内容の印象度に基づくインタラクティブな要約を用いたスライド推敲支援システム

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竹島 亮
名古屋大学 大学院 情報科学研究科
大平 茂輝
名古屋大学 情報基盤センター
長尾 確
名古屋大学 大学院 情報科学研究科

概要

研究者にとって、自身の研究成果を口頭発表することは重要なタスクである。発表に用いるスライドは研究内容の理解に大きく影響を与えるにも関わらず、その推敲は容易ではない。スライドの完成度をスライド作成者自身の評価観点のみで評価すると、スライド作成者が伝えたいと考える内容と、スライドの表層から受ける客観的な印象との間に齟齬が発生する場合がある。その齟齬は、聴衆の理解を阻害する原因となるため推敲の必要がある。そこで、本研究では、機械的な処理であるスライド要約を、スライド作成プロセスの一部として組み込むことにより、印象と内容の齟齬に自主的に気づいてスライドの推敲を進めることのできる仕組みを実現した。

1 はじめに

研究活動には、自身の研究内容や成果を発表するというプロセスが含まれる。研究者は、発表することにより自身の研究を世に周知させることができる。口頭発表は発表の手段の一つである。良い口頭発表ができるということは、研究者にとって重要なスキルである。良い口頭発表とは、発表内容を聴衆に効果的に理解してもらえる発表のことであり、そのためには、その場での話し方は重要ではあるが、発表に用いるスライドの完成度も大きな影響を与える。プレゼンテーションのためのスライドを作成する方法として、論文をもとにスライドを自動生成する研究[1]や、会議コンテンツを元にしてスライド作成を支援する研究[2]が行われてきた。これらの研究により、ある程度の完成度を持つスライドを作ることは容易になったが、作成したスライドをそのまま発表に用いることはできず、引き続き人手で推敲する必要がある。

一般的に推敲は容易ではない。推敲のためには、作成物に問題点があることを認識できる必要がある。しかし、作成者自身では、思い込みなどの作用により主観的に作成物を見てしまい問題点に気づくことが難しい。スライド作成においては、文の書き方や配置、装飾など、様々なことに気を配る必要が有る一方、文章に比べ作成機会が少ないため、問題点に気づくスキルが向上しにくい。スライドにおいて、問題となっている箇所を客観的に指摘し、問題点に気づかせることが出来れば、スライド推敲の助けになる。

コンテンツの構成要素の重要度を計算し、重要度の高いものを抽出する技術として、自動要約がある。自動要約は、コンテンツ作成者の意志とは関係なく、機械的な処理によりコンテンツの要素に客観的に重要度を付加することができる。本研究では、スライド要約技術を用いて、スライド推敲を支援する。

2 推敲のためのスライド要約

スライド推敲が容易でないのは、スライド作成者自身がスライドを評価する必要があるからであり、思い込みなどの主観的な作用により、スライドの完成度を客観的に正しく評価することができないからである。スライドには文や図、表などの要素が様々な特徴をもって存在するため、スライド中の個々の要素の重要度を総合的に判断するのは難しい。そこで本研究では、インタラクティブなスライド要約技術を用い、個々の要素の重要度を機械的に算出する。

スライド要約では、聴衆がそのスライドを予備知識無しで見た時に、どの要素が印象に残りやすいかを考慮して抽出要素を選択する。ここで、要約結果として、自身が伝えたいと思っている内容を含む要素が抽出されなかった場合、その要素は聴衆の印象に残りにくいと判断されたことを意味し、推敲が必要であることに気づくことができる。

3 スライド要素の印象度

スライド要素の印象度とは、聴衆がそのスライドを予備知識無しで見た時に、その要素がどの程度聴衆の印象に残りやすいかを表す。印象に残りやすい要素と、スライド作成者が重要だと思っている要素が一致していることで、聴衆にスムーズに重要なことを伝えることができる。要素の印象度は、要素のレイアウトの他に、要素内容や説明の仕方も影響をうけるが、レイアウトのファクターが大きい。

印象度に影響を与えるスライドのレイアウトの特徴として下記の6種類を挙げ、それぞれがどの程度印象度に影響を与えるかを調査した。配置に関する特徴として

  • 左上と右下
  • インデントによる親と子
  • 要素間に間隙が有る場合の上と下

また、装飾に関する特徴として

  • 文字の色が違う要素
  • 文字の大きさが大きい要素
  • 太さが太い要素

を設定した。

図に示すようなスライドを用い、12人の被験者に対して調査を行った。強い印象を受けた順に要素を選択してもらい、統計を取った。

3.1 配置に関する特徴

配置に関する各特徴が印象度に与える影響の強さを表1に示す。

表1:
左上1.00
0.95
間隙有り-0.17

すべての被験者が、より左上にある要素に強い印象度を持つことがわかった。また、子より親により強い印象度を持つことがわかった。要素間に他とは違う大きさの間隙がある場合に限って、下にある要素のほうが強い印象度を持つ場合があった。

3.2 装飾に関する特徴

装飾に関する各特徴が印象度に与える影響の強さを表2に示す。

表2:
0.96
大きさ0.71
太さ0.33

標準の文字色と違う色の文字を含む要素が、最も印象度が高くなった。大きさを大きくした場合、書体をボールド体にした場合と続いた。

4 スライド要約手法

本研究では、スライド要約に活性拡散を用いる。活性拡散とは、グラフ構造に基づき活性値を伝播させていくことで重要なノードを算出する手法である。個々のノードが活性値を持ち、ノード間のリンクを通じて他のノードへ伝播する。伝播は活性値の変化が収束し平衡状態となるまで行われる。スライド要素は、印象度の関係からグラフ構造を構築できる。活性値をスライド要素間で伝播させ、平衡状態となった活性値をその要素の印象度とみなす。まず、文字数をもとにして、すべての要素に活性値を与える。次に、スライド要素同士に適切なリンクを構築し活性値を伝播させる。最後に、活性値に基づき要素の印象度を計算し、印象度の高い要素を抽出することでスライドの要約を得る。

スライド要素の印象度は、要素の配置や装飾に影響を受ける。インデントからわかる要素の親子関係や上下左右の位置関係などから、要素間にリンクを構築し、また、印象度の調査により判明した影響度を元に、リンクに重みを付加し活性値の伝播に変化を与える。

5 プロトタイプシステム

2013011008352866

図1: 2013011008352866

構築したプロトタイプシステムを図3に示す。図3aは要約ビューである。要約結果の提示と、要素間のリンクが可視化される。図3b・cは、要素と語のリストであり、それぞれの活性値とそれに基づく重要度の順位が提示される。

スライド要約による推敲では、要素ごとの相対的な重要度の差を知る必要がある。インタラクティブに要約率を変化させ、要約結果をリアルタイムに提示することで、要素同士の重要度の差を認識でき修正すべき箇所を認識できる。また、修正すべき要素の重要度が決定される根拠となったリンクや語を提示することで、より詳しく説明すべき内容を知ることができる。

6 おわりに

本研究では、スライド要素のレイアウトにおける印象度への影響力の調査結果と、印象度への影響力を用いたスライド推敲のためのスライド要約手法を提案した。スライド要素に適切にリンクを構築し、活性拡散を行うことで印象度を算出し、スライドの要約を生成する。また、要素間のリンクおよび要素と語の重要度を提示し、インタラクティブに要約率を変更できるインタフェースを用いることで、スライド推敲を支援する。

今後の課題として、実装したシステムの評価実験を行う。また、スライド要約がスライド推敲に与える効果を分析しそれと同様の効果を一般のコンテンツにもたらす手法を考案し、一般的なコンテンツの要約がそのコンテンツの推敲に与える影響について考察する。