知識活動支援システムによる会議コンテンツ間の関連性の獲得とその応用

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土田 貴裕
名古屋大学 情報科学研究科
大平 茂輝
名古屋大学 情報基盤センター
長尾 確
名古屋大学 情報科学研究科

概要

我々は,対面式会議を中心とする知識活動のプロセスを統括的に支援するシステムである知識活動支援システムに関する研究・開発を行ってきた.この知識活動支援システムは,様々なサブシステムから構成されている.具体的には,再利用可能な会議コンテンツを作成するためのサブシステムや,会議中に取得することが困難であった複数会議間の関連情報を獲得するためのサブシステムがある.本研究では,知識活動支援システムによって獲得された関連情報を利用したアプリケーションを提案する.具体的には,我々がこれまでに開発してきた,会議コンテンツの検索・閲覧を行うためのディスカッションブラウザを拡張し,会議コンテンツを横断的に閲覧できる機能を実現した.閲覧者は,この機能によって単一の会議コンテンツを閲覧するだけでは分からなかった,会議の詳細な文脈情報を理解することができる.

1 はじめに

企業におけるプロジェクトや大学研究室の研究活動のように,議論や調査,実験・検証といった様々な活動を通じて,ある特定のテーマに関するアイディアを継続的に創出し,知識として具体化・理論化する知識活動が広く行われている.我々はこれまで,知識活動の中でも重要な役割を果たしている会議の内容を会議コンテンツとして記録し,再利用することで個人の知識活動を支援するシステム(以下,知識活動支援システム)に関する研究・開発を行ってきた.知識活動支援システムによって,会議中に取得することが困難であった,会議間に行われた活動の文脈情報を取得することができる.

我々は,この文脈情報を効果的に閲覧できるインタフェースを提供することによって,ユーザの知識活動に関する背景知識の理解を支援することができると考えた.活動を行っている本人がそれを閲覧することで,現在までの活動の経緯やテーマにおける現在の活動の位置づけを確認したり,疎かにしている内容を確認することができるため,より効果的な知識活動を行うことが期待できる.また文脈情報を共有することによって,組織内における知識の共有を支援することができる.

そこで,本研究では,知識活動支援システムによって獲得された文脈情報を利用したアプリケーションを提案する.具体的には,我々がこれまでに開発・運用してきた会議コンテンツの検索・閲覧を行うためのディスカッションブラウザを拡張し,会議コンテンツを横断的に閲覧できる機能を実現した.閲覧者は,この機能によって,単一の会議コンテンツを閲覧するだけでは分からなかった,複数会議の背景にある関連性を理解することができる.

2 知識活動支援システム

本研究では,会議を中心とする知識活動のプロセスを統括的に支援するシステムとして,のような知識活動支援システムの研究・開発を行ってきた.知識活動支援システムは,会議内容を会議コンテンツとして記録するためのディスカッションレコーダ,作成された会議コンテンツの検索・閲覧を行うためのディスカッションブラウザ,そして,会議間に行われる様々な活動を統合的に支援するためのWebサーバ・クライアント型アプリケーションから構成されている.

知識活動支援システム

図1: 知識活動支援システム

2.1 会議コンテンツの作成・閲覧

従来,会議コンテンツはテキストで記録することが中心だったが,近年では計算機技術の発達によって様々なコンテンツを組み合わせることが可能になっている.平島らは,発表資料や静止画などのコンテンツを,参加者が協調的に会議コンテンツに取り込むシステムを提案している.その中でも特に映像・音声を組み合わせる研究が数多く行われている.これらのシステムが生成する会議コンテンツでは,会議参加者の話す様子や会議室全体の雰囲気などテキストでは表現することが困難であった情報も提供することができる.

しかし,動画像に含まれる情報量は膨大なものであり,そこから内容理解・意味解釈を行うには閲覧者自身による情報処理が必要となる.閲覧者自身による情報処理を容易にするためには,会議に関するメタデータが有効である.会議に関するメタデータを取得する方法には,ミーティングブラウザのように自動認識技術を用いる方法と,会話量子化器のようにシステム利用者がデバイスやツールを用いて入力する方法がある.前者の方法は,システム利用者の負担は少ないが,必要な情報を計算機ですべて自動的に記録することは現状では困難である.また,それ以上に困難な問題が計算機による意味関係の抽出である.そのため我々は,映像・音声情報のようにセンサによる取得が可能な情報は自動的に,発言間の意味関係のように機械的に扱うことの困難な情報は,システム利用者がツールやデバイスを用いながら入力する方法を採用している.

ディスカッションレコーダでは,ディスカッションルームに設置された複数のカメラとマイクロフォン,Webブラウザベースの発表者・書記用ツールを用いることで会議内容を記録することができる.また,発表者を除く参加者の正面には発表資料やデモの様子を映し出すメインスクリーンが設置されており,その両側には会議に関するメタデータ(議論構造や発言への評価,過去のスライドなど)を表示するためのサブスクリーンがある.ディスカッションレコーダは,このような仕組みを用いて,のような会議コンテンツの作成を行う.

会議コンテンツ

図2: 会議コンテンツ

発表者は専用ツールを用いてスライドファイルのアップロードやスライドショーの操作を行うことができ,スライドショーの切り替えタイミングは自動的にシステムに伝達・記録される.参加者は,発言時に専用のデバイスを用いることによって,発言者IDや発言者の座席位置に加え,発言の開始・終了時間をメタデータとして入力する.また,発言に対する賛同を表明したり,自身にとって重要な意味を持つ発言に対してマーキングを施すことができる.書記は専用ツールを用いて発言内容の記録を行う.このツールは参加者の持つデバイスと連動しており,参加者(発言者)の発言に関する情報が随時追加されていく.情報が追加されると,書記ツールに発言者と発言タイプの付与されたフォームが自動生成される.書記はこのノードを選択することで会議コンテンツの発言内容を効率よく記録することができる.

様々なデバイスやツールから取得された情報はXMLとストリーミングビデオによる会議コンテンツとしてのコンテンツ情報データベースに記録される.記録された会議コンテンツはディスカッションブラウザを用いて容易に閲覧することができる.我々の研究室では,2003年度から約6年間にわたりディスカッションレコーダやディスカッションブラウザを運用しており,作成された会議コンテンツは年間約90件(録画された映像・音声は約150時間)に上る.

2.2 会議コンテンツの再利用に基づく会議間の活動支援

議論中に指摘されたことを保留にしてしまうと,時間の経過とともにその存在自体を忘れてしまい,結果として放置されたままの議論になってしまう可能性がある.そのため,ユーザは,クライアントアプリケーションを用いて,会議コンテンツ内の重要な発言の集合に対してマーキングやタグの付与を行うことにより,議論内容を整理・分類することができる().マーキングは,自身の知識活動において重要な役割を果たす発言と単純な確認のための発言のような比較的重要度の低い発言が混在している会議コンテンツの中で,重要だと思われる発言の集合に目印を付けることである.それに対してタグは,単純なマーキングとは異なり,どのような観点から見て選択した発言集合が有益であるのかという属性情報を付与するために用いられる.また,クライアントアプリケーションは選択した発言集合に対するノートを記述する機能も持っており,書記の入力した発言テキストだけでは不足している議論内容の補足を行うことができる.このノートは必要に応じてスライドサムネイルや発言テキストを引用することが可能である.

発言集合に対するタグの付与

図3: 発言集合に対するタグの付与

そして,ユーザはに示すインタフェースによって,整理・分類された議論内容に基づいて得られた知識やアイディアをノートとして記録することができる.に示すインタフェースでは,Webページへのリンクの挿入やリスト構造・表の利用が可能である.また,このインタフェースは発言集合内の発言テキストや関連するノートのテキストをコピーアンドペーストすることによって,自動的に会議コンテンツやノートとの間にリンク情報を生成し,記録を行う.このようにして獲得した会議コンテンツやノートに関する情報やリンク情報は,のようなインタフェースで俯瞰することができる.このインタフェースでは会議コンテンツやノートをノード,リンク情報をエッジとみなしたグラフ構造を表示しており,ユーザは必要に応じてその配置を自由に変更することができる.

ノート編集インタフェース

図4: ノート編集インタフェース

知識活動支援システムによって獲得されたコンテンツ間のリンク情報

図5: 知識活動支援システムによって獲得されたコンテンツ間のリンク情報

さらに知識活動支援システムでは蓄積された情報を利用して,生み出された知識やアイディアを適切に盛り込んだスライドの作成を支援する().の左側には発表アウトラインを編集するためのコンポーネントが用意されており,発表の大まかな内容を作成したり,順序の入れ替えを行うことができる.本インタフェースの中央部は,発表内容を詳細に記述するためのエディタになっている.ユーザは,ノートと同様に発表内容を構造的に記述することができ,過去の会議コンテンツやノートのテキストをコピーアンドペーストすることで自動的にリンク情報を記録することができる(記録された情報はのインタフェース上で俯瞰することができる).

スライド作成インタフェース

図6: スライド作成インタフェース

作成された発表内容は,Microsoft PowerPoint形式のスライドファイルへ自動変換することができる.自動変換を行う際,引用情報が記録されたXMLデータが生成される.このデータを再利用することで,論文や報告書といったPowerPoint以外のコンテンツの作成にも利用することができる.

このようにして作成されたスライドをディスカッションレコーダにアップロードすることによって,発表で利用することができる.そして,アップロードされたスライドを用いて行われた発表内容に対して議論が行われることによって,新たな発言集合がスライドに関連付けられ,会議コンテンツとして記録されていく.

3 会議コンテンツ間の関連性の獲得と可視化

本研究では,これまで同時に1つの会議コンテンツの閲覧しかできなかったディスカッションブラウザを拡張し,クライアントアプリケーションによって獲得した会議コンテンツ間の関連性を可視化して複数コンテンツの同時閲覧を可能にする手法を提案する.これにより,会議コンテンツを横断的に閲覧することができ,単一の会議コンテンツを閲覧するだけでは分からなかった,複数会議の背景にある文脈情報を理解することができる.

会議にまつわるコンテンツ間の関連性の獲得および可視化を行っている研究として,中沢らのプレゼンテーションストーリーの変遷の可視化に関する研究がある.中沢らは,長期的に蓄積されたスライドファイルに含まれる文章や画像の一致度を算出することで,再利用されたスライドの存在を抽出し,スライドファイルの再利用の状況を可視化する手法を提案している.知識活動支援システムでは,スライドファイルだけでなく,会議内容を記録した会議コンテンツや発言集合を引用して作成されたノートといった様々なデータとの関係を取得することができる.これにより,「このスライドの内容を受けて,この議論が発生した」「この議論に基づいて作業を進めた結果,このスライドが作成された」のように,より詳細な背景情報を理解することが可能となる.

本章では,クライアントアプリケーションによる会議コンテンツ間の関連性の獲得と,獲得した情報をディスカッションブラウザ上で可視化する手法について述べる.

3.1 クライアントアプリケーションによる関連情報の獲得

ユーザの知識活動に関する文脈情報は,会議コンテンツやノート・スライドといったデータをノード,データの作成・編集時に付与されたリンク情報をエッジとしたグラフ構造として記録される.しかし,これらの情報は,ユーザの使用しているクライアントアプリケーションの内部にのみ存在するものであるため,このままではディスカッションブラウザで利用することができない.そのため,クライアントアプリケーションは,のようにデータの編集情報をサーバへ転送(コミット)したり,逆にサーバから編集情報を取得することでデータを最新の状態にする(更新)ことで,WebDAVのように,異なる作業環境にあるクライアントアプリケーション間で常に同じ作業状態を保持することができる機能を提供する.これにより,各クライアントアプリケーションに分散していた文脈情報を共有することができ, その中のリンク情報を解析することで会議コンテンツ間の関連性を獲得することができる.

クライアントアプリケーションによる文脈情報のコミット機能

図7: クライアントアプリケーションによる文脈情報のコミット機能

しかし,コミット機能によってサーバに送信された情報の中には,覚書程度の個人的なノートや作成段階のスライドのように共有すべきではない情報も含まれている.そこで,本研究では,会議コンテンツやデータを識別するためのURIやタイトル,作成者といった会議コンテンツやノート,スライドに含まれるメタデータ,およびURIの組み合わせで表現されるリンク情報をコンテンツ情報データベースに格納する.これにより,メタデータさえ記述すれば,コンテンツの種類に関係なくリンク情報を扱うことができる.

3.2 ディスカッションブラウザによる関連情報の可視化

クライアントアプリケーションによって獲得した会議コンテンツ間の関連性を用いて拡張したディスカッションブラウザの構成をに示す.ディスカッションブラウザは,スクリーン・発表者・参加者の様子を視聴するためのビデオビュー,ディスカッションレコーダで取得した情報を俯瞰するための層状シークバーの他に,会議コンテンツグラフ,詳細グラフ,および議事録ビューから構成されている.

ディスカッションブラウザにおける会議コンテンツ間の関連性の可視化

図8: ディスカッションブラウザにおける会議コンテンツ間の関連性の可視化

会議コンテンツグラフでは,クライアントアプリケーションで獲得した会議コンテンツの関連性をグラフで見ることができる.現在閲覧している会議コンテンツ,およびその前後の関係にある会議コンテンツがハイライトされており,グラフのノードをクリックすることで,該当する会議コンテンツを中心としたグラフが詳細グラフに展開される.

詳細グラフでは,現在閲覧しているスライドの作成時に引用された発言や,現在閲覧している発言をきっかけにして作成されたスライド間の関係をグラフ化して見ることができる.このグラフのノードをクリックすると,該当する発言やスライドに関するビデオの再生が開始される.

議事録ビューは,現在閲覧している会議コンテンツに含まれるスライドのサムネイル画像や,個々の発言内容のテキストなどを見ることができる.また,これらの情報はビデオの再生と同期しており,再生時間に対応したスライドサムネイルや発言がハイライト表示される.そして,再生中の発言の下にはシークバーが表示されており,発言内容を繰り返し閲覧することができる.このシークバーには,発言中に入力された参加者からの評価情報が表示されているため,発言のどんな内容が評価されたのかを容易に確認することができる.

4 提案手法がもたらす効果

本稿で提案したディスカッションブラウザによって,「過去の発言を反映してどのような成果が得られたのか」,「その成果に対してどのような議論が行われたのか」という文脈情報を映像・音声とともに振り返ることができる.活動を行っている本人が閲覧することで,現在までの活動の経緯やテーマに対する現在の活動の位置づけを確認したり,疎かにしている内容を確認することができるため,より効果的な知識活動を行うことが期待できる.

文脈情報を閲覧できることは,活動を行っている本人だけでなく,会議の参加者にとっても有意義である.なぜなら,自身の発言が発表者の知識活動に反映されていることを実感することができ,次回以降の会議に意欲的に参加することができるからである.さらには参加者が積極的に議論に参加することによって,発表者に対するフィードバックの増加も期待できる.また,自身の発言内容とそこに関連付けられている発表資料の内容を比較することによって,自身の意図が正しく反映されているかを確認することもできる.もし,意図が正しく反映されていないことに気付いた場合は,そのことについて発表者と簡単なミーティングを行うことによって,正しい意図を伝達する機会を設けることができる.このようなミーティングは,発表資料のような事前準備をあまり必要とせず,気軽に行えることが望ましいため,カジュアルミーティングと呼ぶ.また,カジュアルミーティングで行われた議論を記録し,知識活動支援システムにフィードバックすることによって,より効果的な知識活動を行うことができると考えている

我々は,これまで個人の知識活動を対象に知識活動支援システムの開発・運用を行ってきたが,提案手法を用いて文脈情報を共有することによって,組織内での知識共有を支援することができる.例えば,研究室内に存在するプロジェクトに新しく配属された人は,そのプロジェクト内におけるこれまでの取り組みに関する知識はほとんどない.その場合,先輩たちの研究活動に関する文脈情報を閲覧することでより深く理解できるだろう.

また,これまで個人の知識活動を対象にしてきたため,知識活動支援システムのユーザは,「自分が発表した」会議コンテンツに含まれる発言に対してタグを付与したり,それらを引用しながらノートや発表資料を作成する傾向が強かった.しかし,知識活動支援システムでは,他者の発表に関する会議コンテンツも自身の会議コンテンツと同様にタグを付与したり,引用したりすることも可能である.本稿で提案した手法で文脈情報を共有することによって,自分がこれまでに引用していなくても,他者の引用情報を手掛かりにこれまで知らなかった会議コンテンツの存在に気づくことができ,新たなタグの付与や引用を促すことができる.これにより,発表者をはじめ,会議に関わるすべての人間の視野を広げるきっかけを与えることができ,より多くのアイディアや意見を自分の知識活動に反映することができると考えている.

5 おわりに

本研究では,知識活動支援システムによって獲得した情報を利用して,ディスカッションブラウザの拡張を行った.これにより,会議コンテンツを横断的に閲覧することができ,単一の会議コンテンツを閲覧するだけでは分からなかった,複数会議の背景にある関連性を理解することができる.

今後は提案した手法の有効性の検証に加え,システムの長期的な運用を通じたデータの収集と分析,それに基づくユーザインタフェースの改善などが挙げられる.