創造的議論の再利用を促進するカジュアルミーティングシステムに関する研究

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伊藤 周
名古屋大学 大学院 情報科学研究科 メディア科学専攻

概要

企業におけるプロジェクトや研究室における研究グループでは、ある特定のテーマに関する議論を継続的に行い、 多様なアイデアを募り、考察を深め、問題解決を目指す知識活動が行われている。 研究活動のように、従来の手法では解決が困難な問題に取り組む場合には、発散的思考や収束的思考により斬新なアイデアを求める行為が行われている。 個人で考えるだけでなく、他者を交えて意見交換を行うことにより、問題を多角的に分析し、より良い解法を得られると期待できる。

本研究では、知識活動における会議の中でもこの発散的思考と収束的思考を行う創造的議論に着目した。 ホワイトボードを用いた会議形式に特化した議事録作成支援をすることで、 創造的議論の成果を再利用可能にする仕組みについて考察し、その結果に基づきシステムを構築した。

創造的議論の成果を活用するためには、議論内容をその文脈も含め詳細に把握する必要がある。 本システムで暗黙的に獲得できる映像・音声の情報とホワイトボードのストローク情報に加え、議論中に参加者が手動で付与する 時間情報やテキスト情報を組み合わせ、半自動で議事録に構造情報を付与する手法を提案した。 音声・映像情報を用いることで、議論内容を詳細に確認することは可能であるが、それだけでは閲覧をするために多くの時間が必要となる。 そこで、映像・音声に対してインデックス情報を付与するとともに、要点を列挙した構造情報を記録することにより、 より短時間で詳細に議論内容を把握することを可能とする。 このとき、ストローク情報を利用し構造情報を付与する手間を減らすことで、創造的議論を妨げることなく議事録を作成することが可能になる。

また、「リフレクション(Reflection)」と呼ばれる、議論後に短い時間で内容を確認する手法を採り入れることで、 より効果的なインデックスの付与が可能になることを、実験によって確認した。

本システムを用いて記録された議事録を閲覧する際には、 要点を一覧から選び、関係付けられたホワイトボードの図や文字と、必要に応じて映像・音声を閲覧することで、 議論の概要を確認することができる。 また、ストローク情報やキーワード情報は時間情報とともに記録される。 発話区間やタッチセンサを用いて付与した時間情報と合わせることにより、映像・音声を検索するための手がかりとして利用できる。

1 はじめに

\label{Introduction}

意見交換の場である会議を行うことで、他者から新たな意見を取り入れることができる。自分とは違う観点から物事を考える手助けになり、自分の考えを洗練し、よりバランスのとれた知識活動を行うことができるようになる。一人では考えに煮詰まっている場合でも、会議に諮り意見を集めることで困難な問題を解決できる可能性が飛躍的に高まる。多人数で知恵を合わせることで相乗効果を起こし、より良い成果を得ることが期待できる。

その効果を期待し、我々は様々な会議を行っている。本論文では知識活動として研究活動を対象としているが、そこでは研究成果を発表し意見交流を図る会議や、研究の途中で問題点や解決方法を分析するために研究グループ構成員の意見を集めるための会議、定期的に進捗や仕事分担を打ち合わせる会議などが行われている。これらの会議は目的に応じて異なる方法で進められる。例えば会議参加者が発表をするのは、研究報告では発表者が発表を終えた後に質疑応答を行う方法が一般的であり、問題解決や分析を目的とする場合は随時質疑を行うなどの違いがある。

会議は様々な理由により効果が挙げられないことがあるため、その運営方法には注意が払われてきた。例えば議論すべきことに絞って発言をしないと、会議に必要な時間が長くなってしまう。同時に何人も話すと聞き分けられなくなってしまうため、会議では参加者は一人ずつ順番に話す必要がある。したがって、時間の決められた会議では参加者が発言できる回数に制限があり、また参加者が多く発言するほど会議に必要な時間が長くなってしまう。そのため、優先して議論すべきこと以外の事について長々と話をしてしまうと、本来議論すべきはずのことが議論できずに残されてしまう。また問題提起が曖昧過ぎても、何を議論すべきか理解できずに参加者の発言を引き出すことができなかったり、逆に議論がまとまらずに結論が出せなくなってしまい、会議を有効に活用できなくなってしまう。これらの問題は、参加者同士で考え発言し合うという会議の性質上、参加者の人数が多くなるほど深刻になる。

そこで事前に議事計画を立て、会議の資料を準備し、効率よく議論を行う必要性が指摘されている。そのために事前に会議を行い、参加者の意見を募る行為が行われている。あらかじめ意見を集め、議論の要点や解決策について見当をつけることにより、後の会議において効率よく議論を行うことができる。前者の会議における議論は、参加者が創造的思考を行うことで意見を出し合うので、創造的議論と呼ぶ。それに対し、後者の、より深い議論を行い議題を洗練させていく会議を洗練段階の議論と呼ぶ。

従来、創造的議論の成果はあまり有効に活用されていなかったと思われる。洗練段階の議論では、議題に対して結論が出るなど成果がわかりやすいが、創造的議論では、常に結論が得られるわけではない。また、多人数で行う場合は、議論の脱線などは会議時間に与える影響が大きいため、問題視されやすいが、創造的議論は少人数で行われるため、会議運営が効率的に行われなくても問題視されにくく、問題が残されたままになっている。しかし、一回の会議あたりの問題が目立ちにくくても、会議の回数が増えるほど知識活動に与える損失は大きくなってしまう。議論の成果が有効利用されないと、参加者がやる気を喪失してしまい、さらに会議が悪くなるという悪循環に陥ってしまう。

創造的議論における成果とは何か。議論の成果というと、洗練段階の議論における成果を連想し、導かれた結論や新規提案などに焦点を当てがちである。もしくは、いかに短い時間で多くの提案を得られるかというしかし、創造的議論では、参加者より得られる意見はアイデア、つまり問題提起に対する解決策や仮説だけではない。そのアイデアに至る過程も、より良いアイデアを生み出すための重要な情報である。あるアイデアに対し参加者より得られた意見は、そのアイデアを評価する根拠になり、後の会議で議論を行う際に利用できる。

発想段階の会議で参加者より得られた意見は、議事計画を立てる際の判断材料として、また後の会議で議論を制御するための記録として役立つ。この会議で得られたアイデアを後の洗練段階の議論で吟味するためには、得られたアイデアを検討し、議論すべきことを絞り込む必要がある。そのためには事前にアイデアの優劣や問題点などを評価する必要がある。このときに、発想段階の会議で得られた根拠や評価を利用することでことができる。また、事前に行われた議論を提示することで、同じ議論を繰り返すことを防ぐことができるため、議論の時間を短縮することができる。

会議を少人数で行ったとしても、会議を効果的に利用できない問題点が生じる。それは、参加者が会議内容を忘れてしまい、良い意見や議論が有効に活用されにくいことである。会議内容の忘却を防ぐために、参加者各々がノートなどに記録を書きとめるといった工夫がなされてきた。しかし、ノートや議事録を用いたテキストベースの議事録では会議内容を想起するのに十分な記録を得ることが難しい。また、会議後に議事録を書き起こす手間は非常に大きい。参加者からより多くの意見を引き出すために、創造的会議は手軽に行えるべきである。会議中に、より少ない手間で、参加者から得られた評価や根拠などのアイデアを抽出して記録する必要がある。

そこで本論文では、創造的会議をマルチメディア議事録として記録し、議論で得られたアイデアや根拠を抽出し構造情報として付与することで、会議で得られた成果を手軽に活用できるカジュアルミーティングシステムの構築を行った。本システムは、図のように3-5人程度の人数でホワイトボードに文字や図を描きながら行われる形式の会議を対象としている。

対象とする創造的会議の様子

図1.1: 対象とする創造的会議の様子

本システムは参加者が図を描くホワイトボードと、描いた図や過去の議事録を参照するための大型ディスプレイで構成される。本システムを用いて会議を行った場合、会議の映像・音声に加え、参加者がホワイトボードに描いた図など議論中のさまざまな活動の時間情報が自動的に記録される。また、会議中や会議直後に、会議中の過去の時間に対し時間情報を記録することができる。その時間情報には、図の一部を抽出して関連付け、テキスト情報を付与することができる。関連する議事録を記録することができる。本論文では、これらの情報を関連付け時間情報を付与した記録のことをマークと呼ぶ。参加者は会議直後に、ホワイトボードに描いた図と会議中に記録した時間情報を利用し、会議の要点をマークとして時間情報を抽出する作業を行う。本論文ではこの作業のことをリフレクション(Reflection)と呼ぶ。本システムは、参加者のより自由な発言を抑制しないように、会議中に議論をまとめる作業を強制しない。結論の出ていない議論を記録するために、リフレクションでは会議の結果をまとめるのではなく、ただ会議で話し合われたことを抽出する作業にとどめる。

本システムでは会議中に獲得した記録を利用し、リフレクションによりマークを付与することにより、議事録の概要把握と詳細確認を支援する。忘却してしまった会議の内容を短時間で把握することで、その会議の内容を詳細に把握するかどうか判断する手がかりとすることができ、必要な議事録を検索する時間を短縮することができる。ホワイトボードに描いた図と、マークとして抽出した図の部分およびマークに関連付けた議事録に含まれるキーワード情報を列挙することで、会議で話し合われた要点を把握する支援を行う。そして、時間とともに忘却してしまう発言の詳細を見直すことで、会議の経緯について確認ができるようになる。図の描画履歴、マークの時間情報と議事録を検索した情報を利用し、会議直後に参加者が残しておくべきアイデアとそのアイデアが話し合われていた時間区間を指定することで、アイデアや根拠の詳細について容易に会議映像を参照し詳細を把握することができる。

会議のマルチメディア議事録を作成する研究は古くからおこなわれている。会議の映像および音声情報のみを動画として記録しただけでは、視聴に時間がかかり過ぎてしまう。そこで、会議映像の時間と同期してその他の情報を記録する試みが行われている。

一つは、映像および音声情報を解析し、参加者の挙動や音声の変化を抽出したものを利用する方法である。これらの研究では、会議の様子を撮影した映像と音声を解析し、会議参加者の挙動や音量の変化をイベントとして抽出することで、動画を閲覧する際の手がかりとして利用している。また、会議の議事録を音声認識により作成し、インデックス化を行う研究がある。この研究は本研究と同様に創造的議論を対象とし、音声認識による議事録の書き起こしを行っている。しかし、これらの手法では、パターン認識の精度に限界があるため正確な情報が得られず、現在のところあまり実用的ではない。さらに、参加者の挙動や音声の変化が必ずしも議論内容に合致したものではないため、議論構造や会話の文脈などの意味を考慮した解析を行うことが困難である。したがって、会議で得られたアイデアや議論の経緯を検索する手がかりとして利用しやすいとは言えない。

マルチメディア議事録の作成を行う研究として、IBISやディスカッションマイニング等がある。これらの研究では、議論構造の獲得と議事録の検索・要約などの応用を目標としている。ディスカッションマイニングでは、発言の開始および終了の時間や発言内容を詳細に記録することで、会議映像の検索を効率よく行うことも目的としている。会議の議論構造を議事録に記録する方法では、人間が発言の意図や議論構造を判断するため、正確で詳細なデータを付与できる。しかし、極めて手間がかかるという問題点がある。実際、gIBISでは議論構造に関する議論が起こるなどの問題が起きている。参加者が発言時に議論構造を考えるのは難しいことであり、発言を抑制する影響があると考えられる。洗練段階の議論を対象とした場合には、議論構造を記録することは有効であると考えられる。しかし、発想段階の会議では、そもそも会話に議論構造があるとも言い難く、記録する手間に見合う利益が得られるとは言えない。

さらに、議論で得られた意見を、他の会議において再利用する方法が研究されている。この研究では、過去に行われた会議における発言の記録を、新たに議論を行う際の手がかりとして利用している。例えば、同じ研究室内における複数の研究グループで会議を行う場合では、類似した議題について議論を繰り返し行うことがある。その場合に、会議参加者が過去に類似した議論を行った経験があるならば、会議ごとに一から考え直すのではなく、その時の会議記録を参考にすることで、より議論を深めやすくなると考えられる。

洗練段階の議論だけでなく、創造的議論も記録対象として含めることで、個人あるいは集団の知識活動全体を計算機の処理対象とすることができる。創造的議論を含めた過去の議論内容を参照し、他の会議の議事録や資料と関係付けを行うことで、アイデアの変遷を調べたり、保留されたアイデアを調べたりすることができるようになり、研究活動の履歴を活用するなどの応用が可能になると考えられる。

本論文では以上の考察に基づき、発想段階の会議成果を活用するために必要となる、議事録の作成および閲覧支援に関する研究成果について述べる。

本論文は本章を含めて8章から構成される.第2章では、研究活動の中で行われる創造的議論について、その特徴と議事録作成時の問題点について述べる。第3章では、2章で述べた創造的議論に対し、マルチメディア議事録を作成することで支援を行う手法について述べる。第4章では、3章で述べた考察を基に、創造的議論に特化した会議記録システムについて提案する。第5章では、獲得した会議記録の利用方法を述べる。第6章では、本システムを用いて記録した議事録を利用することで、議論内容の把握を効率よく行うことができるか検証する。また、本論文で提案するシステムのインタフェースが利用しやすいものかどうかを検証する。そして第7章では、本研究の関連研究について述べ、最後に第8章で本論文をまとめ今後の課題について述べる。

2 創造的会議とは

\label{SupportingCreativeMeeting}

本研究では、研究活動における会議の中でも特に創造的議論を行うものに着目し、その成果を再利用する支援を目標としている。そのために、まず研究活動の中でも知識活動がどのようなものか、特に創造的思考がどのようなものであるかを明確にし、創造的議論が生み出す成果について明確にする必要がある。本章では、まず第節において、個人の知識活動のモデルと創造的思考について関連研究を参考にして述べる。次に第節において、創造的議論について述べる。第節では、創造的議論の成果と、それを再利用する際の問題点について述べる。

2.1 研究活動における創造的思考

\label{CreativeThinkingOnResearchActivity}

人が何か問題解決や発明を行う際に、より短期間でより良い解決策を生み出すために、人間の知識活動を分析しモデル化を行い、思考方法についての方法論を提案する研究がなされてきた。個人の知識活動をモデル化した研究にはさまざまなものがあるが、本論文では國藤の提唱するモデルを前提とする。このモデルでは、知識活動を「発散的思考、収束的思考、アイデア結晶化、評価・検証」からなる4つのサブプロセスに分解している。そして、川喜多の提唱するモデルと対比し説明している。以下に、文献を引用し、説明を加えてこの4つのサブプロセスの概要を説明する。

\subparagraph{発散的思考}発散的思考は、川喜多のモデルでは問題提起と現状把握に対応する。問題提起から始まり、与えられた問題の関連情報を360度の角度から分析することで現状把握を行う。ブレインストーミングのように、多角的な視点から情報を収集する。

\subparagraph{収束的思考}収束的思考は、川喜多のモデルでは本質追及に対応する。発散的思考により得られた情報を取捨選択し、本質的情報を抽出し、複数の候補仮説を生成する。

\subparagraph{アイデア結晶化}アイデア結晶化は、川喜多のモデルでは仮説評価・決断に対応する。収束的思考により絞り込んだ複数の候補仮説を直観的に評価し、問題解決に最も有効と思われるものを採択する。

\subparagraph{評価・検証}評価・検証は、川喜多のモデルでは構想計画から総括・味わいまでの部分に対応する。アイデア結晶化により採択された仮説を基に実現可能な具体策を求め、仮説が正しいか検証し、知識を修正する。

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小橋は、人間の思考を創造的思考と批判的思考に対比させ、創造的思考はある問題に一つ以上の斬新な解を見つけ出す認知的活動であり、批判的思考はただ一つの適切な解や仮説を導き出す試行であると述べている。また広い意味では批判的思考は創造的思考を構成する要素でもあり、狭義では創造的思考と批判的思考はいわゆる発散的思考と集中的思考に対応していると述べている。集中的思考と収束的思考が同じであるとするならば、研究活動は認知的活動と試行により成り立つ。本論文の創造的思考は小橋の定義する広義の創造的思考に該当し、発散的思考と集中的思考を含むものであると言える。

つまり、発散的思考は問題に対し解決策を模索する段階であり、解の候補となるべきものを数多く考えだす段階である。まずはとにかくアイデアを数多く出すことで、より良い解を得られる可能性を上げる。収束的思考は、発散的思考により得られた候補の中からより良い物を絞り込む段階に対応する。発散的思考と収束的思考の繰り返しを行うことで、より優れた解が得られるようになる。本論文では、発散的思考と収束的思考を合わせて創造的思考と呼ぶ。

本論文で対象としている研究活動では、新しい問題や解決策を考えることを繰り返す。新たな問題に取り組むためには、従来の手法をそのまま適応するだけではなく、何かしらの工夫が必要となる。そのため、このモデルにおける発散的思考や収束的思考、アイデアの結晶化や評価・検証というサブプロセスが行われる。

2.2 研究活動における創造的議論

\label{CreativeDiscussionOnResearchActivity}

創造的思考において、一人ではより良い解が考え付かなかったり、評価の基準が明確にできないなど考えが煮詰まってしまうことがしばしば起こる。そのような場合には、同じ研究グループ内の人など他の人と会議を行い意見を集める行為が行われている。例えば、研究の途中で研究グループ構成員の意見を集めるための会議では、問題点や解決方法を分析するために発散的思考により問題点などを列挙し、収束的思考により問題の本質やより良い解決策を絞り込むことが行われる。考えが煮詰まったときに、3人から5人程度の人に集まってもらい、ホワイトボードを用いながら問題を説明し、意見を募るような会議である。

この会議では、発散的思考と収束的思考からなる創造的思考が複数人により繰り返し行われる。神田らは、グループによる発想法では個人による発想法で行われる発散段階と収束段階に対し、他者から評価が行われ、よりよいアイデアを求める行為が行われると述べている 。つまり、他者が発言した内容を聞き、個人が発想的思考や収束的思考を行い発言し、他者がそれに対し同じように発散的思考や収束的思考を繰り返すということである。

これに対し、研究成果を発表し意見交流を図るような会議では、収束的思考とその後のアイデア結晶化と評価・検証について、発表者の考え方が妥当か吟味する。10人あるいはそれ以上の人に集まってもらい、スライドを用いながら考えを説明し、問題がないか確認するような会議である。

章では、前者を創造的議論、後者を洗練段階の議論と呼ぶと述べた。創造的議論を行う会議を創造的会議、洗練段階の議論を行う会議を洗練段階の会議とすると、両者の会議と知識活動のプロセスは図に示すようになる。

研究活動における知識活動のプロセスと会議

図2.1: 研究活動における知識活動のプロセスと会議

創造的議論と洗練段階の議論の最大の違いは、議論する目的である。洗練段階の会議では、アイデア結晶化や評価・検証を行うこと、つまり選んだ解が妥当であるかを議論することが目的である。それに対し、創造的議論では、その前の段階の創造的思考を行うこと、つまりより良い解を模索することである。この目的が違うため、会議の行い方も異なる。

章で述べたように、時間的な制約があるため、適切な方法で行わないと議論の成果が上がらない。洗練段階の会議では、仮説が妥当であるか検証するために、論理的な思考を中心に行うべきである。したがって、無暗に発言するのではなく、慎重に議論構造を整理し発言を行うべきである。すなわち、無用な発言を省き、重要な発言のみ許すように抑制することが望ましい。そのため、洗練段階の会議を効率よく行うためには、それまでの創造的思考の結果がまとめられていて、参加者間で速やかに共有できる必要がある。背景知識や問題意識が共有されていなければ、議論がかみ合わなくなってしまう。

新たに考え始めたばかりの問題については、創造的思考が十分に行われておらず、効率よく会議を行うために十分なほどの準備がなされているとは言えない。そこで、創造的議論では、参加者から意見を募り創造的思考を行うことで候補仮説を考え、洗練段階の会議の準備をする。創造的議論では、発散的思考を促進するために、アイデアの数を増やすべきである。そのためには、洗練段階の会議のように発言を重要なものに限るのではなく、自由な発言を促進すべきである。

2.3 創造的議論の再利用とその問題点

\label{ProblemOnCreativeDiscussion}

創造的会議においても時間的制約という問題がある。しかし、洗練段階の会議と異なり、事前に議事計画を決めることは難しく、議長が議論を制御することは発言を抑制するため適していない。

そこで、発想支援の研究では、発散的思考を行う会議を対象とし、限られた時間の中で効率よく参加者から意見を集めるための会議運営の方法や計算機による支援に関する研究がされてきた。例えば、複数人で同時に入力できるテキストエディタを利用する方法や、複数人でKJ法を行えるようにするカード操作ツールKJエディタやGrIPS等がある。これらの研究は、短時間で多様な意見を集めることに主眼をおき、発言の敷居をさげ自由に発言できるようにしたり、既存のアイデアを加工することで新たなアイデアを生み出しやすいようにし、参加者の発言数を増加させることにより多様で多量の意見を集めることを目指している。

ところが、発散的思考を支援するだけでは、創造的議論における成果を活かしきれるとは言い難い。議論の成果というと、結論を導くことができたか、議決できた数が多いか、議論時間が短くなったかなどに焦点が当てられがちである。例えばBrainstormingの場合では、限られた時間の中で参加者が出した意見の数や多様性にのみ焦点が当てられている。しかし、重要なのはそれだけではない。議論の経緯もより良いアイデアを生み出すための重要な情報である。

章でも述べたが、創造的議論では、参加者より得られる意見はアイデア、つまり問題提起に対する解決策や仮説だけではない。そのアイデアに対する評価も得られる。神田らは、文献の中で次のように述べている。\begin{quotation}発想をグループで行う利点は、他の人が出したアイデアを知ることができる点と、自分のアイデアに対する他の人の評価を知ることができる点にある。(中略)評価は肯定的なものばかりではなく、否定的な評価もあれば無視されるという形の評価もあり得る。経験によれば、賛同より否定的な評価を受けたときに、新しい発想を得るチャンスがある。相手を説得しようと工夫して説明しているときに、自分が口にしたアイデアが突然良いものであることにしばしば気がつく。\end{quotation}つまり、複数人でアイデアに改良を加える過程において、あるアイデアに対し参加者より得られた意見は、そのアイデアに対する評価を含む。改良案として述べられたアイデアは、そのアイデアが前のものより優れている理由も述べられているはずである。これらの評価は、後のアイデア結晶化の際に仮説を評価するための参考になる。また、アイデアの改良と評価が同じ議論の中で行われるということは、発散的思考と収束的思考が同時あるいは交互に行われるということでもある。このように、発散的思考と収束的思考を繰り返し、解の候補やその評価が得られ、より良い解が得られる過程を図に示す。

あらかじめ解の候補とその評価が得られると、後の会議では各々の案を比較しよりよい解を導くための議論に集中することができるようなる。創造的議論では、Brainstormingのようなアイデアを出す部分のみだけでなく、アイデアに至る過程も、より良いアイデアを生み出すための重要な情報であり、成果であると言える。

つまり、創造的議論の成果とは、ある問題に対し、その解の候補と、それらに対する主観的な評価である。解とは、解決策を求めることが目的であれば解決策のことであるが、問題分析が目的の会議であれば、より詳細あるいは具体的な問題点のことである。

創造的会議におけるアイデアの洗練

図2.2: 創造的会議におけるアイデアの洗練

これらの成果を再利用するためには、議論で得られたアイデアだけでなく、その経緯を確認する必要がある。そのためには、議論中に個人がメモで書き起こしたり、テキストベースの議事録を作成するだけでは不十分であり、映像・音声を用いて記録し閲覧できるようにする必要がある。

テキストベースの議事録では、会話内容を判断し書きとめる作業に時間がかかるため、議論中にその経緯を詳細に書き記すことは難しい。海谷らの研究によれば、書記が会議中に議事録を書き起こすだけでは議題の20%以上が記録されず議事録から抜け落ちてしまうと述べている。原因は議事録を書き起こすための手間によるものであり、専任の書記を用意しても議論中に不足なく議事録を作成することは難しいと述べている。発散的思考が阻害される恐れがあるため、記録のために議論を止めることも好ましくない。

それに加えて、会議後に議事録を書き起こす手間は非常に大きい。ハイパー議事録システムでは、60分程度の会議の議事録を作成するために7時間以上の時間をかけている。議論に含まれる知識が多く、それだけの手間をかけてでも再利用する価値のある議論であれば、むしろ詳細な構造化を行うべきである。しかし、創造的議論の最中に行われる発散的思考による発言のように、論理展開が明確でない議論を構造化することは困難であり、その構造から重要な知識が得られることは期待できない。問題提起や仮説について十分な整理がされていない場合には、議事録を書き起こし構造を付与することに手間をかけるより、創造的議論を繰り返し意見を集めた方が、客観的かつ多角的に分析ができるだろう。

議論の成果を再利用するために、映像・音声を記録したマルチメディア議事録が必要となる。映像・音声を記録することで、会議後に議論の経緯を確認することができる。しかし、映像・音声を視聴する際には、会議時間と同程度の時間が必要になるという問題点がある。従来のマルチメディア議事録の研究では、音声・映像と同期し発言時間などの情報を記録することでこの時間を短縮する試みが行われている。特に、発話区間や議論構造などの情報を付与した議事録は構造化議事録と呼ばれている。そこで次章では、従来の構造化議事録作成手法について検討し、創造的会議に適した議事録作成方法について提案する。

3 構造化議事録による会議支援

\label{SupprotingMeetingUsingStructuredProceeding}

章で述べたように、創造的議論の成果とは、アイデアつまり解の候補だけではなく、その解に対する評価など、議論の過程を含む。したがって、創造的議論の成果を有効利用するためには、文字だけの議事録だけでなく、映像・音声を記録したマルチメディア議事録が必要となる。

従来のマルチメディア議事録の研究では、議事録を構造化した情報を付与することで閲覧時間を短縮する試みが行われている。本章では、まず第節で従来の構造化議事録に含まれる情報について述べる。次に、第節で必要な情報を記録する際の問題点について述べる。第節では、不足する記録を補うためのリフレクションと呼ばれる手法について述べる。

3.1 創造的議論の記録

\label{RecordCreativeDiscussion}

議事録の閲覧者が議事録に求める機能は大きく分けて次の2つに分類できる。一つは、会議の概要を把握することである。忘却してしまった会議の内容を短時間で把握することで、その会議の内容を詳細に知るかどうか判断する手がかりとすることができ、必要な議事録を検索する時間を短縮することができる。創造的議論の場合では、どのようなアイデアが得られたかを一覧できることが求められる。もう一つは、会議の内容を詳細に知ることである。時間とともに忘却してしまう発言の詳細を見直すことで会議の経緯について確認ができるようになる。創造的議論の場合では、アイデアの評価やアイデアを改良する過程を確認できることが求められる。

従来の構造化議事録の研究では、詳細な議論構造の情報を付与することで概要把握を支援している。IBISやハイパー議事録システムでは、議論から論理関係を抽出し構造情報として付与している。そのため、議論をさらに詳細な発言という単位に分解し、それらの間の関係付けを行っている。議論展開を提示するだけでなく、議事録を自動的に要約することができれば、概要把握が更に容易になる。要約する度合いを変化させることができれば、必要なだけ詳細な情報を閲覧することができ、閲覧時間の短縮が可能になる。ディスカッションマイニングでは、複数の議事録からの重要発言の抽出や議論展開の頻度といった知識を抽出することを目的としている。そのために、参加者による投票や指示行為を記録するなど、より詳細な情報を議事録に付与している。複数の議事録を関係付ける情報を利用することで、より長期間の知識活動を支援することができるようになる。しかし、詳細な記録を付与するための行為が、参加者にとって大きな負担であることは明らかである。

創造的議論では、参加者が記録するための手間を負担に感じるないこと、その結果発言が抑制され議論が阻害されることがないことが重要である。記録した議論成果の再利用を促進することで、効率的に議論を深めることができるようになり、研究活動が支援される。創造的会議では、発言数を抑制し無駄のない議論を行うことや、詳細な情報を持つ議事録を作成することよりも、とにかく参加者から意見を集めることに集中すべきである。そのためには、議事録の意味的に正しい要約や集合からの知識発見という高度な応用を目指すのではなく、参加者が重要であると思った意見のみを的確に記録し、検索および閲覧可能にするべきである。

創造的議論を阻害することなく議事録を作成するために、従来の構造化議事録に含まれていた情報から取捨選択を行い、必要な情報に限り記録を行うようにする必要がある。まず、一般的なマルチメディア議事録および構造化議事録に含まれる情報について、それが創造的議論の成果とどのような関係があるのか、そして必要な情報であるか検討する。

マルチメディア構造化議事録には様々なものがあるが、代表的なものとしてIBISの議論構造とgIBISのような構造化議事録、そしてディスカッションマイニングで作成したマルチメディア議事録を想定している。ディスカッションマイニングは構造情報をもつマルチメディア議事録に関する研究である。筆者の所属する研究室で5年間にわたり運用されてきたため、運用可能なシステムとして比較するのに適している。ディスカッションマイニングでは、IBISの提唱する議論構造を参考にした独自の構造化を行っている。議事録に付与されている構造情報の例を図に示す。この中に含まれる情報は、次の7つである。

  • 音声・映像情報

  • スライドに含まれる図や文字などの会議資料

  • ホワイトボードに描かれた図や文字のストローク情報

  • 発言内容を表す文章

  • 発言区間

  • 議論構造

  • 外部コンテンツとのリンク

従来の議事録の構造化の一例

図3.1: 従来の議事録の構造化の一例

\subparagraph{映像・音声情報\\}映像・音声情報は議論に含まれる知識の大部分を含むと考えられる。少なくともテキスト情報に含まれる記録はすべて含むと考えられ、会議内容を詳細に把握するために最も重要な情報である。映像・音声は時間軸をもつ情報として記録される。当然その中にはすべての発言が含まれるため、議論の成果もすべて含まれると考えられる。映像・音声情報を閲覧することは会議内容を想起するためにもっとも効果的な方法である。相槌や反論などの感嘆詞まですべてを文字情報として議事録に記録するとは考えにくいが、参加者から得られた意見が直観に合うものかどうかを評価するときには、このように文字では表現されない情報も有用であると考えられる。したがって、議論の経緯を把握するためには不可欠である。

\subparagraph{スライドや文章などの会議資料\\}スライドや文章などの会議資料は、その会議で議論すべきことや、その順序および優先順位、時間の見積りなどの議事計画を含む。それが参加者に対し事前に配布されるものであれば、会議に参加するために必要な議論の背景や予備知識が含まれている。

議事計画に沿って議論を行う会議では、議論の成果を記録する際に参照先として利用することで、記録の手間を省いたり、構造を付与する手間を省く効果がある。スライドに含まれる見出しやシート単位、あるいはテキスト情報を利用することで、議事録の構造化や意味解析には有用であると考えられる。スライドに含まれるテキスト情報にはタイトルや見出し、箇条書きやインデントなどの簡単な構造情報が含まれる。シートの切り替えタイミングやシート内のアニメーションの切り替え時間を使用することで、議論を議題ごとに区切り、音声・映像を閲覧するための手がかりとして利用することができる。この切り替え単位と発言を関係付けることで、議事録に単純な構造を持たせることができ、音声・映像を閲覧するための手がかりとして利用できる。このようにスライドに含まれる情報を利用して議事録を作成することで、その手間を削減し、簡単な構造を持たせることができるようになる。

会議資料は創造的議論の成果がまとめられた形で表現されたものである。議論前にはそれまでの議論の成果を確認するために利用され、議論後にはその議論の背景や前提知識を確認するために利用される。つまり、これらは議論を効率よく行うためのものである。

\subparagraph{ ホワイトボードに描かれた図や文字のストローク情報 \newline}ホワイトボードには、会議で得られた意見やアイデアが文字や図的表現を用いて書き留められる。個人で覚書を作成することで会議内容を忘れにくくできるように、文字や図をホワイトボードに描き、参加者で共有することで、話の逸脱を防ぐことができると考えられる。

また、図を併用して話をすることで、意図をより正確に伝えることができ、議論が促進されると考えられる。形状や構造など言葉では表現しにくい事でも、図を用いて表現することにより、発言者は参加者に理解しやすく説明することができるため、参加者の発言を促進する効果もあると考えられる。図的表現を用いた発想法として代表的なKJ法やMindMapでは、空間的な配置を用いて発想を促進している。図や文字の配置を工夫して話をすることで、参加者の議論を促す効果も期待できる。

以上の理由から、特にスライドなどの発表資料を用いない会議では、ホワイトボードを使用することが一般的である。ホワイトボードにはキーワードを列挙したり、対比させたり、関係付けたりすることが行われ、説明の補足として図が描かれる。図や文字を用いてアイデアの連鎖や列挙構造を表現することがある。これらの一つ一つの図や文字が、その時の議論に関係したものであるため、その変遷は議論の流れを表現することになる。

に示すように、創造的議論の成果はアイデア同士を比較する表形式で得られることがある。その場合は、参加者がホワイトボードに比較表を描き議論をすることが望ましい。すると、図に示すように、アイデアやその評価について話している区間から、該当する映像・音声区間を探すことができる。

ストローク情報に含まれる時間情報の利用

図3.2: ストローク情報に含まれる時間情報の利用

このように、ホワイトボードに描かれた図形のストローク情報には、文字として解決策や評価の一部が含まれる可能性が高い。またその時間的変化は議論の成果に至る手がかりとして有用であると考えられる。したがって、議論の概要を把握するため、そして議論中に言及された図を知るためには不可欠である。描かれた図形は映像情報の中に含まれることもあるが、本論文ではストローク情報は時間情報をもつ点および線の集合として記録されるものである。

\subparagraph{発言内容を表す文章 \newline}音声・映像情報と同様に議論の成果そのものであるとも言えるが、ノンバーバルな情報は当然含まない。音声・映像情報と異なり閲覧時に時間と同期させて再生させる必要がなく、一覧性が高い。文法的に適正に記述された文章であれば、頻出語・重要語の抽出およびそれを利用したトピック分析だけでなく、自然言語処理による文章構造の解析や要約が期待できる。

マルチメディア議事録では、ストローク情報と同様に、入力時刻およびテキスト情報が記録される。構造化議事録では、後述するように、該当する発言に対応する発話区間に対応させ記録することで、どの発言の内容なのかを明確にする。トピック抽出や議事録間の関連抽出などの機械処理を必要としないのであれば、詳細なテキスト情報や発話区間との関係付けは必須ではない。

しかし、概要把握と、特に検索を行うためには、キーワードや要約文は不可欠な情報である。書記がキーワード情報を付与すると、議論中に出たキーワードの変化を知ることができる。また、キーワードからその発言が行われた時刻を知ることができる。したがって、議論の概要を把握する手がかりとなる。また、詳細を確認する際の手がかりが増える。そのため、議事録を閲覧する時間を短縮できる。さらに、テキスト検索により議事録を検索しやすくなる。

\subparagraph{発話区間 \newline}会議中に行われた発言の開始時刻と終了時刻を一組として記録したものである。発言内容と実際の発言を記録した音声・映像情報と他の情報を関係付ける対象として利用される。発言の内容を表す文章や発言の意図に関する情報、および後述する議論構造が関係付けられる。発話区間自体が何かしらの成果や意味を含むわけではないが、議論の成果を記録した映像・音声情報とその要約である文章や図形等を結びつけるものである。

議事録の要約や重要発言の抽出等、発言単位での計算が必要な応用を実現するためには不可欠な情報である。ディスカッションマイニングなどの構造化議事録で発言に対して付与している時間情報は、発言開始および発言終了の両方の時間である。これは議事録に対し議論構造を付与する際の単位となる、時間的な区切りとして用いるためである。時間的な区切りを行うことで、議論構造の要素に対応した発言の含まれる映像・音声が閲覧しやすくなると同時に、議事録の発言単位での再利用が可能になる。

音声・映像を用いて議事録を閲覧し内容を確認する目的に限れば必ずしも必須ではない。ただし、ある議論を始めた時間など、閲覧を開始する時間については必要である。また、およそどの部分を閲覧するべきかという手がかりも必須である。これらがなければ、映像・音声を視聴する際の手間を軽減することが難しい。しかし、人間が時間を調節しながら視聴しその内容を解釈することができるため、1秒単位の精度が求められるわけではない。

\subparagraph{議論構造 \newline}IBISやディスカッションマイニングなどの構造化議事録に関する研究では、議論構造を記録している。議論構造とは、参加者の発言を"問題提起"や"立場表明"、"賛成意見"などの要素に分類し、要素間の関係を付与したものである。マルチメディア議事録では、参加者の発話開始および終了時刻で時間を区切ることにより分割し、一つの発言として扱う。一つの会議から複数の発言を分割して取り出し、それらの間の関係付けを行う。

議論構造を付与する場合には、発言者はまず、自分が行おうとしている発言が問題提起なのか立場表明なのか意見なのかという分類を行い、さらに前に発言した人のどの発言に関係するのか、その発言に賛成なのか反対なのかという事を決定してから発言を行う必要がある。

議論構造を付与することで、議論の遷移や発言された内容同士の関係を明確にすることができるため、議論の整理や議論内容の要約に有効であると考えられる。論理的な議論展開があった場合には、その論理構造を含めて議論内容が記録される。

発散的思考のように直観的な発言を促進する創造的議論では、発言感の論理的な関係が不明瞭なまま発言が行われるため、議論構造が内容把握に有用であるとは考えにくい。そもそも、何を元に連想や発想が行われたかという関係は議論構造とは言わないため、議論構造を明確に定められない。したがって、議論構造を利用することはできない。

3.2 議事録作成時の問題点

\label{ProblemToMakeMinute}

節で述べた情報が多く含まれるほど、議事録を効率的に閲覧することができ、また要約や頻出語抽出などの応用が可能になる。しかし、前述したように、会議に関するこれらの情報をすべて記録することは非常に手間がかかり、創造的会議においては記録を強制することが困難である。創造的会議では参加者の発言を妨げることなく議論を記録し、会議後に成果を再利用可能にすることを主目的とする。そのために必要な情報に絞り、議論を妨げないような方法で記録を行うべきである。そこで第節で述べた情報が必要なものか、特に暗黙的に記録できない情報はどのように記録すべきかについて検討する。特に、映像・音声を効率よく視聴するために必要な開始時刻の情報と、検索および概要把握に必要なテキストの情報について検討する。

\label{ProblemToMakeMinute}

3.2.1 暗黙的に記録できる情報

\subparagraph{ 音声・映像情報 \newline}映像・音声情報を記録することは、会議中に会議参加者に何らかの行為を要求するわけではなく、発散的思考や発言を妨げる原因となりにくい。ほぼ暗黙的に記録を行うことのできる映像・音声は当然記録される。しかし、映像・音声を視聴し内容を把握するためには、議論の時間あるいはそれ以上の時間が必要となり、文字情報等と比べると一覧性が悪い。これだけでは記録を閲覧する手間が大きすぎるため、従来の手法と同様に他の情報も合わせて記録する必要がある。

\subparagraph{ホワイトボードのストローク情報 \newline}前項で述べたように、創造的会議では予め用意されたスライドや文章などの会議資料に基づき発言を行うべきではなく、会議中に文字や図を描きながら発言を行うべきである。参加者から意見を引き出すためには、会議中に参加者が会議内容を忘れてしまったり、話が逸脱することで何を話したかったのかわからなくなることを防ぐ必要がある。そのため、従来からホワイトボードに図を描くという行為がよく行われている。したがって、このホワイトボードに図を描くという行為を強制するために要する手間は極めて少ないと考えてよいだろう。そこで、参加者ホワイトボードに描く図のストローク情報を時間と同期して記録する。mimio \footnote{http://www.kokuyomimio.com/}や電子白板、タブレットやタッチパネルなどの装置を利用することで、参加者に負担をかけることなくストローク情報を自動的に記録することができる。

参加者はすべての発言をホワイトボードに書き出すわけではないので、ホワイトボードに描かれる図や文字などは、発言内容が省略あるいは抽象化されたものになる。そのため、この描かれた図や文字のみでは議論の成果を表現するためには十分ではいことは明らかである。省略あるいは抽象化される過程が参加者全員にとって普遍的なものでないと、会議内容を忘却するに従い描かれているものの意味がわからなくなる現象が起こる。そこで、ストローク情報と他の情報を関係付けることにより不足した情報を補い、議論の成果を再利用しやすくする必要がある。

\subparagraph{発話区間 \newline}手動でセグメンテーションを自動で行うのは困難であり、また記録の手間や障害が極めて大きい。会議参加者が会議中に付与をする場合は、その手間により発言が抑制されてしまう恐れがあるため、創造的議論においては実用上困難であると言える。

正確な区間の情報が必要なのではなく、映像・音声を視聴する際の開始点を推定するためにおよその区間が必要である。そこで、ディスカッションマイニングの場合と異なり、発言者が発言した意味的にまとまりのある文章を1つの発言とみなして開始時刻と終了時刻を記録するのではなく、連続して発話している部分を一つのまとまりとしてその区間の開始および終了時刻を記録する。この手法では、意味的にまとまりのある一つの発言が複数の発言に分割されることがある。この発話区間の情報は、映像・音声を視聴する際に無音区間を閲覧しないようにするため、また、会話の開始時刻を検索するために利用する。発言の意味や議論構造を利用するためではないため、意味的なまとまりをもつ発話を一つのまとまりとする必要はなく、これで十分であると考えられる。そこで音圧を用いた方法で自動的に発話区間の記録を行う。

3.2.2 手動で付与すべき情報

\label{DataToRecordManually}

\subparagraph{発言内容を表す文章 \newline}会議中の参加者の発言内容は本来記録すべき情報であるが、それをすべて書き起こすことは極めて困難である。発言内容に含まれる者のうち重要なものに絞り記録を行う必要がある。第章において、創造的議論の成果は解の候補と、その評価であると述べた。このうち、解の候補や絞り込みを行った結果については、参加者の間で合意を形成するために、ホワイトボードに記録し明示するのが望ましい。しかし、ホワイトボードに書いただけでは検索することが難しい。また、必ずしもホワイトボードに書かれるとは限らない。簡単に検索でき、概要把握を可能にするためには、解の候補と評価を発言内容から書き起こす必要がある。発言内容をすべて書き起こす必要はないが、あとから検索するための手がかりは残しておく必要がある。そこで、これらをキーワードあるいは短文にてテキスト情報として記録する。

\subparagraph{ 議論構造 \newline}前述のように、議論構造を付与することで、議論の遷移や発言された内容同士の関係を明確にすることができ、議論の整理や議論内容の要約に有効であると考えられる。しかし、gIBISの実験結果が示すように、議論構造を判断し適切に付与する作業は容易に行えるものではない。創造的会議の議事録は、会議参加者が閲覧して内容を想起することを主目的として記録する。そのため、議論構造を利用した要約などの応用より、議事録作成の手間を軽減し参加者の発言を抑制しない事を優先すべきである。そこで、議論構造のうち、映像・音声を視聴する際の手がかりとなる閲覧開始点に主眼を置き記録する。

会議で主に議論すべきことは何かという議題あるいは要点と呼ばれる単位については、それが議論を行う目的であり、かつ参加者が発言を行う際に常に考慮すべきことであるため、議論開始時には付与することができると考えられる。しかし、創造的議論においては、議論の結論が出る保証はないため、議論を複数の意味的なまとまりに正確に分割することは困難である。キーワードの入力頻度による要点の抽出手法では、解決策や、評価に該当する発言内容について、参加者が重要であると評価し、検索に利用するための情報を付与することができない。したがって、何らかの方法で映像・音声を視聴するための手がかりとしての構造情報を付与する必要がある。

\vspace{5mm}

上記のように、創造的議論の成果を記録するためには、議論中に記録可能な情報だけでは不足している。特に、議論の要旨である要点に相当する情報が不足している。問題提起に対する解決策およびその評価の組について、どのようなものが得られたかを一瞥できる情報が要点として記録されているべきである。その要点の情報から、映像・音声を視聴するための時間情報が取得できる必要がある。したがって、要点には映像・音声を視聴するための、開始時刻とおよその時間区間の記録が必要である。

節の発話区間について述べた部分でも言及したが、映像・音声を視聴するためには必ず開始時刻が必要である一方、終了時刻については必須ではない。およその該当区間の時間がわかれば、映像・音声を視聴し内容から判断して閲覧を続行するか中止するかを閲覧者が決めればよいからである。また、複数の要点が含まれる場合は、時間順に並べたときに、ある要点の終了時刻はその次の要点の開始時刻から類推することができる。

したがって、この要点に相当する記録、つまり会議の要旨についてのテキスト情報と、映像・音声を視聴するための開始時刻および時間区間の情報が不足していると言える。

3.3 リフレクションによる議事録の構造化

\label{StrucurizeMeetingContentInReflection}

節で示したように、創造的会議において議事録を作成するためには、議論中に暗黙的に記録できる情報だけでは十分でない。議事録作成の手間と、常に明確な結論が得られるわけではないという創造的会議の特徴により、議事録に必要な情報すべてを議論中に付与することは困難である。記録の手間が大きいために記録できない情報は、議事録を構造化し各々の情報を分類し関係付けることで補完し合い解決する。創造的議論の特徴に起因する問題は、議論の制御が難しいために、何を記録すべきか即時に判断できないことが原因となり起こる。しかし、会議後は時間が経過するにつれて議論内容を忘却してしまうため、記録する手間が増え、情報としても不正確になってしまう。そこで、議論直後に議論内容を振り返るリフレクション(Reflection)という行為を提案する。不足する情報を議論直後に付与する支援を行うことで、より手軽に、より詳細に創造的会議の議事録を作成できるようにする。

創造的議論では結論を出すことを必要としないため、複数の対立した意見が出た状態で議論が終わることがある。議論直後にその内容を想起し議事録を補完する作業では、そのような状態の議論について、結論をまとめて記録するのではなく、議論のありのままを記録する。つまり、どのような意見および評価が出たか、なぜ結論が出なかったのかを記録する。このような注意が必要な理由は、結論をきれいにまとめるために議論の続きを始めてしまうと、いつまで経っても結論が出ず、記録もできずに時間を無駄にしてしまうためである。創造的議論の目的は無理にでも結論を導くことではなく、なぜ結論が出ないのかを明確にすることである。したがって、議論後は議論の内容について、「ありのまま」をまとめて要約すべきである。この作業は「まとめ」であると言えるが、「まとめ」と表現すると、議論をまとめること、つまり結論を導くことであるという誤解を生じやすい。そこで、ありのままを省みること、議論内容を反芻すること、という意味合いを明確にするために、この作業を"リフレクション"と呼ぶ。

リフレクションでは、議論内容を詳しく想起し、要点を的確に記録する必要がある。議論直後とはいえ、議論自体の時間が30分から60分程度の長さになると、はじめの頃に何を話したかは忘却してしまっている恐れがある。そこで、会議中に自動的に記録した情報を利用して会議内容を閲覧することができるようにする。

また、会議参加者が複数人で会話を行い、お互いに記憶を補い合うことで、より正確に内容を把握できると考えられる。高取の研究によれば、同じ文章を記憶した2人の被験者がその内容を想起する際には、個別に行うより、2人でコミュニケーションを行いながら再生したほうが正答率は高くなる。これはコミュニケーションを行うことで、問題箇所を明確にして認識を深め、記憶を強化するためであると考えられている。そこで、リフレクションでは、参加者が映像・音声を視聴しながら互いにコミュニケーションを行いつつ議論内容を振り返り要点を記録する。

リフレクションにおいてすべてを詳細に記録しようとすると、結局従来の構造化議事録を作成することになり、手間がかかりすぎるために適切ではない。リフレクションでは要点に絞り記録を行う必要がある。リフレクションで記録すべき記録は、前述のように議論の要旨を表すテキストと開始時刻および時間区間である。

\subparagraph{議論の要旨を表すテキスト}議論の要旨を表すテキストは、議論中に付与することが困難であるため、議論直後に参加者同士で議論内容を確認して記録する必要がある。議論直後とはいえ記憶が曖昧になってしまう可能性があるので、議論内容を短時間で確認できる必要がある。そこで、会議中に自動的に記録した各種情報を利用して内容の想起および映像・音声の閲覧を支援する必要がある。

\subparagraph{開始点および時間区間}開始区間および時間区間を映像・音声で確認するのは時間がかかり実用的ではない。そこで、会議中に自動的に記録した情報を利用し、およその推定をした後に、必要に応じて映像・音声を利用し詳細を確認するようにすべきである。そこで、ストローク情報および会議中に書記が付与したキーワードに含まれる時間情報を利用する必要がある。第節で述べたように、ホワイトボードに描かれた図形のストローク情報には、文字として解決策や評価の一部が含まれる可能性が高く、またその変遷は議論の成果に至る手がかりとして有用であると考えられる。そこで、図に示すように、ホワイトボードに描いた図の一部を指定することでその部分の描画開始時刻と時間区間を取得することができれば、ストロークの情報を手がかりとして時間情報を付与することができる。書記がキーワードを付与した場合には、ストローク情報と同様に時間情報を利用することができる。しかし、創造的議論では発言内容を書き起こすことが困難であると述べたように、必ずしもキーワードの情報を記録できるわけではない。記録したとしても、要点にいくつか付与される程度であり、全体的に付与されていたり、不足なく付与されているということは期待できない。

このようにして開始点および区間の点を決めた後に、要旨を表すテキストを付与することで、図に示す構造を議事録に付与する。この要旨を表すテキストは、読んでわかりやすいものである必要があり、キーワードよりは文章であるべきである。この関係づけられた開始点およびストローク情報、テキスト情報の組をマークと呼ぶ。

この図の中にあるトピック区切りというのは、議論中に議題を変更するときにつける情報である。これは、一度の会議で複数の議題について議論する場合を想定したものである。一つの議事録を複数のトピックに分け、それぞれのトピックにストローク情報やキーワードを関係付ける。第節では、創造的議論を複数の意味的なまとまりに正確に分割することは困難であると述べた。このトピックというのは、それよりもっと荒いまとまり、つまり議論を開始するときに設定する議題に相当する。議論を仕切り直す場合、問題提起を変えて議論する場合に、このトピック区切りを記録して議論を続けることができる。全く異なる問題について議論する場合には議事録あるいは会議そのものを新しく設定するべきである。

議事録の構造化

図3.3: 議事録の構造化

ストローク情報や発話情報から映像・音声の開始点を決定する研究としては、栗原らがAgoraを拡張したものが挙げられる。栗原らのシステムは遠隔で対話する2者を対象とし、同時発話区間から映像・音声の再生時刻を決定する手法を用いている。しかし、創造的議論では3人から5人程度の人数で会話を行うため、同時発話が頻繁に起きてしまう問題がある。また、論拠について述べている部分を提示することに主眼を置いたため、議論の文脈を確認するには不向きであると述べられている。例えばアイデアが出た時の発言を閲覧する際には、毎回手動で閲覧時間を調整する必要がる。そのため、議論後に再利用することを前提として記録する構造情報としては適切でないと考えられる。

4 カジュアルミーティングシステムと半自動議事録作成

\label{SemiautomatedProceedingsCreationWithCasualMeetingSystem}

本システムの目的は、創造的議論の再利用を促進するための議事録作成支援である。そのために、第\ref{SupprotingMeetingUsingStructuredProceeding}章で述べたように、議論中は参加者がホワイトボードに描いたストローク情報や書記の入力したテキスト情報等を自動で記録し、リフレクション時における議論の要旨を記録する作業を支援する。

4.1 システム構成

\label{HardwareArchitecture}

創造的会議は図に示したように、少数の参加者がホワイトボードの前に集まり議論を行う形式で行われる会議を対象としている。\ref{SupportingCreativeMeeting}章でも述べたが、本システムが対象としている創造的議論は次のような特徴をもつ。

  • 3人から5人程度の少人数で行われる

  • ホワイトボードに字や図を描きながら議論する

  • スライドなどの発表資料は特に必要としない

  • 書記の役割をする特定の参加者を必須としない

  • 議長は固定されておらず、必要に応じて変化する

創造的議論を妨げることなく自動的に記録を行うためには、システムを利用するために従来からの会議の形態を変えるべきではなく、システムがこれまで普通に行われてきた形態に合わせて記録を行うようになっているべきであると考えた。したがって、ディスカッションマイニングや Multimedia Conference Roomのように、あらかじめ準備された会議記録用の部屋に入り、指定された場所に参加者が着席して議論を行う方式は適していない。

そのためには、議論中は記録を行っていることを参加者に特に意識させず、従来と同様に会議を行うことができるようにする必要がある。記録する手間を意識させると、創造的議論を円滑に行うことが難しくなるからである。一方、議論後はシステムを用いて議論内容を想起し、議事録の構造化を行う必要がある。また、議論中に内容把握する支援をすることで、議論が脱線したり、話していたことを忘却してしまうという問題を防ぐことができる。そこでシステムは、議論に集中するフェーズと、議論後に構造化を行うフェーズのそれぞれに合わせたインタフェースを提供する。ホワイトボードを用いて議論を行うことで議論内容を暗黙的に記録することができ、過去の議論内容を振り返る時はホワイトボードとは別の、大型ディスプレイを使用する。このディスプレイには、暗黙的に獲得した記録を利用し、経過時間に伴う議論の変化が可視化されて表示されている。参加者は、議論中あるいはリフレクション時にこのディスプレイを利用することで、手軽に内容を想起をすることができる。このようにインタフェースを分けることで、システムを使用する際の混乱を防ぎ、参加者が議論に集中できるようするべきである。

本システムは、図に示すように、参加者が図を描くホワイトボードと、議事録を参照するための大型ディスプレイおよび書記入力用の3つのインタフェースで構成される。ホワイトボードを中心としたインタフェースを用いることで、従来と変わらない形式で会議を行うことができ、議論に集中することができる。議論後のリフレクション時には大型ディスプレイを用いて議事録を参照することで、引き続き議論を行うのではなく、議論内容を把握し記録するということを意識させることができる。書記用の外部端末は、必要に応じて接続することができる。本システムでは、専任の書記を必須としていないため、これは無くても支障はない。図に示すそれぞれの装置について説明する。

システム構成(ハードウェア)

図4.1: システム構成(ハードウェア)

4.1.1 記録用インタフェース

\subparagraph{ホワイトボード}mimio\footnote{http://www.kokuyomimio.com/}と呼ばれるホワイトボード記録用デバイスを用いて、参加者がホワイトボードに描いた図の情報を記録する。参加者がホワイトボードに描いた図は、線一本ごとに1つのストロークとして、描画された時間情報とともに記録される。描画の際に用いるペンは4種類まで識別することができる。本システムでは、そのうち3種類を黒・赤・青の3色のペンの色に対応させた。また、残りの1種類を操作用ペンとした。ホワイトボード上には、操作用ペンで点や線を描くようにすることでカメラのズーム操作などを行うことができる領域が設けられている。

タッチパネルやタブレットではなくホワイトボードを使用した理由は2つある。一つは、ホワイトボードは他の装置と比較すると、参加者がより慣れ親しんでいる装置であり、使用時のストレスが比較的小さいと考えたためである。タッチパネルやタブレットでは、指示した点の座標の計算を行ってから表示するために、操作をしてから反応があるまで若干の時間差が生じる。また、画面の構造や認識精度の問題から、操作者が指示した座標と計算機が認識した座標に若干のずれが生じる恐れが高い。これらのずれに加え、画面の発光が操作者に余計なストレスを与える恐れが高い。もう一つは、本論文ではホワイトボードとmimioを使用して、一組で縦横160cm四方、2組で横320cm程度の面積に文字や図を描けるようにしたが、このように大型のものをタッチパネルやタブレットを用いて作成すると費用がかかりすぎてしまうため現実的ではないからである。

\subparagraph{タッチセンサ}ホワイトボード上には4つのタッチセンサが設置されている。重要な発言が出たときなど時間情報を残しておきたい場合には、このタッチセンサを触ることで、センサごとに時間情報を残しておける。参加者毎に異なるタッチセンサを割り当てることで、発言者別の時間情報を付与できる。他の誰かがホワイトボードに図を描いている場合でも、その作業を妨げることなく時間情報を記録することができる。

\subparagraph{カメラ・マイク}会議の様子を映像・音声を用いて記録する。カメラは、ホワイトボードを離れた位置から撮影する。カメラはパン・チルト機能と、ズーム機能付きの物を使用した。必要に応じて、参加者が図を描いている部分をズームして撮影することができる。ストローク情報にノイズが入ったり、小さぎるなど形状が分かりづらい場合や、例えば図を指示するジェスチャを記録しておきたい場合に利用することができる。マイクは、ホワイトボード上に取り付けられていて、参加者の発言を記録する。本システムでは、ホワイトボードの前3m程度に広がった参加者の声を記録するために、指向性が低いマイクが必要とされる。

4.1.2 書記用インタフェース

\subparagraph{外部端末}外部端末には図に示す書記用のインタフェースが表示される。書記が発言者の発言内容を表すキーワードを入力すると、その開始時刻と修了時刻が同時に記録され、サーバに送信される。本システムでは、キーワードの入力を行うことにより、リフレクション時の手がかりを増やすことができるが、これは必須ではない。従来の会議で個人が記録するメモに相当するものに時間情報を付与し記録する。

キーワードの記録

図4.2: キーワードの記録

本システムでは、書記を必須としない代わりに、リフレクションにより時間およびテキスト情報を補う。第節で述べたように、書記がキーワード情報を付与すると、リフレクションや議事録閲覧に必要な時間を短縮できると期待される。

キーワードを入力しない場合は、概要把握および検索に必要となるテキスト情報を、議論内容を忘却する前に付与する必要がある。それがリフレクションにおける作業である。また、リフレクション時にすでに記憶が曖昧になってしまった場合には、参加者同士で確認をする必要がある。それでも内容を想起できない場合には、映像・音声を視聴する必要がある。本システムでは暗黙的に獲得したストローク情報等を用いることでこの内容確認を支援しているが、キーワード情報がない方がより時間がかかると考えられる。

4.1.3 閲覧およびリフレクション用インタフェース

\subparagraph{大型ディスプレイ}会議過程および過去の会議記録を提示する。大型ディスプレイには進行中の会議の記録が表示される。参加者はキーワードや図を利用し議事録を閲覧することができる。議事録の映像をすべて閲覧することは時間がかかるため、キーワードや図を利用することで部分的に閲覧することができるようになっている。具体的には、タイムライン上に表示された参加者の発言時間と図の描画時間の分布によって、発言の頻度を確認することができる。タイムライン上で発言頻度の高い箇所やキーワード、図の一部を指定することで、それが記録された時刻の映像を閲覧することができる。

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4.2 会議過程の記録と提示

\label{VisualizeRecord}

本節では、節で示した装置を用いて記録した情報を議論中に提示するインタフェースについて説明する。会議中に自動的に記録した情報を、図に示す記録用インタフェースを用いて参加者に提示し、議論の経過を視覚化する。

記録用インタフェース

図4.3: 記録用インタフェース

創造的議論の特徴として、議論の区切れ目がわかりにくいと第節で述べた。そのため、議論後に要点を抽出する際には、議論の経過をわかりやすくする必要がある。また、参加者が議論内容をよく把握してないと、議論が脱線しやすくなる。そのためにはまず、参加者が発言の履歴を参照し、会話内容を把握しやすくすることが必要である。

そこで、音声・映像と同期してテキストおよびホワイトボードに描いたストローク情報を記録し、タイムライン上に並べて参加者に提示する。発話区間と書記が入力したキーワードを記録したものを図の描画履歴と合わせて提示する。参加者はこのインタフェースを用いて議論過程を確認することができる。発言や描画の頻度を確認することで、発言が多い部分や、時間の経過を確認することができる。リフレクション時にもこのインタフェースを使用する。

記録用インタフェースは、主に6つの部分から構成される。

  • タイムライン表示部

  • ストローク情報表示部

  • マーク一覧表示部

  • 映像表示部

  • トピック一覧表示部

  • キーワード一覧表示部

映像・音声を検索するためは、様々な記録が時間の経過とともに変化する様子を短時間で把握できるようすることが効果的であると考えた。そこで、タイムラインによる各記録の時間分布を表示し、タイムライン操作部と連動させるインタフェースとした。まず、タイムラインを含めた会議情報の設定の仕方について述べ、次にタイムラインと同期した各種情報の提示の仕方について述べる。

4.2.1 会議情報の設定

まず、会議を始める際に、トピック名と会議の時間を設定する。トピック名とは、その会議で議論する内容を端的に表した名詞句である。これは後で議事録を検索する際に利用する。一度の会議で複数の議題について議論する場合を想定し、一つの議事録を複数のトピックに分けて記録することができる。これは、図に示した、トピック区切りを入力する作業に該当する。

会議時間の設定

図4.4: 会議時間の設定

に示すように、大型ディスプレイに表示された会議記録用インタフェースの「\textcircled{\small 1}新規記録」ボタンを押すと、トピック名と会議時間を設定するためのウィンドウが表示される。ここにトピック名と会議時間を入力し「OK」を押すと、会議の開始時刻と予定時間が決定され、タイムラインバーの表示が更新される。また、映像・音声による記録が開始される。このとき、「\textcircled{\small 1}新規記録」ボタンの表示は「\textcircled{\small 3}記録終了」と変化する。もう一度このボタンを押すことで記録を終了する。

あらかじめ会議の時間を設定することで、集中して議論を行うように促すとともに、結論がまとまらない状態を意識させることができる。創造的議論では明確な結論が得られるとは限らないため、終了時点が曖昧になりやすい。終了予定時刻を決めておいた方が、議論に集中できるようになると期待できる。

設定した会議終了時刻を過ぎると、同じトピックで議論を継続するか、新たなトピックを設定するかを尋ねるウィンドウが表示される。事前に指定した時間ごとに確認を求めることにより、議論が無駄に長引いてしまうことを防ぐとともに、トピックが変化したにもかかわらず同じトピック名のまま議論を続けてしまうことをある程度防げるのではないかと考えている。当然このトピック区切りは議論内容の意味に基づくものではないが、検索時に何らかの手がかりとして利用できるだろう。

トピックには、ストローク情報とキーワード情報が関係付けられる。つまり、トピック一覧からトピックを選択すると、ストローク表示部とキーワード一覧表示部の表示が切り替わる。時刻とタイムライン表示部の対応関係を保持するため、タイムライン表示部は切り替えない。そのため、タイムライン表示部と密接に関連し、会議全体の情報を表示するためマーク一覧表示部も切り替えない。

4.2.2 タイムラインと同期した表示

タイムライン表示部は、映像・音声を視聴する時刻を指定する。タイムライン表示部は、上下に移動させて時刻を指定するタイムラインスライダと、クリックすることで時刻を指定するタイムラインバーからなる。タイムライン表示部は、上端が会議開始時刻で、下端が会議終了予定時刻となっている。

タイムラインバーには、左から順に次の5つの時間情報が表示される。

  • 映像・音声の録画区間(閲覧可能区間)

  • キーワード情報

  • タッチセンサ情報

  • ストローク情報

  • 発話区間

タイムラインバーには、上記の各記録に含まれる時間情報の、開始時刻と終了時刻を示す帯状の印が表示される。図に示すように、その印あるいはその付近をクリックすることで、開始時刻を指定することができる。

タイムラインバーおよびタイムラインスライダを用いた時間指定

図4.5: タイムラインバーおよびタイムラインスライダを用いた時間指定

\subparagraph{映像・音声の録画区間}映像・音声は一定時間ごとに分割して記録する。議論中あるいはリフレクション時には、録画を完了した区間の映像・音声を視聴する。これは、映像・音声を録画しながら閲覧する機能がないため、実装上の都合によるものである。必要に応じて手動で区切ることができる。

\subparagraph{キーワード情報}書記がテキストの入力を開始した時刻と終了した時刻を示す帯状の印がタイムライン表示部に表示される。キーワードのテキスト情報は、キーワード一覧表示部に表示される。

\subparagraph{タッチセンサ情報}タッチセンサを触ると、その時刻がセンサごとに異なる色で表示される。

\subparagraph{ストローク情報}ホワイトボードに図を描くと、その描画開始時刻と終了時刻を示す帯状の印がタイムライン表示部に表示される。この印は、図を描いたペンの色と同じ色で表示される。重要な情報を黒以外の、赤や青のペンで描くと、タイムライン表示部でも色が変化し、対応する部分がわかりやすくなり、時刻を特定しやすくなる。描画した色や形状は、ストローク情報表示部に表示される。

\subparagraph{発話区間}発話区間が他の時間情報と同様に帯状の印が、発話頻度に応じて濃淡を変化させ表示される。また、で述べたように、発話の開始時刻は映像・音声を視聴する際の開始点として利用する。タイムラインスライダやキーワードを用いて時間を指定した場合は、発話中の部分から映像・音声の閲覧を始めることがある。そのとき、該当する発言の開始点、あるいは会話の開始点を指定するために、発話区間の情報を利用する。図に示すように、記録インタフェース上の発話区間移動ボタンを押すことで、現在タイムラインインタフェースで指定している時刻から最も近い発言開始時刻を指定できる。また、一定時間以上発話区間が空いている部分を探し、その空白区間の最後、つまり空白区間の次の発言の開始時刻を指定することができる。今回は、この空白区間を5秒間とした。これは経験的な数字である。同時発話などが起こらず、いったん議論が切れたと感じる時間の長さと、タイムラインスライダでは操作しにくい10秒未満の時間移動を指定することを加味して決めた。

発話区間による時間指定

図4.6: 発話区間による時間指定

\vspace{5mm}

タイムライン表示部のタイムラインスライダが示す時刻と、ストローク表示部、映像表示部、キーワード表示部の示す時刻は同期している。ストローク表示部に表示されるストローク情報は、トピック一覧で選択したトピックに含まれるストローク情報のうち、会議の開始時刻からタイムラインスライダの示す時刻までの間に含まれるものに限定される。つまり、タイムラインスライダを上下に操作することで、その時刻にホワイトボードに描かれていた状態を再現できる。

また、ストローク表示部をドラッグしてストロークを選択すると、ストローク表示部での表示色が変化するだけではなく、該当するタイムライン表示部もハイライト表示される。キーワード表示部では、タイムラインスライダの示す時刻以降で最も近い時刻に入力されたキーワードが選択状態になる。キーワード一覧をクリックすると、選択されたキーワードの入力が開始された時刻がタイムラインスライダに設定される。

これらの変化と連動して、タイムラインスライダの示す時刻の映像が映像表示部に表示され、音声が再生される。当然、ストローク表示部の表示も連動して変化する。この様子を図に示す。

ストローク、キーワード、映像・音声とタイムラインの同期

図4.7: ストローク、キーワード、映像・音声とタイムラインの同期

\vspace{5mm}

このように各表示部の表示を同期させることにより、参加者は直接映像・音声を視聴することなく映像・音声以外の手がかりを用いて、より短時間に議論の遷移を把握し、対応する映像・音声の時刻を検索することができる。

4.2.3 キーワードを用いた議事録内検索

書記がキーワードを記録した場合には、その時間情報を用いて検索を行うことができる。

記録用インタフェース下部にあるテキスト検索用のフォームにテキストを入力し検索を行うことで、該当するテキストを含むキーワードがハイライトされる。このとき、キーワード一覧によるテキストの表示色、タイムラインバーによる入力時間の表示色が同時に変化する。

リフレクション時に付与したマークに関係付けられたテキストも検索対象に含まれる。マークに関係付けられたテキストが検索条件に該当する場合は、マークに含まれるストローク情報とテキストがハイライト表示される。前述したように、ストローク情報のハイライト表示は、ストローク情報表示部の表示色が変化し、タイムラインバーの該当する表示部分の色が変化する。マークに関連付けられたテキストのハイライト表示は、マーク一覧の該当部分の色が変化する。この様子を図に示す。

テキスト検索

図4.8: テキスト検索

4.3 リフレクションによる議事録の構造化

\label{StructurizeMinute}

本節では、第で述べた、リフレクションにおける議事録の構造化を行うためのインタフェースについて説明する。第で説明した記録用インタフェースを用いることで、議論の変遷をタイムラインと同期したインタフェースにより確認することができる。リフレクションでは、指定した時刻に対し、テキストおよびストロークの情報を関係付ける。

\subparagraph{タイムラインによる時刻指定}タイムライン表示部を用いて時刻を指定し、マークを付与する様子を図に示す。タイムラインバーの右側に表示される、マーク用のスライダを上下に操作し、マークを付与する時間を指定する。スライダ中央のボタンを押すと、マークに記録を関係付けるためのパネルが表示される。このパネルにテキストを入力し、「入力」ボタンを押すことで、マークにテキスト情報を関係付けることができる。

タイムラインによる時刻指定とリフレクションにおけるマーキング

図4.9: タイムラインによる時刻指定とリフレクションにおけるマーキング

\subparagraph{ストローク情報を利用した時刻指定}マークにストローク情報を関係付ける場合は、図に示すように、ストローク情報に含まれる時間情報を利用することができる。ストローク情報表示部でドラッグ操作をすると、ストロークを選択することができる。このとき、選択されたストローク情報に含まれる時間情報のうち最も早い時間に、マーク用のスライダが移動し、マーク用のパネルが表示される。必要に応じて時間を修正し、テキストを入力してマークを付与することで、選択されたストローク情報に含まれる時間区間の情報がマークに関係付けられる。ストローク情報を利用することで、開始時刻の指定を簡単に行えるようになる。また、時間区間を関係付けることができるようになる。

ストローク情報を利用した時刻指定とリフレクションマーキング

図4.10: ストローク情報を利用した時刻指定とリフレクションマーキング

5 カジュアルミーティングシステムの作成した議事録の応用

議論結果の再利用を促進するためには、議事録を閲覧し内容を正確に把握する時間を短縮することが最も重要であるが、閲覧すべき議事録を検索できることも必要である。本章では、第章で示したシステムを用いて記録した議事録を、閲覧および検索する方法について述べる。ただし、タイムラインと同期した記録提示を利用した議事録の閲覧については、既に第節において述べた。本章では、閲覧用インタフェースと記録用インタフェースで共通の機能についての詳しい説明は省き、特に重要なマークの確認機能と、議事録の検索機能、および外部の知識活動支援システムとの連携について述べる。

5.1 議事録の検索

複数の議事録の中から必要な議事録を探し出すために、本システムを用いて付与した情報のみを利用し議事録の検索を行う。テキストおよび手描き図による検索により議事録を探すことができる。

最も単純な方法は、新しい議事録から順に表示する方法である。3回から5回前程の会議の議事録であれば、この方法で探すのが最も早いだろう。創造的議論は、後の洗練段階の議論を円滑に進めるための準備段階に行う議論という想定である。そのため、創造的議論の議事録を主に利用するのは、創造的議論の後から次の会議を行うまでの間の、1週間から2週間以内の間であると考えられる。そのため、その存在を完全に忘れてしまった議論についても効率的に検索することができる、ということは目指していない。したがって、議事録を検索する場合はまず、記録開始時刻を降順で並べた議事録一覧を提示する。

\subparagraph{テキスト検索}テキスト検索では、議事録のトピック名、議事録に含まれるマークに関連付けられたテキスト情報と、書記の付与したキーワードが検索対象となる。リフレクション時にマークに適切なテキストを付与することにより、会議後にも議事録が検索しやすくなる。検索結果はトピック単位で表示され、トピックに関係付けられた図とテキストが表示される。

テキスト検索を行った結果から閲覧する議事録は、第節のテキスト検索部で述べる検索結果と同じように表示される。つまり、あらかじめ該当するテキストやストローク、タイムラインがハイライトされた状態で議事録が表示される。

テキスト検索画面

図5.1: テキスト検索画面

\subparagraph{手描き図検索}議論中に描いた図について確認したい場合、あるいはキーワードを正確に覚えていない議事録を探したい場合には、ストローク情報を対象に検索を行うことができる。手描き図検索では、オンライン手書き文字認識手法の一部を利用している。前処理として特徴点抽出を行った結果から、特徴点間を結ぶ有向線分の方向成分を求め、その類似度を利用している。

に示したインタフェースの左側に手書き図形を入力する領域が設けられている。この領域内でドラッグ操作をすると、その軌跡と類似する形状のストローク情報を検索し、該当する議事録のトピックを検索結果として提示する。

手描き図検索画面

図5.2: 手描き図検索画面

5.2 会議後の議事録閲覧

\label{ViewMinute}

会議後に議事録を閲覧するために、Webブラウザで動作する閲覧システムが用意されている。図に、この閲覧システムの概要を示す。

議事録閲覧画面

図5.3: 議事録閲覧画面

この閲覧システムはJava\footnote{http://www.java.com/ja/} Appletと、JavaScriptおよびActiveXを用い、Windows Media Player\footnote{http://www.microsoft.com/japan/windows/windowsmedia/player/11/default.aspx}を利用している。画面解像度は1280px\times1024px以上で閲覧することを想定している。

閲覧用システムの操作用のインタフェースは、記録用システムと同じものが多い。これは、共通のインタフェースを用いることで、利用者が操作を習得するための負担を軽減するためである。

記録用インタフェースと異なるのは、記録を付与する機能が省かれていることと、Webブラウザ上で動作することである。Java 1.5 RuntimeがインストールされているWindows XP\footnote{http://www.microsoft.com/windowsxp/}上で動作する。議事録を閲覧するために専用のクライアントソフトをインストールする必要がないため、手軽に利用することができる。

閲覧システムの左端には、タイムラインにより操作を行うためのタイムライン表示部がある。その右側には、ストローク情報を表示し操作するためのストローク情報表示部がある。右側には、映像・音声を視聴するためのWindows Media Playerが表示され、その下にはキーワードの一覧が表示されている。閲覧システムの上側には、トピック一覧とマーク一覧が表示されている。閲覧システムの下側には、発話区間移動ボタンとテキスト検索部が表示されている。マーク表示用パネルは普段は非表示にされていて、マークを選択すると表示される。

\subparagraph{タイムライン表示部}タイムライン表示部を使用することで、時間を直接指定して映像・音声を視聴することができる。タイムラインスライダをシークするか、以下のタイムライン表示部をクリックする。

  • ストロークの描画開始時刻

  • タッチパネルを触った時刻

  • キーワードを入力開始した時刻

  • 発言開始時刻

\subparagraph{トピック一覧}トピック一覧には、議事録に含まれるトピックが列挙されている。トピック一覧からトピックを選ぶことで、選択したトピックに関係付けられたストローク情報に表示を切り替えることができる。

\subparagraph{マーク一覧}マーク一覧には、議事録に含まれるマークが列挙されている。この一覧を見ることで、議論の要点としてどのようなものがあったかを確認することができる。図に示したように、リストからマークをクリックすることで、関係付けられている開始点から映像・音声を再生する。また、マーク表示用パネルには関連付けられたテキストが表示される。ストローク情報が関連付けられている場合には、ストローク表示部とタイムライン表示部がハイライトされる。

マーク確認

図5.4: マーク確認

\subparagraph{ストローク情報表示部}ストローク情報表示部には、タイムライン表示部と同期してストロークの情報が表示される。ストローク表示部でドラッグ操作によりストロークを選択することで、タイムライン表示部およびマーク一覧がハイライト表示される。

\subparagraph{キーワード一覧}キーワード一覧をクリックすることで、そのキーワードが入力された時の映像・音声を再生することができる。再生時間の変化とともに連動してキーワード一覧の選択状態が変化する。

\subparagraph{映像表示部}映像表示部には、タイムライン表示部と同期し、映像・音声情報を再生する。

\subparagraph{テキスト検索部}記録インタフェースと同様に、キーワードとマークに含まれるテキスト情報を利用した検索ができる。インタフェース下部にあるテキスト検索用のフォームから検索を行うことにより、図に示したように、該当するキーワードおよびマークがハイライトされる。

議事録を閲覧する際は、まずトピック一覧を見ることで、その議論に含まれるトピックを確認することができる。その次に、マーク一覧を見ることで、その議論において抑えるべき要点を知ることができる。マーク一覧からマークを選択し、マーク表示用パネルに表示されたテキストを見ることにより、アイデアや評価についての概要を知ることができる。また、マークに関係付けられたストローク情報がハイライト表示されるので、ホワイトボードに何を描画していた時の議論か確認することができる。ホワイトボードの描画履歴と、テキスト情報を閲覧することで、映像・音声を視聴するより効率よく内容を確認することができる。

詳細を確認したい場合には、マーク表示用パネルの再生ボタンを押すことにより、マークの開始時刻から映像・音声を視聴することができる。タイムライン表示部には、マークに関係付けられたストローク情報の時間がハイライト表示されている。また、他のマークの開始点が表示されている。この情報を利用することで、どの区間を詳細に確認すればよいのか見当をつけることができる。

マークの開始時刻が映像・音声を視聴したい時間と一致しない場合は、タイムライン表示部および発話区間移動ボタンを操作することで再生時間を指定することができる。このとき、ストローク情報とキーワード情報がタイムライン表示部で指定した時刻と同期するため、映像・音声を視聴する前に再生時間の見当をつけることができる。

ホワイトボードに描いた図や文字の意味を忘却してしまった場合には、ストローク情報表示部でその部分を選択することにより、描画を開始した時刻から映像・音声を視聴することができる。また、その部分がマークと関係付けられている場合には、該当するマークがハイライト表示される。マークに関係付けられた情報を閲覧することで、より早く正確に内容を把握することができるだろう。

5.3 知識活動支援システムとの連携

\label{CoordinationWithKnowledgeActivitySupportSystem}

洗練段階の会議では、議論を行う背景となった研究活動や他の議論が存在し、それらに基づき議題を決めたり会議資料を準備するということが行われる。そこで会議前には、スライドや文章などの会議資料のほかに、日誌など研究活動の記録や議事録を参照し会議の準備を行うことになる。これらを参照した履歴には、会議における議論の背景や、その議論を行うために必要な前提知識が含まれる。そのため、議事録の参照履歴を記録することで、議論内容を理解するために必要な議事録や、関連する議事録を検索することができるようになる。

しかし、創造的議論ではマルチメディア議事録そのものを高度に構造化すべきではない。本システムを用いて記録した議事録は、主に議論中および議論後すぐに閲覧することを想定し、記録する情報を制限した。議論の成果を再利用した場合に、議事録に含まれるトピックごとの閲覧履歴と、映像・音声の再生履歴を取得することはできるが、具体的にどの部分が利用されたのか、利用された結果どうなったのかという情報を取得することができない。そのため、ディスカッションマイニングのような構造化議事録と比較すると、再利用をより促進するための情報を付与することができない。したがって、1か月から1年単位の長時間が経過した後に議論を参照するためには、検索に必要な情報が十分付与されているとは言えない。また、議論内容を全く知らない人が、映像・音声を視聴することなく内容を把握することは期待できない。

そこで、外部の知識活動支援システムを用いることで情報を補い、より検索し易くする。議論中に外部の議事録を参照する行為、そして議論後に本システムを用いて作成した議事録を利用し会議資料を作成した履歴を使用することで、議事録間の情報を補い関連する議事録の検索に必要な情報を付与する。

創造的議論では、事前に会議資料を用意するのではなく、議論中に外部コンテンツを参照することで議論の背景を共有したり、発言を補足することが行われる。過去に行われた議論を想起し、その経緯や結論を確認することで、参照先に含まれる成果を共有し、議論を繰り返すことを省くことができる。リンク先の外部コンテンツに含まれる成果は、創造的議論の前提知識であるとともに、その結論を含んだ議論をしたという意味では、議論の成果であると言える。

創造的議論の成果としてよい意見が得られたり、何らかの結論を導き出した場合には、当然それを後の研究活動や会議で利用することになる。そのため研究日誌や論文、あるいは発表資料に議論の成果が取り込まれる。この会議前後あるいは会議中における、他のコンテンツあるいは記録との関係をたどることで、研究活動の変遷を明確にすることができる。会議後に創造的会議の議事録を利用した際には、その繋がりは創造的議論の成果が再利用された証左となる。このように、外部のコンテンツを利用し、洗練段階の議論と連携する様子を図に示した。

議論中に参照した外部の議事録がテキスト情報を持つとき、これはそのコンテンツが表す知識を表現したものであると期待できる。そこで、外部のコンテンツを参照する行為から、参照先に含まれるテキスト情報を取得することで、議論の背景や、その議論を行うために必要な前提知識を表すテキストを記録することができると期待される。また、外部の議事録を参照する行為は議論内容と密接な関係があると考えられるため、参照した時間とテキストを関係付けて記録することで、書記によるテキストの記録を補うことができると考えられる。

洗練段階の議論との連携

図5.6: 洗練段階の議論との連携

節で述べた議事録の構造化時に、マークにディスカッションマイニングで作成した議事録に含まれる発言を関係付けることができる。ディスカッションマイニングは、洗練段階の議論に適した議事録作成および会議支援システムである。マーク用パネルの「DMと連携」ボタンを押すと、Webブラウザが起動し、ディスカッションマイニングで作成した議事録の検索画面が表示される。ここで関係付ける議事録を検索し、その議事録に含まれる発言をドラッグ操作により選択することで発言を関係付ける。すると、関係付けられた議事録に含まれる文章を形態素解析し抽出したキーワードを、テキスト情報としてマークに関係付ける。このテキスト情報は、前述したテキスト検索の検索対象になる。この様子を、図に示した。

議論で得られた意見を、その会議だけでなく他の会議において再利用する方法が研究されている。この研究では、過去に行われた議論における発言の記録を、新たに議論を行う際の手がかりとして利用している。例えば、同じ研究室内における複数の研究グループで会議を行う場合などでは、類似した議題について議論を繰り返し行うことがある。その場合に、会議参加者が過去に類似した議論を行った経験があるならば、会議ごとに一から考え直すのではなく、その時の議事録を参考にすることでより議論を深めやすくなると考えられる。

知識活動支援システムを用いることで、現在の議論と関係のある議論を検索し関係付けることができる。洗練段階の会議における議論だけではなく、創造的議論も対象として含めることで、アイデアの変遷を調べたり、洗練段階の会議では言及されず保留されたアイデアの詳細を確認することができるようになる。

特に、研究を進める上で出た様々なアイデアに対し、そのアイデアの不備な点を詳細に確認することができる。これは、後々まで議論されたアイデアがなぜ良いのか、ということの裏返しに他ならない。また、時間的な都合などにより保留されたアイデアも後から詳細を確認することができるようになる。

ある問題に対して、解決済みの事項と未解決の事項を明確にし、付随する議論すべき事項、たとえば解決済みの事項であれば前提条件が成り立たなくなる場合はいつか、未解決の事項についてはそれが依存している未解決の問題はなにか、を明確にすることで、知識活動をより効率的に行うことができる。解決済み事項を明確にすると、その前提条件が成立していることを確認することで同じ議論を防ぐことができ、不毛な議論の繰り返しを防ぐとこができる。後の会議では、未解決の事項に絞り、あらかじめ出た意見を参考にして考察を深めながら議論をすることができるようになる。

このように、創造的議論で得られた成果を再利用可能にすることで、知識活動を効率良く行うことができると期待される。そこで、図に示したように、ディスカッションマイニングにより作成した議事録と、本システムを用いて記録した議事録を関係付ける。

知識活動支援システムとの連携

図5.8: 知識活動支援システムとの連携

ある問題について創造的議論を行った場合には、問題に該当するグループに対し、本システムを用いて記録した議事録を関係付ける。すると、本システムで記録したストローク情報と、マークに付与したテキスト情報を取り込み、後の会議の資料を作成する際に利用することができる。その後、知識活動支援システムを用いて議論の内容を文章にまとめたり、後の会議で使用するスライドを作成し、このグループに関係付ける。また、ディスカッションマイニングを用いて議論をした場合には、関係のあるスライドや発言を関係付けることができる。すると、関連付けられたコンテンツあるいは記録に含まれる詳細な情報を利用し、より詳細な検索が可能となる。例えば、ディスカッションマイニングの機能を利用することで、同じ研究プロジェクトで過去に行われた議論のうち、特定のキーワードと関連の高い議論をより正確に検索することができる。その議論とスライドの一部分が、荒くてもページ単位で関係付けられている。知識活動支援システムでは、このスライドの各ページと関連付けられた、本システムを用いて記録した議事録を検索することができる。これによって、ディスカッションマイニングの議事録を仲介することで、より関連のある創造的議論の議事録を検索することができる。

6 評価・考察

この章では、第章で示したシステムを使用することで、議事録を見直し議論内容を想起する時間を短縮することができるかについて評価実験により検証する。また、実際に会議を行う際にシステムの各機能が有効に利用されているか、利用しやすいインタフェースになっているかを評価する。

6.1 リフレクションの評価

6.1.1 実験の設定

まず、システムを使用することで議事録を見直し議論内容を想起する時間が短縮されるか評価する。この際に評価すべき事項は次の4つである。

  1. リフレクションを行うことで、議論内容を把握する時間が短縮できる。

  2. システムを使用してリフレクションを行うことで、議論内容を把握する時間が短縮できる。

  3. リフレクションによる効果は、コミュニケーションにより記憶が強化される効果だけではない。本システムを使用し記録を残すことで、議論内容を把握する時間が短縮できる効果がある。

  4. システムを使用してリフレクションを行うことで、リフレクションの時間と議論内容を把握する時間の合計が短縮できる。

以上の項目を評価するために、まず指定した議題について議論を行い、参加者の一部は議論直後にリフレクションを行う。そして会議後に議論内容に関する設問に回答してもらい、回答に必要な時間および正答数を計測する。この際、議論時間、リフレクション時間および回答時間に制限を設ける。

議論時間に制限を設けたのは、議論を打ち切る目安を与えるためである。一つの結論に到達した時点で議論を終了するのではなく、たとえ意見がまとまっていなくても指定した時間で終了とし、その時点で得られた意見が議論の成果とした。

リフレクションに制限時間を設けたのも、議論内容を想起し記憶する目安を与えるためである。例えば、1時間の会議を4時間かけてすべて書き起こせば議論内容を正確に把握できるようになるが、通常そのような手間をかけるとは考えにくい。すべての会議参加者が同じ発言をマーキングするわけではなく、個人が重要だと判断したところを記録するため、記録する情報量が個人により著しく異なる可能性が高い。これではリフレクションの効果を適切に評価できなくなるので、記録を行う目安として制限時間を設けた。

本システムでは議論中に適宜リフレクションを行うことを可能とする。議論中に話がまとまったところで随時リフレクションを行うことで、議論内容を想起し確認する時間を省くことができる。しかし、議論中にリフレクションを行うと、リフレクションに必要な時間を計測しにくい。また、リフレクションに必要な時間を設けたのと同様に、リフレクションにかける手間が偏り、その効果を適切に評価することができなくなってしまう。そこで、議論後にリフレクションを行う。

回答に制限時間を設けたのも同様に、議論内容についてどの程度詳細に回答をするのかという目安を与えるためである。議論中に行われた発言を一字一句書き起こすためには、要約した文章を書くより多くの時間を要する。そのため、回答時間や文字数の基準を揃えないと、被験者ごとの差を比較するのが難しくなる。ただし、制限時間以内に回答を終了することを認め、その場合はその時間を回答時間とした。

回答すべき内容および詳しさについて、すべての被験者に一定の基準を示すために、回答時間だけでなく、回答形式にも制約を設けた。議論内容を問う出題形式は、議論内容の要約文の穴埋め形式とした。要約形式ではなく、発言をすべて書き起こす形式にすると、発言者が発言した内容を正確に記述しないと不正解になってしまい、どのグループもすべての発言を映像・音声確認しないと回答できないことになってしまう。会議参加者が議論内容を詳細に覚えている、あるいはホワイトボードやリフレクション時のメモの情報から想起可能な場合にはわざわざ内容を映像・音声で確認させるのは不自然である。しかし、発言の要点を列挙したり、重要な箇所だけ回答させる出題方式であると、映像・音声を全く閲覧せず曖昧な記憶のみを頼りに回答をする恐れがある。それでは議論の成果を有効に再利用できるとは言えない。

要約文には、ホワイトボードに書かれていることの、理由・根拠や前後の文脈が書かれている。その一部が空白になっていて、その部分は何かについて問う。その際に、一つの話題のまとまりに対し設問の記述が少ないと、映像・音声をすべて閲覧しないと回答者が該当する区間を判断しにくい。これでは、他の区間もすべて確認しないと回答できなくなる恐れがある。そこで設問をある程度発話内容を含んだ文章にすることで、ビデオの区間を一意に特定できるようにする。これは現実的には、前後の文脈を覚えているが細かい発言内容を忘れたときに確認したい場合に該当する。

リフレクション時間、回答時間および回答形式について制約を加えたため、上記の4つの評価項目のうち、議論内容を把握する時間が短縮されるという効果は、制限時間以内に回答した設問の正答数が増加すると言い換えられる。したがって、評価すべき項目は以下の4つに言い換えられる。

  1. リフレクションを行うことで、リフレクションをしないより正答数が上がる。

  2. システムを使用してリフレクションすることで、リフレクションを行わないより正答数が上がる。

  3. システムを使用してリフレクションすることで、システムを使用しないでリフレクションを行うより正答数が上がる。

  4. システムを使用してリフレクションすることで、1問正答するために必要であった時間、つまり回答時間を正答数で割った値が小さくなる。

本実験では、研究活動における創造的思考を行う会議を想定して行った。実験で行う会議の議題は次の点に留意して設定した。

  • 複数の解が候補となるもの\\

    創造的議論では解の候補を求めることが行われると述べた。 したがって、複数の解があり、様々な観点から評価される議論がふさわしい。 最適解が一つに決まる議題の場合は、論理の積み重ねのみで議論が進む。 このような議論はアイデア結晶化や評価・検証のプロセスで行われるべきである。 深い議論を行うためには、アイディアが具体的であり客観的に優劣が付けられる問題設定が理想的だが、 抽象的なアイディアで比較が困難なものにも優劣や優先度を設定し解を模索しなければならない場合の方が一般的である。 それゆえに、参加者から意見を募り見当をつけながら問題解決を試みる意義がある。

  • 参加者が出したアイデアについて何らかの軸で評価可能\\

    参加者が出したアイデアについて優劣が付けられず、すべてが良いという結論になる問題では、 参加者の出した意見を列挙するだけでよく、会議の経緯を含めて記録する必要はない。 これは研究活動で行われるような、収束的思考を含めて最善の解を模索する知識活動の例題として ふさわしくない。

会議の議題は次のとおりである。

  • Wii\footnote{http://www.nintendo.co.jp/wii}リモコンを利用した、マルチディスプレイ・マルチユーザ対応のゲームのルール

  • 投票率を上げる方法

  • 環境問題の緩和・解決に貢献するアプリケーション

  • 長尾研究室の紹介ビデオの内容

これらの議題は、実際に我々の行っている研究活動の中で生じた議題ではないため、議題として適切とは言えないかもしれない。しかし、研究活動の中で生じた問題点については、すでに深く議論されているものが多い。参加者によって過去の議論に対する知識の差があり、コンセスサスを得るための会話が多くなり、新たなアイデアを得ることができない危険性が高い。創造的会議とは、会議参加者が新しいアイデアを出し合い、互いのアイデアの良い点を取り入れ改良を加える話し合いのことであり、研究活動においてのみ行われるわけではない。また本システムは会議の中で得られた参加者の意見を手軽に記録することで再利用性を高めるためのものであり、その効用は議題によって変化するものではないと考えられる。

6.1.2 実験手順

実験では、次に示すA,B,Cグループを含む6人で会議を行う。

  • A.まったくリフレクションをしない

  • B.ビデオやメモを用意してリフレクションを行う

  • C.システムを使ってリフレクションを行う

実験の手順は以下のとおり。この様子を図に示す。

  1. 指定した議題について本システムを使用しA,B,Cグループ合計6人で45分から60分程度の会議を行う。

  2. 会議後に6人をA,B,Cグループそれぞれ2人ずつの3グループに分ける。図では、 Aグループの2人を\textcircled{\small 1}および\textcircled{\small 2}、Bグループの2人を\textcircled{\small 3}および\textcircled{\small 4}、 Cグループの2人を\textcircled{\small 5}および\textcircled{\small 6}で表した。

  3. Aグループはリフレクションをせず、そのまま会議を終了する。

  4. Bグループは10分間リフレクションを行う。システムを用いて撮影したビデオとホワイトボードの画像および各々が会議中に取ったメモを用いてリフレクションを行う。

  5. Cグループはシステムの機能を利用してリフレクションを行う。

  6. A,B,Cすべてのグループに、会議2週間後にQA形式での単語穴埋めおよび発言内容記述の問題に対し回答してもらう。\\ Aは会議の映像・音声およびホワイトボードに描画した図のみ、 Bは閲覧システムを用いすべての情報を利用する。

実験の手順図

図6.1: 実験の手順図

議論中のシステムの使用については、後にグループ分けする被験者間での条件を同じにするため、制約を加えた。すべての会議参加者は議論中に個人的にメモを取ることはできず、何かを書き残す場合にはホワイトボードのみを使用する。これは個人で取ったメモによる想起時間の差異を除くためである。またリフレクション時以外、つまり通常の会話中に書記ツールを用いてテキストを入力することと、タッチパネルによる時間情報の入力を禁止した。これも同様に、タイプされたテキスト量等によりリフレクションの効率が変化することを防ぐためである。さらに、会議中はシステムの画面が表示されているが、システムを操作することを禁止した。本システムは会議中に必要に応じて直前の発言内容をビデオを閲覧することで確認したり、過去の議事録を検索し関係付けを行う機能を持っているが、システムを操作し過去を振り返る行為はリフレクションとおなじ議論内容の反芻にあたる。これらの操作を許すと、グループA,B,C別のリフレクションの効果を測定できなくなるため、今回の実験では禁止した。これらの制約を加えることで、議事録に付与できる記録が制限される。そのため、リフレクション時および回答時に、音声・映像を閲覧するための手がかりが減る。リフレクションを議論後に行う制約と合わせて、これらの制約はシステムの効果が抑制される効果があるため、有効性を検証するために加えることは問題ないと言える。

会議参加者には議論後まで、どのグループに属するのか教えない。これは、例えばAグループに属する参加者が、ホワイトボードを使用したり議論に参加することなく議題について記憶することに専念するなど、グループにより会議の参加方法に差異が出ることを防ぐためである。

以上の手順についてA,B,Cを入れ替えて実験する。被験者ごとに毎回異なるグループになり、同じグループの相手が異なるように割り当て、合計4回の会議を行う。これは個人差による影響を極力減らすためである。

これらの議題について会議を行った約2週間後に、会議参加者に設問を出し回答させた。会議後に出題される問題における主な回答項目は次の4つである。

  • 解決済みの事項

  • 未解決の事項およびそれに対し得られた解決案

  • 評価,根拠

  • 議論すべき事項

これらは、実際の知識活動において重要となる点である。解決済みの項目について記録を残しておく必要性は明らかである。未解決の事項に対しても、同じ議論を繰り返さず効率よく議論を深めるためには、どのような解決策の案があるのか、その案はどのような点が優れているのか、あるいはどのような問題点があるのかという評価・根拠をまとめておく必要がある。それらが有効に再利用されて初めて、知識活動の結果最終的に得られた解が最も優れていると主張できるようになる。そのため未解決の事項が含む、議論すべき事項についても記録として残しておくべきである。

具体的には、次のような設問の穴埋めを行う。この設問は、ホワイトボードに「案2」として描かれた図についての概要説明と、他の案との比較と評価について問うたものである。\fbox{四角内}が回答箇所と正解である。

\begin{screen}{}問題:案2について説明せよ。\\回答:\fbox{複数人の(2人の)ポインタをベジェ曲線で連結する}ことでラケットを作り、ボールを跳ね返す。 \fbox{ポインタが離れすぎる}とラケットが壊れる。 \\その場合は\fbox{もう一度ポインタをくっつける} 。 \\\fbox{左端の人と右端の人が別の方向に動く}状況を作り出さないと盛り上がらないので、 \fbox{ボールがたくさんあるようにする}。\\利点は案1(線路のゲーム)と比べて、\fbox{一人だけうまくてもだめで協力が必要な} ことであり、 採用されなかった理由は複数ディスプレイが関係ないことである。 \end{screen}

また本実験ではリフレクション時に同一のグループに属する2人の間でのコミュニケーションを禁止しておらず、むしろ推奨している。これは、第節でも述べたように、リフレクション時にコミュニケーションを行うことで記録すべき箇所をより偏りや漏れなく記録できるようになると考えているためである。そこで、リフレクション時のコミュニケーションと回答時の結果についての相関を調べた。

6.1.3 結果

4回の会議の結果を表に示す。会議の長さはリフレクションの時間を含まないものである。発話数は音声認識により検出した発話区間の数であり、必ずしも正確な発言数の和ではない。また、表に、会議ごとにグループCがリフレクション中に記録したマーキングの数を示す。

表6.1:会議の結果
表6.2:マーキング数

会議ごとにグループ別での平均正答数と平均回答時間をまとめたものを表に示す。グループC, グループA, グループBの順に正答数が多いことが分かる。このことから、システムを利用してリフレクションを実施することにより得点が向上していると言えるが、システムを使用せずにリフレクションを行っても得点が向上しないと言える。したがって、評価項目1は検証することができなかったが、評価項目2および3は検証できたと言える。

表6.3:正答数と正答時間

に各グループの一問正答当たりの必要時間を示す。これは、会議1回ごとの回答時間/正答数を求め、グループ別の平均を求めたものである。この結果から、すべてのグループの中でグループCが最も値が小さく、特に2番目に値の小さいグループAと比較すると0.30(分/問)値が小さいため、評価項目4が検証できたと言える。1問正答するためにはグループBの方が18.0秒余分に必要であり、34問回答するとリフレクションに要した時間である10分より短い時間で回答できるようになる。したがって、この場合にはシステムを使用し10分間リフレクションを行う効果がある。しかし、グループBはグループAに比べて値が大きい。これは、システムを使用せずにリフレクションのみを行った場合は回答時間短縮の効果が得られなかったことを示している。

表6.4:平均正答時間

6.1.4 考察

の結果から、リフレクションを行っただけでは正答数を上げることができないことがわかる。これは、リフレクション後でも2週間程度の期間が空いた後であれば、リフレクションによりまとめた内容を忘却してしまうためであると考えられる。そのため、議論内容の詳細を正確に把握することができず、創造的議論の成果を再利用することが困難になると言える。したがって、リフレクション後2週間程度の期間が経った後であれば、本システムを使用し議事録に構造情報を付与する効果が得られると言える。

リフレクションにより、すべての参加者が同程度内容把握できるようになるのかを検証するため、会議ごとに被験者の偏差値を求め、その最低値と分散を調べた。平均値が高くても、分散が大きければ、正答率が他よりも顕著に高い被験者がたまたま存在したということになる。本システムの目標は、議題や被験者の個人差に影響されることなく、安定して議論内容を把握することができるようにすることである。興味のある議題や記憶力の良い被験者はシステムを使用せずとも内容を忘れにくいだろう。したがって、同じ平均値であれば、最低値が上がること、分散が小さくなることが好ましい。図に、グループ別の平均偏差値と最低偏差値、および偏差値の普遍分散を示す。普遍分散を求めるために、会議ごとの難易度の差を考慮する必要があり、正答数ではなく偏差値を利用した。この結果から、グループAよりグループBの方が偏差値の普遍分散が小さいことがわかる。また、最低偏差値はグループA,グループB,グループCの順に高くなることがわかる。つまり、グループBはグループAより平均偏差値がやや低いが、普遍分散が小さく、最低偏差値が高いため、議題や個人差によらず安定した偏差値を出していると言える。それに比べグループAは、平均偏差値は高いが分散が大きいため、偏差値が高い被験者が平均偏差値を上げていて、その分偏差値が低い被験者もいることがわかる。したがって、リフレクションを行うことで、平均正答率を上げることは期待できないが、比較的正答率の低いものでも平均値程度に良く会議内容を把握することが期待できると言える。つまり、リフレクションは個人差・議題の差による正答率の低下を防ぐことができると言えるだろう。

グループ別の偏差値の関係

図6.2: グループ別の偏差値の関係

リフレクション時に付与したマークが、議論内容を把握するための手がかりとして有用かどうかを検証するために、マーキングした箇所について出題した設問の正答率を調べた。リフレクション時に、各設問に該当する区間の映像・音声を再生したか、あるいはその内容に言及したか、グループBであれば紙か写真に記入したか、グループCであれば時間情報をマークに関連付けたか、のいずれかに該当する場合は、マーキングした箇所に関する設問とした。メモに書かれたりタイプされた情報だけに限定していない理由は、メモやタイプには発言内容すべてを書き起こすわけではないため断片的であり、記録された内容と出題した内容が一致するか判断することが難しいためである。そこで、映像・音声の閲覧履歴と、会話の内容を考慮し、各設問と一致するか判断した。

すべての設問の正答率と、マーキングした設問の正答率を比較した結果を図に示す。この結果から、グループBのすべての設問の正答率に比べ、グループBのマーキングした正答率は約5\%減少している。そのため、マーキングしたことにより正答率が増加したとは言えない。それに比べ、グループCのすべての設問の正答率に比べ、マーキングした設問の正答率は約15\%増加している。マーキングしたことにより、正答率が増加したと言える。したがって、リフレクション時にシステムを使用せずにマークを付与しただけでは平均正答率の向上は期待できないが、システムを使用せずにマークを付与することで向上すると期待できる。グループBのマークとグループCのマークの差は、マークに関連付けられた時間情報の有無である。マークに時間情報を付与し、映像・音声を検索するシステムを用いることで、議事録の映像・音声を視聴する手間が減り、詳細な内容把握がより容易になると言える。

マークの有無と正答率の関係

図6.3: マークの有無と正答率の関係

節でも述べたように、リフレクションによる効果は、コミュニケーションによるものと、記録として残すものに分けられる。図から評価項目3が確認でき、システムを用いて記録を残すことで、コミュニケーションを行う以上に良い成績が得られると言える。実際に、リフレクション時に同一グループの参加者間で行われたコミュニケーションが記憶および想起に影響を与えるかどうかを調べるため、参加者ごとのリフレクション時の発話時間および発話回数と正答率の相関について調べた。発話時間と偏差値の分布を図に示す。この結果から、発言時間と偏差値の間には弱い負の相関があることがわかる。グループBではこの相関が、グループCではこの相関が比較的強いことがわかる。ここで、表と図から、グループCの会議ごとの発言時間の合計とマーキング数の相関を示した図を見ると、相関係数は-0.9と極めて強い負の相関を示した。また会議ごとの、Cグループにおけるマーキング数と2人の得点の合計との間の相関係数は、0.65とやや強い正の相関を示した。これは、マーキング数が多くなると正当数が多くなる傾向があることを示している。したがって、発言時間が長くなるとマーキング数が少なくなり、それに従い正当数が少なくなり、結果として発言時間と正当数の間に弱い負の相関が生じたものであると考えられる。

発話時間と偏差値の関係

図6.4: 発話時間と偏差値の関係

発話時間とマーク数の関係

図6.5: 発話時間とマーク数の関係

このことから、現在のシステムでは、リフレクション時における作業は2人で共同して行うのではなく1人で行い、その結果を統合して提示すると正当数が上がると考えられる。ただし、今回の実験ではリフレクションに必要な時間を計測するために、議論終了直後にリフレクションを行っており、リフレクション中に内容についての合意を再確認したり、あるいは議論の続きをしたりといったことが行われていた。議論中にリフレクションの作業を挟む場合には、議論内容を再確認する必要はなく、議論の続きは後の会議で行うことになるため、これらリフレクションに必要な時間の一部が削減できると考えられる。そのため、本来の使い方をすれば、より効率良くマーキングを行うことができるようになると考えられる。

この結果から考えられる改善策は、参加者同士で会話を行わずに記録した情報を利用するための仕組みを用意することと、リフレクションで記録を行う際に要する時間を更に短縮することである。

前者は、タブレットPC等やアノト機能\footnote{http://www.anoto.co.jp/}を利用したペンを用い、参加者が個別に記録したメモを時間情報と共に記録し、マークのデータに加えることで実現できると考えられる。例えば、PDAを利用し個人の作業領域を設け、共有の作業領域であるホワイトボードに表示される情報と連携させる研究がある。この研究では、データの再利用性を向上させることを目的としているため、創造的議論の促進とその議論内容把握を目標とした本研究とは主眼がやや異なる。手書き文字入力をPDAで行うことで、電子ホワイトボード上のストローク情報をテキスト情報に置き換えたり、PDA上で検索したデータを電子ホワイトボード上に表示することは、個人で作業する時間が増えるため、議論に集中できなくなる恐れがある。しかし、個人的な覚書など、参加者が個別に手元でメモを記述したいという欲求は当然考えられる。本システムでは、複数の外部端末を接続することによりテキストの入力が可能であるが、手書き図入力も可能にするとよいと考えられる。しかし、必要以上にコンピュータとのインタラクションの時間を増やすと、議論が阻害される恐れがあるため、必要以上の手間をかけるべきではないと考える。

後者は、システムのインタフェースを改善し、より短時間でマークを付与可能にすることで実現できると考えられる。リフレクション時のコミュニケーションによる効果を期待し、本システムでは大型ディスプレイを用いて2人同時に1つのキーボード・マウスでマーキングをしてもらった。しかし、「入力は2人同時にできたほうが良かった」との意見が出たことを考慮すると、リフレクション時は2人同時入力を可能にした方が良いだろう。また、システムのユーザビリティについての考察は次節で述べる。

6.2 インタフェースの評価

\label{EvaluateInterface}

システムの各機能が有効に利用されているか検証するために、議論中・リフレクション中および会議後の設問回答時におけるインタフェースの評価を行った。議論中およびリフレクション後の評価をまとめたものを表に、会議後の設問回答時における評価をまとめたものを表に示す。なお、分析の元となったアンケートは付録に添付する。

6.2.1 会議中およびリフレクション後の評価

グループAに対しては会議中のシステムの使用感について、グループBとCに対してはリフレクション時も含めたシステムの使用感についてアンケートを実施した。議論中はシステムの操作を禁止したため、議論中のシステムの使用感については、タイムラインを用いた情報の分布表示が会議の経過を把握するのに有効であったかどうかをアンケートにより分析するのみにとどめた。この結果を表に示す。グループごとに使用した機能が異なるため設問の数が異なり、同じ出題内容でもグループにより出題番号が異なる。これは表中の「出題番号」を"2(Gr.B), 4(Gr.C)"のように複数表記することで示した。この例では、グループBのアンケートでは設問番号2,グループCのアンケートでは設問番号4という意味である。また「リフレクション中に」を「R時,」と省略して表記した。

から、設問1の(ア)\textcircled{\small 1}\textcircled{\small 2}および設問3の(ア)\textcircled{\small 1}\textcircled{\small 2} (Gr.C)を見ると、会議中およびリフレクション時におけるタイムライン表示はほとんど役に立っていないという回答がほとんどであった。会議中はホワイトボードに集中して議論したために、インタフェースの表示を見なかった、あるいは見ている余裕がなかったと述べたユーザが4名いた。これは、システムのインタフェースを記録用インタフェースと閲覧用インタフェースを明確に分けた効果が出ていると言える。

タイムライン表示自体が役に立たなかったのかと言えば、一概にそうだとは言えない。リフレクション時について尋ねた設問3の(イ)(ウ)(Gr.C)の平均スコアは4.0以上であり、役に立ったという回答が多い。発話区間およびストローク情報をタイムライン上に表示することによる記録頻度の提示が役に立たなかったと言うべきだろう。発話区間に関しては、議論が活発に行われ発言数が偏りなく多いために生じた現象であると考えられる。設問3(オ)(Gr.C)の、発話区間ごとのタイムライン移動が役に立たなかったと感じるユーザが多いのも同様の理由だと推測される。そのため、現在タイムラインを並べているのを1つに統合し、表示面積を小さくすることで空いた領域を他の機能に割り当てた方が良いと推測される。

ストローク情報に関しては、タイムライン上での分布は直感的に分かりにくく、タイムラインスライダと連動した表示機能の方が時間を特定しやすいと感じたユーザが多いと結論付けられる。

設問3(カ)(Gr.C)の、マーキング箇所からのビデオ再生については、リフレクション時は必要に応じて映像・音声を視聴し、時間を決定した後にマーキングを行うため、マーキング後に再び閲覧する必要がなかったためと推測される。

表6.5:会議後(リフレクション後)のアンケート結果

6.2.2 回答時の議事録閲覧システムおよび実験時間に対する評価

\label{enquete}

設問の回答後に、閲覧システムの使用感と、リフレクションおよび回答の時間が十分であったかについてアンケートを実施した。この結果を表に示す。グループAとグループBはリフレクション時と同様に、映像・音声をタイムラインスライダでシークできる機能に限定したインタフェースを用いて議事録を閲覧してもらった。また、グループBはリフレクションで使用したメモを利用したため、同じ出題内容でもグループごとに設問が異なる。これは表と同様の表記で示した。

設問1の(ア)(Gr.A,Gr.B)を見ると、ストローク情報をストローク情報表示部に表示しただけでは役に立たなかったことが分かる。それと設問1-(イ)(Gr.C)を比較すると、映像・音声を視聴する手がかりとして利用するには、タイムラインと同期させて表示させることが重要であると言える。これは、回答時にすべての被験者がホワイトボードの写真を利用できたことが主な理由として考えられる。タイムラインと同期しないのであれば、画面の大きさや記録時のノイズに影響を受けない写真の方が利用しやすいだろう。設問1の(イ)(Gr.A,Gr.B)と比較すると、タイムラインのみで映像・音声を視聴するより使い勝手が向上していると言えるだろう。

設問1の(ア)\textcircled{\small 1},\textcircled{\small 2} (Gr.C)を見ると、タイムラインでの分布表示は、ストローク情報については手がかりにならなくはないが、発話区間の表示は役に立たなかったことが分かる。発話時の音声のパワーから議論の盛り上がりを推定する手法のように、何らかの抽象化をした情報を提示するか、あるいはユーザごとにマイクを持たせ、誰の発話なのか識別するなどの工夫をする余地がある。

設問1の(ウ)(Gr.C)を見ると、ストローク情報に含まれる時間情報を利用した映像・音声の検索は有用であったと言える。設問1の(イ)(Gr.C)と、表の設問3の(イ)(Gr.C)および(ウ)(Gr.C)がすべて4以上と良い評価を得ていることから、本システムの特徴である、ストローク情報を暗黙的に獲得し、映像・音声を検索する際の手がかりとして利用する仕組みが有用であったと言える。設問1の(エ)(Gr.C)からタイムラインのハイライト表示もやや役立ったようだが、タイムラインスライダと同期してストロークの表示を変化させる方が有用だったと言える。

設問1の(オ)(Gr.C)を見ると、発話区間を利用したタイムラインの移動はあまり有用ではなかったと言える。発話区間検出の精度を上げる、あるいは前述したようにユーザの識別をするなど工夫の余地がある。

設問2(Gr.A),設問2(Gr.B),設問6(Gr.C)を比較すると、グループA,グループB,グループCの順に、回答時間が十分であると回答した割合が増えた。また、回答時間が不十分であると回答した被験者が希望した回答時間は、その平均値が短縮した。これは、システムを利用することで回答しやすくなると被験者が感じたためであると考えられる。

設問5(Gr.B)と設問7(Gr.C)を比較すると、リフレクションの時間が十分であると感じた人の割合が、グループBよりグループCの方が多くなった。ただし、不十分であると感じた被験者が希望したリフレクション時間は増加した。回答数の総数が3で、内訳は、グループBで回答した希望時間が30分、グループCでは30分と50分であった。50分を希望した被験者は、その理由として「どこをマーキングすべきか考える時間が欲しかった」と回答している。この被験者は、議論内容を十分に把握しきれなかったために、整理して把握し直す時間が必要と感じたようである。議論中に適宜リフレクションを行い、議論内容を忘却する前にマークを付与することで、リフレクションに必要な時間が短縮できると考えられる。なお、このリフレクション時に同じ組にいた相手は30分を希望し、「全体に網羅的にマークできなかったから。今回のような出題のすべてには対応できていなかった。」と回答している。マーキングすべきだと感じた箇所にマークを付与しきれていないので、前述したように効率よくマークを付与する仕組みを組み込むべきであると言える。

表6.6:回答後のアンケート結果

7 関連研究

7.1 発想支援に関する研究

創造的議論の支援に関する研究には、コンピュータ支援の協調作業(Computer Supported Cooperative Work, CSCW) と発想支援の組み合わせとして、GrIPSなどがある。

7.1.1 グループ発想支援システム: GrIPS

GrIPSは、複数人による創造的思考を支援するシステムである。本研究と同様に、複数人で発散段階と収束段階の思考を繰り返すことにより、アイデアを改良する議論を対象としている。

しかし、会議の形式は本研究と異なる。本研究のように、ホワイトボードの前に集まり直接議論を行うのではなく、ワークステーションを利用した遠隔同期で行う議論を対象としている。

GrIPSでは、複数の遠隔地にあるワークスペースを接続して議論を行うために、音声混合機能を備えている。この機能は、GUIによる操作により会議参加者の位置関係を設定すると、その設定に応じて参加者の声の大きさを変えて再生する。

発散段階の思考を支援するために、キーワードと図を利用する。入力されたキーワードを共有し、カードとして平面上に表示する。参加者は表示されたキーワードから連想するキーワードを入力し、平面上に配置する作業を繰り返す。キーワードだけでなく、画像も同様に共有しカードとして配置することができる。画像には予めキーワードを付与する。事前に作成した辞書を用いて、入力されたキーワードと関連のあるキーワードを提示することにより、参加者の発想的思考を支援する。

収束段階の思考を支援するために、カード群をグループ化することと、カードおよびグループ間を関係付けることができる。GrIPSでは常にワークスペースに向かって作業する必要がある。そのため、我々が日常的に行っている会議とは運営方法が異なる。遠隔地で同時にKJ法を行う場合に向いているが、直接顔を合わせ、文字や図を描きながら話し合いを行う議論をGrIPSのみで支援することは難しい。またGrIPSでは、議論の様子を映像で記録し、会議後に閲覧することができない。本研究で提案する手法では、そのような対面式の会議において映像・音声を用いて議事録を作成することで、議論の成果を詳細に確認することができる。

7.2 議論内容の記録に関する研究

会議を音声・映像を用いて記録することによって、議論内容の再利用を実現することを目指して、ディスカッションマイニングやハイパー議事録システム、Portable Meeting Recorder等が研究されている。映像・音声を視聴することで、テキスト情報には含まれない音声やノンバーバルな情報を得ることができ、議論内容をより詳細に把握することができると期待される。しかし、一般に映像・音声を視聴するためには多くの時間を要するため、自動あるいは手動で時間情報をインデックスとして付与することが行われる。

7.2.1 ディスカッションマイニング

ディスカッションマイニングは、マルチメディア議事録に構造情報を付与することにより、議論コンテンツと呼ばれる再利用可能な知識を構築することを目的としている。ディスカッションルームと呼ばれる専用の部屋を用い、専用の装置や入力インタフェースを用いることで、議事録に対し議論中に議論構造を付与する。発表資料としてスライドを用い、特定の発表者が発表を行い、他の参加者が質疑を行う形式の会議を対象としている。発話時刻を記録し、発言間の関係付けを行うなど、詳細な構造情報を付与することにより、議論展開の抽出や、複数の会議にまたがる議論内容把握などの議論支援が可能になる。ディスカッションマイニングでは、発表資料を前提とし、発言区間および議論構造の記録を必須とするなどの点で、事前に入念に準備された会議を対象とし、議論構造を整理しながら会議を進める。そのため、洗練段階の会議には向いていると考えられるが、創造的議論を記録するためには手間がかかり過ぎ、また発言が抑制されてしまう恐れがある。本研究で提案する手法では、構造情報を限定して記録し、不足する情報をストローク情報を用いて補うことで、創造的議論の形式に適した記録方法を実現している。

7.2.2 ハイパー議事録システムに関する研究

ハイパー議事録システムは、マルチメディア議事録に構造情報を付与することにより、議論内容を再利用可能にすることを目的としている。会議は発表者と参加者、そしてシステムを管理する操作者により行われる。会議を映像・音声を用いて記録し、会議後に映像や発話区間を利用し議論内容を確認し、議論構造を付与する。複数の議事録にまたがり議論構造を付与することで、会議を重ねるうちに重要な意見が忘却されてしまう、議論内容に矛盾が生じるなどの問題を解決できる。発表資料は特に必要とせず、発表者は黒板などを用いて会議を進める。会議中は、操作者を除き、計算機を操作する必要はない。会議後に、議事録を利用する人が議論内容を確認し構造化を行う。議論内容を詳細に構造化することで、冗長な議論を省き、漏れなく成果を利用することが可能になる。しかし、ハイパー議事録システムはソフトウェア開発のための会議を対象としているため、発散的思考も行う創造的議論を適切に構造化できるとは言い難い。また、会議後に議論内容を把握し構造情報を付与する手間が会議の時間以上にかかるため、創造的議論に適用することは実用的ではない。また専用の操作者を必要とするため、3人程度の少人数では発言数が抑制されてしまう恐れが高い。

7.2.3 Portable Meeting Recorder

Portable Meeting Recorderは、映像・音声に含まれる情報から自動的にインデックスを生成することにより、議事録の閲覧効率を上げることを目的としている。Portable Meeting Recorderは机上に置いて用いる記録装置であり、参加者はこの装置を取り囲むように並び議論を行う。装置は全方位カメラおよび4つのマイクを用いて映像・音声情報を記録する。参加者が発言を行うと、4つのマイクにより音源定位を行い発言者の位置を計算し、音声認識により発言内容が記録される。全方位カメラを用いて撮影した映像から、参加者の詳細な位置や拡大映像を取得し、発言者を特定する。音声のパワーや参加者の動作を計算しインデックスとして利用する。すべてのインデックスは映像・音声情報を利用することにより自動で計算されるため、議事録作成の手間は無いと言える。しかし、参加者が手動で情報を付与することができないため、議論中に必要な情報を抽出しインデックスを付与することができない。そのため、会議後に議論内容を確認したい場合、必ずしも重要な箇所を閲覧できるとは限らない。本研究で提案する手法では、ストローク情報、タッチセンサ情報やキーワードの入力により、会議後に閲覧すべき部分を記録することができる。また、装置の都合上、会議参加者の位置が固定されるため、交替でホワイトボードに図を描くという行為ができなくなってしまう。

7.3 議論の構造化に関する研究

議論に含まれる意味構造を明らかにすることで、計算機が議論内容を解釈し、検索や要約を実現することを目的とした様々な研究が行われている。その中でも、ハイパー議事録システムのように特定の用途にソフトウェア開発などの特定用途に特化した議論構造を設計したものもあれば、ディスカッションマイニングのように特に用途を限定せずに議論構造を設計したものもある。その中でも、IBIS (Issue-Based Information System)が提案した、問題解決および意思決定に特化した議論構造を可視化することにより、議論を支援するgIBISについて述べる。

7.3.1 gIBIS

gIBISは、議論構造を可視化し、参加者が発言を構造化しながら議論を行うことで、議論内容を整理し、内容把握や検索を支援することを目的とした研究である。gIBISはグラフ表示による議論構造の編集とテキストの入力により議論を行う。対象となる会議は対面ではなく遠隔で行われるか、対面で行ったとしても直接会話をするのではなくテキストを用い、グラフ上で行う。そのため、本研究のように直接顔を合わせて話し合う議論に適用することは難しい。gIBISの運用実験では、議論構造を明確に決めることができず、議論構造に関する議論が生じた。整然とした議論を行うのであれば、議論構造を洗練させることでその問題を防ぐことができると思われるが、発想的思考を含む創造的議論では、そもそも議論に明確な論理構造があるとは考えにくい。また、詳細な議論構造を付与する手間が参加者の発言を抑制してしまう恐れが高い。創造的議論では構造化よりも議論に専念すべきであると考え、本研究で提案する手法では、議論の構造に基づき議事録の構造化を行うのではなく、自動で記録した情報にマーキングしグループ化する程度の構造化に留めた。

8 まとめと今後の課題

8.1 まとめ

本研究では、知識活動における会議の中でも特に創造的会議に着目し、 ホワイトボードを用いた会議形式に特化した議事録作成を支援することで、 創造的議論の成果を再利用可能にする仕組みを提案し、実現した。 創造的議論において記録を暗黙的に獲得すること、構造化の手間を減らすことを中心にシステムを設計した。 また、リフレクションと呼ばれる、議論後に短い時間で内容を確認する手法を採り入れることで、 より効果的なインデックスの付与が可能になることを、実験によって確認した。

創造的議論では、他者の意見を取り入れながら個人が発散的思考と収束的思考を繰り返すことにより、 アイデアをより洗練することが行われる。 創造的議論の過程には、アイデアつまり問題提起に対する解だけでなく、そのアイデアに対する評価が含まれる。 したがって、創造的議論の成果を活用するためには、議論内容をその文脈も含め詳細に把握する必要がある。 暗黙的に獲得できる音声・映像情報を用いることで、議論内容を詳細に確認することは可能であるが、 音声・映像情報を閲覧するためには多くの時間が必要となる。 そこで、映像・音声に対してインデックス情報を付与する。

本システムでは、暗黙的に獲得できるホワイトボードのストローク情報と、議論中に参加者が手動で付与する 時間情報やテキスト情報を組み合わせ、半自動で議事録に構造情報を付与する手法を提案した。 この構造情報には、映像・音声に対するインデックスとなる時間情報、閲覧区間を示す手がかりとなる時間区間情報、 議論内容を表すストローク情報、外部の議事録の情報に加え、テキスト情報を付与することができる。 会議参加者が議論中にホワイトボードに図や文字を描くことにより、ストローク情報が自動で記録される。 議論中あるいは議論後に、リフレクションと呼ばれる作業を行い、議論の要点とそれ対応する映像・音声の時間を記録する。 このとき、ストローク情報を利用することで、映像・音声の検索と時間区間の指定を支援する。 要点を列挙する作業にかかる手間を減らすことで、創造的議論を妨げることなく議事録を作成することが可能になる。

本システムを用いて記録された議事録を閲覧する際には、 要点を一覧から選び、関係付けられたホワイトボードの図や文字と、必要に応じて映像・音声を閲覧する。 また、ストローク情報やキーワード情報は時間情報を含み、タイムラインの操作と同期して表示される。 発話区間やタッチセンサを用いて付与した時間情報と合わせることにより、映像・音声を検索するための手がかりとして利用できる。

本システムを用いて記録した議事録を用いることで、より短時間で議論内容を詳細に把握できることを評価実験により示した。 議論内容を詳細に把握するためにはリフレクションを行うだけでは十分ではなく、 システムを用いて構造情報を付与し、映像・音声を視聴する支援を行うことが必要であることを示した。 また、被験者のアンケート結果から、タイムラインと同期した情報の提示が有用であることを確認した。

本システムを用いて創造的議論の議事録を作成することにより、外部の知識活動支援システムと連携し、 議論成果の再利用や変遷の確認といった応用が可能となる。 創造的議論で得られた意見を忘却してしまうことなく、より多く、より正確に把握し、後の議論に生かせるようになると期待される。 議論の繰り返しや矛盾を防ぐことが可能になり、より良い議論ができるようになると期待される。

8.2 今後の課題

今後の課題としては、議論をより活性化するための支援と、議論結果から会議資料を効率よく作成するための支援が挙げられる。

8.2.1 議論支援

創造的議論を効率よく行うためには、 第節で示したように議事録や外部コンテンツを検索した履歴を記録するだけでなく、 議論中に議事録を提示する機能が必要となる。 過去に同じ議論を行っている場合には、議論の繰返しを防ぐために、その時の議事録を提示し参加者に気付かせる必要がある。 そのためには、知識活動支援システムを利用して付与したキーワードや関係付けの情報を利用し、類似する議論を検索し提示する方法が考えられる。

モデルやインタフェースについての議論をする場合に、過去の議論と同じ図形について説明する場合には類似した図を描くだろう。 その際には、その時の議論で描いた図や、その後その図を整形した図を提示することで、図を描き直す手間を削減できる。 あるいは、テキストを用いてデータマイニングを行い発想の元を探すように、図形的表現を発想の元として利用する方法が考えられる。 過去に描いた図の概要を思い出し、大雑把にその形状を描くことでその議事録を検索することができれば、その図形や付随する議論を参考にし 発想的思考を行うための材料として利用できると期待される。 参加者が発言をしない状態が続いた場合に、ホワイトボードに描かれた図形の情報を利用し過去の議事録を検索し、関連のありそうな議事録を提示することで 議論の活性化に役立つのではないかと考えられる。

8.2.2 会議資料作成支援

創造的議論における成果をさらに手軽に再利用可能にするためには、音声認識による発話内容の自動記録、 手描き図・文字認識による議論内容の解釈などを実現する必要がある。 第節では、本システムを用いてマークに関係付けたテキスト情報を知識活動支援システムに取り込む応用例を示したが、 ホワイトボードに描かれた図形を認識しテキスト情報に変換することができれば、さらに再利用性が向上するだろう。

本システムでは、手描き図検索のために、入力されたストローク情報からノイズを除去し特徴点抽出処理を行っている。 処理後の図形は含まれる点数が少なく、ベクトルデータであるため、加工して再利用しやすいと言える。 例えばWillustrator\footnote{http://willustrator.org/}のように、元のベクトルデータを利用し図を整形し、 その派生関係を含めて図形を共有することで、図形の再利用が容易になると同時に、上記の図形検索時の手がかりとして利用できるようになる。

謝辞

本論文の執筆にあたり、指導教官である長尾確教授のご指導をはじめ、多くの方々のご協力をいただきました。心より御礼申し上げます。

長尾確教授には、本研究について、また学会発表や論文執筆など研究活動に関しても多くのご指導を賜りました。深く感謝申し上げます。

大平茂輝助教には、ゼミやプロジェクト活動において貴重なご意見、ご支援を賜りました。山本大介さんには、研究活動だけでなく実装に関する協力を賜りました。また、自分が所属するプロジェクトのリーダーである土田貴裕さんには、研究だけでなく生活面においても相談に乗っていただきました。深く感謝申し上げます。

林亮介さんには、同じプロジェクトの一員として、研究に関するご意見を頂きました。成田一生さんには、システムのテストにご協力いただき、多くの意見を頂きました。ここに御礼申し上げます。

長尾研究室メンバーの増田智樹さん、石戸谷顕太朗さん、尾崎宏樹さん、安田知加さんには、研究室生活において貴重なご意見を頂きました。また、多忙な中、実験に積極的に協力していただきました。ここに御礼申し上げます。

元長尾研究室メンバーであり、昨年度プロジェクトリーダーであった友部博教さんには、研究に関するご意見ご助力を賜りました。同じく元長尾研究室メンバーであった梶克彦さんにはゼミにおいてご意見を賜り、研究室生活を支援していただきました。深く感謝申し上げます。

長尾研究室秘書の鈴木美苗さん、および元秘書である金子幸子さんには研究室生活全般に関するサポートをしていただきました。この場を借りて御礼申し上げます。

最後に、陰ながら日々の生活を支えてくれた家族に心より感謝いたします。

論文を執筆するにあたり、ご支援、ご協力いただいたすべての方々に、深く感謝の意を表します。