議論スキル向上のためのゲーミフィケーション・フレームワーク

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川西 康介
名古屋大学 大学院 情報科学研究科
大平 茂輝
名古屋大学 情報基盤センター
長尾 確
名古屋大学 大学院 情報科学研究科

概要

一般的な大学の研究室で日常的に行われるミーティングの目的は、研究活動について報告・議論するだけでなく、参加学生の議論能力を向上させるという教育的側面もある。しかし、研究活動において議論能力の向上を意識する学生は少なく、ミーティングへの参加意欲も高いとは言えないのが現状である。また、議論能力は総合的な能力であるため、学生の議論能力を直接的に評価するのは困難である。本研究では、大学の研究室で行われるミーティングにゲーミフィケーションの仕組みを導入し、参加者が自主的に個々の目標を持って議論に臨み、互いに評価し合い、競い合うことで、議論へのモチベーションを向上・維持でき、かつ議論能力の向上を評価・可視化できるシステムを提案する。

1 はじめに

近年,大学生の学力低下やコミュニケーション能力不足が大きな問題となっている.コミュニケーション能力という表現は多種多様の意味を持つが,その中でも議論スキルは最も高度かつ複雑な技術を必要とするコミュニケーション能力の一つであると考えられる.しかし,対面する相手に異論を唱えたり,自分の意見を主張することは, 大学生にとって必ずしも容易なことではなく,議論に参加する意欲も高いとは言えない.また,議論スキルは複数の技術を総合した能力であるため,少数の単純な評価軸だけでは 正確に評価することは困難である.

本研究ではゲーミフィケーションと呼ばれる,ゲーム以外のアプリケーションやシステムにゲームのメカニズムを 適用する手法を議論に導入する試みについて述べる.ゲーミフィケーションには, システムを利用するモチベーションを高める効果があるため,議論にゲーミフィケーションを導入することにより, 学生の議論への参加意欲が向上し,議論スキルの向上を促進できると考えられる.また,ゲーミフィケーションの構成要素として,議論スキルを評価する仕組みを導入することにより,ユーザーに特に負担を感じさせず,意欲的にお互いを評価し合うことが可能になると考えられる.

2 ゲーミフィケーション・フレームワーク

ゲーミフィケーションとは,藤本によれば, 「ゲームの要素を社会活動やサービスアプリケーションの開発に取り入れていく動き」である[1,藤本徹,効果的なデジタルゲーム利用教育のための考え方,CIEC会誌,Vol.31,pp.10-15(2011)].ゲーミフィケーションを適切に導入するために検討すべき要素をまとめたものを,ゲーミフィケーション・フレームワークと呼ぶ.深田が提唱するゲーミフィケーション・フレームワーク[2,深田浩嗣,ソーシャルゲームはなぜハマるのか,SoftBankCreative(2011)]をベースとし,情報技術により実現可能なフレームワークとなるよう,要素を整理した新たなゲーミフィケーション・フレームワークを提案する.

  1. 目標目標とは,ユーザーに継続して興味を持ち続けてもらうための仕組みである.目標は複数の段階に分かれており,ユーザーは直近の目標の達成を繰り返すことで,最終的なゴールに向かうことが可能となる.
  2. 可視化システムを利用するユーザーが,自分自身が今どういう状況にあるのか,今後何をすべきなのか,などの情報が可視化され確認できることにより,ユーザーに行動指針を与えることができる.
  3. ルールユーザーを抑制することにより,ゲームとしての面白さを生み出すことができる.段階的な目標など,ユーザーに一定の過程を経ることを強要することにより,持続した興味や達成感を与えることができる.
  4. デザインシステムの全体像を魅力的に仕上げ,システムの利用による報酬をユーザーに演出して見せることにより,ユーザーはそのシステムに愛着を持ち,より積極的に利用しようとする効果が期待できる.
  5. ソーシャルソーシャルとは,ユーザー同士の協力や競争を促し,共同作業による喜びや,相手に負けたくないといった競争心を感じさせ,よりシステムの利用に積極的になる効果があると考えられる.
  6. チュートリアル初めてシステムを利用するユーザーに分かりやすく使い方を教えると同時に,システムを利用して得られる達成感を容易に体験させ,さらなる利用へのモチベーションを高めることができる.
  7. 難易度調整適切な難易度の目標が連続してユーザーに提示したり,工夫次第で上位者にも勝てるような仕組みを導入することにより,モチベーションを持続させる効果がある.

3 議論へのゲーミフィケーションの導入

我々の研究室では,ミーティングの映像・音声情報やテキスト情報を記録することにより,議論内容から再利用可能な知識を発見する技術に関する研究開発を行っている[1].本研究では,このミーティングを支援するシステムに新たにゲーミフィケーションを導入した.

ゲーミフィケーション・フレームワークの7要素のうち,現状においてミーティングに導入済みの3つの要素である目標,可視化,ルールについて述べる.

3.1 目標

ユーザーは,議論スキルを細分化したものを一つずつ習得することを直近の目標とし,それらを達成していくことにより,最終的に総合的な議論スキルが向上することを目指す.

議論スキルは,日本ディベート協会によって4つのカテゴリに分類されている.これらは抽象的な概念によって分類されるため,より具体的な議論スキルとなるよう,各カテゴリに属する議論スキルをさらに細分化した。4つのカテゴリと属する議論スキルの例を図1に示す.

議論スキルカテゴリ修正

図1: 議論スキルカテゴリ修正

さらに細分化した議論スキルがそれぞれ包含関係にあるかどうかを調査し,包含関係にある2つの能力の部分集合にあたる能力を下位スキルとし,もう一方を上位スキルとした.議論スキルをそれぞれノードとし,包含関係にある2つのスキルのノードを線分で結んだグラフを作成した.これを議論スキルグラフと呼ぶ(図2).

スキルグラフの一部

図2: スキルグラフの一部

3.2 可視化

ユーザーが自身の目標の達成状況などを容易に確認し,次の目標を設定するための,Webブラウザから閲覧可能な個人用のページ(マイページ)を作成した.マイページでは,自他のカテゴリ毎の目標達成数を一瞥して確認できるようなページ(図3)や,議論スキルグラフを閲覧しながら次の目標を設定できるようなページ(図4)を用意した.

図3.目標達成数を確認するページ

図3: 図3.目標達成数を確認するページ

目標を設定するページ

図4: 目標を設定するページ

議論スキルは,発言の内容に関するスキルがほとんどであり,これらを適切に評価するためには,機械的に行うのが困難であるため,人間による評価が必要となる.発言者以外の議論の参加者が,発言者の目標を評価できるような仕組みとして,発言評価インタフェースをWebブラウザアプリとして作成した.図5のように発言者の目標を五段階で評価できる.評価点数は逐一サーバーに送信され,発言者の発言評価インタフェースに自身の目標に対する評価の平均点が表示される.我々の研究室では,十数名が一人一台タブレットデバイスを持ってミーティングに参加し,発言評価インタフェースを用いて他者を評価しながらミーティングを行っている.

発言評価インタフェース

図5: 発言評価インタフェース

3.3 ルール

ゲーミフィケーションを導入したミーティングを運用するためのルールを以下のように策定した.

  • ミーティング前ミーティングに参加するユーザーは,各自マイページを閲覧し,自他の目標の達成状況を確認しながら,自身の次の目標を一つ設定する.
  • ミーティングミーティングには,一人一台タブレットデバイスなどを持って参加し,発言評価インタフェースにアクセスして他の発言者の目標を評価する.発言者は発言終了後に評価点数を確認して,再度発言を行うか,目標を変更するか,などの判断を行う.また,目標の評価は発言ごとに行う必要があるが,発言を聴き漏らした場合など,正当な評価ができない場合は評価しないことも可能である.以上のように目標の評価を発言ごとに繰り返しながらミーティングを進行させる.

以上のルールにおいてミーティングを行い,学生の議論スキルの向上を促進する.

4 おわりに

本研究では,議論スキルの向上を促進させるために,ミーティングにゲーミフィケーションを導入するゲーミフィケーション・フレームワークを提案し,実際に導入済みの目標,可視化,ルールの要素について述べた.

今後の課題としては,ゲーミフィケーション・フレームワークのデザイン,ソーシャル,チュートリアル,難易度調整の要素について検討・導入し,運用・データ収集するとともに,ゲーミフィケーションの効果について分析する必要がある.また,個別の議論スキルを習得した際に,総合的な議論スキルがどれだけ向上したかを評価する指標について考察する.