとに区切られており,図中の水色の枠で囲われたテキストが,それぞれ行で区切られた文を表している.そして,その区切られたテキストそれぞれに対して,「重要」や「要調査」,「要報告」などテキストの内容に応じた属性情報(図中の緑字のマーク)を付与することができる.これにより,メモのような大きな枠組みではなく,その中に含まれるテキスト単位でタスクの分類を行うことができる.そして,分類されたテキストは,図右側に示すように,付与された属性情報ごとにテキストを列挙して閲覧することができ,属性ごとに現在どのようなタスクがあるのかを容易に振り返ることができる.

iStickyで作成したメモへの属性付与と,属性ごとのメモの分類

図3.2: iStickyで作成したメモへの属性付与と,属性ごとのメモの分類

イメージタブでは,写真や画像などを蓄積,編集することができるタブで,例えば,開発中のシステムのスクリーンショットや動作風景を撮影した写真などをここに蓄積し,必要に応じてトリミングや簡単な加工を行うことができる.このタブで編集した画像は,次章で述べるTimeMachineBoardを用いたミーティングで提示することができる.

スケッチタブは,文章だけでは表現が困難な,例えばシステムフローやシステムのインタフェース設計などの視覚的表現が必要とされる内容を簡単な図(スケッチと呼ぶ)として作成する機能を持つ.2.3節で述べたパーソナルメモは,文章に特化した特徴について述べたが,手描き図もパーソナルメモの要件を満たしており,個人の知識活動を適切に記録するためには必要不可欠なコンテンツである.このスケッチタブで作成されたスケッチは,画像としてイメージタブで閲覧・編集することができる.

残りの,ボードとボード検索の2つのタブについては,TimeMachineBoardとの連携における役割を持ったタブであり,詳細は次章で述べる.

iStickyで作成したコンテンツは,すべてコンテンツサーバーに集約され,それらのコンテンツの内容に加え,誰が・いつ・どのコンテンツを作成または更新したかといったログ情報も記録されている.これにより,コンテンツサーバーには,個人のコンテンツおよびその作成履歴といった知識活動全体のログと言える情報が蓄積される.

iSticky単体では,作成したコンテンツは,そのiStickyがインストールされたデバイス上のみでしか閲覧や編集を行うことができない.しかし,コンテンツサーバーはアカウントによってシステムのユーザ管理を行っており,このアカウント情報を用いて,どのiStickyでも任意のユーザのコンテンツを閲覧・再編集することができるようになっている.

また,コンテンツサーバーは,個人の記録を蓄積するだけでなく,その蓄積されたコンテンツをプロジェクトのメンバー間で共有することができるようになっている.

以上の機能によって,コンテンツの作成と再利用を支援し,GTDによるタスク管理サイクルを円滑に回し,個人の知識活動を支援する.

3.3 iStickyの諸機能

本節では,iStickyが持つ機能のうち,テキストタブにおけるメモの作成・閲覧,イメージタブにおける画像の編集および閲覧,そして,スケッチタブによるスケッチの作成といったパーソナルメモの記録と活用について述べ,その後,テキストタブによるタスク管理機能について詳細に述べる.

3.3.1 メモの作成および閲覧機能

日々の活動の中で生まれたアイデアを書き留めたり,実際に行うべき作業やその進捗などをメモに書き出すことは,個人の思考を顕在化するもっとも一般的な行為である.これらのメモは活動の記録を記したものであると同時に,今後どのように活動を進めるかの指標としての役割を持つ.そのため,メモは個人の知識活動を行う上で必要不可欠なコンテンツであり,それを適切に管理し活用することが,知識活動をより効率良くするための重要な要素である.

iStickyでは,このメモをテキストタブ上で作成し,閲覧することができる.

に,テキストタブのインタフェース概観を示す.画面左側面には,作成したメモのタイトル一覧が表示されている.メモのタイトルをタップすることで,当該メモの内容が画面右側に表示される.

テキストタブのメモ閲覧インタフェース

図3.3: テキストタブのメモ閲覧インタフェース

メモの一覧リスト上部にある「+」ボタンを押すことで,新規メモを作成することができる.作成したメモには,手動でタグを付与することができ,メモをタグごとに分類することができる.メモの一覧リストは,図に示したように全てのメモが更新日時が新しい順に並べられている形式の他に,付与されたタグごとに分類された階層構造のリストで表示することができる.図にタグリストと,あるタグが付与されたメモのリスト画面を示す.タグリストにはタグのラベル名とそのタグが付与されたメモの個数が表示されており,タグを選択するとそのタグが付与されたメモの一覧が表示される.この一覧表示の状態で新たなメモを作成すると,選択されたタグが自動的に付与される.

タグの一覧リストとタグが付与されたメモ一覧リスト

図3.4: タグの一覧リストとタグが付与されたメモ一覧リスト

タグの付与は,図で示すようなタグ編集インタフェース上で行う.編集インタフェースの上部はテキスト入力スペースになっており,そこにカンマ区切りで文字列を入力することで,その文字列がタグとしてメモに付与される.例えば,入力スペースに「テキストタブ,研究」と入力すると,「テキストタブ」「研究」のそれぞれをラベルとする2つのタグが当該メモのタグとして付与される.また,インタフェース下部には,既に付与されているタグおよび直近に他のメモに付与されたタグが列挙されており,それぞれのタグを選択することで,そのタグの付与と解除がトグルで変更されるようになっている.

メモのタグ編集インタフェース

図3.5: メモのタグ編集インタフェース

テキストタブのインタフェースの右側はメモの閲覧及び入力画面となっている.メモを選択した時点では閲覧モードという,テキストが入力できない閲覧用のモードになっている(図参照).この閲覧モードでは,メモの1行目が緑色にハイライトされているが,これはこの行のテキストがメモのタイトルであることを示している.iStickyでは,タイトルを逐一考えずに済むように,またタイトルの編集が楽になるよう,メモの内容の一行目をメモのタイトルとしている.

閲覧モードの状態で画面左上の「テキスト編集」ボタンを押すと,図に示すようなテキスト入力モードへと遷移する.テキスト入力モードでは,一般的なテキストエディタのようにテキストを入力することができる.iStickyでは,キャレットの位置を選択すると,ソフトウェアキーボードが出現し,その位置にテキストを挿入することができる.

テキスト入力モードの状態で仮面左上の「完了ボタン」を押すと,閲覧モードに戻ることができる.

テキスト入力モード

図3.6: テキスト入力モード

メモは,テキスト入力モードで入力された改行コードで区切られた文字列を一つの行として定義し,その行単位でテキストを保存・管理している.そのため,メモのどの部分がいつどのように編集されたかを行単位で細かく把握することができ,メモの編集履歴を詳細に振り返ることができる.

閲覧モードでは,図に示すように入力されたテキストが行毎に罫線で区切られており,その行単位でテキストのコピー・ペーストや削除を行うことができる.また,複数の行を同時に選択して,一度にそれらの編集操作ができるようになっており,テキスト入力以外によく行われる文章の切り貼りなどの操作が容易にできるようになっている.

メモの一覧リストの上部には検索窓が配置されており,そこに検索したい文字列を入力することで,メモの絞り込み検索を行うことができる.検索を実行すると,検索文字列を含むメモのみが一覧に表示され,それらのメモを選択すると,検索文字列を含む行が図のようにハイライト表示される.

メモのキーワード検索結果

図3.7: メモのキーワード検索結果

以上のように,テキストタブでは日々の活動内容を気軽に書き込み,それを容易に振り返る機能を持っている.

3.3.2 画像の編集および閲覧機能

イメージタブでは,iStickyがインストールされた端末内に保存されている画像を取り込んだり,コンテンツサーバー経由でアップロードされた画像をダウンロードして閲覧編集することができる.図にイメージタブの画像閲覧インタフェースを示す.

イメージタブの画像閲覧インタフェース

図3.8: イメージタブの画像閲覧インタフェース

画像はディレクトリごとに管理されており,各ディレクトリに含まれる画像のサムネイルが重なって表示される.この状態から重なっているサムネイルを選択すると,そのディレクトリに含まれる画像の一覧が表示される.表示されたサムネイルを選択すると,画像が画面全体に表示される画像表示モードに移行し,指での操作によって拡大縮小といった操作を行うことができる.

また,画像表示モードで画像をタップすると,図に示すように画面下部に編集メニューが現れ,画像を編集することができる.具体的には,画像全体の回転や反転,画像中の任意の矩形領域の切り取り,明度の変更などが行える.編集された画像は,元画像とは別の画像として,元画像と同じディレクトリに保存される.

画像の全画面表示と編集メニュー

図3.9: 画像の全画面表示と編集メニュー

3.3.3 スケッチの作成および閲覧機能

項において,メモを作成する機能について述べたが,日々の活動内容を記録するためには文章だけでは表現しきれない内容が多くある.そのような内容は,紙媒体のパーソナルメモであれば,文章の近くに簡易的な手描き図を添えるなどといった自由な記述が可能だが,そのような文章と図の複合コンテンツを情報システムで適切に処理するのは困難である.しかし,文章を記述する機能と図を描画する機能を完全に分離してしまうと,別のツールで既に作成された文章を図の作成に利用できず,再び入力し直さなければならないという問題がある

そこでiStickyでは,スケッチの作成にフォーカスした機能を実現するためのスケッチタブを用意し,そこでのスケッチ作成に,テキストタブで作成したメモの部分やイメージタブで編集・保存された画像を,引用という形で利用できるようにした.

にスケッチタブのインタフェースを示す.スケッチタブでは,画面左端にメニューバーが存在し,残りの画面が描画領域であるキャンバスになっている.メニュー最上部の「close」を選択するとメニューが隠れ,キャンバスを画面全体に表示することができる.

スケッチタブのインタフェース

図3.10: スケッチタブのインタフェース

スケッチタブには,ベクター情報で管理されたストロークや図形を描画するペンモード,テキストを入力・操作するテキストモード,描画したストロークやテキストの操作を行う選択モード,描画レイヤーの選択・表示などを行うレイヤーモードがあり,それらはそれぞれメニューのペンアイコン,「T」アイコン,矢印アイコン,菱形が重なったアイコンを選択することでモード切り替えを行うことができる.

ペンモードでは,自由線を描画するフリーストロークや,直線,矩形,ベジェ曲線などを作成することができ,それぞれ線の太さや色などを設定することができる.

テキストモードでは,ソフトウェアキーボードで入力したテキストをテキストラベルと呼ばれるオブジェクト内に表示し,描画領域内で自由に配置することができる.このテキストラベルのテキストは,フォントのサイズや色を変更することができる.

ペンモードおよびテキストモードで作成されたストロークやテキストラベルは,それぞれが個別のオブジェクトとして扱われ,選択モードで移動や拡大縮小などの編集操作が可能になっている.また,複数のオブジェクトをグループ化し,それらに対して一律に編集操作を加えることができる.このグループ化されたオブジェクト群をダイヤグラムと呼ぶ.

スケッチタブにはレイヤーの概念があり,レイヤーモードでは,オブジェクトの描画先のレイヤーを指定し,それらのレイヤーごとにオブジェクトの表示・非表示設定や,編集の可否などの設定を行うことができる.

また,前述したテキストタブで作成したメモの一部分や,イメージタブに保存されている画像を利用することができる.その利用のためには,図に示すような履歴リストと呼ばれるリストを用いる.履歴リストにはテキストとイメージの二種類があり,それぞれメモの部分(行単位)と画像を格納することができる.この履歴リストは,次章で述べるボードタブやボード検索タブを含め全てのタブから参照可能なリストであり,各タブで作成したコンテンツを他のタブで利用するための橋渡しの役割を担っている.

履歴リスト(左がテキスト履歴,右がイメージ履歴)

図3.11: 履歴リスト(左がテキスト履歴,右がイメージ履歴)

履歴リストに格納されたテキストや画像は,ドラッグ操作でスケッチの描画領域に配置することができ,テキストはテキストモードあるいは選択モードで,画像は選択モードでそれぞれ編集・操作を行うことができる.

また,スケッチタブでは,作成したスケッチの一部分を他のスケッチで再利用する機能を備えている.選択モードで,複数のオブジェクトをダイヤグラムとしてグループ化することができるが,このダイヤグラムをスケッチの部分要素として保存することができる.この保存されたダイヤグラムをシェイプと呼び,作成元のスケッチ以外のスケッチで利用することができる.シェイプは,グループ化される前のオブジェクト情報を持っているため,利用先のスケッチで分解・再編集を行うなど柔軟に利用することができる.

このように,メモと同様に,スケッチについても,作成したコンテンツの一部分を柔軟に再利用することができる.

以上の機能を適宜使い分け,文章だけでは表現しづらい内容をスケッチという視覚的なコンテンツとして作成することができる.作成されたスケッチやシェイプは,イメージタブの専用ディレクトリに格納され,画像と同様に閲覧やトリミングなどの編集を行うことができる.

3.3.4 GTDに基づくタスク管理機能

項において,テキストタブにおけるメモの作成やタグによる分類,検索といった機能について述べた.これらはメモそのものの作成や管理を支援する機能であり,記述されたテキストがどのような内容なのかということや,どのテキストの内容を今重要視しているかといったところまで踏み込んでいないため,メモの内容の振り返りや整理が困難である.例えばTODOであれば,何処にその内容が書いてあるかを探すことは容易であるが,それがいつ記述されたものなのか,どれほどの優先度なのか,既に処理が終わっているものなのかといったことを即座に判断することができない.そのような場合に備え,テキストを入力する際に,記述した日時や優先度を追記しておくという方法が考えられるが,全てのテキストにそのような内容を手動で入力するのは煩わしく,メモの可読性も下がってしまう.

そこでiStickyでは,入力したメモの行ごとに,記述された内容について「緊急」「処理中」「保留」といった属性情報を付与し,属性ごとにメモの内容を振り返ることができる仕組みを実現した.この仕組を利用して,GTDによるタスク管理サイクルを円滑に進めることを支援する.

に,属性情報付与のインタフェースを示す.

テキストの属性情報付与インタフェース

図3.12: テキストの属性情報付与インタフェース

項で述べたとおり,メモは改行コードで区切られた行を単位として管理しているため,その行に対して属性を付与することができる.

インタフェース下部に,付与できる属性情報を表すアイコンで並んでおり,左から「重要」「緊急」「処理中」「処理済」「予定」「要調査」「要実装」「要報告」「保留」となっている.属性情報が付与された行は,属性の種類ごとに色分けされ,一瞥してその内容の属性がわかるようになっている.

この属性の付与というのは,GTDにおける「処理」フェーズに当たり,日々の活動の中で自由に記述したメモに対して,その内容に応じて分類を行うことができる.

「処理」による分類を行ったあとは,その分類した内容をスケジューラなどの管理ツールに入力する「整理」を行う必要があるが,iStickyでは属性情報が付与されたテキストは,その属性の種類および付与された日時を記録しているため,あるタスクに対して,いつ・どのような属性が付与されたのかを判断することができ,長期間属性が変更されていないタスクを容易に探すことができる.これにより,未処理のままタスクを放置することなく,日々蓄積されていくタスクを処理していくことができる.

「整理」によって管理されたリストを振り返り,適宜実行可能かどうか判断する「見直し」を行うためには,リスト化された情報を効率的に閲覧する必要がある.そこでiStickyでは,属性情報が付与されたテキストのリストを一覧表示する仕組みを実現した.

に,属性情報が付与されたテキストの一覧インタフェースを示す.

属性情報が付与されたテキストの一覧インタフェース

図3.13: 属性情報が付与されたテキストの一覧インタフェース

このインタフェースでは,あるメモ単体あるいはテキストタブに存在する全てのメモに含まれる属性情報付きテキストを,その属性ごとに分類し,付与した日時の新しい順に列挙している.リスト内のテキストは属性毎に対応する文字色になっており,テキスト本文およびその属性を付与した日時が表示されているため,いつどのような内容を記述したかをすぐに判別することができ,効率的に「見直し」を行うことができる.

また,リストアップされたテキストを選択すると,そのテキストが記述されたメモの周辺部分が表示されるようになっており,「見直し」や「実行」の結果として状態が変化した(例えば,その処理が終了したり優先度が変更になった)場合に属性を更新することができる.

以上に示した,テキストタブでのメモ作成及び属性情報付与の機能を活用することで,GTDのサイクルを円滑に進めることができる.

3.4 コンテンツサーバーの機能

これまで,iStickyによるメモとスケッチの作成・閲覧,そしてタスク管理機能について述べた.これらは全てiSticky単体で実現される機能である.コンテンツサーバーは,iSticky上で作成されたメモやスケッチといったコンテンツをWeb上に蓄積し,どこからでもアクセス可能にする機能を持つ.また,PCのブラウザ経由で,記録したコンテンツの閲覧や,新たなメモや画像などのコンテンツをiStickyに取り込むことができる.

3.4.1 コンテンツの保存機能

コンテンツサーバーでは,扱うコンテンツをメモ,画像,スケッチの3つに分類しており,それぞれについて適切な形式でコンテンツを保存している.

iStickyで作成されたコンテンツは,それぞれのタブ毎に用意されたアップロード機能を用いることで,コンテンツサーバーにアップロードすることができる.その際,コンテンツそのもののデータに加え,「誰が」「いつ」そのコンテンツを作成したかといったログ情報もコンテンツサーバーに記録される.また,一度アップロードしたコンテンツをiSticky上で再編集した場合,コンテンツの更新という形で再度アップロードすることができる.このとき,メモであれば,更新前のデータをバックアップした上で上書き保存され,画像やスケッチであれば,更新後のコンテンツは新規コンテンツとして保存される.

このようにして保存されたコンテンツは,ユーザアカウントごとに管理されており,アカウントが同一であれば,異なるiStickyで作成されたコンテンツであっても,同一の人物が作成したものとして扱われる.また,あるiStickyαで作成されたコンテンツを,別のiStickyβで閲覧・再編集を行いたいとき,iStickyαで作成したコンテンツをコンテンツサーバーへアップロードし,iStickyβでそのアップロードされたコンテンツをダウンロードすることで,同一のコンテンツを扱うことができる.そして,iStickyβで再編集されたコンテンツを,再びコンテンツサーバーにアップロードすることで,iStickyα側のコンテンツにその編集した内容を反映させることができる.このように,コンテンツサーバーを経由することで,ある単一のコンテンツを複数のデバイスで閲覧・編集することができ,コンテンツが存在する場所や編集権限が,そのコンテンツを作成したデバイスに依存しないようになっている.

3.4.2 コンテンツの閲覧機能

コンテンツサーバーにアップロードされたコンテンツは,PCのブラウザ上で閲覧することができ,これまでに保存されたコンテンツを確認することができる.図に,ブラウザ上でのコンテンツ閲覧インタフェース,ここでは画像の閲覧画面を示す.

コンテンツサーバーに記録されたコンテンツの閲覧画面

図3.14: コンテンツサーバーに記録されたコンテンツの閲覧画面

このように,アップロードしたコンテンツ一覧を閲覧し,必要であればPC上にダウンロードすることができる.但し,ダウンロードされたコンテンツは,メモは単なるテキストファイル,スケッチは単なる画像として扱われるため,メモが持つ構造や属性情報,スケッチが持つ各ストロークのベクター情報などは排除される.

また,閲覧インタフェース上では,アップロードしたコンテンツの削除や,次節やその次の節で述べるコンテンツの共有設定やiSticky外からのコンテンツのアップロードといった操作を行うことができる.

3.4.3 コンテンツの共有機能

コンテンツサーバーでは,原則として自分が作成してアップロードしたコンテンツしか閲覧することができない.これは,個人の中で閉じている活動の中で生まれたコンテンツは基本的にプライベートなものであり,他者への公開を前提としたものではないためである.しかし,作成したコンテンツが作成者自身だけでなくグループの他のメンバーにも有用なものであった場合(例えば,開発しているシステムの設計図や動作フローを表した図など),他のメンバーがそのコンテンツを閲覧したり,場合によってはそれを自分なりに再編集したいといった要求が発生する.そこで,コンテンツの作成者自身の判断で,コンテンツをグループ内で共有することができる機能をコンテンツサーバーに持たせた.

コンテンツサーバーに記録されたコンテンツは,閲覧インタフェース上で図のようにサムネイル表示される(メモの場合はメモのアイコンが表示される).そのサムネイルの下にはコンテンツのタイトルと,タイトルを編集するためのアイコンおよびコンテンツをグループ内で共有するための共有アイコンが並んで配置されている.この共有アイコンをクリックすることで,そのコンテンツを共有状態にし,グループの他のメンバーからのアクセスを許可することができる.

共有されたコンテンツは,閲覧インタフェース上で他のメンバーから閲覧できる以外に,他のメンバーのiStickyにダウンロードすることができるようになっている.

3.4.4 iSticky外で作成したコンテンツの追加機能

コンテンツサーバーでは,3.4.2項で示したコンテンツの閲覧インタフェースを経由して,PC上で作成したメモや画像をアップロードする機能が備わっている.これは,iSticky外で作成されたコンテンツをiStickyに取り込むための機能であり,コンテンツサーバーを経由することで,様々な環境で作成されたコンテンツをiStickyで扱うことができるようになっている.

コンテンツの閲覧インタフェース下部には,図に示すように新規コンテンツをアップロードするフォームが配置されている.「ファイルを選択」ボタンをクリックするとファイル選択のダイアログボックスが表示され,PCに保存されているコンテンツを選択してアップロードすることができる.

PCのコンテンツをアップロードするためのフォーム

図3.15: PCのコンテンツをアップロードするためのフォーム

3.5 まとめ

本章では,個人で行う知識活動を支援するためのシステムとして,iStickyとコンテンツサーバーが持つ諸機能について触れ,これらのシステムによって,個人の知識活動の中で生まれるコンテンツの作成を支援し,タスク管理サイクルであるGTDを支援することができることを示した.

次章では,プロジェクト内で継続的に行われるミーティングを支援するシステムであるTimeMachineBoardについて述べ,iStickyとコンテンツサーバーおよびTimeMachineBoardの3つのシステムによって,個人の活動とミーティングによる知識活動のサイクルを支援する具体的な仕組みについて述べる.

4 個人の活動とミーティングによる知識活動を支援するシステム

前章では,個人の知識活動を支援することを目的として,iStickyとコンテンツサーバーによるコンテンツの作成およびGTDのタスク管理サイクルの支援手法について述べた.個人が行う知識活動として,日々の活動ログの記録やタスク管理について触れたが,企業のプロジェクトや大学の研究室における知識活動では,そこに所属する個々人の活動内容を共有し,グループ内でその活動内容について議論し,次に行うべき活動を決定するためのミーティングが定期的に行われる.そして,そのミーティングで得られた他メンバーからの意見や知見を基に,次の個人の知識活動に繋げていかなければならない.そのため,個人の中で閉じている活動のみではなく,個人の活動内容をミーティングの場で共有し活発な議論を行い,その結果を個人にフィードバックするための仕組みが必要である.

本章では,4.1節から4.3節にかけて,ミーティングによる議論を支援するシステムとしてTimeMachineBoardについて述べ,前章で紹介したiStickyとコンテンツサーバーとの連携によって,個人が蓄積してきた活動の記録であるメモ,画像,スケッチのコンテンツをミーティングで活用し,そのミーティングの要約である議事録を個人の知識活動にフィードバックする手法について述べる.そして,4.4節においてiStickyで作成したパーソナルメモとTimeMachineBoardを用いたミーティングによって生まれたボードコンテンツの間に存在する引用関係について述べる.そして4.5節では,その引用関係を利用し,ミーティングで活用したメモの内容と議事録を同時に閲覧することで,過去の議論をより詳細に想起するための仕組みについて述べる.

4.1 TimeMachineBoardのコンセプト

2.2.2項でも述べた通り「個人の日々の知識活動の中で得られたアイデアの共有や,作業結果の報告を行うための継続的なミーティング」を支援することを目的として,筆者の所属する研究室では,TimeMachineBoardと呼ばれるミーティング支援システムを開発・運用してきた

TimeMachineBoardが対象とするミーティングは,時間をかけて準備した発表資料を用いるような成果報告会や,企業の意思決定のための会議などではなく,テーマやゴールを共有するプロジェクトのメンバーが集まって行う小規模のミーティングである.このようなミーティングは,一般に継続的かつ頻繁に行われる.そのため,ある参加者が行っていることの背景や目的を説明するための資料を用意したり,それらを参加者間で共有するために話し合う時間が比較的短い.ミーティングの内容は,個人のタスクに関する進捗,作業に取り組んでいる間に浮かび上がった問題点と考察などの報告,さらに,それらについて参加者が話し合って得られた新たなアイデアなどである.継続的に行われる小規模のミーティングは,1回に費やす時間も参加する人数も少ないが,日々の活動を積み重ねて目標に向かって仕事や研究を円滑に進めていくために重要な役割を担っている.

継続的なミーティングをより効率の良いものにするためには,ミーティングの参加者がこれまでにどのようなことをやってきたのか,どのようなことを話し合ってきたのかを共有している必要がある.ミーティングに至る経緯を共有できていないと,同じ内容の話し合いを何度も行ったり,過去の話し合いに基づいた話し合いができなくなったりする.そのため,過去のミーティングの内容をいつでも検索して振り返ることができる必要がある.また,進行中のミーティングに検索した内容を提示し,明示的に過去のミーティングの内容を参加者間で共有できる仕組みも必要となる.

このようなミーティングを記録するための研究は様々に行われている.小規模なミーティングに関する研究は,ホワイトボードを用いることを前提としたものが多い.電子的なホワイトボードに関する研究は,Elrod らの LiveBoardを始めとして数多く行われている.これらのシステムでは,プロジェクタや大型ディスプレイを用いて電子的なホワイトボードを実現し,そこに描かれたストローク情報や転送されたテキストをどのように取り扱うか,電子的なペンをどのように利用するか,というペンとボードのユーザインタフェースに主眼が置かれている.

また,ホワイトボードの内容を記録することに主眼を置いた研究には,Wilcoxらの DYNOMITEのようにホワイトボードの内容と音声を関連づけて記録するものや,Zhang らの研究のようにカメラ映像を用いてホワイトボードの内容を記録するもの などが挙げられる.特に,Golovchinsky らの ReBoardでは,カメラ映像でホワイトボードの変更点を監視して,変更が検出されたときのホワイトボードの内容を画像化し,Webブラウザを用いて閲覧できるようにすることで,ホワイトボードの内容の共有と検索を実現している. しかし,ホワイトボード上に描かれるストロークを画像コンテンツとして記録するため,当然ながらテキストを用いて検索をすることはできない.

TimeMachineBoardでは,一般的な少人数のミーティングで利用されるホワイトボード,フリップチャート,黒板,大型のコルクボードなどの道具(以下,ボードと総称する)に替えて,大型のディスプレイを用いる.図にボードに提示される情報の一例を示す.ボードには,議論の内容を参加者全員が共有し理解しながらミーティングを進めるために,手書きの文字や図,テキスト・画像(これらをボード要素と呼ぶ)を入力・表示することができる.参加者は,表示したボード・要素を移動・拡大縮小させながら,分類・整理することでミーティングを進行する.

ボードコンテンツの例

図4.1: ボードコンテンツの例

ボードに情報を入力する方法には,ペン,ポインタ,そして3章で述べたiStickyがある.図(右)に示すようなペンはボードの近くに立ってボード要素の移動・拡大縮小・手描きで文字や図を書くことができる.図(左) に示すようなポインタはボードから離れた場所からボード・要素を指示することや移動・拡大縮小をすることができる.

ポインタ(左)とペン(右)

図4.2: ポインタ(左)とペン(右)

iSticky は,ボードタブと呼ばれるTimeMachineBoardのボードの内容を表示する機能を持ったタブを経由して,メモや画像・スケッチなどのコンテンツをTimeMachineBoardに転送し,それらのテキストや図・写真などに対して移動・拡大縮小操作を行うことができる.それぞれのデバイスやiStickyには参加者固有の IDが設定されていて,ボードに対する情報の入力や操作が行われた時,どの参加者がその行為を行ったのかをシステムが知ることができるようになっている.

それぞれのミーティングにおいてTimeMachineBoardに提示された内容は,ミーティング終了時にサーバーに検索可能なコンテンツとして記録される.このコンテンツをボードコンテンツと呼ぶ.ボードコンテンツは,いつ・誰が・どのボードに対してどのような内容のボード・要素を入力し操作したのかという情報から構成される.本システムを用いてミーティングを行うことで,ボードコンテンツを自動的に記録することができる.

ボードはボード要素を自由に配置できるモード(以下自由配置モードと呼ぶ)と,ボード要素を木構造を用いてその場で構造化していくモード(以下木構造モードと呼ぶ)の2種類がある.自由配置モードは,一般的なホワイトボードとして利用したり,簡単なプレゼンテーションを行うために利用することを想定している.木構造モードは,ミーティング内容を木構造として整理しながら議論を進めることができるモードで,継続的なミーティングで利用することを念頭においている.木構造モードでは,ミーティング最中に木構造に当てはめて内容を整理することによって,ボード要素間の関係を獲得することができ,ボードコンテンツの高度利用に役立てることができる.図に,木構造モードにおけるミーティング内容の整理の様子を示す.木構造モードでは,ボードに提示したボード要素について,既に提示されているボード要素の内容との関連を考え,ボード要素間に木構造で表現される親子関係などの関連付けを行い,ボード要素を配置する.ボードに提示したボード要素を操作して,関連づけたいボード要素の近くに配置すると,その位置関係を機械的に処理して,それらのボード要素を関連付ける.関連付けられたボード要素は,図中に示すように木構造の階層に合わせて,親ノードとなるボード要素の右下に子ノードのボード要素が自動で配置される.図中のボード要素間に引かれた線はその線の両端のボード要素が木構造によって関連付けられていることを示す.

この木構造モードの仕組みにより,各ボード要素間がどのような関係にあるかを確認しながら,議論を進めていくことができる.

木構造モードにおけるミーティング内容の整理

図4.3: 木構造モードにおけるミーティング内容の整理

このように,TimeMachineBoardは,記録されたボードコンテンツを後述するiStickyにおいて,いつでも検索・閲覧できるようにし,さらに進行中のミーティングに引用できるようにすることで,継続的なミーティングそのものをよりよいものにすることと同時に,それぞれのミーティングを再利用可能なコンテンツとして記録することに挑戦している.

次節以降では,TimeMachineBoardのシステム構成と,諸機能について述べる.

4.2 システム構成

TimeMachineBoardのシステム構成を図に示す.TimeMachineBoardのシステムは,大きく分けて二つの要素から構成される.一方はボードを中心とした直接ミーティングを支援するミーティング環境で,もう一方はミーティング参加者が直接意識することのないデータベースサーバーである.

TimeMachineBoardのシステム構成

図4.4: TimeMachineBoardのシステム構成

ミーティング環境には複数のボードを設置できる.それぞれのボードは,1台の大型ディスプレイとそれに接続されたコンピュータで構成され,TimeMachineBoardの基本プログラムがインストールされている.それぞれのボードはデータベースサーバーと接続されていて,ボードコンテンツを後述するデータベースサーバーに記録する.参加者が利用するペン,ポインタ,iStickyにはそれぞれに共通するユーザ固有のIDが割り振られていて,どのユーザがどのボード要素に対して操作を行ったのかを,デバイスに依存せず識別することができる.

ボードに利用する大型ディスプレイは縦置き,横置きのどちらでも利用することもでき,保存されるボードコンテンツはディスプレイの向きによってサイズが変更される.現在,実際にプロジェクトミーティングで利用されているボードは,65インチの大型ディスプレイを縦置きで利用している.

データベースサーバーは,ボードコンテンツを記録・蓄積するだけでなく,ミーティング環境に存在するボードの情報,参加者のユーザ情報,プロジェクトの情報などを集中的に管理している.データベースサーバーでこれらの情報を管理することで,ボードコンテンツを検索したり,iStickyにダウンロードしたりすることが容易にできる.例えば,あるユーザが何らかの理由で参加できなかったミーティングがあったとしても,データベースサーバーからiStickyにダウンロードして,参加したミーティングと同じように閲覧することができる.

4.3 TimeMachineBoardの諸機能

本節では,はじめにミーティングの流れについて説明した後,TimeMachineBoardの諸機能について詳細に説明する.

4.3.1 ミーティングの開始から終了までの流れ

ミーティングの一連の流れは,まず,ユーザがiStickyを用いてミーティングを開始することから始まる.その際,ボードのモード(自由配置モードか木構造モードか),ミーティングの種類(プロジェクトミーティングならばプロジェクト名,デバッグモード,無題などを選択できる.プロジェクトはデータベースサーバーで追加することが可能)を指定することができる.ボードがミーティング開始のコマンドを受け取ると,ミーティングのタイトル(2012/01/21 ビークル班プロジェクトゼミなど)だけが表示された初期状態のボードが表示される.

次に,ミーティング参加者はそれぞれに所有するiStickyからボードに入力したい情報を選択して送信する.ボードは受け取った情報を大型ディスプレイ上にボード要素として表示する.提示できるボード要素の種類と提示方法については項で詳細に述べる.ミーティング参加者はボード要素をペン,ポインタ,iStickyを用いて移動したり,拡大縮小したり,削除したりしてボードの内容を分類・整理しながら話し合いを進行させる.表示されたボード要素の操作方法の詳細については項で述べる.

最後にミーティング終了のコマンドをiStickyからボードに入力すると,ボードに表示されている内容のスナップショットと,ボード要素それぞれの詳細な情報をボードコンテンツとしてまとめてデータベースサーバーに送信する.データベースサーバーは受け取った情報を保存し,検索可能な状態で管理する.

4.3.2 ボード要素の入力

ボードに情報を入力するには,ペンを用いて手描きの図や文字を書く,ポインタを用いてストロークを書くなどの方法があるが,ここでは,iStickyのボードタブを利用する方法について記述する.

iStickyのボードタブを図に示す.ボードタブは,図左端に示すようなTimeMachineBoardの操作メニューと,残りの右側に白色で表示されたボード画面から成る

ボードタブは現在ボードに表示されている内容を,iStickyで閲覧・操作するための機能である.ボードタブにボードの内容を表示するためには,まずボード選択ボタンを押して接続先のボードを選択する.ボードが選択されると,ミーティングが既に開始されている場合にはその内容を,開始されていない場合は空のボードを表示する.

iStickyのボードタブ

図4.5: iStickyのボードタブ

ミーティングが開始されているボードにiStickyが接続されている場合,ボードタブにはボードの内容が表示される.ミーティング参加者はボードタブを用いて,ボードに情報を入力したり,表示されている内容を操作したりできる.本項では情報を入力する手段について述べ,次項では表示されている情報を操作する手段について述べる.

3章で,iStickyには個人がテキスト,イメージ,スケッチを作成して蓄積する機能,コンテンツサーバーを介して他者の共有しているコンテンツをダウンロードする機能があることを述べた.また,過去のボードコンテンツを検索・閲覧する機能がある.過去のボードコンテンツの検索と閲覧については,項で詳細に述べる.

ボードに情報を入力する方法は,ボードタブで直接情報を入力する方法,前述のテキスト・イメージ・スケッチ・ボード検索(総称してコンテンツタブと呼ぶ)から直接ボードに入力する方法,後述の履歴機能を用いてボードタブから情報を入力する方法の3種類がある.

ボードタブで直接入力できる情報は,テキストと手描きのストロークである.テキストを直接入力するためにはテキスト編集ビューを利用する.図に,ボードタブ上に編集ビューが表示されている様子を示す.テキストを入力したい場合は図の左下のテキスト編集ボタンを押す.すると,図中央に示すようにポップアップビューが出現し,その左側の白い領域に入力したいテキストを打ち込み,必要であればテキスト編集ビューの右側に配置されているカラーボタンでテキストの色を変更したり,その下にあるフォントサイズの調整バーを動かしてテキストのフォントサイズを変更する.そして,OKボタンを押すと,編集ビューで入力されたテキストがボードに入力される.また,テキストを入力した後であっても,ボード要素を2回タップすると,同様にテキスト編集メニューがポップアップし,内容・色・フォントサイズを変更することができる.図の中では,提示されたボード要素である「ターゲットとする層,シチュエーション」を選択してテキスト内容を編集している.ストロークは左メニューのマーカーボタンを押しながらボード部分をドラッグすると入力することができる.ストロークの色やサイズは,同じく左メニューのストロークスタイル選択ボタンを押すと表示されるストロークスタイル選択ビューで設定できる.また,直線・片側矢印・両側矢印・矩形などのストロークの種別は,ストロークタイプ選択ボタンを押すと表示されるストロークタイプ選択ビューで選択することができる.

テキストの編集ビュー

図4.6: テキストの編集ビュー

個別のコンテンツタブから直接ボードに入力する方法は,コンテンツタブの実装によって様々であるが,テキストの場合は,テキストタブを開いて転送したいメモの転送したい行を選択して長押しすることで出てくるポップアップメニューから行うことができる.図に,テキストタブでポップアップメニューが出現している画面を示す.テキストタブで転送したいメモの行を選択すると,図中に示すようにテキストの背景が紫色になる.そして,その状態で押し続けると,その行のテキストの編集やボードへの転送を行うためのポップアップメニューが出現する.そのポップアップメニューの中から[Transfer to Board]を選択することで,選択されたテキストがボードに入力される.イメージやスケッチ,ボード検索でも同様の実装がなされており,転送したいコンテンツを選択してボードタブを介さずに情報を入力することができるようになっている.この場合,ボードタブ上のどの位置に表示するかは選択できず,ボード上で空いている場所に適宜表示される.

テキストのポップアップメニュー

図4.7: テキストのポップアップメニュー

3.3.3項のスケッチタブの機能で,テキストタブで作成したメモやイメージタブに保存されている画像をスケッチに利用できることを述べたが,それと同様の操作で,テキストや画像およびスケッチをTimeMachineBoardに入力することができる.iStickyの画面右上にある履歴ボタンを押すことで,履歴ポップアップビューを開くことができる.履歴ポップアップビューを開くとテキストまたはイメージを選択できる.テキストまたはイメージを選択するとコンテンツを履歴に格納した順にソートされた一覧が表示される.テキストの場合は,テキストタブにおいて選択した行が一覧として表示され,イメージの場合はイメージタブで閲覧した画像およびスケッチが一覧に表示される.

履歴機能を用いてボードタブに情報を入力するには,ボードタブを開いた状態で,このテキストまたはイメージ履歴一覧を開き,表示されているコンテンツの中から入力したいものを選択する.選択されたコンテンツはボードタブ上に表示され,移動させることができ,位置と大きさ,テキストの場合にはさらに色を変更することができる.履歴機能を用いることで,ユーザはコンテンツタブに保存されている情報をボードに入力するためにコンテンツタブとボードタブを行き来する必要がなくなる.

節で詳述するが,履歴機能を用いてiStickyで作成したコンテンツの部分をTimeMachineBoardに入力した際,入力元のコンテンツの一部あるいは全体と出力先のボード要素の間には引用関係が発生する.iStickyでは,この「どのコンテンツのどの部分をどのボードに提示したか」という文脈情報を記録している.この文脈情報はコンテンツサーバーにアップロードされ,iStickyのコンテンツとTimeMachineBoardのボードコンテンツがどのように関係しているかの情報が蓄積される.この履歴機能によって行われたボードへの入力は,iStickyのコンテンツからボードコンテンツへの引用として扱われる.

ここで,履歴機能におけるテキストの扱いについてはさらに詳述する必要がある.ボード上に非常に長いテキストが表示されてしまうと,ボード内容が文字だらけになり,進行中のミーティングにおいても,ボードコンテンツとして保存され後で振り返る場合でも,内容を理解するのに時間がかかってしまう.そこで,ボードに表示するテキストができるだけ簡潔で分かりやすいものになるように,長いテキストを履歴に入れる時とボードに入力しようとした場合に,図に示すようなテキスト整形ビューをポップアップするようにした.なお,URLや論文タイトルのように短くしてしまっては意味のないものの場合は,整形をキャンセルしてそのまま送信できる.

テキスト整形ビュー

図4.8: テキスト整形ビュー

テキスト整形ビューは,長いテキストの中から必要な部分を選択して短縮することができる.表示されているテキストの下側にあるテキスト選択スペースをドラッグすることで,TimeMachineBoardに表示するテキスト内容を選択することができる.選択したい文字の直下を指でドラッグすると,文字がハイライトされ,文字を選択することができる.文字をドラッグして文字の位置を変更することができ,ハイライトされている部分をドラッグすると選択されている部分をグループとして移動することができる.これによって簡単な編集を行ってボードに適切なテキストを入力することができる.また,文字を選択すると図の右下にはテキストの全文字数と選択された文字数が表示され,テキスト長を意識しながらできるだけ簡潔なテキストにすることができる.

さらに,長いテキストを1つのボード要素として入力するのではなく,複数のボード要素に分割したいという要求がある.そこで,図左側の5色のボックスから一つの色を選択してから,文字選択を行うことでハイライト色が変わるようにした.ハイライトの色が違う文字は別のボード要素としてボードに入力される.

このように,情報の入力方法が多様なのは,ユーザがミーティングの場面に応じて入力方法を柔軟に選択して情報を入力できるようにすることで,ボードに情報を入力することに費やす時間をできるだけ少なくして,ミーティングの進行を妨げないようにするためである.

4.3.3 ボード要素の操作

ボードに表示されているボード要素の移動,拡大縮小,削除,テキストの編集などの操作は,ポインタ,ペン,iStickyのボードタブを用いて行うことができる.それぞれの方法によって実行できる操作に多少の差異はあるが,ここではボードタブを用いて行う方法についてのみ述べる.

iStickyのボードタブで操作を行うためには,まずボードタブ上で対象のボード要素を選択する必要がある.ボード要素の選択は図に示すボードタブ左メニューのオブジェクトボタンを押した状態で,右側のボード部分からボード要素を選択することで行うことができる.選択されたオブジェクトはハイライト表示される.

なお,iStickyのボードタブでは他者の入力したボード要素を操作できないようになっている.これは,同じボード要素を複数のユーザが同時に操作することで起こるコンフリクトを避けるためである.他者の入力したボード要素を操作できるようにした場合,ボードに表示されている内容と参加者それぞれのボードタブに表示されている内容を自動的に同期したり,他者が操作している間は操作できないようにするなどの複雑な実装が必要になる.TimeMachineBoardでは,そのような複雑な実装を行うことがミーティング参加者の利便性に大きく寄与することはないと考え,単純に他者の入力したボード要素を操作できないようにすることで対応している.そのため,「選択する」と記述している場合,「選択をしようとするユーザが入力したボード要素を選択する」ことを指す.

ボード要素の移動は,ボード要素を選択した状態で,オブジェクトボタンを押したままボード要素の内側から指をドラッグすることで行える.ボードが自由配置モードの場合は,自由に位置を変更することができ,木構造モードの場合には親となるボード要素を選択して移動させることになる.木構造モードの詳細については後述する.

ボード要素の拡大・縮小は,ボード要素を選択した状態で,オブジェクトボタンを押したまま,指2本を画面に当てて開いたり(ピンチアウト)閉じたり(ピンチイン)するピンチ操作することで実行できる.ピンチアウトするとボード要素が拡大し,ピンチインすると縮小する.拡大縮小の動作は,木構造モードでも変わらない.

ボード要素の削除は,ボード要素を選択した状態でボードタブ左メニューの削除ボタンを押すことで実行できる.木構造モードで子ノードを持つノードを削除した場合には,子ノードが元のノードの親ノードに付け替えられ,木構造は維持される.ボード上で削除したとしても,それは削除という操作として記録され,データからは削除されることはない.

テキストボード要素の場合,その内容の編集,文字色の変更ができる.変更したいテキストボード要素を選択し,左メニューからテキスト編集ボタンを押す.テキスト編集ポップアップビューには,選択したテキストボード要素のテキストと色,サイズが表示され,それぞれに変更してOKを押すことで,ボードに反映される.

このように,ボードタブを用いることで,ボードに情報を入力して表示されたボード内容を,手元のiStickyを用いて操作しながら,ミーティングを進行することができる.iStickyのボードタブは,ペンやポインタを用いる方法とは異なり,共有しているボードそのものを操作するのではなく,個人のiSticky上に表示されたボードの内容を操作する.そのため,

ペンやポインタを用いて移動・拡大縮小する方法と比べて直感的ではない.しかし,ボードに入力すべき情報を蓄積しているiStickyが,ボードの操作にも対応していることで,情報をボードに入力して適切な位置に配置することが比較的容易に行える.ボード要素の整理整頓に必要な操作にかかるコストを低減することで,ミーティングの本質である話し合いに集中することができる.

4.3.4 ボードの木構造モード

前述のように,ボードにはボード要素を自由に配置できる自由配置モードと木構造モードがある.ボードコンテンツの情報を高度利用することを念頭に置くと,ボード上に配置されたボード要素間になんらかの関係や構造を見い出す必要がある.TimeMachineBoardが対象とする継続的なミーティングでは,複数人の参加者がそれぞれのテーマについて報告し,報告された内容について話し合いを行う.ミーティングで行われた話し合いにはそれぞれにトピックやサブトピックがあると考えられ,その内容を表すボード要素にもまとまりや依存関係があると考えられる.しかし,自由にボード要素が配置される自由配置モードで記録されたボードコンテンツを分析して,そのような構造を見い出すのは困難である.

そこで,我々はミーティングの参加者が,ミーティング中にボード内容を構造化できる仕組みを導入した.具体的には,図に示すように,ボードの最も左上にあるボード要素(タイトル要素と呼ぶ)をルートノードとした木構造を作成できるようにした.参加者は新たなボード要素を提示する前に,そのボード要素が,すでに表示されているどのボード要素の子となるのかを考慮する必要がある.ただし,任意のタイミングでボード要素を選択して,親の付け替えや移動ができる.なお,操作方法は,自由配置モードにおける移動の操作と同じであるが,図中の各ボード要素間を結ぶ木構造を表す線は,説明のため便宜的に書き加えたものである.実際には,親ノードを決定しようとするときに,親ノードと選択しているボード要素との間,親ノードの祖先の間に木構造を示すガイド線が表示される.

ボードコンテンツの木構造

図4.9: ボードコンテンツの木構造

プロジェクトミーティングにTimeMachineBoardを利用し始めた時と同様,ミーティング中に木構造を作成することを要請した当初は,参加者にとまどいがあったが,すぐに習熟した.そして,むしろ木構造を作成することでボード上にボード要素が散らばって配置されることもなくなり,より整理されたボードコンテンツが作成されるようになった.

特に,タイトル要素の直下の子ノード,第2階層に位置するボード要素は,トピックタイトルを表すというルールが自然にでき,当初の狙い通り,話題ごとにボードコンテンツが整理されるようになった.このそれぞれのボードコンテンツに作成された木構造における親子関係を,ボード要素間のリンクとして扱う.

4.3.5 過去のボードコンテンツの検索

ミーティング中に議論を阻害せず過去の議論を参照できるようにするためには,保存されている過去のボードコンテンツをすばやく検索・閲覧できる必要がある.そこでiStickyの機能として図に示すような検索インタフェースを開発した.この検索インタフェースは,ボード検索タブという形で,iStickyが持つ大きな機能の1つとして位置付けられている.検索インタフェース上部には,過去に行われたミーティングのボードコンテンツの最終状態を表すイメージを時系列順に並べたボードイメージビューを配置した.ビューを左右にスクロールすることで蓄積された議論コンテンツの一覧を閲覧でき,必要に応じて選択したボードイメージを拡大して閲覧することができる.

iStickyのボード検索タブ

図4.10: iStickyのボード検索タブ

ボードイメージビューに表示されるボードコンテンツの一覧は,iStickyのユーザが参加した全てのミーティングのボードコンテンツが新着順に表示され,必要に応じてボードコンテンツに含まれるテキストを用いた全文検索,テキストから抽出されたキーワード,エレメントの情報,プロジェクト情報,参加者の情報などを組み合わせて検索することで表示を絞り込むことができる.

また,参加していないミーティングのボードコンテンツ,例えば,欠席してしまったミーティングや過去のプロジェクトメンバーで行ったミーティング,興味のある他のプロジェクトのミーティングなどは,後でデータベースサーバーからダウンロードしてボードイメージビューに追加することができる.

ボードイメージビュー下部にはタイムラインバーを配置し,ボードイメージビューをスクロールせず,すばやく必要なボードコンテンツを見つけられるようにした.図に,タイムラインバーを操作してボードコンテンツの情報が表示されている画面を示す.図中央に配置されているタイムラインバーは,記録されている議論コンテンツの中で一番古いものと最新のものの時間を左右にプロットし,タイムラインバー上を指で選択することで,タイムライン上の位置に応じた時刻に行われたミーティングのボードコンテンツやミーティングが行われた時刻などの詳細情報が,図中で示すようなポップアップビュー内に表示される.また,指を離さずそのままタイムラインバー上をドラッグすると,ドラッグ先の位置に応じた過去のボードコンテンツの情報がが入れ替わって表示される.

ボードコンテンツの情報のポップアップ表示

図4.11: ボードコンテンツの情報のポップアップ表示

検索インタフェースを用いて議論コンテンツを検索して閲覧することで,過去の議論内容を想起することができる.ボードイメージの内容だけで,詳細な内容を想起できない場合には映像を閲覧することもできるようになっているが,LeeらのPortable Meeting Recorderのように議論内容を音声や映像として振り返ったり,書き起こしテキストを読んだりすることは,議論内容を振り返るには時間がかかりすぎる.本システムでは,ミーティング中に効率良く複数のミーティングを閲覧できるようにし,文脈を手掛かりに議論内容の想起を支援することに主眼を置いているため,映像を用いて詳細に議論内容を振り返る方法については,単に映像を再生・閲覧できるということに留めている.

また,この検索インタフェースを経由して,ボードコンテンツに含まれるテキストやスケッチをiSticky内のメモやスケッチに引用することで再利用することができる.

に示す検索インタフェース下部のボード要素一覧には,ボードコンテンツに含まれるボード要素がテキスト・イメージ・スケッチという種類ごとにリストアップされている.このリストから再利用したいボード要素をタップで選択するとポップアップビューが表示され,テキストやイメージはそれぞれ対応する履歴リストに格納される.その後,テキスト履歴経由で既存のメモに挿入したり,作成中のスケッチにテキストやイメージを配置することができる.この際,iStickyからTimeMachineBoardへコンテンツを入力したときと同様に,ボードコンテンツの部分がiStickyのコンテンツに引用されたという情報が記録される.

この取り込みの仕組みについて,スケッチに関しては特殊な扱いになっており,ボードコンテンツをダウンロードした時点ではスケッチは1枚の画像としてしかダウンロードされないため,そのままではiSticky上でスケッチとして編集するなどの再利用を行うことができない.これは,スケッチをTimeMachineBoardに入力する時点で,スケッチのベクター情報などを全て排除して,1枚のイメージとして入力しているためである.しかし,前述したようにコンテンツサーバーにはどのコンテンツをどのボード要素として利用したかという文脈情報が保存されているため,ボードコンテンツのボード要素の情報から,コンテンツサーバー経由でスケッチ情報をダウンロードすることができる.

このボードコンテンツからのボード要素の取り込みは,自分が入力したボード要素は当然のこと,他メンバーが入力したボード要素を取り込むことができる.これは,TimeMachineBoardに入力された情報は,元は個人が作成したコンテンツであっても,ミーティングという情報を共有する場に提示した以上は,そのグループ内の共有資産であるという合意がなされていることを前提としているためである.スケッチに関しては,コンテンツサーバーに文脈情報が記録された時,入力元のスケッチが自動的に共有状態に変化するようになっているが,テキストに関しては,入力したテキストを含むメモ全体を共有するのではなく,直接利用した部分およびその内容に関連する部分をミーティング後に任意で共有できるようになっている.これは,メモ全体の共有を強制すると,そのミーティングに関係のない内容や,グループ内で共有したくない内容までもが他メンバーが閲覧可能になってしまうことを避け,テキストを入力したユーザ自身で共有する範囲を自由にコントロールできるようにするためである.

このメモの部分共有の仕組みについて,パーソナルメモとボードコンテンツの部分引用関係について触れながら,次節以降で詳述する.

4.4 パーソナルメモとボードコンテンツの部分引用関係

前節で述べたように,iStickyからTimeMachineBoardへコンテンツを入力したときとボードコンテンツのボード要素をiSticky内のコンテンツで再利用したとき,両者のコンテンツの間に引用関係が発生し,その関係を文脈情報としてコンテンツサーバーに保存する.図に,コンテンツ間の文脈情報を取得する流れを示す.図中の青い矢印は,それぞれユーザが行う操作を示している.そして,それらの操作の中でも,iStickyからTimeMachineBoardへのボード要素の提示と,ダウンロードしたボードコンテンツのボード要素をiSticky内のコンテンツに引用という形で再利用したときに,引用元および引用先のコンテンツの部分(メモであれば行,ボードコンテンツであればボード要素)の間の引用関係が,図左上に示すコンテンツサーバーに保存される.コンテンツサーバーには,引用関係にあるコンテンツとその部分の情報を保存するため,コンテンツ本体やメモのテキストおよびボード要素にユニークに付与されたIDをセットにしてDBに保存する.このセットで保存された複数のIDによるデータが,コンテンツ間の部分引用関係を示す文脈情報となる.

コンテンツ間の文脈情報取得の流れ

図4.12: コンテンツ間の文脈情報取得の流れ

この節では,メモとボードコンテンツの間の引用関係を利用する必要性と,その取得方法について述べる.

4.4.1 引用関係による活動内容の振り返り

前節で,iStickyのコンテンツを,TimeMachineBoardを用いたミーティングで活用し,その成果であるボードコンテンツをiStickyに取り込むことができることを述べた.これは,個人の活動をミーティングで共有し,その内容をまた個人の活動にフィードバックし,そのフィードバックした内容を基に新たな活動を行い,そしてそれをまた共有することによる個人の知識活動とグループでのミーティングによる知識活動サイクルの中で生まれるコンテンツが,次の活動で作成するコンテンツに利用されることでサイクルを円滑に進めることができることを示している.そして,引用という形で現れるそれらのコンテンツ間に存在する文脈が,知識活動サイクルの流れを表していると言える.

すなわち,この引用の経緯を辿りながらコンテンツを閲覧することで,過去の活動内容を振り返ったり,あるアイデアや活動内容がその後どのように発展したのかといった流れを把握することができる.引用関係を取得して分析することで,その活動内容の経緯を振り返ることができ,この振り返りにより,過去に行われた活動を参考に現在の活動計画を立てたり,現在の活動内容を整理する手掛かりを得ることができる.

4.4.2 メモとボードコンテンツの部分引用関係の取得方法

3.3.1項において,メモの文章は改行コードによって区切られ,その区切られた各行を単位として管理されていると述べた.ここでは,この最小単位を行テキストと呼ぶ.また,ボードコンテンツは,提示された各ボード要素が最小単位となっている.これら2種類のコンテンツの間における部分引用関係は,行テキストとボード要素というコンテンツ内要素同士の意味的に等価な関係(一方は他方をコピー・編集した結果という関係)によって規定される.そして,メモとボードコンテンツの間の引用関係は,それら最小単位をグループ化したもの同士の関係として定義される.

グループは,各コンテンツの要素の集合であり,そこに含まれる各要素同士が意味的に関係していることを示す.図に,コンテンツとグループ,要素を示す.グループには,その中に含まれる要素の情報と,グループ自身がどのコンテンツに属しているかの情報が含まれる.通常,引用はあるコンテンツの一部分を,別のコンテンツの一部分としてコピーするため,引用元の部分と引用先の部分の関係は一対一である.iStickyでは,コンテンツ内の要素をグループとしてまとめ,そのグループを引用することで1つのコンテンツ内の複数部分を1つの意味的なまとまりとして引用することができる.そのため,2つのコンテンツ間に存在する複数の部分引用関係同士の間の意味的な関係を取得することができる.

コンテンツとグループ,要素

図4.13: コンテンツとグループ,要素

項で,履歴リストを経由してメモの部分をTimeMachineBoardに入力することができることを述べた.このとき,履歴リストにメモから1つ以上の行テキストを格納し,テキスト整形ビューによって複数のボード要素に分割して入力することができ,そのときに一度に選択された行テキスト群および分割されたボード要素群がそれぞれのコンテンツ内におけるグループと見なされる.そして,引用元の行テキストからなるグループと,引用先のボード要素からなるグループの間に設定された引用関係を,メモとボードコンテンツの部分引用関係として取得する.

このように,グループ間の引用関係を取得することで,それらのグループに含まれる複数の要素同士の引用関係を取得することができる.

4.5 部分引用関係を用いたボードコンテンツへの自動アノテーション

項において,ボードコンテンツに引用したメモの一部は,引用したユーザによってミーティング参加者が共有できるようにすることができると述べた.この節では,具体的な共有の手法と,共有されたテキストをボードコンテンツのアノテーションとして自動的に付与する仕組みについて述べる.

4.5.1 ボードコンテンツに引用したメモの部分共有

引用されたメモの行テキストには,グルーピングされたことを示すマークが,図に示すメモの閲覧インタフェース画面で示すように,テキストの右側面に付与される.このマークは,同じ数字が記述されている行テキストが同一のグループに属していることを示す.

引用されたことを示すマークが付与されたメモ

図4.14: 引用されたことを示すマークが付与されたメモ

iStickyでは,引用によってグルーピングされた行テキストと,議論内容を整理して書き記した行テキストを1つのグループとして再度グルーピングすることができる.さらに,そのグループのテキストを共有することができる.

に,グループが選択され,サブメニューがポップアップしたテキストタブの画面を示す.グループを示すマークをタップすると,図上部に示すように同一グループに属する行テキスト全てが選択状態になる.この状態で,選択されているグループに追加したい行テキストを追加選択し,選択したいずれかの行テキストを長押しすると,図中央に示すようなサブメニューがポップアップ表示され,そのメニューからテキストの共有を行うためのインタフェースを呼び出すことができる.

サブメニューのポップアップ画面

図4.15: サブメニューのポップアップ画面

に,テキストを共有するための編集インタフェースを示す.

メモを部分共有するための編集インタフェース

図4.16: メモを部分共有するための編集インタフェース

画面上部には,選択した行テキストを全て連結した文字列が表示されたテキストボックスが配置されており,このボックス内のテキストを必要に応じて編集することができる.そして,画面下部の「Submit」ボタンを押すと,テキストボックス内のテキストがコンテンツサーバーに送信され,共有状態となる.そして,この共有操作によって,選択された行テキスト群は1つのグループとして再構成される.これは,ボードコンテンツへ別々に引用され,別グループとなった行テキストであっても,共有操作によって意味的に繋がりがあると判断できるためである.

以上の仕組みによって共有されたテキストは,そのテキストがもともとどのボードコンテンツのどのボード要素に引用されたものか,またどのボードコンテンツのボード要素を引用したものかという文脈情報と合わせてコンテンツサーバーで保存・管理される.

これらの共有テキストおよび文脈情報は,iStickyやTimeMachineBoardからアクセスすることができ,引用された部分から引用元のコンテンツを容易に参照できるようになっている.

また,上記の操作によって送信されたテキストは,元のメモが編集または削除されたとしても,コンテンツサーバーでメモ本体とは別に保存されているため,共有後に自由に編集することができる.

4.5.2 共有したテキストのボードコンテンツへの自動アノテーション

前項で述べた手法で共有されたテキストは,ボードコンテンツへの引用時に削ってしまった内容や,ミーティング中やミーティング後に議論内容を個人的に整理した内容などの,ボードコンテンツに含まれていない情報を含んでいる.これらの情報は,ミーティング参加者が提示した議論内容の背景の詳細を把握したり,議論内容そのものを詳細に想起することに役立つ.そこで,共有テキストのグループとボードコンテンツのボード要素グループの間の引用関係を利用して,ボードコンテンツに対して,そこに含まれるボード要素の引用元の共有テキストをボードコンテンツへのアノテーションとして自動的に関連付け,そのアノテーションをiStickyのボード検索タブで閲覧する仕組みを実現した.

に,ボード検索タブでのアノテーション閲覧画面を示す.

ボード検索タブでボードコンテンツを選択すると,そのボードコンテンツに含まれるボード要素に関連付けられた共有テキストが,コンテンツサーバーからダウンロードされる.このダウンロードされた共有テキストは,アノテーションとしてボード要素リストに一覧表示される.

ボード検索タブでのアノテーション閲覧画面

図4.17: ボード検索タブでのアノテーション閲覧画面

ボード要素リストにはアノテーションが付与されたボード要素のテキストとアノテーションのテキスト本文,そして,そのテキストを共有したユーザと共有した時刻などアノテーションに関する情報が表示される.そして,そのリストからアノテーションを選択すると,そのアノテーションされたボードコンテンツ内のボード要素がハイライト表示される.また,ボードコンテンツ内のボード要素を長押しすることで,その要素に付与されたアノテーションの位置までリストがスクロールし,アノテーションとボード要素の双方から,対応するもう一方の情報を容易に探し出すことができる.

以上の機能によって,グループの知識活動であるミーティングによって生まれたボードコンテンツと,個人の知識活動の中で生まれ,ミーティングで活用されたメモを同時に閲覧することができる.本研究では,この機能によってミーティングの議論内容をより詳細に想起・理解することができると考える.

4.6 まとめ

本章では,ミーティングを支援するシステムであるTimeMachineBoardとiStickyおよびコンテンツサーバーによって,個人の知識活動とグループでのミーティングによる知識活動のサイクルを円滑に進めることができることを示した.また,そのサイクルの中で生まれるコンテンツ間の引用関係を取得し,それを利用してミーティングの議論内容を詳細に理解するための仕組みについて述べた.

次章では,本章で述べたシステムを実際に運用し,節で述べた自動アノテーションによる議事録とそれに関連するメモの部分を同時閲覧する仕組みによって,ミーティング中に行われた議論を詳細に想起できることを検証する実験について述べる.

5 ミーティングの議論内容想起に関する実験と考察

3章および4章において,本研究で実現したiSticky・コンテンツサーバー・TimeMachineBoard(以下,これら3つのシステムを総称して本システムと呼ぶ)により,個人の活動とミーティングによる知識活動サイクルが支援されると述べた.

そして,その具体的な支援の仕組みの一つとして,ボードコンテンツと自動付与されたアノテーションの同時閲覧について述べた.そして,この仕組みによって議論内容をより詳細に想起できるという仮説を持った.

そこで,この同時閲覧の仕組みによってミーティングの議論内容が詳細に想起されることを検証する実験を行った.

本章では,まず節において,本システムの実運用によるボードコンテンツとアノテーション情報の収集およびそれらのデータに基づく議論内容想起実験の方法について述べる.次に節では,収集したデータの分析と実験結果について述べ,節においてそれらの結果に対する考察を行う.

5.1 実験方法

本研究では,本システムを利用して行われたミーティングについて,ミーティングから一定期間後に,ミーティング参加者にそのとき議論された内容に関する問題に解答してもらい,その解答内容から議論内容をどれだけ想起できたかを評価する実験(以下,本実験と呼ぶ)を行った.

本実験では,まず本システムを複数の被験者に一定期間利用してもらった.次に,そのときに作成されたボードコンテンツおよび共有されたメモ,そして実際に交わされた議論を記録した音声データに基づき,ミーティングで行われた議論の内容に関する問題を作成した.そして,一定期間経った後,ミーティング参加者に,事前に作成した問題に解答してもらった.このとき,当該ミーティングのボードコンテンツを閲覧しながら解答する場合と,ボードコンテンツとアノテーションを同時に閲覧しながら解答する場合の2種類の状況で解答してもらった.これは,アノテーションの有無によって想起する内容にどのような差異が現れるかを評価するためである.

本実験における被験者は,筆者が所属する研究室の3つのプロジェクトにそれぞれ所属する計6人である.ミーティングでは,これらの被験者に加え各プロジェクトのリーダーが参加し,ミーティングのファシリテーションを行うが,彼らは想起実験の被験者から除外し,実験に用いる問題の作成や解答内容の採点について協力してもらった.

5.1.1 本システムの運用によるデータの収集

前述したように,本実験では,まず実際に本システムを被験者に一定期間利用してもらい,その過程で生まれるボードコンテンツおよびその要素に付与されたアノテーション情報,そして実際の議論を記録した音声データが必要である.これは,被験者自身が実際に参加したミーティングの内容について想起してもらう必要があることと,システムの利用によりどのようなコンテンツが生まれるかを分析するためである.本システムで取得できるデータに加え,ミーティング中の会話を録音するのは,議論内容を問う問題の作成および採点の際,ミーティング当時の実際の議論という客観的な情報が必要なためである.

に,iStickyとTimeMachineBoardを用いたプロジェクトミーティングの風景を示す.

iStickyとTimeMachineBoardを用いたプロジェクトミーティング風景

図5.1: iStickyとTimeMachineBoardを用いたプロジェクトミーティング風景

ミーティング参加者は,ミーティングが開始されるまでに,そのミーティングで共有・議論したい個人の活動内容を,個人のメモに記述しておき,ミーティング開始時にTimeMachineBoardが設置されたミーティングスペースに集合する.

ミーティングでは各参加者がiStickyを1台ずつ持ち,図左上に見えるTimeMachineBoardを見ながら議論を行う.このとき,議論の内容に応じて,手元のiStickyからテキストやイメージを提示したり,それらの操作を行う.

ミーティング終了後,ミーティング参加者はボードコンテンツをiStickyに保存する.その後,議論で話された事柄の中で各人が重要だと感じた内容をメモに追記し,ミーティングで提示したテキストと合わせて共有操作を行う.

以上の活動をミーティングごとに行ってもらい,データの収集を行った.

5.1.2 議論内容に関する問題の作成

本実験では,ミーティングで行われた議論内容が想起できるかどうかを評価することを目的としているが,その想起する内容は,そのミーティング以後の個人またはプロジェクトの活動に有用な内容でなければならない.また,何をもって「想起した」と位置づけるかについても,注意を払わなくてはならない.

本実験では,以下の制約条件に基づき,議論内容に関する問題を作成した.

  1. 問題内容は,そのミーティングで議論された内容を問うものとする

  2. 1で対象とする議論は,プロジェクトリーダーがミーティングの中で特に重要と判断した内容について行われた議論とする

  3. 問題文は,1問題あたり2?4個程度の解答が見込める文言とする

  4. 問題に対する解答は,問題文とボードコンテンツおよびアノテーションには直接含まれず,音声データのみに含まれる内容を必ず含むものとする

  5. 解答形式は,被験者による自由記述形式をとり,「誰が」「何を」発言したかを解答するものとする

1および2の制約条件について,本実験では「そのミーティングで行われた有用な議論」を想起させることを目的としているため,問題はそのような議論内容に関するものでなくてはならない.そのため,問題作成にあたり,各プロジェクトリーダーに対し,収集されたボードコンテンツおよびアノテーションの中で,「この内容について重要な議論が行われた」という部分をマーキングしてもらい,問題を作成する議論を絞り込んだ.

そして,その重要な議論の中でも,十分な時間議論が行われている部分を問題の対象とした.これは,3つ目の制約条件である,十分な解答内容を確保するためである.もし問題ごとに対象とする議論の長さや内容に差があり過ぎると,想起できる内容の上限に偏りが発生し,各問題間の公平性が失われる.それを避けるため,本実験では各問題について同程度の量の想起が可能であるという制約条件を定めた.

制約条件4については,問題解答時に与えられる情報だけで,容易に解答できることを避けるためである.特に,アノテーションに問題に対する直接的な解答が含まれていると,アノテーションの存在によって想起された解答なのか,それとも想起できていないがアノテーションに記述されていたから解答したのかの判別がつかなくなってしまうためである.そのため,問題解答時に与えられない情報である,会話音声データにのみ含まれる内容が解答に含まれるようにした.

また,制約条件5について,解答形式を自由記述形式にした理由は2点ある.まず1つは,出題された内容の正誤を問う形式や複数の候補から正しい内容を選択する形式の問題にすると,その問題文そのものから当時の議論内容を想起してしまい,容易に正解を選ぶことができてしまう可能性があるためである.そのため,これらの形式ではアノテーションの有無による想起内容の差異を正確に評価することができない.次に,解答形式を自由記述とすることで,同じ主旨の解答であっても,アノテーションの有無によって解答文の分量や内容に差異が出る可能性があり,それも評価の対象とするためである.

以上の制約条件に則り,ミーティング毎に3問の問題を作成した.

なお,問題作成においては,各ミーティングのマーキング情報と音声データを基に筆者が問題文とそれに対する解答例を列挙し,各プロジェクトリーダーにその内容が適切かどうかのチェックを行ってもらった.ここで言う適切さとは,「問題文が議論内容を問うものであり,その解答例が想起すべき内容であること」を指す.

5.1.3 議論内容に関する問題への解答

コンテンツのみを閲覧した場合(?)とボードコンテンツとアノテーションを閲覧した場合(?)の2つの状況それぞれについて,以下の手順で各被験者に解答してもらった.これを以後,想起実験と呼ぶ.

  1. 想起実験開始

  2. 想起実験の概要説明(初回のみ)

  3. 対象ミーティングの情報の閲覧

  4. 問題用紙の配布と確認

  5. 解答開始

  6. 解答終了

  7. 想起実験終了

に,想起実験に用いたボードコンテンツとアノテーションおよび問題の例を示す.図中の水色の枠で囲われたボード要素は,線によって結ばれた先のアノテーションが付与されていることを示す.

想起実験に用いたデータの例

図5.2: 想起実験に用いたデータの例

2の実験概要説明では,「誰が何を言ったかを自由記述で列挙して下さい」と述べるだけに留めた.これは,各問題が対象とする議論の推測を,被験者に不用意に与えないためである.

3のミーティングに関する情報の閲覧については,各被験者に1台ずつiStickyがインストールされたタブレットを配布し,ボード検索タブ上でボードコンテンツ((?)の場合はアノテーションも含む)を確認してもらった.このとき,iStickyには対象となるミーティングのボードコンテンツ((?)の場合はそれに加えてアノテーション)以外の情報が格納されていないことも合わせて確認してもらった.

に,想起実験に使用したiStickyがインストールされたタブレットを示す.

iStickyがインストールされたタブレット

図5.3: iStickyがインストールされたタブレット

そして,全ての情報を閲覧したことを確認した上で,4の問題用紙の配布を行った.これは,被験者がボードコンテンツやアノテーションの一部を閲覧せずに解答することを回避するためである.問題用紙の配布後,問題文について,解答のヒントになるような内容以外についての質疑応答を行い,解答を開始してもらった.

解答にかける時間に上限は定めず,被験者がもうこれ以上は想起できないと判断するまで時間を設けた.ただし,1回の実験あたり最低5分間は解答に時間をかけさせるという回答時間の下限は設けた.これは被験者が早々に想起を諦めて解答を終了してしまうのを抑制するためである.

この想起実験は,問題の対象となったミーティングが行われた1ヶ月後に行った.これは,ミーティングが行われた直後や数日以内では,ミーティングで行われた議論内容をまだ記憶しており,ボードコンテンツやアノテーションの存在による想起をするまでもなく解答できてしまう可能性があるためである.

また,(?)と(?)の実験については,全く同一の問題を用いて行ったが,(?)を行った1週間後に(?)を行うという形式をとった.これは,2つの実験の間で間隔が短いと,(?)の実験での解答内容が(?)の実験での解答内容に影響を与えてしまうことを避けるため,被験者が一度解答した内容を忘れてしまうことを期待したためである.

以上の想起実験で得られた解答結果について,ミーティング中の会話音声データに基づき採点を行った.各解答を以下の4つのいずれかに分類し,括弧内の点数を加点した.

  1. 解答内容の発言とその発言者が一致し,かつ対象ミーティングで発言されたもの (2)

  2. 1と比較して,発言者が一致しないまたは思い出せなかったもの (1)

  3. 1と比較して,発言内容と発言者は一致しているが,対象ミーティング外で発言されたもの (1)

  4. 1?3のいずれにも属さないもの (0)

そして,被験者ごとに,(?)と(?)の場合について点数を集計して,その点数の差異を比較した.

5.2 実験結果

本実験では,2011年11月7日から同12月8日にかけての1ヶ月間,本システムを利用した知識活動,具体的には活動記録のメモ作成およびプロジェクトミーティングを行ってもらった.

その結果,各プロジェクト(A?C)3回ずつ,計9つのミーティング記録(ボードコンテンツと音声データ)とそれぞれのボードコンテンツに付与されたアノテーションが得られた.そして,各ミーティングにつき3問の問題を作成し,計27問を解答してもらった.なお,被験者一人あたりは,参加したミーティングが3回のため,計9問解答してもらった.

本節では,収集したデータの分析および想起実験の結果について述べる.

5.2.1 収集したボードコンテンツとアノテーションの分析結果

表5.1:本実験で収集したボードコンテンツとアノテーションの分量

ミーティングNoは,1?3がプロジェクトA,4?6がプロジェクトB,7?9がプロジェクトCのミーティングとなっている.

のデータの中から,ミーティングごとのテキストのボード要素の文字数とアノテーションの文字数を比較したグラフを図に示す.縦軸の数値は,それぞれの文字数を表している.

ミーティングごとのテキストのボード要素とアノテーションの文字数

図5.4: ミーティングごとのテキストのボード要素とアノテーションの文字数

このグラフから,各ミーティングにおいて,テキストのボード要素の文字数に対するアノテーションの文字数は3?7倍程度になっており,アノテーションにはボードコンテンツに含まれていない内容が多く含まれていることが推測できる.

に,収集したアノテーションの文字数を50字ずつに区切った分布を表したグラフを示す.

アノテーションの文字数分布

図5.5: アノテーションの文字数分布

このグラフから,アノテーションの多くは150字以下であることがわかる.300字以上のアノテーションの個数が不自然に突出しているのは,毎回のミーティングで長大なテキストを共有していた被験者が1名いたためである.

に,被験者ごとのアノテーション数およびアノテーション文字数の分布を示す.

被験者別のアノテーション数(左)とアノテーション文字数(右)

図5.6: 被験者別のアノテーション数(左)とアノテーション文字数(右)

ここで,被験者a?cはプロジェクトAのメンバ,dはプロジェクトBのメンバ,eおよびfはプロジェクトCのメンバとなっている.被験者dのアノテーション数と文字数がもっとも多いのは,彼が参加したプロジェクトミーティングでは,ほとんどの議論内容が彼の活動内容についてのものだったためである.

その他の被験者については,ばらつきはあるものの一定以上の分量のアノテーションの元になる情報を作成しており,収集したデータに殆ど寄与していない被験者はいなかった.

以上が,本実験において収集されたデータの内訳である.具体的なボードコンテンツやアノテーションの内容についての考察は次節で述べる.

5.2.2 議論内容の想起実験の結果

項で述べた想起実験の結果,問題解答時にボードコンテンツのみを閲覧した場合(?)における合計の回答数は86,ボードコンテンツとアノテーションを同時に閲覧した場合(?)の合計の解答数は133であった.これらの解答について,表にミーティングごとに被験者の解答結果の点数を集計した表を示す.

表5.2:ミーティングごとの各被験者の解答結果

どのミーティングについても,ボードコンテンツとアノテーションを同時に閲覧した場合の方が,ボードコンテンツのみを閲覧した場合以上の点数となっている.

また,被験者ごとに全ての解答結果を集計した点数の分布を以下の図に示す.

被験者ごとの解答結果の集計結果

図5.7: 被験者ごとの解答結果の集計結果

被験者ごとに点数のばらつきはあるものの,どの被験者についてもボードコンテンツのみを閲覧した場合よりも,アノテーションを同時に閲覧した場合のほうが,点数が高かった.特に,被験者a・b・fに関しては,点数に倍近い差があることが分かる.

このことから,アノテーションの存在が,議論内容の詳細な想起に貢献していると言える.

5.3 考察

節では,収集したデータや想起実験の結果について数値的な観点から分析を行った.本節では,それぞれのデータの具体的な内容に関する考察を行う.

5.3.1 収集されたデータについて

5.3.1.1 ボードコンテンツのテキスト要素とアノテーションに関する考察

項の図のグラフに示す通り,ボードコンテンツに現れるテキストの分量に対して,そのボードコンテンツに付与されたアノテーションに含まれるテキストの分量は非常に多く,これはどのプロジェクトのミーティングについても同じ傾向が見られるため,本システムによるミーティング全体について言える傾向であると推測される.

また,どのミーティングにおいてもボードコンテンツのテキスト量の合計は500字未満となっているが,これはボードが有限の領域であり,一つ一つのボード要素の文字数を増やすとボード領域を圧迫してしまい他の要素を入力するスペースが確保できないため,1つのボードコンテンツに含まれるテキスト量が一定以上を超えることがないためであると考えられる.このボードコンテンツに含まれるテキスト量が制限されるという性質は,ボードコンテンツが,ミーティングの内容について,議論にかけた時間や議論内容の密度に係わらず一定量以下に圧縮したものであり,ボードコンテンツのあるべき形である「ミーティングの議論内容の要約」を目指していると言える.しかし,どのようなミーティングも一定量以下に圧縮するということは,ボードコンテンツ単体を閲覧しても,そこで行われたミーティングがどれほどの内容を持っていたのかを正確に測り知ることができない.

ここで,各ミーティングのボードコンテンツに付与されたアノテーションの文字数に着目する.これらのアノテーションの文字数と付与対象のボード要素のテキスト量との間には依存関係は見い出せない.これは,アノテーションの元となる共有テキスト,さらにそれを含む個人の活動内容や議論内容を記録したメモには記述領域の制限はなく,議論内容の前提となる活動内容やミーティングで議論された内容の多寡に応じて分量が大きく変動するためである.すなわち,アノテーションの分量は,ミーティング参加者が議論したい(または実際に議論した)内容の多さ,すなわちミーティングの内容の規模を測る尺度の一つであると推測できる.

以上のことから,過去に行ったミーティングを簡易的に振り返る際にはボードコンテンツを閲覧し,その詳細な内容や行われた議論の多さといったものを知りたい場合はアノテーションを同時に閲覧するというように目的に応じて閲覧する情報量を変化させることで,効率的なミーティングの振り返りを行うことができると考えられる.

5.3.1.2 アノテーション内容の傾向についての考察

本研究において,ミーティングに引用した個人の活動内容を記録した内容に加え,そのミーティングで行われた議論内容をまとめた内容を共有テキストとして扱い,引用先のボードコンテンツのアノテーションとして付与した.これらの内容の分量や配分について被験者に特に指示をすることはしなかったため,被験者ごとのアノテーションの数や文字数といったものにかなりばらつきが出た.また,アノテーション内容に関して,ミーティング前に記述された内容(すなわち個人の活動内容の記録)と,ミーティング後に記述された内容(ミーティングによって得られた知見や議論内容の記録)がそれぞれどのような比率で含まれているかを見たところ,全体としては5 : 1程度であったが,アノテーションごとにばらつきが非常に大きく,ミーティング後に記述された内容が全く含まれないアノテーションもあった.これは,ミーティングに提示した内容全てが深く議論されるわけではなく,「活動内容の進捗報告」などのように単にグループ内で情報を共有するのみに留まる内容が含まれているためであると推測される.

一方で,ミーティングで深く議論された内容については,ミーティング後に記述された内容の比率が大きくなる傾向があった.これは,ミーティング参加者である被験者が,議論内容を記録する先としてボードコンテンツだけではなく,手元のメモに記録する必要性を感じていたためだと推測できる.この理由について2点挙げることができる.1点は前述したようにボードコンテンツの領域が制限されていること.もう1点は,ミーティングの最中に議論内容の重要な部分を整理してボードに提示することが非常に困難であり,ミーティング後に自分で議論内容を整理する方が,ミーティング参加者にとって負担が少ないためである.

議論中,特に自分の活動に深く関わる内容についての議論が行われている最中は,議論をすることに集中しているため,その議論内容を書き出したり,要約するといったことを行う余裕はない.もちろん,議論が終了したとき,その議論内容の要約をボードに提示するといった行為は行われるが,そこで提示される内容は議論の結論のみであることが多く,一般に,議論がどのような過程を経たのかといった内容は提示されない.そのため,ボードコンテンツに現れない議論の過程や,ミーティング後に整理された議論の内容が含まれるアノテーションには,そのミーティングを振り返る際により詳細な内容を想起することができる情報が多く含まれていると言える.

5.3.1.3 プロジェクトリーダーがマーキングした重要部分についての考察

本実験では,想起すべき議論内容を絞り込むために,プロジェクトリーダーにボードコンテンツおよびアノテーションの中で重要だと思われる部分を選択してもらった.ここでは,このマーキングされた部分について考察する.

本実験で得られたアノテーションについて,プロジェクトリーダーによってマーキングされた部分は,文字数ベースで全体の2割程度であった.またアノテーション全体の中でマーキングされた部分が存在するアノテーションは,全体の5割程度であった.このことから,アノテーションにはプロジェクトミーティングにおいて重要な情報がある程度含まれていると推測することができる.しかし,文字数ベースで2割,個数ベースで5割であるため,必ずしも重要な情報ばかりではない.しかし,アノテーションに含まれるべきは,プロジェクトにとって有用なもののみにすべきかと考えると,それは必ずしも正しくはない.それは,このアノテーションに含まれるテキストは,そのテキストを記述したプロジェクトメンバーが「他のメンバーと共有する価値がある」と判断したものを含んでいるためである.また,アノテーションされたミーティングそのものにおいては相対的に価値が低いものであっても,その前後で議論された内容を合わせると,一連の活動を振り返るために有用な情報として活用できる可能性もある.これについては検証が必要ではあるが,少なくともこのマーキングのみによって,アノテーションの要不要を決定することは適切ではないと考える.

次に,マーキングされた内容について述べる.あるボード要素がマーキングされているとき,そのボード要素に付与されたアノテーションについても同様にマーキングされていた.これは,ほぼ同一の内容について記述されたものであるため,妥当な結果であると言える.それらのアノテーションについて,どのようなテキストがマーキングされていたかを見ると,ボード要素として提示するために整形を行う前のテキストや,ボード要素のテキストの内容を補完するテキストが多くあった.これは,個人のメモに含まれる,ボードに提示するために削られた情報が,プロジェクトにとって重要な内容を含んでいることを表している.そのため,これらの情報をアノテーションという形でボードコンテンツに付与する仕組みは,グループの知識活動によって生まれるコンテンツであるミーティングの記録の質を向上させる,有用な手法であると言える.

5.3.2 議論内容の想起実験について

5.3.2.4 議論内容の想起実験について

まず,全体的な傾向について述べる.表および図のグラフより,(?)の場合よりも(?)の場合,すなわちボードコンテンツとアノテーションの両方を閲覧した場合の方が,より多くの議論内容を想起できていることが傾向として見て取れる.情報が追加されたため,解答の量が増加することは自明に思われるかも知れない.しかし,想起実験において出題された問題は,その解答がボードコンテンツやアノテーションに直接含まれていない.したがって,問題に正しく解答するためには,それらの与えられた情報から,実際の議論内容を想起しなければならない.このことから,アノテーションには,ボードコンテンツには含まれていない情報と,そのどちらにも含まれない実際の議論内容を想起させるための有用な手掛かりが含まれていることを示している.

次に,同一の問題に対する(?)と(?)の解答内容の差異について述べる.全体の傾向から見て取れるように,解答の個数に関しては概ね(?)の方が多いという順当な結果となった.全体的な傾向として,(?)の実験での解答は,(?)での解答に1?3個の新たな内容の解答が追加されていた.追加された解答の内容を見てみると,(?)では,ある議論の一部の発言だけを解答していたが,(?)ではその発言の前後になされた発言も解答されていた.すなわち,(?)の場合では,(?)の場合と比較して,特定の議論について,より詳細な過程が想起されていた.このことから,アノテーションには,ボードコンテンツだけでは想起できなかった議論を新たに想起させることに加え,ボードコンテンツの閲覧によって想起された議論をより詳細に思い出すことができる情報が含まれていると言える.

また,(?)と(?)で同じ主旨の発言を解答した内容について,その解答の詳細さや文字数に差異があるかを分析したが,前述した「議論の過程をより詳細に記述されるようになった」こと以外には,有意な差を見つけることができなかった.すなわち,1発言の内容がより詳細に記述されるようになるといった傾向は見られず,記述された文字数にも大きな変化はなかった.これらの解答はいくつかのパターンに分類することができる.一つは,(?)の実験の時点すなわちボードコンテンツのみの閲覧で,その発言について十分に想起されていたため,(?)の解答内容にも差がなかった場合で,これはボードコンテンツのみであってもミーティングの議論内容の想起に有用であることを示している.もう一つは,内容が十分であるにもかかわらず差異がなかった場合である.これにはいくつか要因を挙げることができる.一つは,(?)の実験を行った際,1週間前に行った(?)の解答した内容を記憶しており,その内容をそのまま記述した場合で,これは一度想起した内容について,被験者がその内容で十分だと考えてしまった可能性である.もう一つは,アノテーションを閲覧しても,(?)で想起した内容以上の内容が想起できなかった場合で,これはアノテーションには議論内容を整理した内容が含まれているが,それは発言を直接書き起こしたものではないため,議論内容やその過程を想起することはできても,その具体的な発言内容の詳細までは想起することができないためであると考えられる.しかし,この点をアノテーションの改善によって克服する必要はないと考える.アノテーションにそれらの細かな発言内容を含めるためには,ミーティング後に議論風景を録画したビデオや録音した音声といったデータを見返して,重要だと感じた議論内容を事細かに書き起こしたテキストを共有する必要がある.しかし,そのためには非常に大きなコストが発生し,またアノテーションされるテキストが膨大になってしまい,可読性が低くなってしまうため,望ましくない.そのため,アノテーションとして付与するテキストは,本実験で得られたような「個人の活動を記録した内容」および「重要だと感じた議論内容を整理した内容」に留め,詳細な発言内容まで振り返りたい場合はミーティングを記録したビデオや音声といったデータを適宜参照するようにすべきであると考える.

5.3.2.5 被験者ごとの解答内容の傾向についての考察

本実験では6名の被験者に対して想起実験を行ったが,自由記述形式ということで,やはり被験者ごとに特色が現れた.

まず解答内容の文字数について,被験者c・d・eについては(?)と(?)の両方の実験において,おしなべて解答内容の文字数が多かった.特にcとdについては顕著で,他の4人の被験者に比べて,一つの解答あたりの文字数が2倍以上であった.被験者bとfの解答文字数は他の被験者に比べて少なかったが,その解答内容は発言内容を要約したものであるため,想起が不十分だったために文字数が少なくなったわけではないと考えられる.

次に,想起内容の正しさについて.想起実験では,被験者の回答内容を4つに分類してそれぞれに点数をつけたが,全体的な傾向として,(?)と(?)双方について,1の「解答内容の発言とその発言者が一致し,かつ対象ミーティングで発言されたもの」が90%弱を占め,発言者を正しく想起できなかった2のケースと対象ミーティング外で発言された内容をそのミーティング内で行われたものであると誤った3のケースはそれぞれ5%程度であった.2については,被験者c・e・fの解答の一部が当てはまっており,残りの3人の被験者については正しく発言内容とその発言者の対応がとれていた.3については被験者a・d・e・fの解答の一部が当てはまっていたが,これは対象ミーティングの前後に行われたミーティングでなされた発言や,プロジェクトミーティングよりも長いスパンで行われる研究室のゼミでなされた発言が含まれていた.

また,1?3のいずれにも属さないもの,すなわち解答した内容が誤りであったものは1?2%である2,3個であった.なお,被験者bの解答は全て1に分類されており,解答した範囲全てにおいて「誰がその場でどのような発言をしたのか」を正確に想起していたことになる.

続いて,問題ごとに被験者の解答内容に傾向が見られたかについて述べる.想起実験においては,1つのミーティングあたり3つの問題を出題したが,これは各被験者に対して,自分が強く関わったものとそうでないものをそれぞれ1つ以上想起させるためである.そのため,問題ごとに被験者自身が活発に議論に参加したものとそうでないものに分かれる.そこで,それぞれの問題についてその議論に活発に参加していた被験者とそうでない被験者の間で解答内容に差異があるかを調査してみたが,全体的な傾向として有意な差は見られなかった.

また,被験者ごとに自身が議論に参加していた内容についての問題とそうでない問題の間で,解答について差異があるかどうかを見てみたところ,被験者bのみ,(?)の場合において自分が参加した議論内容の過程を詳細に想起していたが,他の被験者については有意な差は見られなかった.

これらのことから,議論に積極的に参加した被験者であっても,1ヶ月の時間経過の中でその内容を失念してしまうということと,ボードコンテンツおよびアノテーションによって議論にあまり参加していない被験者であってもその議論内容を想起することができることの2つを示していると推測できる.

5.4 まとめ

本章では,本システムの実運用によるデータの収集と,そのデータに基づいて行った,ミーティングにおける議論内容を想起する実験と評価について述べた.その結果,本システムによって,プロジェクトミーティングなどの継続的に行われるミーティングの議論内容を振り返るために必要な情報を記録することができ,その情報をボードコンテンツとそれに対するアノテーションという形で閲覧することで議論内容の想起を促すことができることを確認した.

6 関連研究

本章では,本研究に関連する研究について,個人の知識活動支援に関する研究,議論内容の記録に関する研究,個人の活動とミーティングによって生まれるコンテンツの再利用に関する研究について述べる.

6.1 個人の知識活動支援に関する研究

木崎らは,GTDを支援するシステムとしてタスクコンシェルジュを提案している.タスクコンシェルジュは,GTDの内容を知らないユーザでもGTDを容易に実現することを目的としており,ユーザはタスクコンシェルジュの指示に従い,収集や処理,整理,見直しのプロセスを順次行い,それらによってリストアップされたタスクを実行することで,自然とGTDのサイクルに則った活動を行うことができる.

タスクコンシェルジュでは,GTDにおける見直しプロセスを支援する仕組みとして,対象のタスクの期限や見積もり時間,重要度,開始終了予定時刻などの項目を細かに設定することができる.タスクの開始終了予定時刻に入力された内容は,Web上のカレンダーと連動され,スケジュール管理を容易に行うことができるようになっている.また,タスクに対して,ユーザがどれだけやる気があるかを示す気乗り度を設定し,気乗り度が低い場合は,ユーザ自身が登録した楽しいイベントをシステムが提案し,ユーザのモチベーションを上げる仕組みを実現している.

本研究では,システムがユーザにタスク管理のためのプロセスを指示することはなく,ユーザが日々の活動の中で記録したメモの内容を,タスク管理機能に取り込むことができる仕組みを提供しているに留まっている.しかし,タスクコンシェルジュをはじめとするタスク管理ツールやリマインダーツールは,そこに記述された内容の用途はタスク管理に限定されているため,本システムによる,メモのミーティングへの提示や,ミーティングで行われた議論の内容をそのままタスクとしてメモに取り込む仕組みは,個人の活動とミーティングをシームレスに繋げ,タスクの洗い出しや実行したタスク内容をチーム内で共有することを円滑化することができ,従来のツールに対する優位性が存在する.

6.2 議論内容の記録および再利用に関する研究

組織内で行われるミーティング内容を,再利用可能な形で保存・管理し,議論内容の振り返りや過去の議論の活用を目的とした研究は幾つか行われているが,本節では,研究室におけるゼミや企業のプロジェクト報告などのある程度形式が定められている会議を対象としたディスカッションマイニング,ホワイトボードに書きこまれた内容とTODOや会議資料を関連付けることで議論や作業の経緯を参照可能にするミーティングシナプス,会議に付随するコンテンツと会議記録を関連付けることによって会議内容の参照を効率的に行うReSPoMについて述べ,その後,映像と音声によって記録された会議の記録を,セグメンテーションすることによって再利用可能とする枠組みである会議知識獲得支援の研究を紹介する.

6.2.1 ディスカッションマイニング

土田らは,マルチメディア議事録に構造情報を付与することにより,会議コンテンツと呼ばれる再利用可能な知識を構築することを目的としたディスカッションマイニングを提案している.ディスカッションルームと呼ばれる専用の部屋を用い,専用の装置や入力インタフェースを用いることで,議事録に対し会議中に議論構造を付与する.発表資料としてスライドを用い,特定の発表者が発表を行い,他の参加者が質問や意見などの発言をする形式の会議を対象としている.発話時刻を記録し,発言間の関係付けを行うなど,詳細な構造情報を付与することにより,議論の要点の抽出や,複数の会議にまたがる議論内容把握などの議論支援が可能になる.

ディスカッションマイニングは,発表資料を前提とし,発言区間および議論構造の記録を必須とするなどの点で,事前に入念に準備された会議を対象とし,議論構造を整理しながら会議を進める.そのため,プロジェクトミーティングのような,議論参加者が議題となるような情報を適宜提示して,その内容について議論を行う形式のミーティングには適していない.

また,ディスカッションマイニングでは,発表に用いた資料や,構造情報が付与された発言を引用して,個人のTODOリストを作成したり,次の会議の発表資料の作成に利用することができ,これにより会議と会議の間に行われた個人の活動内容を記録している.しかし,ディスカッションマイニングが対象とする「個人の活動内容」は,会議と会議の間に存在する,個人の活動およびプロジェクト内で定期的に行われる小規模なミーティングをすべて含んだものであるため,本研究が対象とする個人の活動記録とミーティング記録の間の文脈情報などを詳細に分析することは難しい.

本研究では,ディスカッションマイニングが対象としていない形式のミーティングに着目し,ディスカッションマイニングが対象とする会議と会議の間を埋める,個人の活動と継続的に行われるミーティングによる知識活動のサイクルを支援することを目指している.

6.2.2 ミーティングシナプス

本橋らは,ミーティングシナプスと呼ばれる会議支援システムを提案している.ミーティングシナプスには2つの特徴がある.1点目は,会議中にホワイトボードの書き込み情報をTODO や会議の資料と結びつけることで,TODO から関係する議論内容を参照可能にする点である.2点目は,日常業務中に作成した文書とその文書の作成中に参考にした文書・Web ページの間の参照関係や,同じ話題の議論など会議中の書き込み同士の関係を保存し,後にその関係性を利用して現在の議論に関係する議論経緯や作業経緯を参照可能にする点である.

ミーティングシナプスでは,ホワイトボードへの書き込みや日常業務中の文書同士の時間的・空間的・論理的近傍性を利用して関連付けを行い,登録された関係性は情報シナプスと呼ばれる情報関係性管理基盤に保存される.例えば,ホワイトボードへの書き込みの場合,時間的近傍性とは書き込まれた時間の近さ,空間的近傍性とは書き込んだ場所の近さ,論理的近傍性とは書き込んだ人間等の属性の一致度を意味しており,それらを考慮して,複数の文書同士の関連付けを行う.そして,登録された関係性は会議アプリケーションを用いて過去の経緯を検索する際に利用される.

議論と日常業務の情報を関連付けることで,個人の活動とミーティングによる知識活動のサイクルを支援するという点において,本研究との類似点は多い.しかし,「会議中には,日常業務中の作業結果や過去の会議の議論を確認する場面が発生する」「このように,会議に関係する情報を日常業務や次の会議で再利用する」と述べているように,「過去の議論内容の正確な想起」を「再利用」と定義している点が本研究とは異なる.本研究における「再利用」とは,過去の議論内容を参照するだけでなく,その内容を引用しながら新たなコンテンツを作成する部分も含まれる.また,ミーティングシナプスでは,コンテンツ間の関連付けを時間的・空間的・論理的近傍性を利用して行っているが,本研究ではユーザによるコンテンツ間の部分引用によって行っている点においても異なっている.引用という,ユーザが関連性を明確に意識した行動に基づいて関連付けているため,関連付けられた情報の適切さは,ミーティングシナプスよりも高い.また,コンテンツの関連付けについて,コンテンツ全体ではなくその部分の関連付けを行うため,より詳細な関連性を考慮することができる.

6.2.3 ReSPoM

倉本らは,会議に付随するコンテンツと会議記録を関連付けることによって,会議内容の参照を効率的に行うシステムとしてReSPoMを提案している.ReSPoMは,参加者が議論中に作成したメモと,作成のきっかけとなった発言の間に存在する集約関係(by-参照)を登録し,それを利用することで参照したい議論に関する音声・映像情報を検索可能にするシステムである.

ReSPoMが議論中に作成したメモのみを対象としているのに対して,本システムでは,議論の前提となった個人の活動記録や,議論後に議論を整理した内容を含む,個人の知識活動の中で作成されたメモも含めて会議記録に関連付ける仕組みを提供している.そして,そのメモの内容は,ボードへの引用という形で,ボード内の対象となる議論に関する要素に自動的に関連付けの情報が取得される.また,議論の後に関連付ける情報を追記することができるため,ミーティング中に内容を整理する必要がなく,ミーティングにおける議論を阻害することがない.

6.2.4 会話量子化法を用いた会議知識獲得支援

会話量子化法を用いた会議知識獲得支援の研究は,実世界インタラクションの中でも会議の議論に着目し,映像と音声によって記録された会議の記録を,会話量子化器と呼ばれるボタンデバイスを用いて,セグメンテーションすることによって,会話のエッセンスを再利用可能とする枠組みである.会議参加者は,議論中に重要な発言を再利用可能な知識とするために,ボタンデバイスを押す.ボタンデバイスの押し方,例えば連続してボタンを押したり,ボタンを押し続けるなどのパターンを分析することで,会議参加者がある程度自由に会話の開始点と終了点を設定できるようにする.抽出された会話量子は,発表資料などと関連付けて記録し,知球と呼ばれる知識可視化支援インタフェース上に表示される.

本システムは,議論内容の直接の記録である映像や音声を再利用する仕組みではないが,議論内容のセグメンテーションは,議題内容をボード要素として提示し,木構造によって配置することで機械的に行っており,その議論内容の背景情報や議論を整理した文章を,アノテーションとして用いることで,映像や音声と比べて再利用のしやすい形で管理している.

6.3 ミーティングの議論内容の振り返りに関する研究

加藤らは,組織内における対面口頭対話での議論における思考プロセスの振り返りの支援を目的としたホワイトボードシステムを提案している.このシステムでは,思考プロセスを「ある成果物(結果)に辿りつくまでに考えられた複数の思考の移り変わりの様子」と定義しており,システムに入力された内容間にリンク付けを行うことによって,そこで行われた議論の思考のプロセスを記録し,その記録されたリンクを辿ることで,議論の過程を振り返ることを可能としている.

また,加藤らのシステムでは,電子ホワイトボードに自由に描画されたストローク情報を議事録として記録し,過去の議事録に含まれるストローク情報を任意の矩形でグループ化し,現在議論が行われているホワイトボードに提示することで,過去の議論内容を引用し,その引用関係をリンクとして付与している.

議論中に,過去の議論内容を引用し,その引用関係によりコンテンツ間の関連付けを行うという点において,本システムにおけるボードコンテンツ間の引用によるボードコンテンツの関連付けと類似している.しかし,本システムではボードに情報を提示した時点で,その情報がボード要素として引用可能な形式でセグメンテーションされて保存されるという点で異なる.また,加藤らのシステムのように記述された内容を自由にグループ化することはできないが,予めボードの内容がセグメンテーションされていることで,同一のボード内に存在するボード要素を木構造の形式で構造化するができ,同一のミーティング内で提示された内容同士の具体抽象関係や,同じ内容について議論されたものかどうかということを把握することが可能になっている.

また,加藤らのシステムは複数人での議論による意思決定を目的としたミーティングを対象としており,本研究が対象とするような個人の活動内容を共有し,それについて議論を行うことを目的としたミーティングとは異なるため,議論と議論の間に行われた個人の活動記録やアイデアといった,会議とは別に行われた活動の記録に関連する情報を扱っていない.しかし,本システムにおける議論内容を整理したメモを議事録であるボードコンテンツにアノテーションとして付与する仕組みは,加藤らが対象とするミーティングに対しても,議論の過程を想起するために有用なものであると考えられる.

7 まとめと今後の課題

本論文では,企業のプロジェクトや大学の研究室などで行われる個人の知識活動と,その活動内容の共有およびブラッシュアップを目的とした定期的なミーティングの繰り返しによる知識活動のサイクルに着目し,その過程で作成されるパーソナルメモの蓄積と活用,およびミーティングでの再利用を支援し,ミーティングで行われた議論内容をコンテンツ化し,過去に行われた議論内容を想起するための仕組みについて述べた.本章では,本論文で提案したiStickyとコンテンツサーバーおよびTimeMachineBoardによる知識活動サイクルの支援の仕組みについてまとめ,それらをより有益なものとするための課題と展望について述べる.

7.1 まとめ

本研究では,様々な環境下で行われる知識活動の中でも,特に企業や研究室内のプロジェクトチーム内で行われる知識活動を対象とした.具体的には,各チームメンバー個人で行うアイデアの創出や整理などの思考の表出化や,文献調査やシステムの実装などの作業のタスク管理などの個人の知識活動と,その活動内容をプロジェクトチーム内で共有し,次の活動をどのように行うかを議論するミーティングによるグループの知識活動に着目した.そして,これらの2つの活動の繰り返しによる知識活動サイクルを円滑に進めることを目的として,iStickyとコンテンツサーバーによるパーソナルメモの蓄積と活用,およびTimeMachineBoardとの連携によるパーソナルメモとボードコンテンツの相互引用と,その引用関係の文脈情報を用いて議論内容の詳細な想起を行う仕組みを実現した.

個人の思考整理や実際に手を動かして行う作業などの日々の活動を行う上で,iStickyというタブレット端末で動作するアプリケーションを用いて,覚書やTODOを記したメモや,アイデアを視覚的に表現するため手描き図を作成・蓄積することで,従来では揮発性が高く再利用性の低かったそれらのコンテンツを容易に整理し,振り返ることができることを示した.iStickyでは,メモの作成・閲覧,画像の編集・閲覧,手描き図の作成についての機能を1つ1つのタブとしてインタフェースを分離することで,それぞれのコンテンツの作成や閲覧に適した画面構成や操作方法を実現した.そして,それぞれのタブで作成されたコンテンツを相互に再利用する仕組みとして,履歴リストを用いたスケッチへのメモおよび画像の引用を実現した.iStickyが実現したこれらのコンテンツ作成・編集・閲覧の仕組みにより,個人が行う日々の活動を詳細に記録し,再利用可能な形で蓄積することができる.

また,iSticky上で作成したメモの部分に対して,その内容の種別や優先度などの属性情報を付与して分類する仕組みを取り入れることにより,タスク管理サイクルであるGTDを支援することができる.日々の活動の中で記述したメモの内容に対して,意識的にその種別や優先度を付与しておくことで,後々にメモを見返したときに今すぐに自分がすべきことが何なのか,またどれくらいの量があるのかを,メモを記述した当時の曖昧な記憶に頼らず,即座に判断することができる.これにより,日々の活動の中で次々に発生する多くのタスクに対して,適切な順序で対応することができ,効率的な知識活動を行うことができる.

そして,iStickyに蓄積された全てのデータをWeb上に存在するコンテンツサーバーで集約し管理することで,実際のデバイスに依存しないコンテンツ管理を可能とし,既存のシステムで作成された文章や画像などのコンテンツをiStickyに取り込んで利用することができ,今まで蓄積してきたコンテンツや,他システムで作成されたコンテンツを柔軟に活用することができる.

また,iSticky,コンテンツサーバー,ミーティング支援システムTimeMachineBoardの連携によって,個人の日々の知識活動の共有およびブラッシュアップを目的とした,プロジェクト内で行われるミーティングを円滑に行い,議論された事柄を適切に保存・管理し,個人の活動にフィードバックする仕組みを実現した.この仕組みによって,日々の活動の中で生まれたメモや手描き図を,ミーティングで利用するために整理する作業を極力減らしつつ議論の場で提示することができる.

更に,個人の活動内容が含まれたメモと,それについてチーム内で行われた議論内容が含まれたボードコンテンツの間に存在する文脈情報を取得することで,継続的に行われる知識活動の経緯を正しく,効率的に振り返ることができることを示した.特に,ミーティングで行われた議論の内容を想起することを目的として,ミーティングに利用された個人の活動内容や,その内容についての議論を整理した内容が含まれる個人のメモをコンテンツサーバーによりプロジェクト内で共有し,その内容をミーティングのボードコンテンツに自動的に関連付けることで,ボードコンテンツとそれに関連する個人のメモの内容を同時に閲覧できる仕組みを実現した.従来であれば,個人の活動記録を記したメモや手描き図と,ミーティングの議事録は独立で管理されることが多く,議事録を閲覧しただけでは,その議事録に含まれる内容について記述されたメモがどこにあり,そのメモの中で該当する部分がどこなのかを探すことは困難であり,メモを記述した本人であっても,時間の経過によってどのメモの内容をどのミーティングで話したかの記憶が薄れてしまう.また,メモは基本的に個人のプライベートなものであり,同じプロジェクトのメンバーであっても気軽に閲覧することはできない.しかし,本システムでは,メモの作成者がそのメモの中で他のメンバーに公開したい部分を決定し,意識的に共有操作を行うことができるため,意図しない情報公開を避けることができ,プライバシーの問題を解決することができる.更に,その共有したメモの内容がミーティングのどの部分に利用されたかを自動で取得しているため,ミーティングの議事録とメモの部分を人手で関連付ける必要はない.また,ボードコンテンツの各要素へのアノテーションによって共有テキストを関連付けることで,ボードコンテンツが持つ領域的な制限や,情報を入力する時間的な制限を気にすることなく,議論の前提となった個人の活動内容やミーティングで行われた議論の内容を,ボードコンテンツと同時に,または選択的に閲覧することができる.

以上に述べたように,本システムによって,個人が単独で行う知識活動とグループで行うミーティングの2つの活動それぞれを支援し,それらの中で生まれるコンテンツを効率良く利用することで,2つの活動の繰り返しを円滑に進めることができる.

7.2 今後の課題

前節で,本提案手法により知識活動を円滑に進めることができると述べたが,本節では,より良く知識活動のサイクルを進めるために,さらに改善すべき課題について述べる.

7.2.1 パーソナルメモの蓄積と活用について

iStickyではコンテンツごとに異なるタブを利用して作成や閲覧を行うことができるが,それゆえ,例えば作成したスケッチと,そのスケッチに関連するメモの部分を同時に閲覧するなどの,複数コンテンツの同時閲覧ができない.これはメモと画像についても同様である.実際の知識活動においては,文章のメモや画像,スケッチを同時に閲覧しながら日々の活動内容の整理や振り返りを行うことが多く,一度に1つのコンテンツしか閲覧できないと作業の効率が低下してしまう.また,メモや画像の部分をスケッチに利用することができると述べたが,その利用元のメモや画像の閲覧画面から,どの部分がどのスケッチに利用されたかを知ることができない.そのため,過去に作成したメモやスケッチを閲覧した時,それに関連するコンテンツを見つけ出すことが困難になる.

この問題を解決するためには,メモや画像,スケッチなどのコンテンツの部分について,引用元および引用先のコンテンツへのリンクを追加し,そのリンクを辿ることで引用元または引用先のコンテンツの閲覧画面に遷移する仕組みの実現が考えられる.各コンテンツの閲覧画面に遷移するまでもなく,リンクされたコンテンツを簡単に見たいという場合には,閲覧中のコンテンツ上にポップアップビューでリンクされたコンテンツを簡易表示させれば,煩雑な画面遷移をせずに関連コンテンツを閲覧することができる.これは,メモとボードコンテンツの間の引用についても同様で,4章で示したグループの概念と機能を拡張することで,全てのコンテンツの部分的な引用関係を一元的に表現し,それらコンテンツ間の遷移を容易にすることができると考える.

また,本研究ではメモの部分に属性情報を付与することで,記述した活動内容やTODOリストを整理することができると述べたが,より詳細にタスク管理を行うためには,各活動内容の進捗状況をユーザが詳細に記録した内容をシステムが管理し,過去に属性情報を付与した内容についてシステムが適切なタイミングで通知する仕組みが必要である.例えば,Tracのようにタスクをチケットという形で発行して,そのタスクの期限や進捗状況をこまめに更新しながらタスクを遂行していく手法や,複数のタスクをロードマップ上に配置して,どのタスクがどれくらいの期間を必要とするのかなどを可視化するといった手法が考えられる.

他にも,長期的な知識活動の中で生まれるコンテンツを効率よく振り返るために,iStickyが備えなければならない仕組みがある.その中の1つとして,「いつ,どのようなコンテンツを作ったか」を容易に振り返るための仕組みを挙げる.現在,iStickyおよびTimeMachineBoardで作成されたコンテンツは,そのコンテンツの作成時刻および最終更新時刻を記録しており,あるコンテンツがいつ作成・更新されたかを把握することができる.しかし,「ある日」または「ある週」などの時間を基準として,その期間内に作成されたコンテンツを検索し閲覧する機能は存在しない.過去に作成したコンテンツを振り返るとき,「このような内容が含まれるコンテンツを探したい」という場合と「この時期に作成・更新したコンテンツを探したい」という場合が考えられる.前者については文字列による全文検索が有効であるが,後者については現在のiStickyでは手作業で更新日時を確認しながらひとつひとつ探さねばならず,非常に扱いづらい.この問題を解決するためには,ある時間区間を検索クエリとして,その条件に合致するコンテンツを全てリストアップする仕組みが考えられるが,時間を基準にコンテンツを振り返りたい場合は,指定した時間区間に目的のコンテンツが無かったとき,その区間の前後の時間区間を探すなどの柔軟な検索手法が要求される.そこで,1つの解決策として,iStickyにカレンダー型のビューを表示する機能を追加し,コンテンツが作成された日の領域に,そのコンテンツのサムネイルやコンテンツ本体へのリンクを表示することで,いつ・どのようなコンテンツが作成されたかを一目で振り返られるようにし,容易にそれぞれのコンテンツにアクセスできるようにする手法が考えられる.カレンダーの表示区間を週ごとや月ごとに変更することで,その区間内に作成されたコンテンツの一覧を容易に確認することができ,自身の知識活動の記録を俯瞰することができる.

以上のように,パーソナルメモの蓄積および活用についての課題は,蓄積したコンテンツに対して,複数コンテンツの同時閲覧や引用関係を用いたリンクの形成を行ったり,長期間に渡って行ってきた自身の活動内容を俯瞰的に振り返ることができる仕組みの実現である.

7.2.2 iStickyとTimeMachineBoardを用いたミーティングについて

本システムでは,iStickyで作成したパーソナルメモを,TimeMachineBoardのボードに引用して提示することができる.そして,ミーティング終了後に,引用元のテキストとそれに関連する内容を共有することができる.そのため,ミーティング開始前および議論の最中は,情報を提示した参加者のメモの内容を他のメンバーが知ることはできない.もちろん,ミーティングでの議論を整理した内容はミーティング後でなければ共有はできないが,個人が行ってきた活動の記録に関しては,ミーティング開始時点で存在しており,共有可能な状態にあると言える.そしてその活動記録の詳細は,他メンバーが議論を行う際に有用な情報が含まれていることがある.そのため,ミーティングの最中において,ある参加者がボードに引用した内容の引用元テキストを,他の参加者が閲覧できる仕組みがあれば,議論の提示者が持つ議題の背景情報を他の参加者が把握し,より質の高い議論を行うことができると考える.

また,プロジェクト内で行われるミーティングで行われる議論は,それまでに行われてきたメンバー個人の活動内容だけでなく,それより以前のミーティングの内容を含んでいることが多くある.iStickyでは,ミーティング中であっても,ボード検索タブで過去のミーティングのボードコンテンツを閲覧することが可能であるが,現在行われている議論の元になった議論がどのボードコンテンツに含まれているかを知ることはできない.そこで,パーソナルメモからボードコンテンツ,ボードコンテンツからパーソナルメモ,そしてボードコンテンツからボードコンテンツへの引用関係の文脈情報を利用して,ボードタブ上のボード要素をクエリとして,そのボード要素の内容の元となったミーティングのボードコンテンツを検索する仕組みを実現することで,過去の関連する議論を素早く検索することができると考えられる.

本研究における引用関係の文脈情報は,コンテンツが作成された後のものを利用していたが,文脈情報の記録自体は,引用が発生した直後に行われているため,作成中のボードコンテンツ,すなわち現在行われているミーティングの最中においても利用することが可能である.そのため,提示されたばかりのボード要素の引用元のメモやボードコンテンツを参照することが可能である.また,必要に応じて,それら引用元コンテンツの部分をボードに一時的に表示して参加者全員で共有するなど,柔軟なボードへの情報提示方法を追加することで,より活発な議論が行われるようになることが考えられる.

7.2.3 知識活動サイクル全体の支援

項において,ユーザ個人が作成したコンテンツ間の引用関係の文脈情報を応用した仕組みを挙げ,項において,TimeMachineBoardのボードに提示したコンテンツとボード間の引用関係を利用した応用を挙げた.これらはそれぞれ,本研究が対象とする知識活動サイクルの中の,「個人の活動」と「グループの活動」における応用である.本項では,これらの活動の繰り返しによる活動サイクル全てを対象とする,コンテンツ間の引用関係を利用した応用について述べる.

企業のプロジェクトや大学の研究室における知識活動は,ある一つのテーマについて長期間で取り組むことが多く,その中でチームの所属メンバーが増減する.そうしたときに,チームから抜けるメンバーが他のメンバーに引継ぎを行ったり,新たに配属されたメンバーに,チームの現在の活動内容を教えるといったことが必要になる.これらを適切に行うためには,抜けるメンバーが今までどのような経緯を経てどのような活動をしてきたのか,またチームがどのような経緯で現在の方針で活動しているのかということを正しく把握しなくてはならない.そのためには,そのメンバーあるいはチームの活動の中で作成されたコンテンツであるメモやミーティング記録を参照しなければならないが,活動が長期間に渡ると,作成されたコンテンツが膨大なものとなり,どれをどのような順で参照すべきかを適切に判断することが困難である.

この問題に対して,本システムによるコンテンツの作成およびコンテンツ間の引用関係の記録を応用することで,あるメンバーやチーム全体の活動内容を適切に,また効率的に振り返ることができると考えられる.具体的な手法としては,引用によって関連付けられたコンテンツ群に対して,引用の回数や引用の繋がりの長さを重要度として用いた要約や,関連付けられたコンテンツ群を1つの空間上にグラフで表現し,そのグラフを辿りながらコンテンツを閲覧していくといった仕組みが考えられる.これらの手法は,どちらも個人のみあるいやグループのみの活動だけでは収集できないコンテンツ間の文脈,引いては知識活動サイクルの文脈が必要となるため,本システムのように個人の活動とグループの活動の繰り返しによる知識活動サイクル全体を支援する枠組みがなければ実現が困難である.

7.2.4 本システムの運用と評価

本研究期間中に,5章で述べた実験中以外にも,我々の研究室において,本システムの運用が行われていた.TimeMachineBoardについては本研究期間以前からペンとリモコンを利用してミーティングを行っていたが,iSticky開発後はiStickyによる情報の入力および操作を中心としたミーティングへとシフトしていった.このiStickyとTimeMachineBoardを用いたミーティングは各プロジェクトで1週間に1度程度の頻度で行われるプロジェクトミーティングに活用されていた.その運用によって,研究開発だけを行っていては気づくことの困難な,様々な問題点や改善案などの貴重な意見を得ることができた.

5章で述べた通り,実験で利用したデータは1ヶ月間で行われた計9回のミーティングであった.実際の知識活動においては,数ヶ月や数年単位のプロジェクトや研究が行われることが多いため,更に継続的に運用を行い,データの収集と分析を行って研究に反映していくことで,研究をより有益なものにできる.また,本研究期間中は,筆者が所属する研究室内の学生および教員を含む一部の人間のみに本システムを利用してもらったが,他の研究室や他大学,一般企業などにも利用ユーザを拡大し,様々な状況での知識活動の支援に繋げていきたい.そうすることで,より多くのユーザに本システムを評価してもらい,パーソナルメモやボードコンテンツといった知識活動の中で生まれるコンテンツと,それらの間に存在する文脈情報を蓄積していくことができる.そうして長期間,広範な環境で蓄積されたコンテンツと文脈情報を分析することで,「知識活動を効率良く行うためのヒューリスティクス」や「新たな知識活動サイクル」を見つけ出し,より適切な知識活動を行うための知見を見い出すことができると考える.

謝辞

本論文の執筆にあたり,指導教員である長尾 確教授のご指導をはじめ,多くの方々から多大な御指導,御鞭撻を賜りました.ここに,心から深く感謝の意を評します.

中でも,指導教員である長尾 確教授には,高等専門学校専攻科在籍中に大学院進学についてご相談にのっていただき,名古屋大学大学院情報科学研究科メディア科学専攻へ進学するきっかけをくださいました.また,日頃から研究者としてあるべき姿勢や持つべき心構えの御教授をはじめとして,研究に関する貴重な御意見や論文執筆に関する御指導など,研究全般に関する多くの御指導,御鞭撻をいただきました.心より御礼申し上げます.

松原茂樹准教授には,研究室全体のゼミを通して,様々な観点からの貴重な御意見や御指摘をいただきました.ここに御礼申し上げます.

大平茂輝助教には,研究室全体のゼミやプロジェクトゼミの中で,数多くの貴重な御意見や御指導をいただきました.また,研究に関する様々な相談に対しても,積極的な御指導をいただき,大変御世話になりました.

同研究室のOBで,現在諸方面で御活躍中の諸先輩方,土田貴裕さん,森 直史さん,木内啓輔さん,井上泰佑さん,山本圭介さんには,ゼミや日頃の研究活動の中で貴重な御意見をいただき,大変御世話になりました.特に,土田貴裕さんと森 直史さん,木内啓輔さんには,ディスカッションマイニングプロジェクトの先輩として,研究の進め方をはじめとして多くの貴重なアドバイスをいただきました.

同研究室博士後期課程の石戸谷顕太朗さんには,同プロジェクトリーダーとして研究やプログラミングについての多くの御意見と御指導をいただきました.また,研究だけではなく,日常的な事柄についてのアドバイスをいただくなど,研究室での活動において多くの助力をいただき,大変御世話になりました.

同研究室博士前期課程の渡邉賢さん,研究生の棚瀬達央さん,学部生の尾崎宏樹さん,川西康介さん,矢田幸弘さんには,ゼミ等で貴重な御意見をいただき,研究室での活動を行う上で大変御世話になりました.特に川西康介さんには,同プロジェクトメンバーとして,プロジェクトゼミにおいても様々な御意見をいただきました.

同研究室秘書である鈴木美苗さんには,研究生活や学生生活を進める上で,様々な面で御支援をいただき,大変御世話になりました.

最後に,研究活動に理解を示し,日々の生活を支えていただいた両親をはじめとする家族に心からの感謝の意をここに表します.